7. 人狼と詩人 ―前編―
あの日みた 白銀色の獣
あの蒼い ぼくをうつす瞳
ぜんぶぜんぶ 見透かされるような
ぜんぶぜんぶ わかってくれるような
そんな気がしたのは ぼくの空想
あのとき知った とうめいな心
あの蒼い ぼくを射抜く瞳
ぜんぶぜんぶ すくわれるような
ぜんぶぜんぶ 認めてくれるような
そんな気がしたのは ぼくの幻想
破壊でも 成功でも 栄光でも 最低でもいい。
誰でもいいから、なんでもいいから。
ぼくの心を みつけてくれないか。
✡ ✡ ✡
オリオは旅の詩人だ。頭にハンチング帽を被り、その帽子から少しはみ出る緩く癖のついたワインレッドの髪。優しく弧を描く翡翠色の瞳と形のいい口角。旅の格好に身を包み、大きな旅行鞄を持って、その地で活躍する歌手や小説家に詩を書くことを生業としている。
そんな容姿の彼はいつも人の良さそうな笑顔を浮かべている。さすが詩人と言うべきか、言葉遊びを交えた巧みな話術は聴く人の心を掴む。
オリオが彼と出逢ったのは、歌手からの依頼である作詞の仕事が終わったあとに、宿泊している宿に戻った時だった。
宿は入り口に入ってすぐ受付と食堂がある。食堂で彼は綺麗で無駄のない所作で食事を摂っていた。
美味しそうに焼かれたグリルチキンだ。パリパリの皮が食欲をそそる一品である。
切り分けられた肉が口に運ばれていくのを思わずじっと見てしまったオリオは、はっとしたあと彼の全身を観察した。
まず最初に目が行ったのは美しい白銀の髪だろう。短髪だが少し襟足は長く、触ったらさらさらと音がしそうな綺麗な髪だ。
そして顔だ。空と海を溶かした色の瞳は瑠璃のようで美しいが、左眼に眼帯をしているのは傷を負って失明してしまったりしたのだろうか。
顔立ちはとても整っていて、女性に格好いいと騒がれそうなほどだ。ただ、表情は無だが。······いや、よく見たら少し嬉しそうに食べているような気もする。
そして左手は、機械の義手だった。こちらも負傷してのものなのか。不自然さはなく使いこなしている様子だ。左腕を動かす度に金属の軋むような音がする。
すべてが美しい人間だと感じた。むしろ、人間味すら漂わない人形のようだと言ってもいいかもしれない。
オリオは部屋へ荷物を置きに戻ると、また食堂へ来てカルボナーラを頼む。この食堂のカルボナーラはとても美味で、オリオはここに泊まっている間の夕餉はいつもこれを頼んでいる。
「やあ。相席よろしいかい?」
そう言われた彼は、無の表情にほんの少し驚きを滲ませると、高くもなく低くもなく心地良い、だが平坦な声で「·····どうぞ。」と答えた。
彼の前にすとんと座ると、オリオは持ち前の人心掌握術を発動し穏やかな笑みで話し掛ける。
「こんばんはだね。俺はオリオ、旅の詩人さ。名前を聞いても?」
「·····リアンです。僕も旅をしていて、ここ·····シビュラに来るのは初めてです。」
自由の国と謳われるシビュラは、芸能――エンターテイメントが充実した国と言えるだろう。小説や絵画や歌、演劇や美術といった娯楽業が盛んなのだ。
リアンはグリルチキンを、オリオはカルボナーラを、それぞれもぐもぐと咀嚼する。
「そうなのか!いやぁ、俺はシビュラの生まれでね。俺、詩人だからさ、小説家とか歌手とかに頼まれて台詞とか歌詞を書いたりもしててね、そしたら旅をしていてもどうしても帰ってきちゃうんだ。」
「······オリオさんは、どんな詩を書かれるのですか。」
リアンはオリオに興味が湧いたのかそう尋ねる。オリオは、聴いてくれたことが嬉しいのか、嬉々とした表情で話す。
「んー、いつもは俺が思ったことを書いてるなぁ。その詩をたくさん書いたのを本にしてー、っていうのをやったらとある著名な歌手の目に留まったみたいでね。俺に、自分が歌う曲の歌詞を書いてくれって頼んでくれて、そしたら歌手とか小説家とかからの依頼が増えたんだよ」
オリオはほわりと笑う。
この男の優しい笑みと緩い喋り方は人の心を開かせる。無口無表情が通常運転のリアンも、自分のことを話すほどにはオリオに心を開いていた。
ラヴィーアの出身であること。孤児で軍人だったこと。性別が女性であることが違和感で男性に生まれたかったという苦しい思いを抱えていること。
オリオはリアンの話に共感するように頷いたり、頑張ったねと労いの言葉をかけたりして聴いてくれた。
リアンは前の人生の経験上、他人に打ち明けても心が楽になることはなく、寧ろ傷つくということを分かっていた。それでも、信じてみたかった。このオリオという人間を。
―――リアンが苦しみを吐き出す言葉を受け止めるオリオも苦しげだったのは、リアンの勘違いだったのだろうか。
二人は食事を摂った後、また少し語り合い各々の部屋に戻っていった。
「こんな痛みを抱えてるのは俺だけじゃないんだねぇ。」
「·········オリオさんは、僕にはないものがあって、僕にしかないものがあるって言ってたな。」