最期、信心に溺れたのは、アイツでした。
「シイラさん、ちーっす!」
「フグトラ君じゃないかぁ~! それと、その隣の人は?」
「紹介するっす! 彼はこのフケだらけの人に雇われた人っす!」
「フケだらけって! 相変わらずストレートに言うねぇ! あははははは!」
「……」
ちょっと待ってよ!
もっとマシな言い方がなかった訳!?
思わず吹き出しそうになったのを堪えていたが、彼は続けざまにこう言ってきたのだ。
「あー。ホントのことを言っただけっすよ。ねぇー! ヒージリさーん!」
「おお、お前はフグトラか!?」
「そーっすよ。久しぶりっすねぇー。まっさか、見ないうちにこんなに落ちぶれていたとは」
「お前なぁ……」
「だって、今や『指名手配犯』っすよね? あ。シイラさん、改めて紹介するっす!」
「……ナイト。ダ」
「へぇー。僕はシイラ! めーっちゃリルドにそっくりなんだけど、もしかして、双子?」
彼はコクリと頷くと、スーツからポケトークを取り出し、こう吹き込んでいた。
【Încântat de cunoștință. Ce te aduce aici, Sheila?】
(初めまして。シイラさん。どうしてここにいらっしゃるんですか?)
「あー。この人に『恋人』を攫われたから、取り返すところ!」
「……ナルホド」
「えっ!? 日本語話せるの!?」
「スコシダケ……、ナラ……」
でも、ナイトさんは軽くジェスチャーも交えつつ、彼にちゃんと伝えようとしていた。
「へー! そういえば、貴方に聞きたいことがあったんだ!」
「ナンダ?」
「ええっと、来日するまでに何人殺してきたの〜?」
「ちょっと! シイラさん! あまり変な事は言っちゃダメっすよ!」
「変な事って、まだちょっとしか言ってないけど……」
「アハハハハハハ! 平気ダ! フグトラ!」
「ナイトさん!」
すると、彼は豪快に笑いながらも、こう答え始めたのだ。
「サァナ。数エタ事、ナイ!」
「なるほど。そう来たかぁー!」
「ソレト、日本ニモ、イルンダナ。シイラミタイナ、クレイジーナ、ヤツ」
「ん? それどういう意味かな? もしかして、僕以外にも血を見て興奮する人がいるって事かな?」
「……」
でも何だろう。フグトラさん以外、二人とも目からバチバチと火花が散ってるように見えるんですが。
二人とも、喧嘩はやめて。切実に……。
あ。そうだ。気を紛らわすために、何か作ろうっと。
なので、近くにあったキッチンに目を向けると、丁度深めのスープ皿が二つ置かれていたのだ。
ヒジリが目を背けてフグトラさん達と話し合っている隙に……。
私は音を立てないように、席から離脱すると、真っ先にシイラさんの近くに置いたエコバッグを拾い上げ、キッチンへと立ったのだ。
「おいおい。次から次へと何だ? しかも、ナイトじゃないか! 依頼の方はどうした?」
「ソレナラ、報酬ガクソ。ヤメマス」
「なに!?」
「どんな契約を結んでいたかは知りませんが、弱みを握って脅しての『口契約』な上に、『条件未提示』『未払い、搾取』『誘拐斡旋』は法律上、違反っすよ」
「流石だね! フグトラ君! まさかブラック企業並にこき使おうとしていたなんて。裏で生きてきた人間を舐めすぎでしょ?」
「ぅぐぐ……」
「ソレ二……」
すると、彼はスーツの胸ポケットから一枚の封筒を彼に渡していた。
「ん? これって!? はーん。なるほどな」
しかし、ヒジリは中身も見ず、ニヤニヤとしながらも、その場で細かく破って捨てていたのだ。
本当に、どこまでもクズな人間って、この世にいたんだね。
私はそんな奴のために、深めのスープ皿に大量のいちごミルク味のジュースをドバドバと容赦なく入れた。
ちなみにヒジリ用には、隣の冷蔵庫の中にあったエナドリも何本か勝手に開けて追加してやった。残りの何本かは、シイラさんに全部あげよっと。真生くんと仲良く飲んでね。て意味で。
「……」
だけど、ナイトさんはふっ。と不敵な笑みを浮かべると、更にスーツの全ポケットから、先程と同じ封筒を何十枚か取り出し、テーブルの上にバン! と置いたのだ。
おいおいおいおい。今度は量で殴るのね。でもこの大量の封筒、絶対ヒガンさんが裏でテコ入れているって。これ。
私は必死に笑いを堪えながらも、バレないように、濃厚なピンク色になった特製スープを、さり気なく差し出すと、素早く椅子に座ったのだ。
「な、なななな、何だこれはぁぁ!」
「何ッテ、退職届。トイウモノデス。日本デハ会社ヲ辞メル時、使ウ。ヒガンサンカラ、キイタ」
「そうっすよ。口契約だけで、ブラック企業並に彼をこき使っていたなんて、酷いっすよね。ヒジリさーん」
「ぅぐぐ……。かと言って、こんなにはいらねぇだろ!」
「貴方、外国人、ナメスギダ」
「き、ききき、貴様ぁぁ! 我の命令をガン無視した挙句、敵側に寝返るとは! こんの裏切り者がぁぁ!」
しかも、ヒジリは発狂しながら彼の胸ぐらを掴んでいたが、ナイトさんの目は『ゴミを見る』かのような冷酷な視線だったのだ。
「あー。リルド。やっほー!」
「やっほー。て、お前なぁ……」
すると、黒いパーカーを深く被った真生が入ってきた後、リルドが右手に改造銃を持ちながら部屋へ入って、呆れ気味に声をかけていたのだ。
無事で良かった。本当に……。
それと、その銃はヒガンさんから借りた物。
ということは、私は、一人で戦っている訳ではない。良かった。
「あのさ」
「んん?」
「扉越しから聞いてしまったが、あのクソオヤジから、色々暴露されていただろ。何でそんなに平然としていられるんだ?」
「あー。それはね~、カンナには『何れ言おう』と思っていた事だったから。かな」
「は?」
「言葉の通りだよ。何れバレる秘密だったから、別に隠すことも無いかなぁ。て」
「ほんっと、お前って奴は……。で、この状況はどーなってんだ?」
「あぁー。それに関しては、僕から説明するねー」
「あぁ。簡潔に頼む」
そう言うと、一瞬スープの方を見たが、彼の方へと視線を向けてしまったのだ。
すみません。そのスープ、私が作りました。
ちなみにシイラさんには、ただのいちごミルク味のジュースを、スープ皿に移して渡しただけです。エナドリをドカドカと入れたのはヒジリの方です。はい。
「そうだね。まず、あの目の前のおっさんは鰒川 聖という、鰒川家の頭領みたいでね」
「そうらしいな。まさか、ナイトを口契約でこき使っていたとはな」
そうです。おまけに頭をカキカキしてくるので、フケが飛んで服が汚くなります。
なのでリルド。遠慮なく殴ってもいいよ。うん。
「あ。あの人、ナイトさんって言うんだー。見た目がリルドにすっごい似てるなぁ~。て思っていたけど、僕と同じ『血を纏った匂い』がしたからねぇ~」
「おいおい。ナイトはお前と違って、倫理観はあるぞ」
「何それ!? まるで僕が倫理観死んでるみたいな言い方じゃないか!」
「間違った事は一言も言ってねーぞ」
「はぁぁ!? 僕も『一応』、理性がある方だと思うんだけどなぁ~」
「嘘つけ」
ごめん。シイラさん。これには流石に私も「そうだね」としか言えないのよ。
笑いを必死に堪えながらも彼らの話に耳を傾けつつ、じっと期を待つ。
「で、その聖とお前が会話してる内容も、扉越しから聞かせてもらったが、『真生を返せ』と言っていたな」
「そうだね。実は朝から雨のような通知が来なかったから、僕は変だなぁ。て思っていたんだよね~」
「なるほどな」
あー。こっちも何かと腑に落ちた気がした。
思わず頷きそうになったが、雨のような通知。ねぇ。
確かにあの真生くんの打ち方じゃ、通知が何件届いていたのか、想像しただけでもゾッ。としてくるのよ。
恐らく100件以上はシイラさんの元に届いてそう。
「ドケ」
「うがっ!」
すると、ナイトさんは、胸ぐらを掴んできたヒジリの手首を左手で強く握ると、軽く捻って右グーパンで相手を殴り飛ばしていたのだ。
「……!」
大きな物音で思わず驚いてしまった私は、音がする方へ視線を向けると……
「コレ、俺ノ怒リ」
「ひひ……」
彼は二発目に向け、ポキポキと指を鳴らしながら怒りを露わにしていたのだ。
まるで、1番怒らせてはいけない人を、怒らせてしまった時のリミッターの外れ具合みたいで、内心怖いのも本音だ。
――ドンッ!
「ぐはっ!」
今度は何!?
音がする方へ再び向けると、ナイトさんが相手の頭を掴んだ挙句、コンクリートの壁に向かって力強くぶつけていたのだ。
「コレ、美々子ノ怒リ。ダ」
美々子……、メンコさんの事だよね。
まさか、先程よりも倍にしていたのは驚いたけど、因果応報。
ヒジリが受けなければいけない罰は、まだまだ、これだけではないのも事実なのよ。
「うひゃぁー。やり方がエグいっていうか、彼、絶対『殺り慣れてる』よね。あれ」
「お前は少し黙ってろ。シイラ」
「えー。やだぁー。彼には色々と聞きたいことが山ほどあるのにぃー」
「おいおい。何を聞くつもりだ?」
「んー? それは流石に言えないよぉ~」
「勿体ぶりやがって」
私もこれに関しては同意。なのよ。
シイラさんは、ナイトさんに関して、一体何を聞き出そうとしているんだろう。来日するまでに何人殺した。以外に何があるのだろうか。
疑問に思いつつ、更に話に耳を傾けることにした。
「ま。だけど、1個だけ言えることは、あの殴られている男が、悪質な闇サイトの『管理人』である事は間違いないかな」
「なるほど。ありがとな」
「うん。でも、大丈夫? 顔色悪いけど……」
「何とか。お前らの部下が作った薬のおかげで、正気は保っている」
「そっか。なら、後で褒美をやらなきゃねー。彼女達には真生の事も含めて、色々とお世話になりっぱなしだからさ」
「ほーん。お前も人間らしいこと、やるんだな」
「うん。仕事をきちんとする人には、それなりに良き報酬を与える。逆に報酬がクソだと、目の前の状況みたいに、やられる訳よ。それが今じゃなくても何れ。ね」
「ふーん……」
確かに合っているのよね。
社会のシステムは、ブラック企業みたいにこき使ったら、部下にストライキされて会社の信頼は地に落ち、最悪は潰れてしまう。
これは表の世界でも、裏の世界でも、この仕組みはほぼ同じだと思っている。
本当にそういう所はシイラさん、かなり頭が回るっていうか、信用があるのよ。
だけど、リルド、大丈夫かな……。
無理だけは本当に……。
「まぁ。カラマリアの『暗部責任者』としても、上司らしいことはしなきゃね」
「暗部……、は?」
え? ごめん。
今、リルドと同じ反応をしていたの。
っていうか、『暗部責任者』って何!?
そういえば、前にメンコさんがこんなことを言っていた様な……。
――しかも、暗部の仕事はシイラが請け負ってるみたい。
なるほど。それで、『暗部』の仕事は全部『シイラ』さんの元へ集まる。というわけね。つまり、表の世界で言う『管理職』と言う事か。
「……あは、あひゃひゃ。アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」
『!?』
すると突然、ヒジリが額から血をダラダラと垂らしながらも、狂ったようにこちらを見て笑い始めたのだ。
なな、何なのこいつ!?
まさか、薬で頭がイカれた!?
「そうか、ソウカ! 丁度良イ。コイツらさえ捧げば全てが解決だ。全て解決。全て解決、全て解決全て解決全て解決全て解決全て解決全て解決全て解決全て解決全て解決全て解決」
『……』
「そして俺は! 教祖様に褒められる! そう! 褒められる! 褒められて功徳を得られ、我は教祖の使いになれる! なれる! そう! なれるんだァァ! アヒャヒャヒャ! ハハハハ!」
「……」
どこまでも哀れだ。そんな事をしても、神様は、悪人には振り向かないのにな。あ。邪神なら振り向くか。
もはやヒジリは、同じ単語を繰り返すだけの、知能最低な『人モドキ』になってしまったのだ。
「あひゃひゃひゃ。まずは……」
「……」
「お前からだ! 裏切り者と全く同じ顔をしやがって!」
「ぁああ!? 俺!?」
しかし、ヒジリは何故かリルドの方へ視線を向けると、彼の方へ襲いかかっていたのだ。
「ルーク! 逃ゲロ!」
「リルド!」
「リルドさん!」
「うわっ!」
「……!」
みんながリルドに視線が向かう中、私は呆然と立ち尽くしてしまったのだ。
これは私のせいだ。私が狙われていたのにも関わらず、危険なことばっかりしていたから。私に対する罰だ。
だって、それをしなかったら、リルドだって、首を絞められること、無かったのに……。
いや。違う。
「……」
「えっ!? ちょっとシイラさん!」
ふと、彼を見ると、フグトラの焦る声と、シイラがあの時の鬼の様な形相で、ヒジリの背後を狙おうとしていたのだ。
彼の右手に隠し持つバタフライナイフの刃が、怪しく光っていたのが見えたけど……。
「……」
だけど、リルドの方を見ると、首を絞められているのにも関わらず、何故か口元がニヤケていたのだ。
こんな状況なのに、何を考えている?
いや。冷静になろう。
そう周辺を見渡すと、テーブルには、無造作に置かれたゾンビタバコが目に付いたのだ。
これはヒジリの物かな。今のうちにやっておこうか。
なので、私は素早く真生くんから貰った錠剤版ゾンビタバコにすり替え、冷静にパイプ椅子に座って彼らを見守ることにした。
大丈夫。リルドは死なない。
仮に死んだとしたら、その時は私が……。
「安心……しろ……、シイラ!」
「……え!?」
「そう……、簡単に……、死なねぇ……、からよ……」
「なな、何してんだ!?」
「だから……、焦って……、殺すな……、ばーか」
「んなっ!?」
――バンッ!
すると、彼は銃口をヒジリの顔面に向けて、一発発砲したんだ。
「ぁああああ! 目が! 目がぁぁぁ!」
ヒジリは当たった片目を手で塞ぎながら叫び、こっちへ向かって走ってきたのだ。
目からは汚い涙がボロボロと垂れ流れていたが、彼はお構い無しにテーブルに置かれたゾンビタバコを手に持ち、慣れた手つきで吸っていたのだ。
本当に、救いがない人だ。
どこまで堕ちるんだろう。
「ごほっ! ゴホッ! ゴホッ!」
「大丈夫カ?」
「ありがとう。ナイト」
「ぇぇえ。折角僕が殺ろうとしてたのにぃ!」
「おい、クソシイラ。そんな事やったら、真生くんにも会えなくなるんだから、やめろ」
「あ。そう、だね。ありがとう」
「ていうか、リルドさん、その改造銃ってまさか……」
「あぁ。ヒガンさんから借りてきた奴さ」
「そうだったんすね! なら安心したっす!」
「改造銃……。カッコイイ。イイナ」
「おいおい……」
やっぱり。ヒガンさんから借りた銃だったのね。ナイトさんはその銃がカッコイイせいか、子供の様に目を光らせていた。
この姿、メンコさんに見せたら、どんな反応をするんだろう。かなり気になるけど、ゾンビタバコを吸ったヒジリの末路も見届けないと。
「うぐぁぁ!」
ほらね。ヒジリは案の定、白目を向いて床にぶっ倒れてしまったのだ。
愛用のゾンビタバコを吸って『自害』だなんて。滑稽すぎる死で草生える。
「なな、今度は何すか!?」
「ゾンビタバコの吸いすぎか?」
「いや。違うね。吸い過ぎても白目を向くだなんて有り得ないさ。まさか……」
「……」
そりゃぁ、驚くよね。
さて。最後の台詞でも言おうかしら。
私はチリカスを見るような蔑む目で彼の近くまで行って見下ろすと、こう言葉を吐き捨ててやった。
「Du-tedracului」




