10. 夢を追う青年と狼 ―中編―
「リアンー!!こっちも手伝ってー!」
「待って下さい、お湯が馬鹿みたいに沸騰します······あ、シンクにお皿が山積みです·····」
ディアとリアンは、大衆食堂で働いていた。その訳は、二人が出会った日に遡る。
リアンはオリオと別れた翌日、体調が優れないことに気がついた。人生で一度も風邪を引いたことのないリアンは、まあ気のせいだろうとそのまま旅をした。が、二日ほどしてこれは気のせいではないなと確信したところで、貧しい子どもたちに食事をさせるなり孤児院に連れて行ってやるなりしてあげると、財布の厚みがほぼ無くなったとのこと。
「宿に泊まるお金が無く、仕方なく野宿をしたところさらに悪化し、······そこでディアに助けられました。」
「おお········」
リアンはかなりのお人好しなのかもしれないとディアは思った。
おれ、そんなに他人に優しく出来ないよ。そう言うと、少し不思議そうに首を傾げ、リアンは言った。
「優しい········のでしょうか。貧しいことはつらいことです。········私はそれを知っているから、その子達に僕が出来ることをしただけです。」
―――それが優しさって言うんだよ。
ディアは何故か、とても寂しい人だと思った。ただただ優しいだけなのに、何でもないふうに言うからかもしれない。
「じゃあさ、俺の家で暮らしてみるのはどうかな!リアンがまた旅を再開出来るようになるまで、二人で協力して生活しよう!」
「それだと私が居候みたいになりませんか」
「協力して、だよ!あ、もちろんリアンが嫌じゃなければだけど·····。」
「······いえ、私もディアに助けられました。それに、嫌ではありません。」
ディアは、何故見ず知らずのリアンにこんな提案をしたのか分からない。きっとこの人なら、と思ってしまった理由も分からない。
二人は慣れない様子ではあるが、ぐっと握手をした。
旅をするには、というか生きるためにはどうしても金がいる。そこでリアンは、ディアが働いているという大衆食堂で働くことになった。
が、リアンは軍に居たため、適当に具材を煮たスープぐらいしか作れない。「それじゃだめだって!」とディアの指導のもと、様々な料理を作る修行の最中だ。そんなこんなで冒頭に戻り。
「うおおお!!お湯止まれぇぇ!!ってあっつぅ!」
「大丈夫ですか、あつっ!」
「いつまでやってんだい!ほらほら、まだたくさんあるからねー!」
「「はい!」」
沸騰の止まらないパスタの湯と格闘してると、ベテランの料理人、イレナの声が飛んできた。ディアがなんとか沸騰を止め、そのパスタでカルボナーラ作りに取り掛かる。リアンは皿を高速で洗い片付けた。
そんなこんなで、一日が終わった。
「ふうー······。疲れたぁぁー」
「今日も忙しかったですね·······。」
帰路につく時にはもう疲弊して、歩く気力しかなくなってしまう。だが腹を満たすためには食材を調達せねばならない。このアネモスの商店街は品揃えも良い上に値段も手頃だ。そのため人も多いが、みな気さくで親しげな雰囲気がある。
「今日は何食べようかね〜」
「私はまだ全然料理は上手くないので、ディアの得意なものでお願いします」
「いつもそう言うけどさ、もうリアンだって作れてきてるじゃん。俺になんか作ってよー」
青果売り場を歩きつつ、リアンは、ぬぅ、と思案する顔を見せる。
「······では、クリームシチューでどうですか。」
「おー!いいね、そうしよう!何買うのー?」
「牛乳と鮭と玉葱、あときのことブロッコリーを買います。家に人参とじゃが芋はあるので。」
「鮭?鶏肉じゃないんだ」
「私が初めて食べたシチューは鮭でした。とても、美味しかった記憶があります。」
リアンがまだルシアンに引き取られて間もない時に、ルシアンと共に食べたものだった。エテルニテは寒いが漁業が盛んだったので、鮭のクリームシチューだったのかもしれない。口の中でほろりと崩れる鮭と、クリームシチューの優しい味が、幼い頃の記憶ではあるがとても美味しいと感じた。
それを思い出したのか、リアンは微かに笑った。ディアもそれを見て、嬉しそうに笑った。
平和な時間が流れていた。
✡ ✡ ✡
牛乳とバターと小麦粉を煮詰めたシチューと、ごろりとした鮭を木のスプーンに掬う。未知の料理を口に入れるまでの瞬間は何にも代えがたいものだとディアは思っていて、今この瞬間が在ることに心が弾んだ。
「――めっちゃ美味しいよ!おれ、鮭のやつは初めて食べたけど、こんなに美味しいんだ!」
「······上手くできて良かった。ありがとう」
リアンが初めて作ったという鮭のシチューは、これといったアクシデントもなく無事に完成した。
勿論シチューが美味しかったのもあるが、なによりリアンが自分に料理を振る舞ったことだ。この子本当に健気だなぁとディアは一人でほっこりする。そんなディアをリアンは未知の生物を見る目で眺めていたのは言わないでおこう。
食べ終わって食器も洗い終えると、何を思ったかディアはリアンに物理的に突撃した。勿論リアンは倒れることもなく無表情でディアを受け止める。どうした、とリアンが聞いた。
「······リアンてさ」
「はい」
「敬語無くなると途端に格好良く見えるのとてもずるいと思う」
「·······?ごめん、意味が分からなかった」
「ぅおーい!俺を変な目で見るな!すぐ俺をそんな目で見るのやめろ!」
「いや、変わった人だとは思うけどそんな目では見てない。」
「見とるわい!·······いや、ほんとは特に意味はなく突撃した。」
犬のようにじゃれついてくるディアの頭を撫でてやると、ディアは嬉しそうに目を細める。リアンとディアはもう兄弟と間違う程に仲を深めていた。
もう寝ようとリアンが言う。ディアはいそいそと少し硬いベッドへ飛び乗った。
「·······ねえリアン」
「はい」
「おやすみ」
「······はい。おやすみ。」
二人は眠りについた。仄暗い夢を誘って。
ディアくん·····好き。




