sideメンコ 復讐の血で濡れても尚、野に咲く薔薇は美しい(後)
アタシと彼は非常口から急いで出ると、そこは薄暗い景色が広がっていた。
コンクリート製の階段に、下を覗くと踊場も見えてくる。
「コッチ」
「あ。うん」
なので、彼に連れられながらも急いで階段を駆け下りた。
5階から一気に降りたと思う。
2階に差し掛かった時だった。
「ン? オニギリ……」
「え? あれ?」
すると、おにぎりの包装の欠片が一枚、床に捨てられていたのだ。
「コレ。タミコニアゲタヤツ」
「って事は。あー。なるほど」
この包装を辿っていけ。て事ね。
瞬時に察したアタシは彼にこう伝えることにした。
「もしかしたら、これ辿ったら出れるかも」
「Înțeles」
「え? 今なんて?」
「アハハ! 『ワカリマシタ』テ意味デス!」
「なるほどね……」
だけど、ルーマニア語かぁ。聞いても読もうと思っても、さっぱり分からないんだけど。
アタシも一から勉強しないと、かな。
「トコロデ、ゴエモンサン、オ元気デスカ?」
「あ。ゴエモンさん知ってるの!?」
「ハイ。ルークハ、ゴエモンサント、一緒、日本二、行ッタト、叔父カラ聞イタ」
「そっか。うん。あのじーさんは元気だよ」
「良カッタデス」
「そういえば、アタシも、ゴエモンさんに拾われたんだ」
「Hm!? Serios?」
すると、彼は驚きのあまり、咄嗟にルーマニア語が出てしまったらしく、慌ててポケトークを出そうとしていた。
「あ。もしかして、驚いてる?」
「エト。トテモ驚キマシタ! アハハハハ!」
「出さなくても大丈夫。さっきは『あー。驚いてるな』て、思ってたから」
「エト、ソノ、スミマセン」
「謝らなくてもいいのに……」
アタシは軽く笑いながらも彼と共に、階段を駆け下りると、1階へと辿り着いた。
――あぁあああ!
だけど、右側の壁からは無数の呻き声や薬を求める声が聞こえてきて、気持ち悪すぎた。そのせいか、すぐにでも耳を塞ぎたかった程だ。
「モウスグデス」
「そうだね」
アタシ達は敵に会うことも無く、無事に非常口と書かれた扉までたどり着いた。なので、開けると大きな窓がある通路へと来たのだ。
「ここって……。あれ?」
「窓ガ、割レテマス」
「もしかして、シイラが割って侵入した窓ってこれ!? あっきれたぁー!」
すると、一つだけ盛大に割れた窓を見つけたのだ。そのせいか、夏の夜風が、アタシの頬を撫でるように吹いている。
「ン?」
「あ。ポケトーク貸して」
前にいた彼は首を傾げてきたので、彼から借りると、こう吹き込んだのだ。
「あー。実はもう一人、仲間が来たんだけど、その人だけ、ここからこのアジトに入ってきたらしいのよ」
「ワオ! ソレデ!」
「ほんと、アイツ、倫理観の欠片も無いんだよね。全く。これ、日本だと『器物破損』になるからね。ナイトも気をつけ……」
「ココカラ早ク、デマショウ!」
「え!? ちょっと! ナイト!」
しかし、彼はアタシの話も聞かず、素早くよじ登って窓枠へと手をかけると、さっさと反対側へ降りてしまったのだ。
「メンコ! ハヤク!」
「あー! もう! そういうところ、リルドにそっくりなんだからぁぁ!」
アタシも仕方なく窓枠へ手をかけ、よじ登った時だった。
『ぅぉおおおおお!』
非常口から何故か、不気味な声がしたので振り向くと、薬でイカれた連中が既に100メートル付近まで来ていたのだ。
「やばっ!」
なので、アタシも急いで反対側へ降りると、彼が素早く手を引いてアジトから離れるように避け、走って裏路地へと入っていったのだ。
もう、後は追ってこない。
だけど、この路地裏、どこに繋がっていたかな。
普段、車で済ましていたから、人一人しか行けない様な狭い道通るの、あまり経験が無いのよね。
「うーん……」
なので、オレンジ色のスマートフォンをポケットから取り出すと、地図アプリを開こうとした。
「あ」
「ドウシタ?」
「ふぁっ!? これは、ヒミツの! 見ちゃ、恥ずかしい……」
すると、背後から覗き込んできたので、思わず声を出してしまったが、これは流石に見せられないのよ。
だって、三姉妹からの通知が何十件も届いているのだから。
それに、色々あって、返信、忘れていたんだ。サーフェスに帰ったら、ちゃんと返さないと。
「ワカッタ。ミナイ。安心シテイイヨ」
「あ。うん……」
それと、ここから駐車場まで遠いけど、そこまで行けたら、安全かな。
なので、器用に地図アプリで場所を確認しつつ、彼と共にアタシの車がある駐車場まで歩くことにした。
あの近辺なら、レンタルルーム『カスピ』も近くにあるし、ビジネスホテルもある。立地的には悪くないのよね。
「そういや、荷物は持ったの?」
「アー。アリマスヨ!」
そう言うと、彼の背中には、リュックサックが背負われていたのだ。
「え? いつの間に背負っていたの? 全然分かんなかったんだけど」
「アハハ。アノ部屋カラ出ル時、右手にメンコ、左手二リュックヲ持ッテタ!」
「ええっ!?」
まさかの発言に思わず驚いてしまったが、器用なんだね。このルーマニア人。
呆れつつも裏路地を歩いていると、メインの道路では、騒がしい声が聞こえてくる。
時刻はもう夜中なのに、薬でハイになった連中が、相変わらず騒音を立てている。
「ふぅ……」
「静カニ、ナリマシタ」
「そうだね。ここまで来れば大丈夫かな。ホテルも近くにあるけど……」
無事に駐車場近くまで来たアタシは、周囲を見渡しながら、安全を確認する。
うん。アタシの車もあるし、大丈夫だね。
「予約、スル! デモダイジョウブ!」
彼はと言うと、器用にカーゴパンツのポケットから、自分の緑色のスマートフォンを取りだし、ホテルのサイトを開いていたのだ。
「それって?」
「ホテルノ予約サイトデス。コレ、ルーマニア語モ可能ナノデ、ラク!」
「へー……」
アタシはグソクさんみたく、あんまりアプリ関連には詳しくないけど、今度聞いてみようかな。
そう思うと、復讐よりも『大事な何か』に気がついてしまった。
もしかして、アンナの『自分を大事にして』
ていう意味は、『前に進んで欲しい』というメッセージだったり。
「無事二予約ガ取レマシタ。アリガトウ」
「いやいや。アタシこそ、話を聞いてくれたり、色々とアリガトウだよ」
「……」
「どうした? って、ええっ!?」
すると、彼はパーカーのポケットから突如、黒いボールペンを取り出し、アタシの左手の甲にこう書いてきたのだ。
「コレ、オレノ。ID」
「……は?」
「ライムノ。ID。告白ノ返事、待ッテル。イツデモ、イイ」
「えっと……」
彼はそう言ってニコって微笑むと、ネオン街に呑み込まれるかの様に、その場から立ち去ってしまったのだ。
だけど、彼の服に少しだけ、返り血が付いていたけど、大丈夫なのだろうか。でも、傍から見たら模様に見えるから、平気か。
って、いや。どういう基準!?
アタシは戸惑いながらも、混沌と化した三姉妹からの通知を読んでいた。
『突然返信来なかったから、心配しましたわよ! 創造神様ぁ!』
『ミクラもぉ~! あれからぁ、例の外国の人とぉ、どうなったのぉ~?』
『私もとてつもなく気になりました! エボシ姉さんが答えた、野に咲く薔薇。からの通知から予測する限り、恐らく相手は『ルーマニア人』でしょうね!』
「はい。大当たりです……」
なので、ボソリと呟きながらも、壁ドン以降の展開を赤裸々に伝えることにした。
『ええっと、あれから、スポドリを差し出されて、その後に戦ってた所を邪魔してごめんなさいって、謝ってきました。それと、何故か例のルーマニア人から、ポケトーク経由で、『オレの人生24年間で、あなたほど強くて美しい女性を見たことがありません』て言われ、しまいにはこう告白されたのよ『オレハ、貴女ノ事ガ、好キデス! 一目見タ時カラ、ズット……』て!』
暑い夜なのに、可笑しい。慣れているはずのフリック入力で、指が震えているんだけど。
そのせいか、何故か今まで起きてきた出来事が瞬時に思い出されていく。
「これ、心臓持つかな。アタシ……」
サーフェスがある雑居ビルの前で一人、ボツりと悶えていると、通知が三件、一気に来たのだ。スマホの時間は深夜1時というのに。
「だけど、先に戻んないと。ふぅ」
でも、今回の事で、サーフェスのみんなには心配かけてしまったかも。特にリルドやタミコちゃんに。
なので、重い足取りでエレベーターへ着くと、慣れた手つきでジャージのチャックを胸元まで下ろし、会員証を取り出すと、一気に下まで降りていった。
その間に通知を確認すると……
『ふぁぁぁああ! 創造神様! 邪魔してごめんなさいって! 何て紳士的な訳ぇ!? ししし、心臓がぁ!』
『エボシ姉さん! 気を確かに! 私も今、頑張って耐えているところなのです!』
『はぁぁ~! でもぉ~、スポドリをさりげなく差し出すとかぁ。なぁぁんていい人なのォ~!』
『いやいや! それもいいですが、なんなんですか! あの告白前の前振りは! 『24年生きた中で貴女ほど強くて美しい女性を見た事がありません!』て! ポケトークになんつー破壊めいた言葉を入れているんですか! 私、和訳で聞いた瞬間、倒れちゃいます!』
『そうねぇ~! それよりもぉ~! 告白の台詞が良いわよねぇ~。まさか、相手が一目惚れしちゃったなんてぇ~!』
『はぁ。はぁ。告白のセリフも最高ですわね! 片言で『オレハ、貴女ノ事ガ、好キデス! 一目見タ時カラ、ズット……』て言われてしまったなら、心停止してもおかしくないですわっ!』
「やっぱり……」
三姉妹のトークは混沌を極めていたのだ。これ、まだ初めの段階なのにね。
「ま。いっか」
無事にサーフェスに着いたアタシは、ハァ。とため息をつきながらも事務室の扉を開ける。
「め、メンコさぁぁぁん!」
「た、タミコちゃん!?」
すると、スマホを両手で抱えていたタミコちゃんが待っていたらしく、姿を見た途端、大泣きしながら駆け寄ってきたのだ。
「物凄く心配しました! 薬でイカれた連中が暴れていたと聞いて……」
「ごめんね。タミコちゃん。かなり、心配かけちゃって」
「いえ……」
「メンコ。帰ってきたのか」
「リルド!」
すると、騒ぎを聞きつけたリルドが、アンティーク調の扉からひょっこりと顔を出していたのだ。
「ったく。心配したからな。あんま無茶すんじゃねーよ」
「うん。ありがとう……」
「じゃ。俺は寝る。おやすみ。あ」
「どした?」
ふと、彼はじーっと翡翠色の目でアタシを見ると、こう言い始めたのだ。
「ナイトは、無事だったのか?」
「ま。あ……、うん」
「なーんか歯切れ悪ぃな。まさか、アイツと何かあったのか?」
「うぇえええ!? いやいや。別に何も無いって!」
アタシは慌てて否定したけど、近くで騒ぎを聞いていたグソクさんが、追撃するかのように、こう茶化してきたのだ。
「おや? もしかして、そちらもタミコ氏とリルド氏みたいな事が……、ドゥフフフ!」
「ちょーっとグソクさん! それは無いって! 流石に!」
なので、アタシはムキになって怒ってしまったけど、ほぼ図星なのよね。まっさかこんな形でバレてしまうなんて。
「でも、メンコさん、その左手の甲の文字……」
「ええっ! タミコちゃん!?」
「おいおい。なんでそこに『ID』らしき文字が書かれているんだ?」
「あ! ちょっと見るのは反則でしょ!」
オマケにタミコちゃんやリルドには、ナイトのIDの存在もバレちゃったし。
「散々俺らをからかって、ちょっかいかけといてよ。自分もそーなったら逃げんのか?」
「は!? 何それ! べべべ、別に逃げてないし!」
「あーりゃりゃ。まぁ、メンコ氏もかなーり茶化してましたからなぁ。今回、そのツケが『巡り巡って返ってきた』との事で! ドゥフフフ!」
「はぁ……。もう疲れたから寝る!」
だけど、色々あって、クタクタだったアタシは、逃げるかのように、近くにある自身の部屋へと戻ることにしたのだ。
今回だけでも、恋愛漫画やバトルモノみたいな展開ばっかりで、心身共に疲れたのに。
なので、アタシはオレンジ色のカバーに包まれたベットに思いっきりダイブした。
ちなみにここは作業場兼、アタシの部屋だ。
なので、壁は桃色。床は木製のフローリングという温かみのある部屋となっている。
机は作業用のデスクトップ型のパソコンや、タブレットで占拠中の状態となっている。
そうそう。左側の棚には、今まで書いてきた同人誌や書籍化したBL小説が所狭しに置いてあるのよね。恥ずかしいけど。
ま。ここはアタシ以外『立ち入り禁止』にしてあるから、グソクさんも、パソコンが壊れた時以外入ってこないのよ。
てなわけで、アタシはオレンジ色のスマートフォンを取り出し、ライムを開くと、左手の甲に書かれたIDを検索にかけてみる。
「あ。本物じゃん」
すると、『ナイト』とアルファベットで書き込まれていたので、登録すると、分かりやすく『ナイト(リルドの双子の兄)』と編集しといた。
「さて……」
もう遅いからシャワー、浴びよっと。
なので、アタシは服を脱いで洗濯機に突っ込んで全開放すると、早速シャワー室へと向かう。
はぁぁ。汗でベタついた髪と身体が一瞬にして綺麗になっていく。
だけど、久々に暴れたかもしれない。
それもあるけど……。
「あんな風に真剣に告白されたの、初めてなんだけど!」
思わず大声で叫んじゃったけど、今まで言いよってきた人達って、ほぼ、口だけのクソ野郎が多かったのよね。
俺は強いとか口では言っても、いざ戦ったらアタシより弱すぎて『うわ。無理』てなっちゃってたのよ。
もし、『道場の子』ではなかったら、ナヨナヨなダメ男とも付き合ってたかもしれない。だけど、この力のおかげで今のアタシもいる。
皮肉だけど、まさか、この強さに感謝する日が来るとはね。
「さてと……」
シャワーから戻ったアタシは髪をドライヤーで乾かしながらもライムを開くと、彼から通知が入っていたので開いてみることにした。
『とうろく、ありがとう。』
「え?」
『ゆかた、きてみた。どう?』
すると、平仮名で送られてきたのと共に、何故か、鏡越しで自撮りした写真が送られてきたのだ。しかも、ヒガンさんから貰ったという、白黒の浴衣を身にまとっていたが、胸元が何故かはだけているような……。
いや。何だろう。微かに首筋には汗が垂れていたせいか、色気が凄まじすぎて一瞬、スマホを伏せてしまった。オマケに胸筋が彫刻並に綺麗だったし!
これは流石に三姉妹には見せられない!
見せたら確実に、心停止して生きて帰れなくなりそうだ。
「全く……。人が寝ようとしていたのに!」
このルーマニア人は、どこまで人の心を振り回すつもりなのだろうか。
呆れながらもスマホから一旦離れて髪を乾かし、サラサラになったところで、香りが良いヘアトリートメントを付けて寝ることにした。
だけど、告白の返事は、この『ドラッグルームスープ』が潰れてからにしよう。
そうでないと、アタシはいつまでも、過去に囚われたまま。
それに、仮にアタシが管理人と鉢合ってしまった場合、怒りのあまり、殺しかねない。こんなところで豚箱行きなんて、真っ平ごめんよ。
折角アタシのことが『好き』という人が、現れたんだ。自分のこと、大事にしないとね。
これが、自分の意思でもあり、アンナの意思でもあるから。
だから、今回の復讐は……。




