地雷のたね
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
マイン。と聞いて、君は何を思い浮かべるだろうか?
キャラの名? うむ、その趣味大事にしたまえ。
自分のもの? うむ、その強欲大事にしたまえ。
地雷のこと? うむ、その慎重大事にしたまえ。
三つ目においては、この日本において実物が指摘されることはまずなく。もっぱらネット上や対人関係での、うかつに触れるべきでないこととして、言葉が使われるであろう。
どこに、どのように潜むかも分からないあたり、なんとも恐ろしいもの。顔を突き合わせられるリアルなら、まだ表情や雰囲気などから読み取ることも、できなくもないかもしれない。
しかし、本当の地雷らしきものも注意だ。
自然の中、暮らしの中にあって地雷の存在を感じ取ることができるのは、もはや勘やそれに近いもの。そして被害に遭わないよう願う天運やめぐり合わせくらいしかないのかもしれない。
もし、君も普段の生活で違和感を覚えることがあったならば、注意してみるのもありかもしれないな。
ひとつ、私が昔に体験した話を聞いてみないかい?
バス停で、バスを待っていた折りのことだ。
屋根付きのベンチがあるバス停だった。その日は風のないカンカン照りで、影を離れて立っていることはできるだけ避けたく。私は腰を下ろしながら、持っていたタオルで顔を拭いていたのだけど。
カツ、カツ、カツカツ、カツ……。
遠くから響いてくる音を、私の耳は敏感にとらえる。
この音、杖をついているヤツだ。しかし、ただの歩行補助にしては杖を突く間隔が、いささか不規則すぎるように思えた。
ほどなく、バス停近くの角から杖をつきながら曲がってきた人影を見て、私は驚いたよ。当時のクラスメートのひとりだったからだ。
今日は学校のない休日だというのに、制服のスカート姿のまま。そして目をつむりながら、手にした白杖で、カツカツと地面を叩いているんだ。杖に折り目らしきものがいくつもついているあたり、折り畳みのものと見える。
彼女は視力に問題がない人のはずだ。少なくとも昨日までは平然としていたし、突然のケガなどの場合なら包帯その他の手当てのあとがあってもおかしくないだろう。
となると、あれはいつぞやに学校でもあった身体障害者体験と同じようなことか? と私は思う。身体に不自由な人の状態を再現し、どのように接するのが望ましいかを学ぶ時間だった。
それを今ここでもやっているというのか? 熱心なのはいいことだが、校庭内で行った先のものとは違い、今回は天下の往来。本当に危なくなったら声をかけてあげようか、とは思った。
彼女は杖を叩きながら、じょじょにこちらへ迫ってくる。一回につき、数センチから数十センチほど左右にずらし、扇形に周囲を探っていくようだったが、ときおりミシンを思わせる細かさで、一点を何度も叩くときがある。
はた目に、この切り替えは少し鳥肌が立つものだったよ。彼女が何かに憑かれたんじゃないかと思う、執拗さだったから。
私はそっとベンチから腰をあげて、バス停から離れていく。
あの様子だと、彼女は遠慮なくこちらへ寄ってきそうな気がしたからだ。その際、邪魔になるのは忍びないし、なによりあのマシンガン縫い針のごとき叩き方は異様に感じられた。
急ぎの用事じゃないし、バスをいくらか遅らせてもいいか……と思いつつ、次の路地の角まで退避したうえで、こっそり様子をうかがっていた。
彼女は杖をつき続けながら、ほどなく私が座っていたベンチのあたりまで来る。
カツ……カツカツカツ……カツカツカツカツ!
私の座っていたあたりを、杖で激しく打ち据え始めた。
その強さたるや、木造ベンチの表面から木くずがいくつか舞い散るほど。杖の先は残像して見えるほどの速さで、およそ三ケタは叩いたのではないかと思う。
――いや、これはまずいんじゃないのか?
彼女がちゃんと目をつむっていたのかどうかは分からない。ひょっとしたら薄目を開けていたんじゃないかと思うほど、的確に私の腰掛けていたところばかりを叩いているのだ。
執念じみたものを覚え、私はそそくさと角の影へ隠れた。
杖の音は聞こえてくる。心なしか先ほどよりも、ひとつき、ひとつきの力が増して、音が耳障りなものになっていた。
機嫌を損ねている。私はなおも曲がった路地の奥へ身を引っ込める。彼女とかかわりあいになりたくなかったからだ。
が、間もなく姿を見せた彼女は、目をつむった姿勢のまま直進ルートと私のいる路地ルートの境で杖をカツカツ叩いたかと思うと、こちらへぐるりと向きを変えてきたんだ。
これまで閉じていたまなこも、かっと見開かれる。なかばへっぴり腰になっていただろう。
私の姿を認めると、「そこを動かないで」と突進してくる。それでも杖をつくことはやめず、アスファルトを何度叩いたか分からない。
私の横をすり抜ける。そう思ったときには手にした白杖が私の一メートル先の地面を突っついた。
とたん、袋の破裂音のようなものがして、彼女の持っていた白杖の四分の三ほどが、いっぺんに吹き飛んでしまっていた。破片さえ残さず、杖はかすかな煙となってしまい、それもまた空気へ自然に溶け込むのに時間はかからなかったよ。
彼女いわく、自分は目をつむっていると「におい」を嗅ぐ力が増すのだそうだ。そうして杖をついていると、その先端から臭うものがある。それは「地雷のたね」のようなものだと。
詳しい原理は彼女にも分からない。ただ、それとそれが合わさると、跡形も残さない爆発を起こすのだという。
あのときの私も、たねになっている状態だった。もし、この先へ杖よりも前についていたら、身体の大半が杖のような状態になっていただろう、とのことだった。
そこで彼女はああして杖に、たねの残り香を移すことで、身代わりにしたのだという。そしてそれらの種は街のそこかしこにあり、ああして時おり見回るのだという。