平手造酒・Ⅱ
〈秋立てば何か何処かゞ秋めくや 涙次〉
【ⅰ】
突然だが、肝戸平治は二重人格者だつた。本当はもつと後になつてから話さうと思つてゐたのだが、物語の進行上、今こゝで暴露して置く。で、これまた突然だが、「もう一人の彼」は、【魔】なのであつた。カンテラ事務所オフの日に、悠然と家を空ける。冷藏庫に食べる物、入つてるから、と力子に云ひ置き、彼は魔界に赴く。
魔界には「八人委員會」と云ふ組織がある。所謂民主化された魔界に於いて、物事を決定する最髙機関と云へた。「もう一人の」肝戸は、その組織の一員だ。魔界の大物、は彼だつたのである。
【ⅱ】
「もう一人の」肝戸は、普段の肝戸に、或る影響を受けてゐた。それは、「講談好き」と云ふ、まあ趣味の問題なのであるが、肝戸のそれは、趣味の範疇から過大にはみ出してゐる、と云つても云ひ過ぎではない。鉢形監物、この人物は不世出の講談師、「最後の」講談師と云つて過言でない、謂はゞ天才で、「もう一人の」肝戸は、彼・鉢形を魔界に「引つ張つて」行つた。肝戸は、「もう一人の」人格も含めで、鉢形の才能を大いに買つてゐた。
カンテラが氣付いた、肝戸が絡むと、決まつて講談の登場人物(児雷也・平手造酒)がこのストーリイに登場して來る、と云ふ事(前回參照)、それは「ビンゴ」で、懐刀である鉢形が彼の講談で産み出したキャラクターを、實體化する事に「もう一人の」肝戸は血道を上げてゐた。
【ⅲ】
と云ふ譯で、普段の肝戸は、平手造酒を目の当たりにしても、これが本物の平手かだうだか分からない。平手は、肝戸の事を良く知つてゐたが、「はゝあ、これが例の二重人格」と思ひ、タイムボム荒磯の前では黙つてゐたのだ。大體に於いて、荒磯誘拐の件も「もう一人の」肝戸が、「八人委員會」で提案した事なのである。「もう一人の」肝戸は、このカンテラ事務所内部を良く知悉してゐる、と云ふ事で、「八人委員會」の中でも重きを為してゐたのである。
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〈焼きトマト飯に載つけてタバスコを振つたものなどむしやむしや食へり 平手みき〉
【ⅳ】
これは今までになかつた展開なのであるが、カンテラ一味の眼前で、「もう一人の」肝戸が目醒めた。彼は、姑息な手段を使つても、全然惡びれない。(くひゝ、カンテラの吠え面かくところが、見てみたいわ)‐普段の肝戸が、ホテルマン時代の社のカネ拐帯の件を、悔やみに悔やみ拔いてゐるのとは、大違ひである。(さて、平手はだうしてるかな)、魔界の「八人委員會」にもスマホを持つてゐるメンバーがゐる。彼に連絡を(勿論一味には隠れて)つけた。
平手「まだかい、剣の方は?」‐「もう一人の」肝戸「まだ使はないで下さい」‐殘忍な事に、用が濟んだら、荒磯を始末してしまはうとしてゐるのだ。大體、【魔】出身で、人間界でのうのうといゝ目を見てゐる、荒磯は目障りだつた。
【ⅴ】
これには目撃者らしい目撃者はゐなかつたが、でゞこの4匹の仔猫、文・學・隆・せいが見てゐた。人間語の分かるところだけを繋ぎ合はせても、彼らの對話が、惡事の相談である事は分かつた。「大變だ、タイムボムの兄ちやんを攫つたのは、肝戸のをぢさんだ!」‐義父であるテオに、この話をしなくちや。だが、この話を「父ちやん信用してくれるかな?」文が云ふ。文は躰こそ小さいが、良く氣働きをする利口な子である。「兎に角、父ちやんに傳へなくちや。僕たち4匹で云へば、分かつてくれるよ、きつと」と學。何でも決定を下すのは、躰の成長が一番早い、隆である。「さうださうだ。いつ時を爭ふ事だよ、多分」。
こゝで、「もう一人の」肝戸が氣付く。「お前ら、聞いてたなあ!」追ひ掛け回す、「もう一人の」肝戸。だが、4匹はすばしつこくて、躰の大きい肝戸には、捕らへる事が出來ない。
【ⅵ】
と、「うちの子たちが、だうかしましたか?」。テオ登場。「父ちやん! この人、惡い人なんだよ!」‐「順を追つて話しなさい」‐「もう一人の」肝戸には、流石に猫語は分からない。
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〈熱風に呆れてをれり秋隣 涙次〉
さて、結末は‐ 次回のお樂しみとさせて頂かう。云つて置くが、二重人格は病氣であつて、普段の肝戸には惡意はないのである。そこを、だうカンテラが判断するか。さてさて、見ものですね。と、云ふ譯で、バイナラ~。(タイトル、平手造酒・Ⅱとして置きながら彼の出番は極く尠なかつた。お詫び申し上げます。永田)