sideメンコ 復讐の血で濡れても尚、野に咲く薔薇は美しい(中)
「……」
彼はポケトークを見ると、ふっ。と軽く笑い、ルーマニア語でこう入れてきたのだ。
【M-am răzbunat odată și pentru că unchiul meu a fost ucis de părinții mei.】
(訳:オレも叔父が両親に殺されたので、一度復讐したことがあります)
「うそ……」
驚く私を他所に、彼は続けざまにルーマニア語で吹き込んで語り始める。
【Am șters întreaga familie Valte cu propriile mele mâini.】
(訳:オレは自分の手でヴァルテ家を滅ぼした)
「……」
【A fost pentru binele meu și pentru binele lui Luke.】
(訳:それは私自身のためであり、ルークのためでもありました)
「……」
アタシは思わず絶句してしまった。
まさか、彼もまた、『復讐に手を染めていた事』があったなんて。
しかも、理由はアタシみたいな、個人的な理由では無い。そこには『弟のルークの幸せを望む兄』の姿も見えたんだ。
「デスガ、コレデ、失ッタモノ、アリマス。ソレニ、コノ事ハ、貴女二言ウノ、初メテ」
そう言うと、彼は突然、眼帯を外し、翡翠色とはまた、違う色の瞳が見えたのだ。色はしかも……、マスタードに近い、黄色!?
「それって……」
「本物ノ目デハ、アリマセン」
「……!」
まさか、義眼!?
でも、何で復讐で片目を失っている訳?
「どういう、事?」
訳が分からなくなったアタシは恐る恐る聞くと、彼はあっけらかんとした感じで、ポケトークにこう吹き込んだのだ。
【Când i-am omorât, o săgeată mi s-a înfipt într-un ochi.】
(訳:彼らを殺したとき、矢が私の目を貫きました)
「……うわっ。大丈夫?」
「大丈夫デスヨ。ハハハッ!」
しかし、彼は笑いながらもこう、ポケトークで語り始めたのだ。
【Așa că am mâncat globul ocular înjunghiat.】
(訳:それで刺された目玉を食べました)
「は、はぁあ!?」
驚きのあまり、手に持っていたペットボトルを落としかけたが、やることなすことエグすぎるって!
何で食べたの!? まるで三国志に出てくる夏侯惇の逸話みたいじゃないの!
「で……、今の貴方が生まれたって事かしら」
「マァ。ソウデスネ。デモ……」
「でも?」
「安心シテクダサイ。日本デハ、ソンナコト、ヤリマセン! アハハ!」
「えっと……」
貴方が言うと、『海外ではやるよ』としか聞こえないんだけど。
上機嫌に笑いながらも、過去の話を楽しく語って眼帯を付け直す彼を見ると、呆れ気味になるが、何だか羨ましく感じる。
アタシの場合は、18のあの時から『止まっている』から……。
「ドウ、シタ?」
「……え?」
「悲シイ顔。シテル」
「あ。えっと、そうかな?」
「無理。シナクテイイ」
彼はそう優しく言うと、手に持っていたポケトークを、何故かアタシの目の前へ置いたのだ。
「オレ。全部聞ク。話シタイ事。話シタライイ」
「……」
すると、ソファに座るアタシの隣に座ってきて、真剣な面持ちでこう言い始めた。
「貴女ノ思ッテイル事。オレハ、全テ聞キタイ。ソシテ、受ケ止メル」
「……はぁ」
思わず小さな溜息をついてしまったが、彼は一体、人生を何周してきたのだろうか。それほど落ち着いていて、年上のアタシより、相当大人じゃないか。
全く。タミコちゃんとドライブしていた時に語っていた『アタシより強い人がいい!』だなんて、何て恥ずかしい事を言っていたのだろう。
「貴方さ、人生を何周してきた訳?」
「ジンセイ? ナンシュウ?」
「あははは! 単なる冗談よ! それほど大人っぽいって言っただけ!」
「オレ、大人ッポイ、デスカ?」
「うん。アタシより数倍ね」
「スウバイ……、バイ?」
「えっと……」
だけど、まだ日本特有の比喩表現が分かってないせいか、片言で首を傾げる仕草が、まるで指示が分からない犬みたいで、可愛く感じるのよ。
なので、彼にも分かりやすいように、言葉を選んで、こう話してみる。
「君さ、24年も生きた中で。てさっき言ってたけど、24歳に見えないのよ」
「エッ!? 見エナイ、デスカ!?」
「うん。アタシ、こー見えて、貴方より年上よ。4つも」
「ワァオ! ソウナンデスカ!? 全然ミエナイデス!」
「え? あ。うそ!? ほんっと面白いね君!」
「ハハハッ! ソレト……」
そして、彼はテーブルに置かれたポケトークを持つと、照れ笑いをしながらも、こう吹き込んできたのだ。
【Am venit în Japonia să găsesc o casă permanentă și o soție.】
(訳:私は永住できる家と妻を見つけるために日本に来ました)
「ぅええ!? 永住先と、嫁を探すため!?」
アタシは予想外の答えに思わず、大声を発してしまったが、どんな冗談よ。
まぁ、来日前に目玉を食べたりと、派手にやらかしてしまったのなら、そうなるか。うーん。
そういえば、シイラも言っていた様な。
『けど、雰囲気からして、かなりの『血を浴びてきた』様な感じがしたね。来日するまでの間に何人殺ったんだろー』
ていう言葉が、妙に合致する様な気がして。
だけど、彼は顔を真っ赤にしながらも、ルーマニア語で続けてこう言い始めたのだ。
【Dar se pare că ambele obiective au fost deja atinse.】
(訳:しかし、両方の目標はすでに達成されたようです)
「どういうこと!?」
思わず聞いてしまったが、永住先と嫁が決まったって……、まさか!?
「ちょっと待って!? 永住先はどこにするって!?」
驚いて聞くと、彼は子供のように無邪気に笑って、こう答えてきたのだ。
「実ハ、ヒガンサンカラ『私の所に来ないか』ト、言ワレマシタ! シカモ、リッパナ家ト、イショクジュウ? チャントスル! テ!」
「まじ!?」
まさかのヒガンさんが、彼を勧誘していたのか。そういえば、男物の浴衣が、ナイトが座っていたソファにかけられていたね。今は彼、アタシの隣にいるけど。
「ハイッ! コノ浴衣モ貰イマシタ! ドコデ着マショウカ……」
「いやいや。ここで着るのは流石に勿体ないよ」
「ソ、ソウデスカ?」
「うん。お祭りの時に着ればいいと思う」
「デスネ! オマツリ! 大切ニシナキャ!」
すると、彼は上機嫌にそう言うと、自分が座っていたソファに戻り、座席に置かれた黒いリュックサックの中に、浴衣を畳んで入れていたのだ。
もしかして、貰った物は、大事にする人なのかな。
「ソレト……、実ハ、タミコ二1回、告白シタ」
「うぇえ!?」
「ソシタラ『ルークと付き合ってる』テ言ワレタ。フラレチャイマシタ!」
「ぶはっ! そりゃぁ断るって! 本当に面白いね。君! あはははは!」
しかも、馬鹿正直に余計な事まで言ってしまっているものだから、思わず大笑いしてしまった。
って。ちょっと待って。
あの玉砕後にアタシに壁ドンしてきたり、『24年生きてきた中で一番美しい』って言ってきたりしていたって事!?
あまりにも切り替えが早すぎて、空いた口が塞がらなかったけど、何なのもう!
行動力が異次元に可笑しいんだけど!?
「ア。笑ッテクレタ!」
「えっ!?」
「笑ッタ顔。トテモ似合ウ。好キ」
「えっと……」
相変わらずこちらの目を見つめながら、ストレートに返してくるので、かなり困惑したが、何だろう。妙に魅力的なのよ。
だけど、復讐に塗れた10年間の話をするべきか否か。悩んでいたのも本当だ。
言った方が楽になるのは分かっている。
でも、言ってもいいのだろうか。
二つの選択がアタシの頭の中を過ぎっていた。
「ナイト」
「ドウシタ?」
「聞いて、くれるんだよね?」
彼は軽くうん。と頷くと、そっと隣に座ってきた。
なので、アタシは震える手でポケトークを手に取り、翻訳してもらうことにしたのだ。
本当は怖いけど、言わないと……。
「えっとね、誰にも言ってない、アタシの過去、今から、話すね。かなり長くなるけど……」
「……構ワナイ」
「……ありがとう」
なので、意を決したアタシは、全てを話すことにした。彼がアタシにだけ、義眼を明かしたから、その代わりかもしれない。
*
場所は忘れたけど、アタシは海横から離れた地方のどこかにある『面式道場』の娘として生まれた。名前は美々子。
だけど、ヴァルテ家の掟同様、かなり厳しい稽古をしていた記憶しかない。
例えば『恋愛は、オリンピックで優勝するまで無し』とか。そんな極端な家内ルールを作っていたせいか、友達や彼氏なんて、一人もできなかった。
と言っても、学校から終わったら、直ぐに親が迎えに来て、真っ直ぐに稽古場へ連れて行かれる毎日だったから、息苦しかったんだよね。正直。
だから16歳の時、家出した。
親もスパルタで厳し過ぎて、耐えきれなかったんだ。アタシは僅かなお小遣いを手に、フラフラと遠出していたら、いつの間にか海横の溜まり場へと辿り着いてしまった。
でも、幾つにも建物が並んで、空を覆う程の高いビルばかりあった都会の景色は、初めて来たアタシにとっては、とても新鮮だった。
この時の格好も、かなりダサかったと思う。
田舎から出てきました。みたいな黒髪でショートヘアでさ。
シンプルな白いTシャツに、下はジーンズ。黒いスニーカーの普通の格好だ。溜まり場にいるような地雷系の格好はしていなかったかな。
「あれ? 君、初めて?」
「え? そうだけど……」
すると、アタシを見て、オレンジ髪の子が、真っ先に声をかけてきてくれたんだ。服装は黒いTシャツにデニムの短パン。白いスニーカーという、かなりラフな格好だ。
「わぁーい! 仲間だね! アタシはアンナ! 貴女の名前は?」
「めめ、面式……、美々子」
「おー! ミミコちゃん! 可愛い名前だね!」
「え? そう?」
「うんうん! でも、なんて呼ばれたい? だって、こっちが名前決めちゃったらさぁー、なーんか申し訳なくって!」
「えっと、じゃあ、『メンコ』でいいよ」
「おっ! 可愛いじゃーん! メンコちゃん! よろしく!」
「あ。うん!」
これが、アンナとの最初の出会いだった。
今思うと懐かしいなぁ。あの時は、初めての居場所と友達が出来た気がした。
アンナはとにかく明るい子で、落ち込んでいる子がいたら、ほっとけない様な。そんな子だった。
あーあ。今思うと、もっともっともっと、楽しいこと、やりたかったのになぁ。
例えば、今の三姉妹達みたいに、恋バナをして盛り上がったり、ゲーセンで遊びまくったり、プリクラを撮って思い出を残したり。
中学高校と出来なかった青春を、海横の溜まり場で取り戻したい気持ちが、どこか心の片隅にあったのかもしれない。
だから……。
「ねねっ! アンナ!」
「どーしたの? メンコ?」
「記念に一枚撮ろっ! はいちーず!」
「わぁっ! びっくりしたァ!」
「あ。驚かせちゃってごめんね」
「へーきへーき! 思い出の一枚、大事にするね!」
「うん。ありがとう! アンナ!」
この記念で撮った写真が、彼女との『最初で最後の思い出』になると、思っていなかったんだ。
*
「それでね……」
アタシは震える手でポケトークを持ちながら、今まで溜め込んでいた思いを、吐き出すことにした。アンナが、この世から居なくなった『あの日』の事まで。
「……」
彼はというと、真剣そうな眼差しで、こちらを見ながらも、一言一句を聞き逃さない様に、話に耳を傾けていた。
「全ての始まりは『匿名の語り場』というサイトを、アンナが使った事からだった」
「……」
「そこから、アンナはどんどん、薬にハマっていってしまったんだ。アタシが知らない所で、アンナはどんどん壊れていって……」
「……」
「しまいには、『ドラックルームスープ』というサイトの中にある『限界チャレンジ』によって、命を奪われてしまったんだ。唯一の親友だった、アンナが!」
「……」
アタシは感極まってボロボロと泣きながら、ポケトークを握りしめ、更に翻訳しようとした。
「だから! 絶対に復讐をしようと、10年もの間、探し続けていたの! このクソなサイトを作って、人の命を弄んで金儲けしていた、クソな管理人を!」
「……」
「ものすっっっごく許せなくて! 許せなくて許せなくて! 絶対にこの手で殺してやる。とまで思っていた。でも……」
「……」
もう言葉に出来なかった。
許せない気持ちの方が強いはずなのに、この時までアンナは『アタシの事は気にせずに、自分を大事にして』と龍樹君経由で言っていたんだ。
その言葉を思い出してしまったアタシの頭はもう、滲んだ紙のように、ぐちゃぐちゃで書けない状態だったのだ。
結局、この復讐は、何のためだったのか。と。
「でも、アタシは……!!」
すると、無言で聞いていた彼が、ポケトークを伏せる様な形で手を置くと、首を横に振ってこう言い始めたのだ。
「……モウ。翻訳、シナクテ、イイ」
「でも!」
「……シナクテモ。メンコノ気持チ、痛イ程、分カル」
「……」
「ダカラ……、今ダケ、泣イテ、イイ」
「あぁ。うぅ。ぅわぁあああ!」
そして、彼の優しい声を聞いた瞬間、アタシは子供のように、大泣きしてしまったのだ。
今まで我慢してきた思いのダムが決壊して、溢れてしまって収集がつかなくなった。それが今のアタシだ。
本当に情けないや。
年下に慰められてさ。
でも、今は縋るように、泣きたいんだ。
*
泣きすぎて顔が腫れてしまった。
こんな恥ずかしい姿を見せてしまった事に、後悔しつつ、アタシは心を落ち着かせるために、スポドリを軽く飲んだ。
「モウ、大丈夫、デスカ?」
「……うん」
彼の優しさが身に染みる。だけど、先程の数時間前までは、その手は返り血で染っていたのに。何だか、温かくて、不思議な感覚。
「話、聞いてくれて、ありがとう」
アタシはそう、彼にお礼をしようとした時だった。
――ドンドンッ!
錆びた扉から、大勢の不気味な音が聞こえてきたのだ。もしかして、ナイトさんが閉めてくれたシャッターが、壊れちゃった!?
アタシは急いで、テーブルに置かれたオレンジ色のスマートフォンを、ジッパー付きのポケットにしまっていた時だった。
「メンコ!」
「えっ!?」
すると、彼が突然、アタシの手を強引に掴むと、非常階段まで連れて行かれてしまったのだ。
「ツイテキテ!」
「えっ!? あ……」
そして、ここからアタシと彼との、アジト脱出が始まったのだった。




