6. 人狼と花嫁 ―後編―
更新が遅くなりすみません······。
その日の夜。満ちた月は藍色に広がる夜空に浮かび、煌めく星は瞬きを繰り返す。
眠ることができず、草原に座り空を見ていたヘレナは、自分以外にも人がいることに気付いた。
銀河の下の草原に佇む、彼女の銀色の髪が夜の風で靡いている。向こうもこちらに気付いたようで、ヘレナと向き合った。
「リアン。·······こんばんは、どうしたの?こんな夜更けに。って、私が言えることじゃないわね」
ふふっ、とヘレナは小さく笑った。リアンも微かだが微笑む。
「私、なんだか眠れなくて·····。星空を見ていれば落ち着いて寝ることができるかな〜って思ったのよ。でもだめね。むしろ頭が冴えちゃったわ。」
「·····ぼくも、少し眠れなくて。夜空を眺めていました。」
二人は黙る。お互いの目を見つめ合う。
「········ねえ」
「はい」
「少し、ついてきてほしいの。」
「はい」
ヘレナは歩き出し、リアンはそのあとをついて行く。草原から村を通り過ぎ、小高い丘に向かっていった。
歩きながらヘレナは話し掛ける。
「この丘を登ったところから見る景色は、すごく綺麗なの。本当は朝焼けや夕焼けが一番綺麗なのだけれど、夜空も美しいのよ。」
「そうなのですか。」
「あなたは、朝と昼と夜、どの空が一番好き?」
「······夜、でしょうか。宵闇の中にも光があって、美しいと感じます。」
「私は朝ね。1日のはじまりだし、太陽が輝いていて好きなの。」
辿り着いた丘の頂は、ヘレナの言う通り絶景だった。遠くには山が見え、夜空と大地を切って創ったような、自然が生み出した美しさだ。
ここが一番好きなのよ、とヘレナは呟くと、リアンを振り返った。
「勝手に連れてきちゃってごめんね。でも、あと一つだけ、私の我儘を聞いてほしい。
········私の話を、聞いてくれる?」
「はい」
リアンが頷いたのを見たあと、ヘレナはとつとつと語り始めた。
✡ ✡ ✡
私はね、この村の生まれじゃなくて。もともと孤児だったのよ。あら、リアンも?ふふっ、私たち、似た者同士ね。
それで、孤児院にいた私をあの人が拾ってくれて·····「妹にする」って言ってくれたの。テイラー姉さんって私は呼んでた。
テイラー姉さんは旅の画家でね。口癖のように言ってたことがあって。
「誰の心にも伝わらない絵なんて、ただの色でしかないんだよ。」
この言葉、私はすごく好きだった。とてもかっこいいもの。
私もテイラー姉さんのように画家になったわ。私にとって、絵を描くことは生きがいよ。
でも、やはり人生って分からないものね。
私たちは、旅の途中、あそこの山を登っていたの。そうそう、あの小高い山。
そこで、熊に遭遇してしまったの。
獣って、あんなにも恐ろしく感じるのね。
私は大きな怪我をせずに済んだのだけれど、テイラー姉さんは、右腕に大きな傷を負ったわ。もう、使い物にならなくなってしまうほどの。
利き腕が使えなくては絵は描けない。テイラー姉さんは私と同じく·····いえ、私よりも絵を描くことを愛していたから、死ぬほどつらかったと思う。
テイラー姉さんは、そんな感情は表には出さなかったけど、一度だけ聞いたの。
「絵の描けないわたしに、なんの意味があるっていうんだ。··········もうなにもないわたしに、価値なんか、ないんだよ·······っ。」
一人で泣きながら言っていたの。私、もうつらくて。私が代わりになれたらよかったのに、って思った。
ヘレナは少し言葉を詰まらせると、涙を溜めたオリーブ色の瞳でリアンの蒼色の瞳を見据えた。リアンも見つめ返す。
「·········どうして、私じゃなかったんだろう。どうして、私は苦しまずにこうやって息をしているんだろう。って、彼に――シルヴィに聞いたらね、彼は言ってくれたの。」
小さく笑いを浮かべる。涙が零れる。
「『それがテイラーさんっていう運命で、ヘレナっていう運命だったんだろ。こうやって俺とヘレナが出逢えたのも、俺っていう運命とヘレナっていう運命ってことじゃねーの。』って。
私は、運命って言葉は嘘だと思ってた。でも、シルヴィのその一言で、私は。」
私のあなたへの想いは、今、私だけが知っている。
「私は、運命も人生も愛してみようと思えた。私のことも愛してみようと思えた。
私は、シルヴィのことを」
愛してるわ。
✡ ✡ ✡
ヘレナとシルヴィの結婚式は、素晴らしいものとなった。二人は唯一無二の愛と幸せを誓い、結ばれた。
リアンは二人を祝い、幸せを祈った。式が終わってしまうと次の旅へと行ってしまったが、ヘレナの心には、あの寂しさとひかりと無機質さを背負った旅人が深く刻まれた。
新婦からの言葉で。ヘレナは、不器用で優しくて愛しい彼へ、愛の言葉を捧げた。
✡ ✡ ✡
私の左胸は、あなたと共にいるためにに打ち続ける。
私の右の脳は、あなたを愛するために考え続ける。
私の両腕は、あなたを抱きしめるためにある。
私の声は、あなたの名を呼ぶために。
私の足は、あなたと歩むために。
私の命は、あなたと生きるために。
テイラー姉さんが言ったこと、ぼくがここ最近で一番刺さった言葉なんですけれど。
絵だけではなく、音楽や物語などもです。
誰の心にも伝わらないものは、ただの音でしかないし、ただの言葉です。
この物語が、あなたにとってただの文章ではなく、心をあたためられるものでありますように。