ホロスコープ越しのマイウェイ
『オリエンタルアート』シリーズ。ナンセンス物語です。
バンデンラ・ゴジジウこと吉岡末吉はその日、祖父である吉岡為吉と居間で茶を飲んでいた。専業主婦の母と会社員の父はスーパーへ買い物に出掛けており、土曜日の午前という何かと充実させたい時間帯にちゃぶ台を囲んでのこのティータイムはわりとお馴染みの光景である。大して興味があるわけではないテレビを付けっぱなしに、時折思い出したかのように「ツッコミ」を入れる祖父の言葉がゴジジウの耳を右から左へと通り過ぎてゆく。
「この男は非常識だな。非常識な声をしている」
「あ、そだな。ちょっと男とにしては甲高いかも」
ゴジジウも惰性で相槌を打つが、祖父の独特な…というより微妙な日本語の遣い方に対して訂正する気配がないのは、彼自身の感覚によるものだろう。ちなみにこの場面に母が不在でなければ、彼女ならやんわりと指摘しているはずである。すなわち『この場面』こそ、非常識極まりない会話が続けられる異空間であり、ある意味でこの世界の奇跡の時間である。為吉は既に4杯目、出がらし気味になった日本茶を満足そうに啜ってから、
「おまえ、今何作ってんだ?」
と末吉に訊ねる。彼の認識では孫は『芸術家』という事になっていて、芸術家と言えば基本的に「わけの分からないモノ」を作る輩だという了解である。もちろん「わからない側」に居る「かつらーむき」こと為吉にとってはその認識で正しいとも言え、「わけの分からないモノ」を作ってそれが売れていて、それで生活できていればそれも一つの生き方なのだろうなという意識がある。だから今回孫が何を製作していようとも、それを否定するという事はない。が、ある種の興味本位で作っているものが何なのかを知りたいという気持ちもあるのだ。祖父のそういう微妙な心情についてはゴジジウもある程度把握していて、一応分かり易いような説明を心掛ける。
「じいちゃん、神さまって知ってるか?」
「神さま?拝む神さまか?」
「そうだ。その神さまの絵だってさ」
「ほう。そんならオレにも分かんなくはないな。実はオレは神さまにあった事がある」
「え?まじか!?」
唐突な祖父の告白だが、もちろんこれには彼特有の論理がある。
「間違いなく神さまだな。オレが神さまだと思ったから神さまだな」
「???」
ハテナマークを浮かべているゴジジウに対してそれで説明が終わったと言わんばかりに再び茶をすすり始めたかつらーむき。テレビから流れてくる化粧品のCMに一瞬眼を遣り己も茶を啜って、
「そうなのか…」
と何かを納得したらしいゴジジウ。するとゴジジウは一度席を立ち、自室から紙とペンを携えて戻ってきた。そのまま無言で何かをスケッチし始める。祖父は、心情が読めない表情のままその様子を見守っていた。10分くらい経ち、テレビ番組が終わりに差し掛かった辺りで、
「でけた!」
とゴジジウの声。どれどれ、とかつらーむきが覗き込んでみるとそこには全体的にふわっとした雲のようなフォルムで明後日の方向を見ているらしい謎の存在が描かれていた。
「これはなんだ?」
「神さまだ!」
「ほうか、おまえにとってはこれが神さまなんか」
「そうだ。まあこれはまだまだデフォルメだから、もっと細部を描かなきゃなんないけど、俺の夢の中に頻繁に現れてくるんだ。たぶん、あれが神さまだろう」
その説明に納得はしたものの、かつらーむきは訊ねざるを得ない。
「お前、これを描いて売るのか?」
「ああ。お客さんの依頼だからな」
「ほん」
かつらーむきはそこで「それで成り立ってるんだから、そういうもんなんだろうな」と殆ど思考停止に近い了解を行った。末吉の方は創作意欲に燃えだしてみるみる興奮しし始めている。
「やっぱりこの男は非常識な声をしている」
為吉は番組の最後を〆た先ほどの最近売れ始めているタレントに同じ結論を下した。