表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

騎士団長の不滅の恋人

作者: 赤林檎

「このままでは連続殺人令嬢と結婚させられてしまう!」

 騎士団長は叫ぶと、国王陛下から届いた手紙を執務机に叩きつけた。


 この騎士団長の執務室に集められているのは、騎士団長の腹心の騎士数人や、わたくしの実家であるアーマット家の使用人二人。そして、騎士団長の事務官となったばかりの、わたくし、セリーヌ・アーマット。


 若き美貌の騎士団長は怒りに任せて、書類が山積みの執務机を持ち上げた。さすが騎士団長、麗しい顔に似合わぬ力持ちだ。

 わたくしたちは、荒ぶる騎士団長を気の毒に思いながら見ていた。


 カミーユ・ルーカム騎士団長は、現国王の妹が降嫁されたルーカム公爵家の長男だ。

 騎士になりたての頃に逆賊から国王陛下を一人で守りきりった功績により、すごい速さで騎士団長にまで上り詰めた方である。

 今でも国王陛下は『かわいい甥』に、宝石や絵画や像、武器まで贈っていると聞く。手紙を送ってくることもあるだろう。


 輝く淡い金髪と、アイスブルーの瞳をお持ちの騎士団長は、騎士にしては細身な方だ。

 髪を短く切った筋骨隆々たる騎士たちと並ぶと、長い髪をリボンで結んだ細身(当騎士団比)の騎士団長は、まるで騎士たちに守られている王子様のようにも見えた。そのため、騎士団長は王都の令嬢たちから、『騎士団に紛れ込んだ王子様』などと呼ばれていた。


 騎士団長が他の騎士たちのように身体を大きくしないのは、力よりも速さで敵を圧倒する剣技の使い手だからだ。


 騎士団長が連続殺人令嬢と呼んでいるのは、わたくしの腹違いの妹、シャルロット・アーマット。金髪と緑の瞳を持つ、美貌の公爵令嬢だ。


 お父様はわたくしの母が亡くなると、王妃殿下の末の妹を娶った。その『新しいお母様』が生み出したのが、「ずるい、ずるい」と言いながら人のものを欲しがる、妹のシャルロットだった。


 わたくしのお母様は男爵令嬢で、お父様と王立学院で大恋愛をした末に結婚した。

 お母様が亡くなると、お父様はすぐに『新しいお母様』を娶った。

 燃える恋は、冷えるのも早かったに違いない。わたくしがついに継母に家を追い出されても、お父様はわたくしをほったらかしにしていた。

 お父様からしたら、わたくしは大恋愛をした相手との間の娘のはずなのにね。


 わたくしはお母様の平凡な茶色の髪と瞳を受け継ぎ、この騎士団でも多くの騎士たちから、どこかの田舎から出てきた平民出身の事務官だと思われていた。


 お父様はわたくしやお母様の、髪と瞳の色からして、気に入らなかったのかもしれない。公爵家の者なのに、貴族には見えない色彩ですもの……。


 ああ、いけないわ。考えたところで、どうせお父様の考えなんてわからない。


「そのお手紙は、シャルロットお嬢様と婚約するよう、国王陛下が命令してきたので!?」

 わたくしの実家で御者を務めていた中年男のドニが、青ざめた顔をして騎士団長に問いかけた。


 ドニは、シャルロットが騎士団長の最初の婚約者であるスザンヌ・ラバンドを殺すところを目撃していた。

 シャルロットはスザンヌと共に森の泉へピクニックに行き、スザンヌを泉に突き落とした。スザンヌは水を含んだドレスの重みで、泉の底へと沈んでいったという。


 ドニは物陰から令嬢たちが水浴びするところを見ようとして、恐ろしい殺人の目撃者となってしまったのだった。


「いや、内容自体は『シャルロットは良い娘だよー』みたいな、ふんわりしたものだ。国王陛下は、私が自らの意志で、シャルロットに求婚することを期待している」


 国王陛下は寵愛する王妃の頼みを聞き、騎士団長に手紙を送ってきたのだろう。

 騎士団の副団長が毒殺されたばかりだというのに、このような手紙を送ってくるなんて、『国王陛下は王妃殿下の言いなり』という噂は本当のようだわ。


「そんなことより、騎士団の皆様! シャルロットお嬢様をなんとかしてください!」

 叫んだのは、シャルロットの侍女のマリオンだった。元はわたくしの侍女だったのを、シャルロットが奪っていったのだ。


 マリオンはシャルロットの命令で、この騎士団の副団長だったベルトラン・キュリテ様の宿舎の部屋に、恋文と焼き菓子を届けさせられた。

 副団長はわたくしからの贈り物と信じて、毒入りの焼き菓子を口にした。


 なんで食べてしまわれたのですか、副団長……。

 わたくしに「どうして部屋になんて届けさせたんだ?」と確認してくださってさえいたら……。

 わたくしは副団長付きの事務官だったのですから、恋文だって、焼き菓子だって、この騎士団の王都砦で会った時に渡すはずでしょう。


 山岳地方に住むヴォンリー族出身の副団長は、筋骨隆々とした肉体と、馬鹿力と、おおらかな性格のおかげで出世して、若くして騎士団の副団長にまでなった。

 わたくしと同じ平凡な茶色の髪と瞳をお持ちだった、厳ついばかりの副団長は、わたくしが継母と妹にアーマット家を追い出されて途方に暮れていた時、礼儀正しく声をかけてくださった。

 わたくしに行く当てがないと知ると、副団長はわたくしを騎士団の王都砦に連れていってくれた。そのまま自分付きの事務官として雇ってくれて、騎士団の宿舎に住めるようにくれた。


 王妃殿下の妹を敵に回すことになると知っても、『俺は元から出世なんかに興味はねぇぜ。副団長にだって、なんでなれたのか、いまだによくわからねぇくらいさ。俺には左遷なんてものはねぇよ。どこに配属されようが、俺はこの国の騎士だからな』などと言って、大きな口を開けて笑っていた。


 山岳地方の方言を直す気もない、細かいことなど気にしない、いつも書類に書き漏れがあって、わたくしに書類を差し戻されていた方……。


「騎士団長様、お願いです! どうかお助けください! このままでは、わたくしめがセリーヌお嬢様の命により、副団長を毒殺したことになってしまいます……!」

 マリオンはその場で泣き崩れた。

 わたくしに副団長を殺してなんの得があるのだろう。わたくしが犯人だと思った者は、わたくしと副団長の関係を調べてみたらいいのよ。副団長が亡くなって、一番困っているのが、このわたくしよ!


「シャルロットは常軌を逸している。早々に処罰せねばならん。国王陛下は王妃殿下を寵愛するあまり、シャルロットの罪に目をつぶるつもりのようだ。我ら騎士団でなんとかするよりない」

 騎士団長の腹心の騎士たちが、力強くうなずいている。

 どうするつもりなのだろう……。不安しかない。


「ここはやはり……、国王とかいうおっさんを倒すしかないんすかね」

 東の森林地方の方言丸出しで、若い騎士のディミトリ・ワンノーが言った。

 他の者たちも、また強くうなずいている。

 ああ、もう、ディミトリったら、中途半端に賢いんですもの。東の森林地方に帰ってほしいわ……。


「それは謀反ですよ」

 わたくしは急いで指摘した。放っておいたら、この筋肉の集団が国を乗っ取ることになってしまう。あなたたち、政治になんて興味ないし、国の舵取りなんて、まったくできないでしょ!?


「それは、あんま騎士団っぽくないっすね」

「だよなー」

 他の騎士たちがまたうなずいている。ここには基本、武芸だけが取柄の者たちが集まっていた。

 知恵と野心のある猛者たちは、国王陛下のおそばで護衛武官となったり、軍部で出世してこの国を動かそうとしている。

 騎士団は華やかで格好良いけれど、権力の中枢に食い込んでいく、みたいなガツガツした感じではないのだ。


 この小さなルクパウダ王国の騎士団も、他の大国の騎士団みたいだったら、また違ったのだろうけれど。辺境防備騎士団とか、国王護衛騎士団とか、王宮警備騎士団とかがあって、筆頭騎士団長に取りまとめられている、みたいなね。

 大国は騎士団の維持費だけで、すごい金額の予算が組まれているんだろうなぁ……。


「そんなことより、シャルロットお嬢様ですよ! 俺もマリオンも、ラバンド家の使用人とその家族みたいに、口封じされちまう!」

 ドニが叫んだ。目が血走っている。


 ラバンド家の使用人は、騎士団長の二番目の婚約者を殺害した犯人だった。

 騎士団長の二番目の婚約者は、スザンヌ嬢の妹のアンリエット嬢。亡くなった姉の代わりに、騎士団長の婚約者となった。


 アンリエット嬢は中年の使用人によって、納屋に閉じ込められた。その納屋に火がつけられ、炎の中で亡くなったのだ。


 使用人はシャルロットの護衛たちによって、妻子を人質にとられ、長年仕えた主を裏切ることとなった。

 使用人は与えられた任務の成功後に、妻子と共に死体となって王都の片隅を流れるソノタ川に浮かんでいた。

 彼らの死は、一家心中ということになっているが、公爵家勤めの御者という安定した仕事に就いて、借金などもないのに、一家心中する理由がない。


「手口が悪質になっていっているのも気になる。ローザ嬢どころか、ベルトランまで殺されるとは!」

 ローザ嬢というのは、わたくしの前に騎士団長の事務官をしていた、トカット男爵家の末娘のローザ・トカットのことだ。男爵令嬢でありながら武芸が好きすぎて、武芸を学ぶために騎士団の事務官になったという変わり者だった。


 ローザは騎士団長と共に、騎士団長の婚約者が相次いで亡くなったことに関する調査をしていた。

『騎士団長は婚約者を二人も失い、嘆き悲しんでいた。ローザ嬢が騎士団長を慰めているうちに、騎士団長の事務官から恋人となった』という噂を流し、犯人の出方を伺っていたのだ。

 まさかシャルロットが異国の奴隷商人を抱きこんで、凄腕の闘奴隷たちを使い、ローザに付けた護衛の騎士ごと殺すとは思わなかった。


 こんな連続殺人令嬢がいたら、普通なら即、捕まえて処刑でしょ!?

 国王陛下も『おっさん』呼ばわりされても仕方がないですわよね。いくら王妃殿下の妹の娘でも、こんな連続殺人令嬢を無罪放免どころか、甥のお嫁さんにしようとするのは、いくらなんでも違うわよ!


 騎士団長の執務室に集まって、ただの騎士や使用人や事務官で話し合って、どうにかなる問題を超越しているわよね!?

 国王陛下に意見することのできる『然るべき機関』はなにをやっているの!? シャルロットを野放しにしておくな、と思いますわ!


「ベルトラン以上の腕の者が必要だ。俺は今度は、その者との交際を装う」

 騎士団長のお言葉はもっともだが、この国で副団長以上の腕の持ち主といったら、騎士団長しかいない。


「んんっ? つまり、騎士団長が騎士団長と付き合うってことっすかね?」

「さすがディミトリだ。良いところに気が付いたな」

 ディミトリは褒められて嬉しそうだが、騎士団長は絶望したように椅子に座り、執務机に突っ伏した。

 騎士団長は、なにもかもが嫌になったのだろう。


 騎士団長と副団長は、『騎士団長は婚約者を二人も失った上に、恋人も失って、とても傷ついていた。副団長がそんな騎士団長を慰めて、二人は騎士団の団長と副団長という関係を越え、恋人となった』という噂を流して、犯人の出方を伺っていた。


 わたくしの知る限り、二人は特に恋人っぽいことなど、なにもしていなかった。

 わたくしが二人に「恋人同士なのだから、身体的な接触を増やしてみては」とアドバイスしてみたところ、二人は素手での格闘訓練をめちゃくちゃ増やしていた。


 うん、接触はしていたわね……。めちゃくちゃ殴りあって、蹴りあって、首を絞めたり、絞められたり……。

 娼館すら行かず、恋人も作らず、「我らは武の道を究めるっ!」とか叫んでいる人たちには、あれが限界だったのだろう。


 格闘しながら、二人はたまにわたくしの名前を言っていた。『身体的な接触』がこれで良いのか、二人で確認しあっていたのだろう。

 わたくしはあれで良いわけがないと思ったけれど、副団長が殺されてしまったという結果から考えると、きっと恋人同士として見られるに足るものではあったのね……。


「じゃあ、今度は、ええと……、『騎士団長が婚約者を二人も失った上に、恋人を二人も失った。そんな騎士団長を騎士団長が慰めているうちに、騎士団長と騎士団長が、騎士団長同士という関係を越えて恋人になった』という噂を流したらいいってことっすよね。了解です」

 ディミトリは良い笑顔で、他の騎士たちと共に執務室から出ていこうとした。

 いやいや、待って! 騎士団長を連呼しているけれど、この国には騎士団長は一人しかいないわよ!? 意味がわからないから!


「今度は俺自身がシャルロット嬢に殺されるのか。……それも悪くない。俺さえいなければ、四人もの者が殺されることもなかった」

 騎士団長は昏い目をして、執務室に集まっている人々を見た。

 わあ、騎士団長が病んできてるわぁ……!


「うへぇ、それはマズいっすよ!」

 ディミトリは退室するのを中止した。

 他の騎士たちも、小声で「それはちょっと……」や「騎士団が崩壊するだろ」などと言いあっている。


「わたくしに心当たりがあります。騎士団長に最強の恋人をご用意しましょう。カミーユさんです。騎士団長と同じ名前の方ですよ」

 カミーユという名前は、男性にも女性にも付けられる。


 副団長、見ていてください。頭を使うのは得意です。

 わたくしがシャルロットを追いつめて、副団長の仇を討ちます。

 家を追い出されて泣いていた、あの日、副団長と騎士団のみんなは、わたくしにとてもやさしくしてくれた。

 わたくしがこの騎士団を守ります。

 もうシャルロットに、誰も殺させないわ。




 ディミトリたち情報拡散部隊は、退室後すぐに活動を開始した。

『騎士団長が真実の愛を見つけた。カミーユという身分もない娘を娶るつもりで、騎士団で世話している』


 この噂は、あっという間に王都中に広まった。

 情報拡散部隊は、パン屋の看板娘から、酒場の歌姫、訓練を見に来た令嬢たち、借金取り、王都に実家のある者は親兄弟まで、誰にでもこの話をしてまわった。


 噂はすぐにシャルロットの耳に届いたようで、シャルロットは護衛や侍女を引きつれて、騎士団にカミーユを見に来た。


「騎士団長! カミーユさんとサボってないでください! 先日の辺境遠征の旅費のこと、覚えてますか!? 書類がまだ書いていただけてないですよ! 王宮の経理官から、『あまり遅れるなら、もう支払わない』という、お怒りの手紙が来ちゃいましたよ!」

 わたくしは白紙の旅費精算書を掲げて、騎士団長を責めていた。

 騎士団長はカミーユの肩を抱き、わたくしなど無視して、カミーユの横顔を眺めていた。


「騎士団長様が、カミーユなどという女と、お仕事をサボっているですって!?」

 シャルロットは怒りに声を震わせながら、わたくしたちのいる騎士団の王都砦の中庭に入ってきた。

 こんな王都の外れまで来るなんて、シャルロットはよほど騎士団長が好きなのね。


「これほどの美貌と出会えたのだ。仕事など手につかないさ」

 騎士団長は恍惚とした表情で、「カミーユ」と恋人の名を呼んだ。

 わたくしの隣に立ったシャルロットは、騎士団長を見て、呆然とした顔をした。


 カミーユの長い髪、形の良い双眸、高い鼻、中性的な唇。

 身長は騎士団長とあまり変わらない。

 すらりとした細身の身体は引き締まり、とてもスタイルが良い。


「あら、シャルロット。見てちょうだい、騎士団長はああいう、大人の女性がお好きみたいなの」

 わたくしは掲げていた書類を下ろし、小さくため息をついた。

 騎士団長はこちらを見ようともしない。カミーユに夢中なのだ。


「大人の……女性……!?」

「騎士団長ったら、髪は長めがお好きだったのね。カミーユさん、髪が腰まであるのよ」

 騎士団長は、わたくしとシャルロットの前だというのに、いきなりカミーユの頬に口づけた。


「きゃあ、騎士団長ったら! 破廉恥すぎます! カミーユさんは娼婦ではないんですよ! 失礼です!」

 わたくしは叫びながら両手で顔を覆った。

 シャルロットの護衛と侍女たちが騒めいた。


 まだ昼間で、ここは騎士団の王都砦だ。

 こんなお堅い場所で、真っ昼間から行われている、騎士団長と情婦による破廉恥な行い。

 公爵家の護衛や侍女には、刺激が強すぎたかしら?


 騎士団長ったら、やりすぎですわよ! カミーユさんにもお立場がありますのに!


「なんなのよ! なんなの!? なんだっていうの!?」

 シャルロットは現実を受け入れられないようだった。

 お子様のシャルロットには、カミーユのような大人の色気は出せないだろう。


「あの……、シャルロットお嬢様」

 シャルロットに呼びかけた中年の侍女の顔には、見覚えがあった。継母が嫁いでくる時に、実家から連れてきた侍女のうちの一人だ。


「なによ!?」

「ここは一度、お帰りになられた方がよろしいかと……」

 さすがに長年、侍女をやっているだけあるわね。引き際を心得ているようだわ。


「そうよ、シャルロット。あなただって言ったじゃない、『騎士なんて荒くれ者ばかり』って。ご覧なさい、あの騎士団長の姿。『女と見たら、なにをするかわからない連中』そのものよ。淑女が見るものではないわ」

 シャルロットはわたくしが騎士団の事務官として生き延びたことを知ると、『まあ、信じられないわ!』という言葉に続けて、先ほどの侮辱の言葉を言い放ったのだ。


 さっさと屋敷に戻って、家庭教師から『騎士の道』がどんなものかを教わるのね。


「こんなところで、そんなこと言うことないじゃない!」

 顔を真っ赤にしたシャルロットは、護衛と侍女を引きつれて、騎士団の王都砦を去っていった。


 砦の中から様子を見ていた騎士たちが、中庭にやって来た。

 騎士団長は騎士たちに命じた。

「カミーユは我らに命懸けで協力してくれている。なにかあったら、しっかり守ってやってくれ」

 騎士たちは「騎士団の名誉にかけて!」と誓った。


「セリーヌ嬢、すごい女性を知っているな」

 騎士団長がわたくしに笑いかけた。

 わたくしは騎士団長の笑みを、初めて真正面から受け止めることになった。


 令嬢が人を殺すほどの容姿から繰り出される、極上の笑み。


 人の心を惑わせる、ものすごい威力だった。

 こんなわたくしの心さえ、蕩けさせるほどなのですもの……。



 騎士団長はカミーユと順調に交際していた。

 舞踏会に騎士団長と共に出席する栄誉は、本来ならばカミーユのものだ。けれど、カミーユの身分では、貴族が集まる舞踏会への出席は難しかった。

 わたくしは何度かカミーユの代わりとして、騎士団長と共に舞踏会に出席した。


「そういえば、セリーヌ嬢も公爵令嬢か。そのような格好をしていると、騎士団の事務官には見えない」

 舞踏会用のドレス姿で初めてお会いした日、騎士団長は頬を染めていらした。武芸を追い求めることしかしてこなかった方は、どうやら年齢よりもずっと純粋なようだわ。


「作法もダンスも完璧なのだな。俺なら、決してあなたを手放さない」

 ダンスの合間に言われて、わたくしはほほ笑んだ。騎士団長は本当におやさしい方だ。

 わたくしが実家から追い出されたことを、いまだに噂している人たちがいた。王妃殿下に媚びるため、わたくしを悪く言っている。

 騎士団長はわたくしを腕に抱き、彼らにこっそり反論してくれたのだ。


 わたくしは騎士団長のご両親であるルーカム公爵夫妻にお会いした。ルーカム公爵夫妻のご紹介で、騎士団長の婚約者だったスザンヌ嬢とアンリエット嬢のご両親である、ラバンド公爵夫妻ともお会いできた。


 カミーユの噂を聞いたのだろう。娘を失って以来、舞踏会には出てきていなかったトカット男爵夫妻にも会えた。お二人は、騎士団長の事務官だったローザのご両親だ。


 わたくしはどの舞踏会でも、まわりにこう言った。

「わたくしなど、カミーユさんの代わりにすぎません。本来であれば、ここに立っているのはカミーユさんです」

 慎ましやかな笑みを浮かべて、寂しげに。


 シャルロット、どこかから見ていて?

 姉であるわたくしが欲している相手がここにいるわよ!

 元々欲しがっていた騎士団長、それを姉のわたくしも欲しがっているのよ。

 カミーユから奪ってでも、手に入れるしかないわよね!


 三組のご夫婦は、なかなか話のわかる方々だった。

 ルーカム公爵は、周囲に「長男には、やはりラバンド家から嫁をもらいたい」と漏らすようになった。同時に、ルーカム公爵夫人が「息子たちには、本当に好きな相手と寄り添って生きてほしい」と言うようになった。


 トカット男爵夫妻は、娘を失った者同士として、ラバンド公爵夫妻と交流を持つようになった。ラバンド公爵家の方がかなり格上ながら、どちらも武門の家系同士であったので、話があったのだろう。

 トカット男爵夫妻とラバンド公爵夫妻は、共に狩りに行く仲となった。ご夫人たちがたまたま弓を得意とする、ちょっと変わった方同士だったのも良かったようだ。


 わたくしは副団長のご両親の元へも、新たに副団長となったセルジュ・トワークを送った。彼はベルトラン副団長ほどの強さはないが、人を説得したり、策を練ることに長けていた。こういう人物も騎士団の中心に一人は必要だと、わたくしが騎士団長に進言したのだ。



 その日、騎士団の昼休みにあわせて、ラバンド公爵夫妻とトカット男爵夫妻が、揃って騎士団の王都砦にやって来た。

 彼らが来ることは、事前にシャルロットの耳にも入っているはずだ。ディミトリたち情報拡散部隊が、そのために動いていたのですもの。


 カミーユは今、騎士団長の執務室にいた。執務机の前で騎士団長を見つめて、ただ静かに立っていた。


「こちらの方ですか。身分がない故に、ルーカム公爵家に嫁ぐことが難しい、騎士団長が慕っている娘さんというのは」

 ラバンド公爵が、執務室の外まで聞こえるような声で、わたくしたちに言った。


「ええ、そうです」

 騎士団長はラバンド公爵夫妻とトカット男爵夫妻に、自分の恋人となってくれたカミーユを紹介した。

 カミーユは騎士団長に促されて、二組の夫婦の方を向いた。慎ましい笑みを浮かべて、娘を失った二組の夫婦を見つめていた。


 二組の夫婦は、カミーユの姿を見て、失った娘を思い出したのだろう。四人でしばらく涙を流していた。


「カミーユさん、どうだろうか……。我が家の養女とならないか? あなたのような美しいお嬢さんなら、妻も私も大歓迎だ」

 ラバンド公爵は、どこか息苦し気に言った。失った娘の代わりとして、他の娘を養女に迎えることに対して、やはり複雑な気持ちなのだろう。


「カミーユさんが同意されましたので、わたくしの方で縁組の書類をお作りします。立会人は、トカット男爵夫妻でよろしいですね?」

 わたくしが白紙の親子縁組申請書を見せると、トカット男爵夫妻は何度もうなずいた。


「ぜひ我々夫婦に、立会人をやらせてほしい。騎士団長には長く娘が世話になった。最期には、騎士団長の恋人として亡くなった。カミーユさんは、我々夫婦にとっても娘同然だ。カミーユさんの幸せを見届けさせていただきたい」

 わたくしは書式に則って、必要事項を記入していった。遠征の旅費の申請に比べたら、こんな書類の記入なんて、簡単すぎるくらいだわ。


「ちょっと、おかしいじゃないの! 身元もわからない娘を、貴族が養女にするですって!?」

 いきなりドアが開き、シャルロットが護衛と侍女を引きつれて、執務室に入ってきた。

 ノックすらしないなんて、礼儀がなっていなくてよ?

 あのお継母様は、どういう教育をなさっているのかしら?


 わたくしの作成した書類には、すでにラバンド公爵夫妻とトカット男爵夫妻のサインがされていた。

 わたくしは書類を折りたたんで封筒に入れ、蜜蝋を垂らし、騎士団の紋章印を使って封をした。


「どういうことですかな?」

 ラバンド公爵がシャルロットに問いかけた。口調はやさしいけれど、眉根は激しく寄っている。


「シャルロット嬢、わたくしたち夫婦が決めたことに口を出すのですか?」

 ラバンド公爵夫人もシャルロットをにらみつけた。

 当然だわ、彼らは『王妃殿下のかわいい姪』ではなく、『自分の娘の仇』を前にしているのですもの。


「なんなのよ!? おかしいわよ!」

「騎士団所属の事務官である、このわたくしが、正式に書類を作成しました。カミーユ嬢はもう、公爵令嬢ですわ」

 貴族による親子の縁組についての、煩雑な手続きについてなんて、シャルロットにはわからないだろう。何枚の書類がどこの部署に提出されて、添付書類はなにが必要か、などということは、シャルロットは考えたこともないはずよ。

 この場にいるシャルロットの護衛と侍女も、カミーユのような者を娘に迎え入れる貴族の手続きについてなんて、知るわけがなかった。


「それを寄越しなさいよ!」

 シャルロットが、わたくしの持っている封筒に手を伸ばした。

 わたくしは飛び退って、シャルロットの手を避けた。


「遅くなりましたな」

 執務室の外で声がした。シャルロットの護衛と侍女たちが、動揺した様子で場所を開けた。

 執務室に入ってきたのは、副団長の故郷である山岳地方に住む、ヴォンリー族の集団だった。奇妙なお面をかぶり、獣の皮や牙などを身に着けた、半裸の男たち。


「ヴォンリー族の次期族長、ユーグ・キュリテ。息子、ベルトランの恋人の幸せのため、こうして駆けつけましたぞ!」

「ベルトランのお父上ですか!」

 騎士団長が駆け寄って、副団長の父と固い握手を交わした。二人は目と目で語り合い、うなずきあっていた。


「息子が長く世話になった。息子はあんたを尊敬していると言っていた」

「こちらこそ……、ずっと支えてもらっていました」

 聞きようによっては、亡くなった恋人の父との会話にも聞こえるだろう。

 二人の邪魔をするのは心苦しかったけれど、わたくしは副団長の父にカミーユの縁組の書類が入った封筒を渡した。


「こちらがカミーユ嬢の書類ですか」

「はい、親子縁組申請書が入っております」

「こちらは故郷に持ち帰り、我がヴォンリー族の宝として、全力で守らせていただこう」

 副団長の父の声は震えていた。副団長の父は「エルマン」と一人の男を呼んだ。

 進み出てきたエルマンは、騎士団の騎士たちや、やって来たヴォンリー族の中の誰よりも背が高く、すごい筋肉を持っていた。


「エルマンは我が部族の誰よりも強い。死も痛みも恐れねぇ狂戦士よ。『不死身のエルマン』なんて呼ばれてる」

 副団長の父は、エルマンに封筒を渡した。エルマンは胸から下げた革袋に封筒をしまった。

 ヴォンリー族の男二人が、胴だけを覆う皮の鎧をエルマンに着けさせた。


「ご依頼の件、しかと承りました」

 副団長の父とヴォンリー族の男たちは、わたくしに向かって、右腕を突き上げてみせた。それは、ヴォンリー族が必勝を誓う動作だった。かつて副団長が、仕事の合間に教えてくれた。


「騎士団長、あんたは息子も同然だ。ベルトランの分まで幸せになれ! ベルトランも……、あんたなら安心できると言うだろう」

 副団長の父は、騎士団長を抱きしめた。騎士団長もまた、副団長の父を強く抱きしめ返した。


「ちょっと、護衛、なにを見ているの!? あいつから封筒を奪ってよ!」

 シャルロットが護衛たちに怒鳴るが、護衛たちは顔を見合わせながら、全員が後ずさりしていた。

 戦闘民族であるヴォンリー族と、令嬢の護衛程度の給金で戦いたくないだろう。

 シャルロットは労働に対する対価なんてものについて、考えたこともないに違いない。


 シャルロットのためにヴォンリー族と戦ったところで、『国のために尽くした』などの名誉が得られるわけでもないのだ。

 下手に戦ってみて、手足でも失ってしまったら、護衛の仕事すらできなくなる。

 護衛たちにだって、護衛たちの人生や幸せがあるのよ。


「副団長のお父上」

 ラバンド公爵が声をかけた。副団長の父は、ラバンド公爵夫妻とトカット男爵夫妻とも握手を交わした。


「部族の誇りにかけて、この書類は誰にも渡さねぇぜ!」

 エルマンは「ヴァアアァァァ――ッ!」という独特の気合の入った叫び声を上げた。他のヴォンリー族の男たちも、返事をするかように「ヴァアアァァァ――ッ!」と叫んだ。


 騎士団の昼休みの終わりを告げる鐘が鳴り響いた。

 ラバンド公爵夫妻とトカット男爵夫妻、ヴォンリー族の男たちは帰っていった。

 シャルロットもまた、中年の侍女に説得されて、ふてくされた顔をして帰っていった。



 わたくしはその後、すぐにディミトリたち情報拡散部隊を騎士団長の執務室に呼んだ。

『ラバンド公爵夫妻が養女のために、ウェディングドレスを注文した』

『養子縁組の立会人となったトカット男爵夫妻が、ウェディングベールを贈呈すると申し出た』

『カミーユ嬢はどこかで令嬢教育を受けていたのか、すぐにでも公爵令嬢としてやっていけそうだ』

『騎士団長はカミーユ嬢との婚姻を楽しみにしている』


 ディミトリたちはどこか複雑そうな顔をしつつ、任務のために執務室から出て行った。

 まさか、騎士団長が本当にカミーユと婚姻するとでも思ったのだろうか。

 カミーユも自分の任務は心得ている。

 そこまで望んだりするようなことはないのに。



 それから数日して、シャルロットが騎士団にやって来た。

 わたくしの予想通りだった。

 こんな王都の外れまで何度も来るなんて、シャルロットは本当に騎士団長が好きなのね。


 騎士団長は仕事をサボって、カミーユと中庭で逢引していた。

 今回は、わたくしも騎士たちと共に、砦の中から様子を見ていた。

 わたくしが出しゃばってシャルロットに殺されでもしたら、カミーユの努力が無駄になってしまうもの。


「騎士団長様、本当にそんな化け物みたいな女と婚姻なさるのですか!?」

 叫んだシャルロットの後ろには、これまでは連れていなかった、一人の護衛が控えていた。

 黒一色の服。腰には長い剣。いや、あれは……。なんだったかしら? カタナ……? 東の森林地方の剣士が使う、剣とはまた別の呼び方がある剣。


 騎士団長はほほ笑みながら、カミーユの腰に手をまわした。

 ふと、騎士団長は今、どんな気持ちでカミーユの腰を抱いているのだろうと思った。

 シャルロットに殺された者たちへの復讐心か、それとも……。


「カミーユは俺に尽くしてくれています」

 騎士団長は恍惚とした表情で、隣に立っているカミーユを見つめた。

 カミーユはシャルロットをまっすぐに見つめていた。

 騎士団長はまるで甘えるように、カミーユの身体を横から抱きしめた。


「ただ立っているだけじゃない! それ以外になにができるって言うのよ!」

 愚かなシャルロット、あなたに殺された者たちは、そのただ立っていることすらも、今はもうできないのよ。


 かわいそうなシャルロット、わたくしも姉として、もっとなにかできたのかしら?

 王妃殿下の権力をふりかざし、わたくしを家から追い出したシャルロット。


 あの日、副団長と出会えていなかったら、わたくしはどうなっていたかしら?

 奴隷商人にでも見つかっていたら、今頃、わたくしは異国の老人の相手をしていたかもしれないのよ。


「俺はカミーユを愛しているんだ」

 騎士団長は力強くカミーユを抱き、自分の方を向かせた。

 カミーユは騎士団長にされるがままだ。


 騎士団長の手がカミーユの頬に添えられて、騎士団長はカミーユに口づけた。

 わたくしのいる場所からは、ひどく濃厚な口づけをしているように見える。

 カミーユの方はともかく、騎士団長は大丈夫なのかしら……。


「いやよっ! いやっ! 騎士団長様!」

 シャルロットが叫び、後ろに控えていた剣士を見た。


「あなた、ああいう化け物を殺せるって言ってたわよね!?」

「俺に斬れぬモノはない」

 黒衣の剣士は重々しく答えた。

 わたくしの胸の内は、不安でいっぱいになった。


 黒衣の剣士はシャルロットよりも前に出ると、剣の柄に手をかけた。


「本当にあのカミーユという者、殺してもよろしいか?」

「殺して! 殺してちょうだい! 王妃殿下のお力で、お前の罪なんてどうとでもなるわ!」

「信じられませんな。使い捨てにされるのはご免です」

 黒衣の剣士は、落ち着いた口調でシャルロットの言葉を否定した。


「平気よ! ずっと大丈夫だったもの! スザンヌ嬢も、アンリエット嬢も、ローザ嬢も、副団長だって、みんな殺したけど、誰も文句なんて言ってこなかったもの!」

 文句を言うですって!? 文句! そんな程度で済むことではないのに、それすらも、あの子にはわからないというの!?


「よろしい。ならば、俺に命じよ」

「カミーユを殺して! あのカミーユを殺すのよ!」

 シャルロットがカミーユを指さす。


 騎士団長はまるでカミーユと踊るようにして、カミーユの身体をくるりと回した。

 これがこの恋人たちの、ラストダンスになるかもしれない。


 黒衣の剣士は中庭に立つカミーユに近づき、止まった。

 騎士団長は黒衣の剣士に気圧されたのか、カミーユのそばを離れた。


 カミーユは己の役目を理解しているのかもしれない。すべてを受け入れたような穏やかな笑みを浮かべて、黒衣の剣士をただ見つめていた。


「シャルロット様、後悔なさいませんか?」

「そんなもの、しないわよ! なにやってるのよ! しゃべってないで、さっさとそのカミーユを殺しなさいよっ!」

 シャルロットが怒鳴った、次の瞬間、中庭でなにかが光ったように見えた。


 なにが起きたのか、一瞬わからなかった。

 どうやら光ったように見えたのは、日の光を反射した剣の刃だったようだ。


 剣士が剣を抜き、カミーユの首をはねて、鞘に戻したのだ。


 カミーユの頭は中庭を転がり、騎士団長の足元で止まった。


「アーマット公爵令嬢、シャルロット・アーマット!」

 一人の男が、騎士団の王都砦の扉を開けて、中庭に飛び出していった。

 騎士団長と黒衣の剣士が、即座にひざまずいた。


「国王陛下!? 来てくださったの!? ねえ、国王陛下、騎士団長にわたくしとの婚姻を命じてください」

「なにを言っているのだ!?」

「騎士団長の恋人なら死んだもの! ねえ、そろそろ、騎士団長をわたくしの夫にしていいでしょう!?」

 国王陛下が立ち止まった。シャルロットは両手を伸ばして、ほほ笑みながら国王陛下に近づいていく。


 国王陛下を追い抜いて、護衛武官たちがシャルロットを拘束した。

 シャルロットはひどく暴れていた。


「わたくしは王妃殿下の姪よ! わたくしにこんなことをしたら、王妃殿下が許さないわ!」

「黙れ、シャルロット・アーマット!」

 国王陛下が叫び、シャルロットは口枷をつけられた。


「イヴォンヌ、お前の言うとおりだった」

 イヴォンヌは国王陛下の妹で、騎士団長のお母上だ。

 ルーカム公爵夫人は、わたくしの頼みを聞き入れ、今日この日、国王陛下をここまで連れてきてくださったのだ。


「退位なさいませ、お兄様。お兄様にはもう、国を担う資格はない。わたくしに三年くださいませ。三年で、我が息子カミーユを、王に育ててみせましょう」

 ルーカム公爵夫人、いや、王妹殿下は、国王陛下に言った。

 国王陛下は、ただ一度うなずくと、シャルロットを連れて去っていった。



 それから三年、騎士団長は、本当にこの国の王となられた。

 あの日、カミーユを殺した黒衣の剣士である、東の森林地方出身の若い騎士、ディミトリ・ワンノーは、今では騎士団長になっていた。


 わたくしは今日も王都砦の中庭で、カミーユを見つめていた。

 切り落とされたカミーユの首は、腕のいい職人の手によって、胴体の上に戻してもらえていた。


 先の国王陛下はかつて、若き騎士だった甥により命を救われた。その功績は大いに称えられ、この中庭には『忠義の騎士カミーユの像』が建てられた。


 騎士団長が自分の銅像に口づけした時は、銅を舐めて大丈夫なのかと、とても心配になったわ。


 うまくいってよかった。

 ディミトリは予想以上の名演技で、シャルロットの自白を引き出してくれた。


 あれ以上、シャルロットに殺される者を増やさないようにすること。

 それだけが、わたくしにできる償いだった。


 わたくしがシャルロットの凶行を止めた功績により、アーマット家はなんとか生き延びることができた。爵位を落とされて、今は男爵家となったけれど、お父様も使用人も、一族の者たちも生きている。


 王都砦の扉が開き、中庭に国王陛下がやって来た。

 まるであの日の再現のようだわ。


 わたくしは銅像の横でひざまずいた。


「セリーヌ嬢」

 国王陛下となった騎士団長は、わたくしの元へと歩いてきた。

 わたくしの前で立ち止まった国王陛下は、わたくしの腕をとり、立ち上がらせた。


「もう三年だ。シャルロットは処刑され、シャルロットの母と先の王妃も流刑地で死んだ。それで充分であろう。そろそろ良い返事を聞かせてくれないか」

 三年。たった三年。

 シャルロットは死んだ。

 それで、もう充分なのだろうか。


 わたくしはどうしたら良いのでしょうか、副団長。

 副団長はわたくしを助けてくれたのに、わたくしの妹が、副団長を殺したのです。

 わたくしだけ幸せになるなんて、そんなこと、許されるのでしょうか。


「私がこうして即位できたのは、セリーヌ嬢のおかげだ。これからはこの国の王妃として、私とこの国、民たちに尽くしてほしい」

 国王陛下がひざまずき、わたくしの手をとった。

 騎士団長だった頃には、言われたことのない言葉での求婚だった。


「それを貴女の、これからの償いとしてくれないか?」

 国王陛下の目が、どこか切なげに細められた。


「国王陛下、ずるい! ずるいですわ! そんなことを言われたら、もう断れないではないですか!」

「ずるいか」

 国王陛下は楽し気に笑って、わたくしの手に口づけた。


 わたくしはシャルロットのように「ずるい、ずるいわ!」と叫んだ。

 国王陛下はわたくしを抱きしめて、わたくしの頬を流れる涙を拭ってくれた。

 あの日、銅像に口づけた国王陛下の唇が、今はわたくしの唇に触れていた。


 わたくしは亡き副団長に、心の内で語りかけた。

 これからは国王陛下のおそばで、王妃としてこの国と民に尽くします。

 わたくしが償いの道を歩むさまを、どうか見ていてくださいませ……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ