1. 人狼と小さなはじまり
ある春の日。淡い蒼色の空には綿のような雲が浮かび、陽の光は暖かく人々の生活を見守っている。
軍の治療院で、そんなあたたかい日差しを浴びながら、リアンはある人と相対していた。アッシュグリーンの髪に夕陽のような橙色の瞳をした、精悍な顔つきの軍人だ。リアンにとっては、上司であり恩人であり主人であった、ラヴィーア国陸軍中佐ルシアン・レスナーという。
「········リアン。生きていて良かった。見舞いに来るのが遅れてしまい、申し訳ない。」
「いえ、ルシアン中佐が謝られるようなことはありません。」
ルシアンはリアンの腕や眼を気遣うような視線を送るが、リアンは意に介さずといった様子だからか、話を進めていく。
「君には軍から、大戦で特に勝利に貢献した兵士として、勲章と報酬がおくられる。それは後で渡すとして······。··········実は、君に話があるんだ。」
「?·····なんでしょうか」
ルシアンは少し緊張した面持ちで口を開いた。
「レスナー家の養子にならないか。けして命令というわけではない。私とは、家族――義兄妹ということになる。·······君が、良ければ、なんだが。」
「――······家、族」
家族。リアンには一生手に入ることのないと思っていた、欲しかったものの名前だ。
リアンは両拳を握る。左手が音を立てた。
「········よろしいのですか。血は繋がっていないとはいえ、僕のような、道具と、家族になるなど。」
「道具と思ったことはないけど·····。
リアンは孤児だろう?こんなこと言ってはあれだが、家族になっても問題はないと思うぞ。というか、リアンが妹になったら嬉しいという私のエゴだ。気にすることはない。·······嫌、だったか?」
そう言うルシアンは、リアンから見たら、『お兄ちゃん』の顔をしていた。
リアンは声が震えないように気をつけて言葉を発した。
「こんな、僕で良ければ。あなたの妹にしてくださいませんか。――お兄様。」
そう言って、リアンは微かに笑った。
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リアンは病室の窓で切り取られた夜空を眺め、三日月に向かって思いを馳せていた。
あのあとルシアンはリアンに、養子の手続きの旨やらリアンの体調の具合を聞くやら話すと、見舞いの品だと言って犬のぬいぐるみを渡した。そして、また来ると言い、なんだか嬉しそうに帰っていった。
もう既に兄の顔をしていたルシアンを思い出し、リアンは自分の身体に目を落とした。
義手の左手も大分使いこなせるようになってきた。以前より狭い視界も慣れた。傷ももうすぐ癒えつつある。近いうちに退院できるだろう。そして。
「――僕にも、家族が」
リアンは呟くと、蒼色の瞳を閉じた。