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開いた扉の先に居たのは、見た事もないイケメン。
ピシっとお洒落なスーツを着こなしていて、少なくとも社畜には見えない。
「お嬢さん、初めまして」
人好きのしそうな笑顔で名刺を差し出してくる。
ぶっちゃけ胡散臭さMAXだしチャラさがチラ見えしてて、お近づきになりたくない相手だが、恐らくさっき考えた通りの後任さんだろう。
「………はぁ…」
気乗りしないまま、渋々名刺を受け取る。
やはりと言うか、棚田と同じ支援課所属で、後任である事に間違いはなさそうだ。
―――水面 吉麒ねぇ…
―――そう言えば棚田さんの名前って……知らないままだったな…
つい心此処に在らずになってしまったせいか、対面している水面の表情が曇った。
「大丈夫?
あ~、そう言えば聖力の使い過ぎで良く倒れてたんだっけ。
どうしよっかな…ちょっと色々と話したい事もあったんだけど、今日は挨拶だけにしとくか…」
考え込みながらぶつぶつと零す水面に、世里香はふるりと首を横に振った。
「いえ、大丈夫です。
だけど色々と話って……長くなりそうですよね?
散らかってますけど、良かったらどうぞ」
間に挟まって存在していた扉を大きく開けて、中へと案内しようとするが、水面から出た言葉は思いがけないものだった。
「あ~今は遠慮しとくよ。
後が怖いしさ。
えっと…名前そう言えば決めた?」
少しばかり癖のある黒髪を、困ったようにくしゃりと掻き毟って苦笑いを浮かべる水面に、世里香は『ハハ…』と眉をハの字にして笑う。
「名前……思いつかなくって。
こんな髪色になっちゃったし、色々と変わってしまってるから、名前も横文字系がいいのかな? なんて思うんですけど、意識と言うか自我と言うか…それは前世の日本人のまんまなんです。
だから、何にも思いつかなくて…すみません…」
苦笑さえ削げ落ちてしまった世里香に、水面がニッと笑みを深めた。
「じゃあとりあえず今は『セリカちゃん』って呼んでいいかな?」
「ぁ……はい」
「まぁサインするまでに考えてくれればいいし、何なら相談すればいいしさ」
水面の言葉に世里香は怪訝な表情で首を傾ける。
相談も何も、する相手がこの世界に居ない事は引き継がれていないのだろうかと、不思議に思ってそれを問おうとした刹那、水面が続けた言葉によって遮られた。
「えっとさ、話は色々あるんだけど、一番最初にぶつけちゃっていいかな?」
水面の言葉はヒントの全くないパズルのように感じる。
ぶつけるって何をぶつけられるのか、怖すぎるので是非とも遠慮したい。
「えっと…ぶつけると言われても……何のお話かさっぱりですし、出来れば痛いのは御免被りたいんですけど…」
「まぁまぁ、そう言わずに」
へらっと笑うイケメンに、思わず殺意が過りそうになるが、今後の事を思えば今は我慢一択だ。
それを了承ととったのか、水面は遠慮なしに続けた。しかもド直球で…。
「えっとさ、セリカちゃんって棚田の事、どう思ってた?」
「…………」
想定外の音韻を聞かされて、世里香は完全フリーズ状態だ。
「おーい、セリカちゃーん?」
目の前に掌をひらひらさせる水面のおかげか、ハッと意識を取り戻した世里香は、一気に顔が熱くなるのを感じ、視線を避けるようにふいっと顔を背ける。
「あ~……その……すみません」
「お、戻ってきた。
で、どうよ?」
「ど、どうって……」
「セリカちゃんにとって棚田って嫌な奴だった?」
さっきとは違った何かが瞬時に頭に上った。
「なっ!?
嫌な訳ないです!
とっても良くして頂きました!
何時だって優しくて、真剣に向き合ってくれて…何かあったら…直ぐ駆けつけてくれて……なのに…」
不覚にも、堪える暇もなく頬を雫が伝い落ちる。
「私ったら棚田さんの傷に塩どころか唐辛子塗り込んじゃって…。
…絶対嫌われた…。
……嫌われて……だからあれっきり会えなくなっちゃったんです…。
ご、ごめ……ごめん、なさい……ごめんなさい……」
堰を切ったかのように涙が次から次へと溢れて止まらない。
未だ玄関先で対面している水面も狼狽える程だ。
「ちょ、セリカちゃん!?
あ~泣かせる気はなかったんだよ、こっちこそごめん。
これ、どうすりゃいいんだ……あ~、セリカちゃんは棚田に嫌われたと思っちゃったんだ?」
世里香がコクリと頷くのを見てとって、次の言葉を用意する。
「一旦棚田の感情は横に置いてさ…セリカちゃんはどうなのかな…?」
「どう……って…?」
「んとさ…そんなに泣くくらい好きだった…とか…」
世里香の泣き顔にありえない速さで朱が差した。
「………神様相手に何考えてんでしょうね…私ったら…」
「ん?」
「ただの人間風情が、神様に恋するなんて、馬鹿みたいですよね…。
自分でもわかってるんで、塩も唐辛子も、ついでにお味噌も遠慮します…」
「いやいや、誰もそんな物塗り込む趣味はないって…」
世里香はぐいっと腕で、雫を一思いに拭う。
そして水面に視線を向けた。
チャラい雰囲気を醸し出していた彼だが、その中に侮蔑や嘲笑の色は感じない。世里香の馬鹿みたいな感情を笑わずに聞いてくれているのがわかる。
今日初めて会っただけの後任神というだけなのに、反対に労わる様な気配を感じ、だったらと……ララミーナにも吐露出来なかった気持ちを、最後に少しくらい形にしてやってもいいかと考えた。
ネットで顔も知らない相手だからこそ感情をぶちまけられる…そんな感覚に近いのかもしれない。
だらりと落とした腕の先、拳を一度だけ握ってから力を抜く。
小さく深呼吸をして、セリカは唇を動かした。
「えっと…。
自分でも馬鹿で阿呆だなってわかってるんで……ただ、聞いて貰っても良いですか?
ちゃんと自分の感情の始末は、自分でつけるんで…」
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