第1話: 召喚されし異界人
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「.....うぅぅ」
...どうやら、軽く数秒だけ気絶したような感覚だった!
でも、...まるで何時間も眠っていたような......
目を開けると、フードを被った集団が固唾を呑んでこっちを見ている。
緊張が空気を歪ませ、肌に静電気のようにまとわりつく。腕を縛るルーンはかすかに脈打ち、古代の威圧感で燃える血管のように光っていた。
それでも、...俺はゆっくりと起き上がった。
この部屋は……おかしかった。歪んでいた。柱は凍った稲妻のように螺旋を描き、床はひび割れ、灰と苔の間を這うように光るシグイルで覆われている。
生きて呼吸する遺物の内部に立っているようだ。アウレヴィアの黄金のホールとはまるで違う。ここの空気は……獣のようだったー!
一人の男が前に出てきた――他の者より背が高く、杖が微かに光を放っている。
「...共通語を話すか?」
警戒した声。
「ああ...」俺は平坦に答えた。
「『勇者』にどんな言葉を期待していたー?」
ざわめきが輪の中を駆け抜けた。枯れ葉を揺らす風のように!
「自己認識があるようだな」
と男は仲間に呟いた。
「なら儀式は成功したと見て良いですなー?」
「ここがどこなのか、説明を要求する!」
俺は手足の重さに逆らいながら立ち上がった。
「そして、『俺』の隣にいた女性をどこにやった?」
普段の教授だった時は『私』で通していた。威厳を保つために、尊敬して貰えるために、そして何よりも、......見下されないために!
でも、ここはもう大学も何もないんだ...
ただの、......訳の分からない謎のところに強制的に召喚されて、...いや、...拉致られてきただけ!
少しワイルドに振る舞っていても、何の問題もないはずだ。
教授である前に、一人の婚約者持ちの男なんだから!
ローブの一人がたじろいだ。いい反応だ。だが、召喚主の男はまばたきもしなかった。
「他に一緒にいたのなら、その人は引き込まれていない様子だ」
事務的な口調。
「座標に縛られた魂は一つだけだった」
座標? 俺は目を細めた。
「つまり、この召喚は偶然じゃない? 俺を狙ったのか?」
「...」
男は動じない。
「儀式は運命に導かれた。この王国、ヴィレッシアは滅びの淵にある。『蒼玉の壁』は魔族に破られた。...我々には救世主が必要だ。勇者が。そして円環は……お前を選んだのだ」
「...都合がいい話だな」
奴らはそわそわした。囁きが聞こえる。
「勇者には見えない……」
「貧相すぎる……」
「呪われているのかも……」
「俺、まだここにいるんだがー?」
召喚主が杖を掲げた。
「拘束しろ。姫自らが確認する」
鎧をまとった二人の騎士が影から現れた。彼らの動きにはためらいがあった。
恐怖というより――確信のなさだ。俺が何者か、何になり得るのか、わかっていないように。
俺は抵抗しなかった。まだ早いから。知らないことが多すぎる。パズルのピースが足りなすぎる。
...そしてクラリモンド……彼女がどこにいるのか、そもそもこの世界にいるのかさえわからない。
せめて、愛する人の行方が分かるまで、...動こうとするのが得策ではないだろう...
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それから、連れていかれる途中のヴィレッシア王宮までの道のりは不快な色の濁流だった。
奴らは俺を密林の中を引きずり、血橙色の空の下の平原を横切らせた。遠くには鋭い山々がそびえていたが、ろくに見やれない。手首は疼き、頭はぐらつき、口の中には鉄の味が広がっていた――別世界の名残かもしれない。二度と見られないかもしれない世界の......
クラリモンド……
やがて馬車に押し込まれ、無言の衛兵たちに挟まれた。外では灰色がかった緑の景色が流れていく。間違いなく、俺は別世界にいる!
城門に着いた時、初めて『ハイスパイア』と衛兵達が言っていた町のことを見た。
この町は、畏怖という名のかゆみを肌に走らせた。
塔々は夕陽の最後の光を反射し、窓には薄青い色が揺れていた。空には浮遊島が、忘れられた夢の欠片のように漂っている。そして周囲には、『魔法』っぽい肌を刺すようなオーラで充満されている感じだ!濃厚で、絶え間ない。生きている都市の鼓動のように......
ファンタジー小説で読んだことあるような異世界に召喚されて、『魔法』っぽいオーラの存在に関して敏感に感じ取れるようになった『勇者』なるモノの特典かあー?
信じられないほど清潔で明るい街路を進み、やがて王宮に着いた。
大理石がブーツの下で輝く。玉座の間は、光っているガラスの山のような色と材料でそびえていた。
確かに、ここの天井はとても高くて豪華だ!なんか天井の中心に神々っぽい威厳ある老人と美しい女性、...羽を広げて飛んでいる天使たちの壁画で埋め尽くされてるし!
そして……俺は彼女たちを見た。
女たち。数十人。いや、数百かもしれない。
誰もが夢から抜け出したような顔をしていた。
完璧な肌。金、銀、月光のように輝く髪。
光を詩に変える瞳。絹のドレスをまとって精霊のように踊る者もいれば、鎧で身を固め、聖騎士のように振る舞う者もいる。
見つめるまいとした。神に誓って、努力した。
だがどうすればいい? 息をのむような優雅さで動く彼女たち。神々しいまでの美しさ。
だが、誰一人として『彼女』ではなかった。
...クラリモンドの面影はどこにもないー!
どんなに美しい顔が通り過ぎようと、どれだけ完璧に見えようと、胸の痛みは消えなかった!
彼女の笑い声。揺るぎない忠誠。
誰も信じてくれない時でも、彼女だけは俺を信じてくれた。
その記憶だけが、今の俺を支えている。
彼女はここにいない。一緒に来られなかった。
そして、どうやって探せばいいのか見当もつかない。
衛兵たちは俺をこの玉座の間へ連れて行った――白い大理石に金の縁取り。
一段高くなった玉座が記念碑のように鎮座している。その傍らに、腕を組んだ一人の女が立っていた。その存在感だけで部屋が満たされるようだ。
金糸で縁取られた鎧。白金の髪が滝のように背中を流れている。そして鋭く、冷たく、計算尽くされたその瞳は、まっすぐ俺を貫いた。
「エレノーラ・ヴィ・ヴィレッシア王女の御前だ!頭を下げろー!」
「くっ!」
連行してきた兵士によって頭の後ろを掴まれ強制的に下がらされたー!
でも、確かに一瞬見てしまったその美しさは否定の余地がなかった。
...彼女を見て「非凡でない」と言える者はいないだろう。だが、エレノーラ王女が前に出て、部屋が静まり返った時、俺は思わぬ感情に気づいた。
彼女に引き寄せられていない。予想していたほどには...
彼女は完璧すぎた。磨き上げられすぎていた。その美しさは武器のようだ――振り回すためのもので、分かち合うためのものではない。
でも、やはり俺の愛しきクラリモンドではないんだ!比べようはずがない...
ああぁ...クラリモンド!今の君はどこにいるのだろう......
「...奴かー?」
...彼女は珍しい工芸品のように俺を見た。俺も見返した。
「では」
鋼の上にビロードを敷いたような声で、王女は言った。
「そなたが我々の元へ来た『選ばれし者』ですね。...召喚された勇者とみて間違いないようです。では、私はエレノーラよ、ヴィレッシアの王女。そしてそなたは……我が王国のために戦う勇者となります」
俺は頭を下げなかった。
下げたいと思った。おそらく、遺伝子的に伝わってきた元奴隷の両親を持っている俺としてはそういう礼儀作法を覚えている部分がまだあるのだろう。例えば元の世界で住んでた、あの差別で満ちあふれていたアウレヴィアの頂点に君臨しているリチャードソン国王に謁見を許されたことが一度もないとしても......
だが動かなかった。
「俺はお前らの英雄なんかじゃないよ?」
平静を装った声。
「ジョージだ。ジョージ・アデワレだ。...俺はただ、...無理矢理連れてこられただけの男だ」
彼女の微笑みが一瞬、かすかに揺れた。それから、浮かべるのに慣れてる慈愛に満ちている笑顔になった!
「結構です、アデワレ。...ですが、そなたの役目は選択の余地がありません。学ぶべきことはたくさんありますよー?」
「そうかよ」
俺は慇懃無礼なようなぞんざいな言葉遣いになりながら頷いた。
絶対に、俺の心は彼女に向いていなかった。魔法にも、王国にも、運命にも。
クラリモンドにしか向いていなかったんだ!
早く俺を彼女の元に案内しろー!畜生~!
この世界が何を投げつけてこようと……どんな女神が王冠をかぶっていようと、どんな魔法が空を歪めようと、一つだけわかっている事がある!
『彼女』だけは絶対に探して見つけ出さなければならないー!
たとえこの世界を焼き尽くすことになろうともー!
俺はただ、今までの人生で俺に対しての理解者であり、人種差別と共に戦ってくれていた俺の、世界中のどこにいても最も愛している婚約者のクラリモンドの元に帰りたいだけ!