プロローグ:決して消えない汚れ
アウレヴィア王立自然科学大学は、常にインクと硫黄、そして飛び級で卒業し教授となった私、ジョージ・アデワレアにはうまく名付けられない何か──おそらくは「傲慢」の匂いが漂っていた。今日は、その臭いが特に苦く感じられた。
寒さには、天候とは無縁の種類がある。それは骨の奥、肋骨の裏側、暖炉の熱さえ届かない体の深部に染み込む。
今日、私はそれを痛感した。
私が担当することになったホームルーム教室の磨かれたオークの机の後ろに座りながら、その冷たさが全身を貫いた。この部屋には他人の名前が掲げられている。今は私が教鞭を執っているというのに。
「アデワレア教授」
同僚の彼らはそう呼ぶ。蜜のように甘く、そして嘲りに満ちた声で...
「ご両親のことを考えると……驚異的なご出世ですね」
笑顔の裏には、常に毒が潜んでいた。
解放奴隷の息子。
化学と考古学の天才。
王国最年少の大学教授。
19歳の才人。
表向きでは称賛とも誉め言葉とも聞こえそうな響きの呼称が飛び交っているが、俺の背後で聞こえてきたいつもの笑い声は、そうではなかった。
常に聞こえてきたものばかりだ。
「彼の出自にしては立派だなぁ~?」
「飛び級はできても、血筋まで飛び越えられるわけがないぞ、ガハハー!」
彼らにとって、私の成してきた功績は何の意味も持たなかったのだ。
私は彼らの学問のタペストリーに付いた「汚れ」でしかない──暗すぎ、輝きすぎ、違いすぎる。
今日の事件は、些細なものから始まった。チョークだ。
燃焼反応に関する講義の準備をしようと講義室に入ると、前日に描いた図が消されていた。それ自体は珍しくない。共用の教室だから。
しかし、違和感は「匂い」だった。硫黄と、何か刺激性のあるもの。
そして振り向いた黒板に、真っ赤なインクで書かれていた。
「黒猿が火遊びをするな」
その下には、小さく整った文字で。
「調合の失敗でお尻が真っ黒から紅色へ真っ赤に染め上がる前に教授をやめちまえ」
「身分を忘れるな、黒猿教授」
学生たちが入室した瞬間、教室は凍りついた。貴族の息子数名が笑いを噛み殺し、一人の女生徒は息を呑み、別の女生徒は目を伏せた。誰もやった犯人の名前を報告せず、謝罪もなかった。
私は教え続けた。
それが最悪だった。
教え続けたのだ。
心が引き裂かれているのに、平然と......
笑顔で燃焼理論を解説し、あざけりの視線と完璧には抑え込まれてない生徒からの笑い声で黒い肌が更に本当に燃え上がるように焼け焦げそうになってる感じがしても、冷静さを装って質問に答えた。
大学の中庭を出る頃には、手の感覚がほとんどなかった。
鞄をまとめた記憶も、雨の中を歩いた記憶もない。ただ、どこか遠くへ逃げたかった。
タタタタ――――。
今日は馬車を待たせていなかった。私のこの外見を見て差別用語を言われそうな気がして、歩く必要があったのだ。その可能性は今まで経験してきたものだ半々だった。でも今は弱ってる心境の私に、またも追い打ちかのようにまたもああいうのされたくない意志が強くなってるんだ。だから徒歩で帰ることにした......
屋敷の門に着いた時、空はすでに暗く、雲は陰鬱な鉛色に染まっていた。鳥たちさえ、ここでは静かだ。
私の屋敷は、相変わらず絵のように美しかった──蔦に縁取られた窓からは、暖かな黄色の灯りが漏れている。
屋敷に戻ると、クラリモンド嬢が待っていた。婚約時に彼女の父から贈られたこの屋敷は、私には大きすぎる。暖炉の火がちくりと音を立て、テーブルには紅茶の湯気が揺れている。
彼女はいつものように優雅にソファに座り、膝の上で紅茶のカップを回していた。長い金髪が暖炉の光に照らされ、まるで紡がれた陽光のようだ。
「お帰りなさい、ジョージ」
その笑顔が、私の顔を見た途端に曇った。
「……また、つらいことがあったのね」
すぐには答えず、鞄を床に下ろす。沈黙が流れる。クラリモンドとの間では珍しいことではないが、心地いいものではない。
「今日、講義をした」
やっと口を開いた。
「黒板で、真っ赤なインクで私に対する差別用語が書かれていた......」
クラリモンドの眉がかすかに動く。
「講義室で?」
「...うん」
うなずく。
私がされたことを悲しむような顔をしている彼女はそっと白い手を伸ばし、私の黒い顎にそれを触れさせてきた。
気づけば、私は知らずに一滴と2滴の小さな涙の粒が目からこぼれて垂れながら拳を握りしめていたらしい......
「あなたはたった五年で、あの人たちが五十年かかっても成し得なかったことを達成したというのに...。教科書を書き換え、学界に新風を吹き込んだというのに...」
彼女の声には、私のことになると必ず現れる、静かな怒りが宿っていた。
「我慢する必要なんてないわ」
私は自嘲気味に笑った。
「彼らにとって私は学者なんかじゃない。ただの『汚れ』だ...。象牙の塔に紛れ込んだ異物ってわけだ」
クラリモンドが身を乗り出した。
「それなら、そこを出ましょう。父が――」
ピカ―――――――!!
その瞬間、足元が光り始めた。
青白い光が渦を巻き、床一面に魔法陣が浮かび上がる。急に寒くなり、暖炉の火がシュッと消えた。
「ジョージ!」
クラリモンドが必死に手を伸ばしてきて――!
カチ――――――――――――――――!!
世界がひっくり返った。
「くっ~!」
........................................
「.....うぅぅ...、ん?」
目を開けると、そこはもう私の屋敷内ではなかったー!
「...え?」
血に染まったような赤い天井のある大きな広間。骨の髄まで震えるような濃密な息苦しい圧迫感......
ファンタジー小説で例えるなら、まるで濃密な『魔力』の渦巻く空間のようだった...
私は見知らぬ祭壇の上に横たわっていて、周囲ではフードを被った集団が呪文を唱えている。
手首には、光るルーンが刻まれた枷。
「勇者、召喚完了」
低い声が響いた。
「だが……これは予想外だ」
ゆっくりと頭を持ち上げる。混乱する思考の中で、ただ一つだけ鮮明な言葉が浮かぶ。
クラリモンド……?
彼女の姿はない。
遠くで戦鼓の音が鳴り響く。得体の知れぬオーラが肌を這う。
どうやら、佇まいとファンタジー小説によく読んだことある魔法的な雰囲気が滲み出る魔法使いっぽい彼らが何も知らないであろう科学知識を熟知しているこの漆黒肌の異邦人を「勇者」として召喚してしまったらしい――!