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 続く『想いを伝えたい』と言う言葉は、尻すぼみに小さくなったが、それでもはっきりと口にした世里香の前で、水面が唐突に声を張り上げる。


「だってよ!

 良かったな」


 面食らう世里香を置き去りに、水面は言葉を続けながら玄関先から離れた。


「いやぁ、まさか俺の権能消失しちゃったのかって心配になったよ。

 って、ほら、出てこいって」


 玄関から直ぐの所に、大きな一本の木があった。

 それは世里香が初めてドアの外を見た光景の中にあったモノ。


 不穏なマーブル模様の空間の中、さらさらと崩れ落ち続ける地面の端っこに、辛うじて引っかかっていた若木が成長した姿だった。

 頼りなく空間に揺れていた根は、しっかりと地面に下ろされていて、枝葉を元気に伸ばしている。

 その木の背後に、水面は腕を伸ばした。


「もう聞いただろ?

 だからちゃんと出てこいよ」


 何か引っ張り出そうとして、水面が足を踏ん張った途端、木の影から出てきたのは懐かしい社畜ルックだ。


「……ぇ…」


 ズルズルと引き摺りだされた彼の顔には、以前と同じく眼鏡が掛けられている。

 だが違いはあった。

 レンズはクリアで、棚田の目元が見えるせいか、とても表情がわかりやすい。その棚田の表情を見た世里香は、息を詰めると頬を赤らめて唇を小さく噛んだ。

 キュッと両手を握りしめて固まっている世里香の前に、水面が棚田を連行してくる。


「いやぁ、うん、ここまで手がかかるとは思ってなかったわ。

 お互い遠慮しまくりで、ララミーナ嬢の権能でも太刀打ち出来なかったってんだから、お前等二人共筋金入りだよ」


 そんな事を言って笑いながら、世里香の前に棚田を突き出す。

 だが、聞こえてきた『ララミーナ』という単語に世里香は反応した。


「ぇ…?

 ララミーナの権能……?」

其処そこに反応するとは予想外、ま、いいけどさ。

 と言うか、聞いてない?

 ララミーナ嬢の権能はずばり愛! 所謂恋愛とかの神なんだけど、まぁ棚田が司ってるのが公正だから手強かったって所だろうね。

 あ、ちなみに俺は縁結びね。

 俺の方は恋愛だけに限った事ではないけど、そっちも任せてくれ♪

 で、これ、サインよろしくね。

 まぁ、後から提出でもいいけど、なるはやで頼むよ。

 あ~それとセリカちゃんには棚田から謝っといてくれな」


 世里香の目の前に出された紙には受領印の文字が見えた。

 その用紙を素早く押し付けると、水面はあっさりと帰ったのか、その姿が掻き消える。


 そして残されたのは、互いに顔や耳を赤く染めた二人。


「「………」」


 先に沈黙を破ったのは棚田だ。


「その…すみません…。

 公正を司る私が盗み聞きのような真似を……どう謝罪すれば良いのか…」

「へ? 盗み聞き……?」

「…はい…香里様と水面の会話を……」


 棚田の言葉に世里香は何か思い当たる事があったのか、小さく『ぁ』と声を上げる。


「まさか……端末を操作してたのって…」

「……はい…」


 穴があったら入りたいとはこの事かと、世里香は頭を抱えた。

 あの行動が棚田に通話を繋ぐ行動だったとしたなら、最初から全部聞かれていた事になる。

 どうせ最後なのだから恥は掻き捨てとばかりに、好きだのなんだのと、盛大に言いまくってしまった。

 それを全て本人に聞かれていたとか、何の罰ゲームだよと、可能なら水面をひっ捕まえて小一時間問い詰めたい所である。


「あ”あ”あぁぁぁぁあ”~~~~もう…恥ずかしい!!

 恥ずかしすぎて合わせる顔がないわ」


 合わせる顔がないと言いながら、既に対面している事も吹っ飛んでいるのか、世里香は支離滅裂な事を口にする。


「本当に申し訳ありません!

 ですが……私は聞けて良かった」


 棚田の声には揶揄するような響きはなく、ただ只管ひたすらに誠実さが滲み出ていた。


「嬉しかった…嬉しかったんです。

 私自身、水面に指摘されるまで自分の感情に気付いていませんでした。ずっと貴方に嫌われたのだと思い込んでいたのです…。

 ですが、気付いた時には貴方に会えなくなっていました……」

「……」


 棚田はすっと頭を下げる。


「水面へのお怒りは尤もですが、どうかそれは水面ではなく私に……。

 そしてお許しいただけるなら、其方そちらにサインをお願いします…」


 世里香は促され、先だって押し付けられた紙を見る。


 文言を目で追ううちに、世里香の表情が抜け落ち、そして困惑が浮上してきた。


「……あの受領書って……棚田さんの受領…?

 いやいや、ないでしょ!? だってこんな荷物みたいに……」


 たっぷりと戸惑いを含んだ世里香の問いに、棚田は隠さなくなった美貌にこれ以上ない程の笑みを載せて頷く。


「はい。

 この新生セントマレンシスタの神の一柱として、香里様にお受け取り願いたく……いえ、こんな言い方は卑怯ですね……」


 再度棚田は居住まいを正す。


「私、棚田 伊左之は香里様を愛しく思っております。

 どうか御傍に居させては頂けませんか?」


 見る間に赤くなった世里香は、恥ずかし気に唇を噛みしめてから満面の笑みを浮かべた。


「はい、不束者ですが、どうかよろしくお願いします」

此方こちらこそ、宜しくお願い致します」




 その後、慌ただしく世里香達は神域に引っ越しを済ませた。

 今まで家があった大地は、何れ誕生する生命達の場所となるからだが、世里香の聖力が色濃く残ってしまっているので、どうなるのかはわからない。

 しかし最早人間ではなくなった世里香が、大地に留まる事が出来ないのも事実。


 シトアとジェダも共に神域へと越してきて、相変わらず植物のお世話に忙しくしている。

 菜園は置いてこざるを得なかったが、室内に根を張っていた黄金に光り輝く樹木は持ってくることが出来たので、それのお世話と称してせっせと構い倒しているのだ。

 だが、スライム達が構い倒しているからか、それとも神域に引っ越した事が切っ掛けか、はたまた棚田と目出度く結ばれた影響かはわからないが、何にしてもあの時期から金色の樹木に変化が訪れた。

 永く蕾のまま停滞していたが、今は絶えず花開き、一部は立派な実となっている。


 そして、あろうことかその実から生命の波動を感じるのだ。

 何時の日か……そう遠くはないであろうが、この実が地上に落ちれば、大地に生命が戻るだろうと考えている。




 結局世里香は名前はそのままにする事に決めた。

 確かに自分は生まれ直しになりはしたが、意識が変わった訳ではないし、何より棚田がそのままが良いと言ってくれたのだ。

 だったら変えないという選択をするのは当然の結果だろう。


「世里香、シトアをジェダを少し見ててくれないか?」

「はーい、って……また伊左之さんの邪魔してたの?」


 世里香は棚田が連れてきたスライム達に目線を合わせる。


「邪魔ではなくお世話をしてくれていたんだが、そろそろ落ちそうな実があってね」

「あぁ、そうなんだ。

 やっとこの世界にも命が戻って来るんだね」


 金色に光を放つ樹木を見上げ、揺れる大きな実に目を細めて世里香は幸せそうに微笑んだ。







ここまでお読みいただき本当にありがとうございました。

これにて完結となります。

折角の7月7日なので、今日完結させたくて♪


『登場人物を増やしすぎないぞ!』を目標に、クローズで軽めのお話をと書き始めたものでしたが、ブックマークや評価、いいねを下さる方もいて、本当に嬉しかったです。

―――重ねて、本当にありがとうございました。


また次回作や現在進行形の『悪役令嬢の妹様』の続編も応援して頂けましたら幸いです。



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