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足元に近づいてくる不定形な軟体物に視線を落とし、ふわりと微笑む。
世里香は身を屈め、その軟体物を撫でた。
「お掃除ありがと。ジェダは?」
撫でる姿勢のまま問うたので、未だ世里香の手が乗っかったままの軟体物…スライムはふるふると身を横に捩った。
知らないと言っているらしい。
「そっか…。
じゃあ先に戻ってて。
私はちょっとその辺を軽く探してから戻るから」
黄金色のスライムは伸びあがって、了解したと言いたげに身を縦に振り、その場に世里香を残して家の方へと向かっていく。
あの子――黄金色のスライムは、この地が世界として少しずつ安定感を増し始めた頃、ララミーナがやっと命を見つけたと言って持ち込んだ存在だ。
スライム=RPGの初期の友達と言う刷り込みと共に、脳裏に浮かぶ某有名漫画家デザインの愛らしい風貌もあって、世里香は特に抵抗なく受け入れた。
一緒に過ごす時間が増え、ちょっとずつではあったが世里香の言葉を覚え理解し始めているとわかってからは、せっせと話しかけたが、それが功を奏したのか、今では話し相手になってくれている…残念ながら、まだ返事は出来ないようだが。
それだけでなく畑(ゲーム内ではなく、実世界で家庭菜園のような物を始めたのだ)の世話や、家の周りの掃除まで手伝ってくれるのだ。
暫くしてそのスライムにはシトアと名を贈った。
シトア――シトリン、黄水晶には希望や成功、幸福と言った石言葉がある事を記憶していて、是非ともこのセントマレンシスタの希望となって欲しいと言う願いから名付けた。
そのシトアも暫くすると分裂し、何故か色味の異なる兄弟が誕生する。
色は薄緑色。
此方はジェダと名付けた。
ジェダ――ジェダイト…翡翠から貰っている。翡翠と言うには少しばかり色の深みが足りないかもしれないが、緑系の名前と考えて一番に思い出したのがソレだったのだ。
ちなみに石言葉は健康や繁栄、調和等々。
そのジェダの方が付近には居ないようだ。
植物とシトア、ジェダ以外にはまだ生命が見つかっていない世界なので、これと言った危険はないと思うが、つい先日まではすぐ目の前に世界の端があり、空は世の終わりかと思いたくなる程の不穏な色で覆いつくされた世界だったのだ。どうしても心配してしまう。
どのみちそろそろご飯の時間だから探さないと…と、世里香はぐるりと周辺を見回した。
あれから随分と変わった。
大地は最早その端を見る事は出来ない程広がっている。
空は…未だ居心地が悪くなる様なマーブル模様は健在だが、全体的に色味が明るくなり、徐々にその不穏さを顰めかけていた。
ザッと風が吹く。
世里香の長い金髪が舞い上がった。
それを手で押さえそっと目線を落とす。
もうかなり安定していて、ララミーナとの遣り取りは随分と減っている。
まぁ、偶に意味もなく突撃してくるので、顔を忘れる程ではない。
だが支援課との遣り取りは、殆どなくなっていた。ポイント等、最早腐ってしまいそうな程にある。天上値に行きつかないのが不思議な程に……。
それも仕方ないとわかっている。
他世界の支援課が此処まで手を尽くしてサポートしてくれたのは、崩壊寸前の世界に元日本人の世里香が人身御供のように送られたからだ。
勿論世里香自身の選択であって、誰に責を問うような事でもないのだが、このセントマレンシスタが崩壊寸前にまで至った理由の一端に、召喚を許しすぎたと言う事もあって、日本……ガイアルナート側が責任を感じてくれたおかげだ。
「……棚田さん……」
会えなくなって、メッセージを送るような用件も見つけ出せないまま、疎遠になってしまった。
しかも後悔しかない出来事を最後に会えなくなった。
あんな人外級…神の御業としか思えない美形を前に、思考が停止してしまったのは自分である。
しかも直後にララミーナに茶化され、思い切りあり得ないと言い切ったのも世里香だ。
だけど仕方ないではないか……。
世里香は自身があまり見栄えの良い容姿ではない事を熟知している。
散々扱き下ろされてきたのだ、嫌でも自覚せざるを得なかった。転生しても、見事な金髪に変わっても、意識は変わっていないのだ。
そんな平凡以下の世里香が、棚田の隣を思う等、どう考えても不釣り合いだ。
だけど会えないまま、会う切っ掛けも探せないまま時間は過ぎて、過ぎて……ふとした拍子にポッカリと口を開いた落とし穴の様にやってくるのだ。
過去に意識を飛ばしてしまう時間。
―――棚田さんは優しかったな…
―――棚田さんと話すのは楽しかったな…
―――棚田さんが気にかけてくれた事は、とても嬉しく思ってたんだな…
でも考えれば前世バツ1で、これと言った美点もなく、パッとしないまま終わった世里香は、自己肯定感は低く、人を好きになると言う感情にも疎かった。
実際バツ1と言っても恋愛結婚ではなく、見合いでの結果だ。
―――うん、だけど私になんて棚田さんは勿体ない
―――うん、だけど棚田さんは仕事だったから
―――うん、だけど私は聖女だ何だと言ってもただの人間…棚田さんは神様だもんね
可能性さえ考えるのは烏滸がましいと、自嘲する以外に出来る事等ない。
ふるりと大きく首を横に振ってから、パンと頬を自分で叩いた。
ジェダを探さないとと、当初の目的を思い出し、世里香は声を張り上げた。
「ジェダ―! ご飯だよーー! 何処ーー?」
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
リアル時間が少々慌ただしく、隙を見計らっての創作、投稿となる為、不定期且つ、まったりになる可能性が高いですし、何の予告もなく更新が止まったりする事もあるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。
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もう誤字脱字他諸々のミス、設定掌ぐる~が酷い作者で、本当に申し訳ございません。見つければちまちま修正加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>




