sideリルド 元敵幹部の仲間が、思ったよりも面倒臭い奴でした。
「お、おい。何でそれを!」
背筋が凍ってしまった。
俺が抱えるトラウマだなんて、タミコにしか……。て、まさか!?
「あー。安心してください。タミコ様からそんな話は来ていません」
「じゃあ、誰が? ナイトか!」
「彼からも、そんな情報は貰ってはいません」
「はぁ!? それは俺にとっては『機密事項』だ。何でヒガンさんがそれを……」
内心かなり焦ってしまったが、タミコからもナイトからもその情報は貰っていない。
となると、どこからその情報を手に入れた?
それに、何で知っているんだよ!
俺は冷静になろうと、下唇を噛みながら、無理矢理にでも心を平常に戻そうとした。
「申し訳ありませんが、実は勝手ながら『貴方達』の事を、独断で調べさせて貰いました」
「……は?」
「と言いましても、このフロントに来た時点で私はある『確信』に変わっていたので、あまり驚きもしませんでした」
「どういう……、まさか!」
あの時、俺は古びた『血痕の跡』を見ただけでも、動悸が酷くなっていたことを思い出してしまったのだ。
「えぇ。他の人から見たら、単なる『黒いシミ』でも、貴方からしたら『年季の入った血痕』として見えてしまうのでしょう?」
「それは、そうだが……」
「オマケに昔、沢山の物の命を、無差別に奪ってしまった。という自責の念が、貴方からひしひしと伝わってくるのですよ」
「自責の念。か……」
「えぇ。私もまた、『トラウマに囚われた』人間でもありましたから、そのお気持ち、よく分かります。あぁ。これ、フグトラやミオ様達には言っていない。私の『機密事項』ですので」
「は? そんな事、俺に打ち明けちゃっていいのか?」
「良いですよ。貴方達兄弟は、私の『最推し』ですから」
「ほんっと、アンタの行動原理、わかんねーって。はぁ……」
頭を抱えながら大きなため息をついてしまったが、ヒガンさんもまた、『トラウマに囚われた人間』て、どういうことだ?
俺は彼から発する『独特な闇オーラ』に警戒しつつ、タミコから貰ったペットボトルの麦茶を開けた。ちなみに暑さのせいか、ペットボトルに入っていた烏龍茶は、とっくに飲み干してしまったがな。
「あははぁ。私自身、行動を人に悟られるのは嫌いなので、お褒めの言葉として、受け取っておきますね」
「はぁ。好きにしろ。んで、俺はこのまま待機してろ。って事か?」
「いや」
「じゃあ、何で止めたんだよ!?」
「そうですね。まず、これを」
「は?」
すると、彼は銀色の艶やかな髪を靡かせながら、何故か、俺に黒いワイヤレスイヤホンと、黒いスマートウォッチを渡してきたのだ。
え。この状況で音楽を聞けと?
冗談は整い過ぎたヒガンさんの顔だけにしてくれ。
「それを両耳につけて下さいな。そのスマートウォッチは左腕に。そしたら、私の方である音を流しますので」
「は、はぁ……」
俺は仕方なく言われるがまま、スマートウォッチを左腕に付け、イヤホンを装着すると……。
『リルド』
「え?」
『大丈夫ダヨ。私ハココニイルカラ』
「……は?」
何故か、タミコに似た声が聞こえてきたのだ。無機質だけど、声色や声のトーンまで、まるで耳元で彼女が話しかけているかのような。そんな気がしたのだ。
「どうですか?」
「いや。どうですかと言われても……」
「あはは! 驚かせてしまってすみませんね! これは私が作りまして。その名も『タミコロイド』と言うのですよ」
「た、タミコロイド!?」
まさかこいつ、音声生成AIまでも作れるって言うのか!?
あまりにも異次元過ぎるせいか、空いた口が塞がらなかった。
「えぇ。まぁ、物は試しです。まず、言って欲しい言葉を、私のスマホに吹きかけてみて下さい」
「は、はぁ……」
なので、半信半疑で彼から差し出された銀色のスマートフォンに話しかける様に、ある言葉を吹きかけた。
「えっと……、タミコ」
『何デショウカ?』
「『Mulțumesc』と言ってくれ。これでいいか?」
『カシコマリマシタ。ムルツメスク!』
「ほ? それ、どういう意味ですか?」
「ルーマニア語では、ありがとう。ていう意味だ。俺は小さい頃、動物に襲われそうになったタミコを助けて、その時、彼女に言われた言葉が、これだ」
「なるほど。思い出のある言葉なのですね」
「あぁ。けど、それをリピートするってどうして……」
「単純ですよ。トラウマを『一時的』にですが、上書きして落ち着かせる方法を、貴方に伝授したまでです」
「は?」
まさか、これで落ち着く事が出来るって言うのか? 単純に上書きをしただけで?
もしそれができるのであれば、少しだけでも探索が楽になれるという事だよな。本当か?
かなり疑ってしまったが、彼はケロッとした顔で俺に『スマートフォンをこちらへ』と言ってきたので、渋々渡した。
「さて。こんな風に……。出来ました!」
「は、はぁ……」
すると、彼は手早く何かのアプリらしき物を入れ、ハンドガンの形をした改造銃と共に渡しては、俺にこう言ってきたのだ。
「まず、この銃で上にいるフグトラと合流し、敵を殲滅してみて下さい。と言ってもご安心を。中身は『麻痺弾』が入っているので、撃っても血は出ませんし、相手は死なないでしょう」
「お、おぅ……」
「あ。そうそう! ついでにこれもお渡し致します」
しかも、彼は朱色のパーカーのチャックを開けると、腰元には無数の銃弾が入った黒い弾薬ポーチが取り付けられていたのだ。それを慣れた手つきで外すと、何故か俺に全部渡してきたのだ。
「えっ!? だだ、弾薬ポーチだろ!? こんなに沢山……」
「あははぁ! どれも私お手製で、『拘束メイン』の弾ばかりです。麻痺弾に閃光弾、催涙弾も入っております。しかし、整理が苦手なもので。ごちゃごちゃですみませんね~」
「あ、あぁ……」
それにしても、この弾の数は異常だろ。幾つあるんだ。オマケに拘束メインの弾がランダムで入っているだと!?
パンパンに入った弾薬ポーチに思わず唖然としてしまったが、俺は静かにハンドガンと共にしまうと、彼の話に耳を傾けることにした。
「なので、サーフェスの掟には反しておりません。安心して狩りに出かければ良いのかと」
「……はぁ」
「さて。やり方はこんな感じですね。私が先程、リルド様のスマートフォンに、アプリ『タミコロイド』をインストールしておきましたので、まずは起動させ、画面内の彼女に話しかけてみてください」
「は、はぁ……」
俺は彼に強引に言われるがまま、勝手にインストールされていたアプリ『タミコロイド』を起動させた。
「タミコ」
『ナンデショウ。リルド』
「えっと、『Mulțumesc』と言ってくれ」
そして、フロント近くの階段まで歩みを進めると、試しに古い血痕と思わしきシミを見てみる。
『ムルツメスク』
「……」
妙な感覚だが、何故か両耳から彼女の声が聞こえてくるおかげで、古い血痕が『単なる黒いシミ』に置き変わっていくのが分かる。
こういう事か?
でも不思議な感覚だ。今までは無理にでも見ようとして、心臓が跳ね上がっていたが、徐々に呼吸も心音も、深くなっていく。
「ありがとう。タミコ」
『ドウイタシマシテ』
普通のタミコだと照れて言わないであろう、お礼の言葉も、イヤホン越しから伝わってくる。無機質ながらも優しい面影のある、彼女の声。例え、音声生成AIだとしても、近くにいる。それだけでも俺の心の支えになっていたのだ。
「……なーんか、どこの誰かと絡んでいたせいか、変に落ち着いたわ」
「それなら良かったです。それと、スマホを常に持ち歩いて会話も危ないので、スマートウォッチ越しからでも、AIのタミコとは会話は可能ですよ」
「なるほどな。それで……」
このスマートウォッチと連動して会話をする。と。こんな高度な事ができるの、グソクさん以外にもいたんだな。
感心しつつも、彼との会話を聞きながらも、貰ったスマートウォッチの画面を、見やすいようにカスタマイズしていく。
「あと、そのスマートウォッチは、心拍数も測れますので、発狂しかけた時に、AIのタミコに、合言葉を発動させることも可能です」
「へぇ。とりあえず、ありがとな」
「リルド様?」
「俺、フグトラんとこ行ってくるわ。ナイトが来たらこう伝えてくれ」
「はい?」
「落ち着いたら、いつか、ソカタを作ってくれ。てな」
「ほぉー。メニューにでも追加するよう、マスターにもお伝え致しますね」
「え!? 流石にそれは恥ずかしいが……」
「いえいえ。最推しが愛する飲み物であるなら、尚更のこと! 昼と夜のメニューにでも追加するよう、マスターにお願いしなくては!」
「ったく。好きにしろ。じゃ。行ってくるわ」
「行ってらっしゃいですよ!」
「あ。最後にさ、気になること、聞いてもいいか?」
「はい。何でしょう?」
ふと、俺はこの時、ある疑問が生まれていたので、彼に聞いてみる事にした。
「どーやってタミコの声で、生成AIなんか作ったんだ? ヒガンさんは、あのツブヤキで会ったのと、レンタルルームで電話した時、中規模で少し会ったぐらいで、後は彼女とそんなに会話はなかったはずだが……」
「あー。それに関しては、ツブヤキの時とレンタルルームでの電話の時点で『録音』しておりまして、AIを作る材料としては、十分でした」
「は、はぁぁ!?」
まさかあの時から、タミコの声を録音して生成AIとして作っていた。ということか!?
こいつ、スパイ以上に厄介な奴だ。
それにしても、フグトラやミオ君は、よくこんな面倒臭い奴とつるんでいるよな。
まぁ。それよりも早く、フグトラの所に行かねぇと。
「まぁ、驚くのも仕方ありませんか。職業柄なのですみませんね。あはは!」
「はぁ……。じゃ、行ってくるから、ナイトと合流するまで、待ってろよ」
「えぇ。行ってらっしゃいですよ」
彼は満面な笑みで、俺に手をはらりと振ると、再びパソコンがある場所へ戻ってしまった。
ったく。職業柄って何だよ。
それにしても、俺が遠距離武器を使うとはな。彼から借りた拳銃をまじまじと見たが、ゾンビゲームに出てきそうな、黒いハンドガンだ。
「使った事ないけど、俺で大丈夫なのか?」
幾ら中身は拘束メインの弾だとしても、下手な所を撃ったら、心停止する威力がありそうで、かなり怖いんだが。まぁ、物は試し。か。
それに、両耳には黒いワイヤレスイヤホンを装着した状態だ。雑音は消えているせいか、とても集中できる。
「なぁ。タミコ」
『ハイ。ナンデショウ』
「俺が叫び始めたら、遠慮なく合言葉を言ってくれ」
『ムルツメスク。デスネ。リョウカイシマシタ』
「ふぅ……」
イヤホン越しからは、彼女の声しか聞こえない。それがとても心地いいんだ。
まるで好きな音楽を聴く感覚で、周囲にある雑音をシャットアウトし、階段を登っていく。
『うがぁぁぁ!』
「……ちっ」
途中、人モドキが発狂しながらも転げ落ちるように階段を降りてきたが、軽く避けるとそのまま1階へと行ってしまった。
まだ拳銃も使ってないのに、何だ、このザコ。しかも、どこにぶつけたのか知らないが、額から濃いケチャップがダラダラと垂れてやがる。
けど、いつもの俺だったら、赤い液体を見ただけで発狂していたのに、妙に冷静なのも我ながらに恐ろしいな。
『リルド!』
「んあ!?」
『イマノ、アブナカッタデス! 大丈夫デスカ?』
「勝手に自滅してっただけだから平気だ」
『自滅、デスカ? マサカ、心ノメンタルガ不調デハ……』
「おいおい。相手は薬で頭がイッちゃった奴らだ。気にする事はない」
『アタマガ、イッチャッタデスカ? ドウイウ意味デスカ? ムズカシイデス。アタマガ……、イク?』
「……」
だけど、この『タミコロイド』は難しい言葉を理解するのは苦手な様で、まるで今のナイトと話している感覚になるんだよな。
アイツも確か、長い言葉や比喩表現みたいな日本語になると、『ン?』て言って首をかしげていたし。
「ええっと、簡単に言うと『救いようのない可哀想な人』だ。つまり、『ご愁傷さま』だ」
『ナルホド! ゴ愁傷サマ! デスネ!』
「あぁ。そうだ」
なので、面倒くさくなった俺は投げやりにあのザコ敵の事を『ゴ愁傷サマ』と名付けることにした。
ちなみに、血を見て発狂しそうになったら『ムルツメスク』で、ザコ敵を見たら『ご愁傷さま』と学習させてみたが、ま、いっか。
別に下ネタを教えた訳では無いからな。本物のタミコみたいに、真顔で『キメ……』なんて言われるよりはマシだ。
そう思いながらも2階へ着くと、またしても半グレ姿のザコ敵が、何体か廊下で彷徨いていたのだ。
しかも、上からは激しい騒音が聞こえてくるが、ここは試しに使ってみるか。
「ぁああああ!」
「あ。いた」
早速、ザコ敵が一人現れたので、黒い半袖のパーカーのポケットからハンドガンを取り出し、軽くバンッ! と撃ってみる。
「……あ。……うがっ」
すると、そいつは痺れたまま、動けなくなってしまった。しかも、相手の両手足は痙攣したままで、かなり効果があるみたいだ。
『ゴ愁傷サマデス』
「なるほどな」
黄色い弾が『麻痺弾』か。
じゃあ、赤いのは何だ? なので、今度は赤い弾をハンドガンに装填し、試し撃ちをしてみる事にした。
――バンッ!
「うがぁぁ! 目がぁ! 目がぁぁぁぁ!」
すると、ザコ敵は両目を両手で覆い隠しながら叫ぶが、その勢いで階段からまた、転げ落ちてしまったのだ。
『ゴ愁傷様デス』
「こっちは、閃光弾か。と言うことは、青いのが『催涙弾』ていうことでいいのか」
『スミマセン。ヨク分カリマセン』
「まぁ、いっか。行くぞ」
『ハイ』
しかし、ヒガンさんもあんな涼しい顔をして、恐ろしい物を作りやがる。
銃は魔改造したやつだったり、タミコの声に似せたAIも作ったりと、やりたい放題じゃねぇか。
「……はぁ」
俺はため息混じりに、襲ってくるザコ敵を、ゲーム感覚で次々とやっつけていく。
ちなみにランダムに入り交じった弾を装填しながらも、急所を避けつつ、エイムの練習も兼ねてやっているから、いい練習になるな。これ。
俺は納得しつつも、フグトラの元へ向かうために更に階段を上がっていく。
――オラァァァ!
すると、3階から彼の荒々しい声がしたので、即座に駆け上がると……
「あー! リルドさん!」
「フグトラ! 大丈夫か!?」
「えぇ。今ん所、平気っすね!」
黄色いパーカーの彼が、次々と敵を殴り倒していたが、彼を囲む敵の数がかなり多いため、ここからだと近くに寄れない。
「今からそっちに行くから待ってろ!」
「そっすか! なら有難いっす! オラァァッ!」
『グハッ!』
なので、俺も弾を装填しながらも、周囲の敵を撃って拘束しつつ、彼の元へと向かう。
にしても、ここだけ敵の数が異様に多いな。30はいるだろう。こんな狭いフロアに大量の敵が居られたら、探索も大変だったはずだ。
「フグトラ」
「何すか?」
「お前、こんなに敵集めて何をした?」
「単純に囮になっただけっす。この方がタミコさんもやりやすいと思ったので」
「そっか。背後は任せとけ」
「頼もしいっす!」
俺らは一先ず、周囲にいる敵を次々とボコしていくことにしたが、20人ほど倒した時だった。
「そーいや、リルドさん」
「どした? 何か異変があったのか?」
「異変っていう訳じゃないっすけど……」
ふと、フグトラが変な事を言い始めたのだ。
「フロア全体で探してみても、何故か51番の部屋だけ、見当たらないんすよ!」




