sideメンコ 野に咲く薔薇同士の不器用な恋物語(1)
*
――同時刻。喫茶店ツブヤキ。
「ふぅ……」
アタシは酷く緊張していた。
そのせいか、飲み物を待つ時間さえ、長く感じてしまう。
こんなにも戦闘以外で、不安になるのは何年ぶりだろうか。
いつものアタシなら、こんな緊張ぐらい、余裕で乗り越えられるのに。服装も、あの時の青いロングワンピースを着てみたけど、緊張で汗が……。
「あー。もう!」
だけど、ちゃんと返事を返さないと。いつまでも保留のままにしていたら、猛アタックしている彼にも悪いからね。
でも、何で彼はアタシの事、好きになったんだろう。
理由を聞こうとしても『え? 野に咲く薔薇の様に君が美しいからだよ』みたいな口説き文句しか言わないし。しかもルーマニア語でサラッと。
「それにしても、遅いわね」
実は彼、『ツブヤキのメニューで新作が出たんだけど、美々子。試しに飲んで欲しい』て言ってきたのよね。
普通そういうの、従業員の間柄でしかやらないはずなんだけど……。何でアタシ?
あまりにも遅く感じたアタシは席から立ち上がり、カウンターへと向かっていたら、
「…………」
「……!!」
「え?」
カウンターの奥から、何故かフグトラとナイトの話し声がしてきたのだ。
「は? 何話してんの!?」
気になったアタシはすかさず手に持っていたオレンジのスマートフォンから翻訳アプリを取り出し、ルーマニア語から日本語に変換できるように設定した。
「……」
もしかして、何か言ってる?
緊張と不安の中、そっとスマートフォンをカウンターの奥へと向けてみることにした。
「そーいやナイトさん」
「……ン? ナンダ?」
「気になることあったんで、言っていいっすか?」
「……構ワナイ」
「……」
え? フグトラ、気になることがあった訳?
アタシは緊張しながらもスマホの持つ手が震えていた。
「ナイトさんって、姉御の何処に惹かれたっすか?」
「Vai!?」
「は!?」
ちょっと待ってよ!
フグトラ、突然何聞いちゃってんのよ!?
アタシは思わずスマホを持つ手を落としそうになったが、彼もまた驚いているみたい。
「エト、ソレは……」
「ぉわぁぁあ!? すすす、すみませんっす! まさかそこまで動揺するなんて! 余程姉御に惹かれたんすね。ナイトさん」
「マテ。フグトラ。エト……、イウ」
しかも、彼は動揺しながらも、ルーマニア語でゴニョゴニョと話しているのが聞こえてきた。
なので、すかさず翻訳モードになったスマートフォンを翳してみることに。
「M-am îndrăgostit de ea când am văzut-o învingând inamicul cu atâta grație.」
「なるほどっす。ポケトーク越しでも答えて下さるなんて、とても紳士的っすよ。ナイトさん!」
「エト、ハズカシイ……」
「でもそれ、姉御にちゃんと言ったっすか?」
「イッテナイ。彼女、見ルト、言イタイ事、全部忘レル」
「あちゃぁー! それ、相当っすね! まぁ、応援してるんで、頑張って下さいっす!」
「……multumesc」
アタシは呆然としながらも、即座に席に戻ったが、惚れた理由を翻訳した途端、スマホの画面を何故かテーブルに伏せてしまった。
え? 惚れた理由が『アタシが優雅に敵を倒す姿を見て、恋をしました』てどういうこと!?
まさか、戦闘面の方を見ていたの!?
普通、容姿が『可愛い』とか『スタイルいい』とか『美人』とか、見た目を褒める事が多いのに……。何故にそこ?
しかも、アタシを見ると、言いたいことが全部忘れるって、それホント?
いつもルーマニア語でサラッと軽口言ってるのに?
「……オ待タセ、致シマシタ」
「!!」
すると、ナイトさんが従業員の真似をしながら、見た目がビールの様な、綺麗な小麦色をした飲み物を持ってきたのだ。服装は緑色の半袖パーカーにカーゴパンツというラフな格好だけど、その格好で厨房に入って大丈夫なの!?
でも、フグトラがいるから平気か。うん。
って、それ、アルコール入ってないよね?
「コチラ、『ソカタ』デス」
「ソカタって……」
「夏ニナルト、ルーマニアデハ、ヨクノム」
「へぇ……」
「アルコール、入レテナイ。安心シテ、イイ」
「そう、なのね……、ありがとう」
「……」
なので、一口軽く飲んでみると……
「うわぁ! 美味しい!」
思わず笑ってしまったけど、口の中で芳醇なマスカットの香りが広がってきて美味しいのよ。
甘すぎないし、酸っぱくもなく、程よくスッキリとした味。レモネードとはまた違う爽やかさでもあったけど……
「……ソレハ、良カッタデス」
「だけど、どうやって作ったの? これ?」
「エト、実ハヒガンさん、新作メニュー、作ル為、色々ト材料、ツブヤキニ、置イテイタ」
「あ。そうなの……」
まさか、ヒガンさんまで、ここでもテコを入れていたとは……。あの人、どこまで推しに重課金していくつもりだろうか。
「ホントウハ、作ルノ、時間、カカル」
「そうなんだ。でも、どうやって作るの?」
「エト、家ニヨッテ、作リ方、違ウ」
「へぇー……」
日本で言う『梅酒』とか『はちみつ漬け』と言った部類なのだろうか。
そういえば、アタシは風邪をひいた時に、よく飲まされていたのが『かりんのはちみつ漬け』だった。そのせいか、どこか懐かしさを感じる味なのよね。
「材料、エルダーフラワー、水、レモン、砂糖。デモ、ヴァルテ家デハ、砂糖デハナク、蜂蜜、入レル」
「えっ!? そうなの!?」
彼はコクリと頷くと、自身の近くに置いたソカタを軽く飲んで、続け様にこう説明してきた。
「アトハ、家ニヨッテ、様々。レーズン入レタリ、バジルヤミント、入レタリスル」
「へぇぇー!」
「ソレラ、瓶ニ入レ、2、3日置ク」
「なるほど。置かないとダメなんだね」
「ソウダ」
本当に作り方が『はちみつ漬け』と似ているのね。だけど、決定的に違うのが『水を入れるか入れないか』の違いっぽい。
「アト、軽ク掻キ混ゼテ濾シテ、マタ発酵」
「え!? また発酵するんだ!」
「ソウダ。一度、炭酸ニ、スル」
「へぇー……」
「ソレデ完成ダ」
「おわっ!? 意外と手間かかるじゃん! 大丈夫だったの?」
あまりの工程の多さに驚いたアタシは、思わず彼に聞いてしまった。
「アハハ! 他ニモ『ツイカ』アル。ソレハ、ルーマニアデハ、有名ナ酒ダ!」
「おぉー。アタシ、こー見えて、お酒飲めるから、1回飲んでみたいなぁ」
「……今度、頑張ル。作ッテミル」
「えっ!?」
だけど、ソカタを軽く飲みながら、語る彼は笑顔でそう答えると、スマホ片手にポチポチと何かを打ち込んでいたのだ。
「そういえば、今何をして……」
「アァ。メモシテル」
「えっ!?」
「忘レナイヨウニ……、メモ、シテル」
「……」
「今度、二人デ飲ム時、マタ、作ルタメ。ニ……」
「……そう、なんだ」
思わず喉が乾いてしまったので、ソカタを半分程飲んでしまったが、何だろう。アタシと彼には、こんなにも共通点があったとは。
実はアタシもまた、何かの拍子でネタを思いついた時は、メモアプリに書き込む癖がある。何ならパソコンのメモにも打ち込んでしまう程なのよ。
「オレバカリ、話シテ、スマナカッタ」
「いや。いいよ……」
だけど、いい加減、アタシも返事を返さないとね。彼の話を一方的に聞いてばかりじゃ、駄目。
「あ! そうだ。えっとね……」
「ン?」
「あのアジトの時の告白の返事、しなきゃって……」
「アレカ。イツデモイイ……、ノニ」
しかし、彼はほんのりと顔を赤くしながらも、ソカタを軽く飲んでいたのだ。
そういえば、ソカタには『アルコール入れてない』て言っていたよね?
「いやいや。ちゃんと返さないと。アタシも、その、前に進めないからね」
「……」
「なんだろう。一種の『ケジメ』ていうやつかな」
「ケジメ?」
「うん」
そして、アタシはテーブルにグラスを置いて視線を彼のグラスへと向けてみる。
「それと、こんな偶然ってあるんだね」
すると、何故か彼のグラスの中身も、アタシと同様、ピッタリ半分になっていた。
だけど、アタシは話している間、彼を見ていたけど、意図的に飲んで調整した訳じゃない。
と言うのも、今まで見てきた人達は、計画的に落とそうとしてくる、『アホな奴ら』が多かったのが原因かも。
例えば『カッコつけようと、見栄を張る』奴とか、俺は逃げないと言っておきながら、いざ、その場面になったら『しっぽ巻いて逃げる』奴とか。
更にいえば、偶然を装って『運命的な出会いだね』て軽口で言ってくる奴が一番信用ならない。だから……
「ワァオ! ホントダ!」
「その驚き方、『計画的に飲んで調整した』感じでは無さそうね」
「……ン?」
「あぁ。今のは翻訳しなくていいよ。翻訳。ダメ」
ごめんね。ナイト。
アタシは笑顔で、ポケトークを片手に持つ彼を制したけど、まだ、本心を曝け出すには、正直怖い。
だけどこの人は、今まで見てきた人とは、何かが全部違う。という確信はあるのよね。
「アハハ。ワカッタヨ!」
彼は余裕そうに笑いながら、翡翠色の瞳でこちらを見ているけど、その笑みは『計画的じゃない』のが驚きなのよね。
全部『少年のような純真無垢』から来ている。と思うとゾッとする。
ほんとこの人は、事の今まで、運を味方にしてきたのかな。
「そうだね。一つだけ言えることは……、ここだけ、翻訳して貰おうかな。ポケトーク貸して」
「!? アァ。イイデスヨ」
なので、困惑する彼からポケトークを借りると、こう日本語で吹き込んでみたのだ。
「もしかして、アタシと考えている事、同じだったりする?」
「Uau!?」
すると、何故か彼は今まで見たことの無い様な驚いた顔でポケトークを落としそうになっていた。
しかも、いつも驚く時はワァオとかヴァイ!? て言うのに……。
「ええっ!? ちょっと大丈夫!?」
「アハハ。ソンナ質問サレタノ、貴女が初メテ……」
「それはそうね。あはは……」
「ツマリ……」
そして、彼はある言葉をポケトークに吹き込み、こう返してきたのだ。
「Niciodată nu am crezut că vei gândi la fel!」
(貴女も同じように考えるとは思いませんでした!)
「はぃぃい!?」
ちょっと待ってよ!
まさか彼も、アタシを試していた訳じゃないよね?
つまり、全く同じ考えで、全く同じ思想で……。
「あのー」
「えっ!? フグトラ!?」
ふと、声がする方へ振り向くと、フグトラさんが呆れ気味にカウンターに頬杖を立てながら、突然こんなことを言ってきたのだ。
「なーんかお二人さん、『似たもん同士』っすよね」
「いやいや。突然どうしたの?」
「え? さっきから俺、遠巻きに見てたっすが、お互い『詮索し合ってる』から何そこで心理戦やってるっすか? てなったんすよ」
『はぁぁあ!?』
『ヴァィイ!?』
驚く声まで思わず揃ってしまったが、この緑髪、間違った事は言ってないから余計に厄介なのよね。はぁぁぁ。
「いっその事『付き合っちまえば良いのに』て、遠目から見て思ってたっす。美男美女でとても似合ってますし~」
「んなっ!?」
「ちょっと! フグトラさん! 仕事しないで何、余計な事を言ってるんですか!」
「はっ!? ミオさん!」
すると、病院から帰ってきたばかりのヒガンさんとミオ君が、ツブヤキに来店してきたのだ。
あーあ。とてもややこしい事になった。もぅ!
「フグトラ! ダメですよ! そういう空気の読まないツッコミは、かえって、二人が緊張してしまいます!」
「は! すみません! お二人さんの空気を壊してしまって!」
「あ。いや。アタシは別に……」
「……」
彼はというと、あまりの恥ずかしさでテーブルに突っ伏している状態だったのだ。こんな風になるナイト、かなり珍しいかも。
「ヒガンさん! 貴方も人の事、言えないですよ!」
「ひぃぃ! ミオ様ちょっと……」
「貴方だって、タミコさんやリルドさん達の間に割り込んで油売ってましたよね?」
「あー……。ええっと……。あははぁ……」
「お二人まとめて、後でお話がありますので、覚悟しておいて下さいね。フグトラさん、ヒガンさん」
『ひぃぃ……』
「あはは……」
もしかして、アタシが迎えに来る前にそんな事があったなんて。まさか、ヒガンさんが空気を読まずに、病室に割り込んでいたなんて、ねぇ。
タミコちゃん、かなりビックリしちゃったと思うなぁ。
「あ。メンコさんとナイトさん、本当にすみません。この空気を一切読まない、読めないポンコツ達は、こちらで説教しておきますので。ごゆっくりどうぞ」
「あ、あはは……」
「あ! それと、ナイトさん!」
「ナンダ!?」
すると、ミオ君は満面な笑顔で戸惑う彼の耳元でコソコソと言い残すと、再びフグトラさん達の元へと行ってしまった。
「……ハァ」
彼はと言うと、ソカタを更に三分の一まで飲み干すと、真っ赤な顔でため息をつきながら、アタシから視線を逸らしていたのだ。
そういえば、そういう仕草、リルドもするよね。特に、タミコちゃんの前で。
「えっと、さっき、ミオ君になんて言われたの?」
「……ソレ、言ワナイト、ダメカ?」
「ええっと……」
すると、彼は困惑しながらもポケトーク片手に語ろうとしていたが、本当に台詞もそっくりなんだから。
「無理して、言わなくていいよ」
「!?」
「こうなったら、ちゃんと返事、しなきゃだね! 貸して!」
「ヴァイ!?」
なので、アタシは彼からポケトークを奪い取ると、勢い余って言ってしまったのだ。
あのデットプールの連中に煽られたから。ていうのもあるかもだけど……。
「貴方もアタシと同じ事を考えているなら、分かるでしょ! アタシも返事は貴方と『同じ』よ!」
「……、Uau!?」
「これではっきりと分かったでしょ! あー!もう! フグトラ達が煽るから勢いよく言っちゃったけど! はぁー……」
「エト、ソノ……。フゥー……。ハハ。ハハハ!」
しかし、私と彼はお互いに深呼吸をすると、突然、彼は笑い始め、こう言ってきたのだ。
「ソウクルトハ。オレ、トテモ、驚イタ! アハハ!」
「あら? 笑うだなんて、余裕じゃないの」
「イヤ。余裕、ジャナイ。ゼンゼン!」
と首を横に振りながら言っているけど、笑ってる時点でアタシの負けなのよ。
「全く……」
この人もそうだけど、リルドもまた、毎度 そうやって軽口飛ばして、喧嘩の元作ったりするんだから……。
「ナラ、答エ合ワセ、スルカ?」
すると、彼は三分の一に残したソカタが入ったドリンクグラスを手に取り、示しを合わせるかのように言ってきたのだ。
「なるほど。これで答え合わせをするってこと?」
「Da!」
なのでアタシも彼と同じように、グラスを片手に、翡翠色の目をした彼を見つめていた。
「準備、できたよ」
「アァ」
「じゃあ、いくね!」
「……」
そして、アタシと彼は、笑顔で同時に豪快に飲み干すと、同じタイミングでテーブルに置いてみる。
「やっぱり」
「コレカラ、トテモ良イ、付キ合イ、ナリソウダ」
「ま。分かんなかったら、気楽にポケトーク、使うんだよ」
「Da!」
その結果、『空になったグラス』が二本、テーブルに置かれていたのだった。




