事後報告をしたら、何故か謝罪されました。
「さて……」
「……」
彼は愛用のノンニコチン入り電子タバコを口にし、覚悟を決めた様な表情で、こう言い出したのだ。
「この度の任務で、辛い思いをさせてしまって、すまなかった」
「ゴエモンさん……」
「たった3ヶ月しかここに属してないタミコに、重大な責務を負わせてしまい、尚且つリルドを間接的に追い詰めてしまった」
「……」
「その結果、アイツはドーピング薬の過剰摂取で、入院してしまった」
「……」
「それに、タミコにも危ない橋を渡らせてしまったワシに責任がある」
「……」
そして、彼は静かに、ガラスのテーブルに電子タバコを置くと、私を見て深く頭を下げこう謝罪してきたのだ。
「だから……、この場を借りて、謝罪する。この度は、お前らを危険に晒してしまって、申し訳なかった! すまない!」
「ゴエモンさん! そんな! 謝らないでください!」
「本当に、すまなかった! 本当に……」
しかし、彼の目からは、大粒の涙が沢山零れ落ちていた。
普段、豪快に笑って励ましているゴエモンさんが、こんなにも、泣いている姿を見るのは初めてだ。
「……」
なんて声をかければいいのか分からず、ただ、黙って見るしか無かったが、何故か、私の視界も滲んでしまっている。
「……これは、私の意思でやった事です」
「……タミコ」
「あの時、断ろうと思えば断れたと思います。ですが、断る自分が頭の中で、全く想像つきませんでした」
「……」
「なので、ゴエモンさんの命令を、受けました。その命令の内容も、誰にも言わず、敵にも。そして、リルドやシイラさんにも!」
「……」
「だから、これは私自身にも、責任があるので、このまま背負っていこうと思います」
「……」
「ですから、そんなに自分を……、責めないで下さい。ゴエモンさん!」
「……」
私は泣きながら訴えてしまった。
昔の私では、こんな目上の人相手に意見を言うなんて、楯突いたみたいで出来なかったのに。
あ。そうだ。昔の私は、彼女の『下僕』みたいな存在だったんだ。
彼女が『やってみて』と言われたら、思考を放り投げて言われるがまま動いていた。
だけど、今の私は、違う。
「……ったく。お前と言うやつは」
「はっ! すすす、すみません! こんな事を言うなんて、私はかなり失礼な事を!」
「気にすんな」
「え!?」
「お前のお陰で、ワシも腹を括る事が出来たからな」
「……」
「感謝しないといけないのは、ワシの方だ。ありがとな。タミコ」
「ゴエモンさん……」
そして、彼は再び、テーブルに置いた電子タバコを一服吸い、再度テーブルに置くと、こう話を切り出してきたのだ。
「さて、今回の任務で得た情報を、ワシに聞かせてくれないか?」
「そうですね。分かりました」
「ふっ。やけに覚悟がガン決まった様な表情をしてやがるな」
「それは……、当たり前です」
だって、目の前にいる上司が、毎度無茶な任務やら、依頼ばっかり押し付けてくるからね。
そのせいか、だいぶ私も『自分の意思』で動けている。そんな気がした。
まるで、シイラさん所にいる真生くんみたいに、私自身もまた、自分の意思で依頼を受けて、成長している気がする。少しずつだけど。
「まぁまぁ。ここでは肩の力抜いてええからさ。遠慮なく言っておくれ」
「では、まず1つ目ですが、鰒川 聖はとんでもないクズ男でした。ちゃんと録音もしております」
「ほぉー……」
なので、私はパーカーのポケットから自身のスマートフォンを取り出し、ゴエモンさんに事の顛末を聞かせてやった。
シイラさんが淡々と10個の質問をしていた内容や、執拗に私や真生くんを狙っていた事など。
「こりゃぁ、初めて聞いたけど、過去一のクズ人間だな。よくシイラに殺されなかったな。コイツ」
「あはは。でも、リルドがこの人に襲われて首締められた際、シイラさん、ナイフを取り出してまして……」
「それで、リルドやシイラはどうなった?」
「……」
ゴエモンさんは迫真な顔でこちらを見ていたが、私はゴクリと唾を飲み込むと、ありのままこう伝える事にした。
「……彼が『俺は簡単には死なねぇからよ。だから、殺すな。ばーか』と言って、改造銃でヒジリの顔面に向けて発砲してました」
「……」
「シイラさんは驚いてましたが、結局は殺さずに済みました」
「……なるほどな。簡単には死なねぇ。か」
「……ん?」
ふと、ゴエモンさんはそう呟くと、電子タバコを軽く吸っていた。
「よく、ワシが口癖で言っていたんだよな。『簡単には死なねぇからよ』とか、『殺すな。ばーか』とかな」
「え!? そんな事言っていたのですか!?」
「まぁ。若けぇ時の話だ。今はそんな事言わねぇが、懐かしいなぁ。どこでそんな口癖を覚えてきたのやら……」
「あはは……」
リルドがよく口にする『ばーか』は、貴方が言っていた台詞でしたか。なるほど。
私は内心納得しつつも、呆れ笑いしながら続けて報告をすることにした。
「2つ目ですが、『アビス』に関してです」
「まぁ。ワシにとっては、そこが本丸だな。何が分かったんだ?」
「それは、ヒジリが『アビス』と繋がっていた事ですね」
「つまり、『現教祖』がアビスの構成員という可能性が高くなった訳だな」
「そうですね。それはヒガンさんが盗聴器を仕掛けてくれたお陰で判明しましたが」
「あの男も中々やるなぁ。実は久々にナイトに会った際、彼から聞いたんだよな」
「ええっ!? 彼はなんて……」
「それはだな。確か、ヒガンさんが素知らぬ顔で、退職届の中に、盗聴器らしき物を一つだけ、入れていた。と言っていたな」
「ぇえええ!?」
つまり、ナイトさんもその辺知っててやっていたってこと!?
そういう所、本当にリルドみたいっていうか、双子揃って詐欺師でもやったら上手く行きそうな気がするんだけど。
私は驚きながらも、更に報告を続けた。
「そして、3つ目は、アビスにいるであろうメンバーの中に『天海愛華』がいるかもしれない。という事です」
「……それ、タミコの直感か?」
「……そうです。これに関しては、『私の直感』なので、『確信』ではないです」
「直感……、なぁ」
「だけど、そのメンバーの中の人の声が『聞いたことのある声』だったから、余計に感じたかもしれません」
「……なるほど」
ゴエモンさんは何か思い出したかの様に電子タバコを一服軽く吹かすと、ある質問を投げてきたのだ。
「では、ワシからも質問がある。記憶はどこまで、思い出してきたんだ?」
「……彼女に薬漬けにされた事で、記憶が飛んだ所までは。あとは……」
「それ聞くと、益々危ないな。『天海愛華』という、お前さんの親友の思考回路が、快楽殺人鬼そのものなんだよな」
「……」
「あぁ。ディスるつもりは無かったんだが、その行動は本来『親友』なら絶対にやらねぇ行動パターンだからな」
「やっぱり、そうですよね」
「タミコ?」
「ここに来てから思うんです。今まで私が体験してきたことは『普通では無かった』んだ。て」
「……」
「だから、余計に止めないと。て思っている自分がいます。益々彼女が『闇』に取り込まれている。て」
「……まぁ落ち着け」
「え?」
「実は、それに関して、かなり面白い情報があってだな」
すると、ゴエモンさんが再度電子タバコを吸うと、こんな事を言い出したのだ。
「実は、3日前か。『ドラックルームスープ』というサイト内の『限界チャレンジ』にて、初老の男が、ピンク色をしたスープを、一心不乱に飲んでいる動画が投稿されていたらしくてな」
「……ぅえええええ!?」
私は驚きのあまり、思わず革製のソファから立ち上がってしまったが、ピンク色のスープらしき液体を作ったのは私です。て言えない。
うわぁぁ。どうしよう。
中身はいちごミルク味という、激甘すぎる冷製スープ(実際はスープ皿にジュースを入れただけ)でして。
しかも、それが動画に流れていると聞いて、とてつもなく恥ずかしくなってしまった。
「それがかなりバズったらしくて、グソクの所にも動画が出回ってきた程だ」
「ぇええええ!?」
「しかも、グソクの話によると、『ネット民達はその動画を見て、色々と考察をし始めている』らしい。てな」
「ぇえええっと……」
ちょっと待って。まさか、あのピンク色のスープを飲んでいるフケだらけの男で、ネットはバズっているってこと!?
見た事ないから何とも言えないけど、想像するだけでも絵面が気味悪いんですが。
「おまけにな、その動画には、背後に三人の『白い仮面』をつけた奴がいっき! いっき! て言いながらコールしてたらしくてな」
「……」
「まぁ、ワシはそいつらが『アビス』だと睨んでいるが、間違いないか?」
「当たりですね」
「ふっ」
すると、彼は鼻で笑いながら電子タバコを吹かし、こう言い始めたのだ。
「なら、暫くは大人しくしているだろうな」
「え?」
「一番初めに言っただろ? アイツらは何故か、調べ尽くしても未だに正体すらも、分からない。証拠を一切残さずに、粛々と標的を制裁しては、あらゆる物を利用して逃走する。と」
「確かに言いましたが……、あっ!」
しかし、今回のこの行動を見ると、『ヒジリの制裁』ばかりに気を取られてしまい、肝心の『証拠』を残したまま逃走をしているのよね。
そのせいか、ネットの中では、考察が出てきてしまうほど、『アビス』という組織が画面上に晒されてしまった。とも言える。
まるで、今まで絶滅していたはずの『生物』が見つかったかのような騒ぎようだしね。
メンバー達が特定されるのも、時間の問題なのかもしれない。
「気がついたな。アイツらもまた『ヘマ』を犯した訳だ」
「と言うことは……」
「ヒジリだけ、回収して去ったのだろう。しかし、動画の拡散が予想外に広まった事と、デットプールのヒガンが仕掛けた盗聴器により、アビスという組織が、白日の元へ晒される事になってしまった。と」
「まるで、『ハムスタキロ』に投稿して拡散されたシイラさんみたいな末路。ですね」
「そう言われればそうだな! がははは!」
彼はいつものように、豪快に笑うと上機嫌に電子タバコを最後まで堪能していた。
「まぁ。暫くはアビスの事は気にせず、お前はリルドが退院するまで元気でいろ。いいな?」
「は、はい!」
まさかの情報を手に入れてしまった私は思わず返事をしてしまったが、ん?
「どうした? なんか浮かねー顔してんな」
「……いや。3日前に投稿されていたんですよね?」
「あぁ。例の動画か?」
「はい。実は4日前、初めてヒジリと顔合わせた時ですね。あの時私、真生くんに頼んでサイトを『閉鎖してもらった』のです」
「……ちょっと待てよ。それって!」
「はい。閉鎖したなら『サイト自体』も使えないはずです。あの時、彼は確かに『閉鎖した』と言ったから間違いはないんです」
「……」
「それに、彼は言い訳はするけど、『嘘』は嫌いだからつかないと思うのです」
「……根拠は?」
「だって、嘘つかれて裏切られた人間が、わざわざ嘘をつく理由が無いと思ったからです」
「あぁ。それはそうだが、つまり、誰かが『閉鎖したサイト』をこじ開けたというのか?」
「違います」
「……」
「サイトは『コピー』したのだと思います」
「コピー。だと!?」
「はい。仕組みだけなら同じ物を『複製』する事は可能ですから」
だから、D2という人がこういう風に言ってたんだよね。
『凄いですよね! こーんなものまで発明して、収益を得ていたなんて。とっても『参考』になりましたァ~! あっははぁ!』
てさ。こっちは盗聴器経由で全部聞いているんだよ。残念ながら。
参考になりました。裏を返せば『利用できそうだから、こっちで仕組みとか再構築して新たな闇サイトを作っておくね』と言っているみたいに聞こえたのよね。
つまり、『ドラックルームスープ』のコピー版が、どこかで出回る可能性も高いって事で。
ごめんなさい。メンコさん。
今度は複製版との復讐劇になりそうで。
だけど今度、全く同じものが出回り始めたら、今度こそ跡形もなく潰しますので、安心して下さい。
「……なるほどな。メンコの復讐劇も、完全に終わりではない。て事か」
「えぇ。しかし、今度出回るのは、そのサイトの『劣化版』か『模造版』、若しくは基盤は同じだけど、中身が全く違う『改良版』でしょうね」
「まぁ、引き続き、その辺もグソクに頼みながらやるしかねぇな」
「そうですね。ひとまず、先に休みます。今日はありがとうございました」
「あぁ。リルドが帰ってくるまでの間、自由にしろ。なんなら、雑用をやってても構わねぇし」
「ですね。気分転換にやるかもしれないです。あはは!」
そして、私は軽く冗談を交わしながら、シークレットルームを後にした。
「さて……」
私は一度、自室へ戻ると、仮眠を取ることにした。
スープ事変から3日も経っているのに、まだ事件の余波がこんなにも広がっているとは……。




