3. 中佐は小さな狼を振り返る
あの三日月の夜に見た、返り血を纏った小さな狼。
私たちは、そんな狂った美しさに魅せられてしまった。
世にも美しい殺戮者は、私の『道具』になった。
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大戦の始まる5年前。陸軍駐屯基地付近の街に、奴隷商人が来ていた。
まだ10ほどの子供たちを、下僕として売る、鬼畜極まりない商人。
そんな奴隷の一人に、彼女がいた。
少年のようななりをしているが、華奢な体は小さな少女だ。
薄汚れてはいたが、白銀の髪は滅多に見ない、美しい色だ。
光は灯っていないが、蒼色の瞳は空のようでも海のようでもあった。
「さあさあ、この白銀の髪の少女、実はとんでもない特技があるんです!それを、今からお見せ致しましょう!」
奴隷商人は声高にそう言うと、彼女の前に、今にも死んでしまいそうな子供を5人立たせた。
きっと売れ残ってしまった奴隷だろう。
そして彼女に短剣を持たせると、奴隷商人は「殺せ!」と命じた。
こんな細い子に、人など殺せるわけないだろう。胸糞悪い。馬鹿馬鹿しい。
そう思ったのは私だけではないようで、他の上層部の上官たちも不快だという表情をしていた。
だが、少女は殺した。5人を、一分もかからずに。
返り血を纏い、倒れた死体の真ん中に立つ少女は、狼のようだった。
彼女は、何も感じていないかのように、無表情で居た。
上層部の目が変わった。こいつは使えるかもしれない、と。
でも、私は気づいた。
もう、うんざりだと言う、声なき声が。
なぜ、意味もなく人を殺して自分は生きているのだという、諦念の心に。
「―――その子を買おう。10万ロルトでどうだ。」
気づけば、そう口にしていた。
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少女は、名の登録のない、少年兵として陸軍の兵士になった。配属は私の率いる特攻隊。
彼女を買った夜。私は彼女に言った。
「·······今から、私は君の主人だ。私はルシアン・レスナー。ルシアン中佐、だ。君は、話せるかな?········君の名は、なんと言うんだい?」
少女の反応はない。言葉を話せないのだろうか――と思ったが、少女は微かに声を発した。
「·············り、あん。」
自分を指差し、そう言った。
「······!君は、リアンと言うのか?私のことも、言ってみてくれ。中佐、と。ルシアン、中佐、だ。」
「······ちゅぅ、さ。るしあ、ちゅぅ、さ」
拙いながらも、必死に言葉を紡ぐリアン。
その姿がいじらしくて、私はなぜだか嬉しくなった。そして安心した。
私は、彼女を少し恐れながらも、抱き締めてやった。リアンはまだ小さな手で、私の軍服の裾をぎゅっと握った。
あんな鬼神のような殺しをしても、ただの子供なのだ、と。
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それから四年。リアンは14歳になり、さらに美しく格好良くなった。
大戦が始まった今、リアンは『殺戮人狼』と呼ばれていたが、私は道具などと思ったことはない。
「中佐。どうなさいましたか。」
じっと見つめる私に気づき、訝しげにこちらを振り返る。
言葉も上手く話せなかった彼女は、今や影も形もない。
みるみるうちに成長していく彼女を、私はいつしか妹のように思っていた。
本当に、家族になれたら。そう願っていた。
新しい発見をしたときに、蒼い瞳をほんの少し輝かせるのも。
風に吹かれて靡く、白銀の短髪も。好きだ。
愛しい、リアン。
10万ロルト·····世界共通の通貨。1ロルトは日本円で言うと10円。つまり100万円ということになる。すげーなルシアン。男前やん。