sideメンコ 復讐の血で濡れても尚、野に咲く薔薇は美しい(前)
「は。えっ!?」
アタシは驚きのあまり、後ずさりしようとしたが、背中が壁についてしまい、無理だった。
しかも、目の前にいる、リルドにそっくりな人は、片目は黒い眼帯を付けていて、翡翠色の瞳でこちらをずっと見ていた。
「そ、そうだけど……」
「……ソコデ、待ッテテ下サイ。オレガ全テ、終ワラセマス」
「……」
だけど、彼は片言ながらも静かに言うと、背後を襲おうとした敵を、後ろ回し蹴りで瞬殺していた。
「……」
ただただ、言葉に出来ず、目の前で起きている惨劇を、呆然と見ることしか出来なかった。
というのも、彼、逆手でナイフを握っているせいか、迫力がありすぎて、近寄れないのよ。
この人が本当に、リルドの双子の兄!?
「先二休憩室へ、行ッテクダサイ!」
「え!? でも、貴方は?」
「ソコノシャッター、閉メテカラ、ソチラ二向カイマス」
「あ。そう……」
しかし、何故か休憩室へ行け。と言われたアタシは仕方なく、彼の指示に従おうとしたが、何だろう。こんなモヤっとした感情、初めて感じるのよ。
まるでアタシが、足でまといみたいな言い方をしてきてさ。なーんかムカつく!
「ていうか、アタシも戦えるんだけど!」
なので、思いっきり強く言ってしまったが、彼は軽く振り向いてアタシをじっ。と睨みつけると静かにこう言い放った。
「……、貴女ハ、コンナ変ナ奴、相手スル必要、無イ」
「はぁ!? どういう……、えっ!?」
すると、彼は突然、コンクリートの壁に思いっきり左手を付けてきたのだ。
アタシの顔面スレスレで、しかも、微風が頬を撫でるように吹いていた。
「オレハ、貴女ノ 味方デス」
「……」
「先二ソノ……、行ッテ、下サイ」
「……」
「貴女ハソノ……、野二咲ク、薔薇ノ様二、美シイカラ」
「……」
「ナノデ、一ミリモ、貴女ノ体二、傷ヲツケタクナイノデス」
「……」
は? 何。この恋愛ドラマみたいなシチュエーションは。
ちょっと待って。それよりも、何でアタシが彼に壁ドンされている訳?
理解が追いつかないせいか、頭の中が真っ白になりかけていた。
しかも、彼の右手には、未だに血濡れたナイフが、逆手で握られているし。
な、何なの本当に!
身長も彼の方が少し高い程度で、距離も近いせいか、視線がそらせないし、それに、野に咲く薔薇の様に。って何!?
もしかして、たんぽぽに例えられてる?
もう。訳わかんない!
「あ。えっと。わかった! 分かったからその……。距離が……」
「ハッ! スマナカッタ!」
すると、彼は謝りながらも、咄嗟にアタシと距離を離していたが、何故か顔が赤く火照っていた。
「デスガ、サッキ言ッタコトハ、本気デス!」
「あー! もう分かった! 先に行って待ってるから! だからその……、死なないでよ!」
「……。multumesc」
彼は笑顔で一言、流暢なルーマニア語でお礼を言うと、下り階段近くのシャッターを閉める為に、その場を後にしたのだった。
「えっと……」
だけど、嵐のように去って行ったせいか、未だに目の前で起きた惨劇や、壁ドンされた衝撃が、頭の中を離れてくれない。
だって、そんなシチュエーション、まるで小説とか漫画だけの世界だと思っていたから、よくそういうシーンを書いていたのに。
「まず、少しだけ、休もう……」
なので、体と頭を休ませるために、アタシは渋々、上り階段で向かう事にした。
それにしても、あんな事されたの、人生で初めてだよ。あぁ、どうしよう!
「そうだ!」
ふと、植物に詳しいエボシに聞いてみようかな。それに、本当に『野に咲く薔薇』は存在するのか。て。
なので、休憩室に向かう道中、歩きながらもジッパー付きのジャージのポケットからオレンジ色のスマートフォンを取り出した。
そして、早速『創造神と愉快な三姉妹』という個人用のグループチャットにこう送ってみる。
『ねぇ、エボシ、ミクラ、ギンコ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、今、時間は平気?』
実はラボの時に、タミコちゃんには内緒で、趣味友グループとして作ったんだよね。
それに、どうもあの三姉妹とは、話が合うのよ。一緒にいて楽しいっていうか。
――ブーッ。ブーッ。ブーッ。
「あ。きた」
数秒で来た3通の通知には、こう書かれていたのだ。
『どう致しましたの!? 創造神様から聞きたい事があるだなんて!』
『へぇ~。珍しいわねぇ。何かあったのかしらぁ~』
『今、私達は、シイラさんが真生くんを連れて帰った後なので、何時でも時間はありますよ! どうしました!?』
「みんな……」
思わずホッと一安心したアタシは、更にこう返信する事にしたのだ。
『実はさっき、『野に咲く薔薇の様に美しい』て言われたんだけど、野に咲く薔薇って何か分かる?』
「ほんと。何なのもう……」
だけど、台風のようにやってきては、颯爽とアタシを守る彼の姿が脳裏にチラついてしまい、現実か否か、曖昧な状態にいた。
それに、人生初の壁ドンを経験してしまったから、余計なのかもしれない。恋愛漫画の女主人公は、毎度こんなドキドキをしながら毎日を送っているのだろうか。
――ブーッ。ブーッ。ブーッ。
「あ。きたきた」
すると、少し遅めに返信がやってきたので、アタシは即座にトーク画面を見ることにした。
『ちょっと! 何、そのロマンチックな台詞はぁぁ! 野に咲く薔薇の様に美しいって……』
『はぁぁ~! たまりませんわぁ~! ミクラもそんな甘ーい台詞、言われてみたいですよぉ~!』
『野に咲く花はよく聞きますが、薔薇とは! そのどこで、誰に、どんなシチュエーションで、言われたんですか!?』
『ギンコ。ナイスですわ! そんな甘ーい台詞で口説いてきたのは、どこの誰なんですの!』
『ミクラも気になるぅ~!』
『私もです!』
「えっと、みんなちょっと待って!?」
しかし、予想以上に混沌な状況になってしまったのだ。
まさかこの三姉妹、BL以外の『恋バナ』も好きなのか!?
アタシは呆れながらも再度、こう返信を送ってみたのだ。長く書いてしまったので、途中で区切りながら……。
『実は今、任務中で敵地の休憩室みたいなところにいるんだけど、戦ってる最中に、颯爽と現れて敵を瞬殺した人がいるのよ。その人と目が合った瞬間、何故か彼は『ソコデ待ッテテ下サイ。全テ終ワラセテキマス』てカタコトで言われて……』
『そしたら一人で何体か敵を倒してしまったわけよ。驚いて立ち尽くしていたら『先二休憩室二行ッテクダサイ』て言われたから、ムキになって『アタシも戦えるの!』て言ったら、突然壁ドンされて、身長も彼の方が上だったせいか、声が出なかったんだけど、『オレハ、貴女ノ 味方デス。先二ソノ……、行ッテ、下サイ。
貴女ハソノ……、野二咲ク、薔薇ノ様二、美シイカラ。ナノデ、一ミリモ、貴女ノ体二、傷ヲツケタクナイノデス!』て!』
「あーー! やばい! どうしよう!」
アタシは今起きたことを、必死に文章化して書こうとするが、脳内で何度かシミュレーションしてしまい、その度に悶えてしまうのだ。
――ブーッ。ブーッ。ブーッ。
「はぁ。はぁ……」
アタシは今一度呼吸を整えながらも返事を見ると、画面が過去一恐ろしいことになっていた。
『ふぁぁぁぁぁああ! カタコトって事は、相手、外国人ですか!? 何人ですか!?』
『いやぁぁあ! 壁ドンしながら、一ミリも貴女の体に傷をつけたくないって何よ! 妾の心臓がぁぁ!』
『ミクラはもう、壁ドンされた時点で死んでいいかもしれないわぁ~』
「いやいやいや! 三人とも! 気を確かに!」
思わず声を出してしまったが、これじゃあ野に咲く薔薇の意味が聞けないままよ。どうしよう……。
――ブーッ。ブーッ。ブーッ。
「今度は何!?」
アタシは恐る恐る、トーク画面を見てみると、エボシからこんな言葉が飛んできたのだ。
『はっ! 創造神様! 危うく心停止をしかけましたわ! えっと、『野に咲く薔薇』の事でしたわよね。確か、ルーマニアには『イヌバラ』と呼ばれる野薔薇がありますのよ。しかも国の花ですわ! それの花言葉は確か『優しさ』で、その花の実は、ローズヒップティーにも使われていまして、様々な効果があると言われておりますのよ!』
「あ。今度こそ、真面目な回答が来た」
アタシはホッ。としながらも返信しようとしていた。
――トンッ。
すると、私の近くに、飲み物が入った、500mlのペットボトルが置かれていたのだ。
「えっと。これって……」
「飲ンデ、イイ」
「あ。ありがとう」
なので、お礼を言って開けて飲んでみると、味はスポーツドリンクだった。熱帯夜の暑さと、盛大に動いていた後のせいか、とても美味しく感じた。
「えっとこれって……」
「オレガ来ル前カラ、貴女ガ戦ッテイタ所、見テタ」
「あ。そう……」
すると、彼はパーカーのポケットから突然、ポケトークを取り出すと、ルーマニア語で言葉を吹き込んだ後、アタシにこう見せてきたのだ。
【Dar scuze că am întrerupt】
(でも、邪魔してごめんなさい)
「いやいや! 邪魔じゃなかったよ!?」
アタシはまさかの返答に、思わず席を立ってしまったが、あんな暴れっぷりをして、ごめんなさい。ってどういう事!?
「ちょっとそれ、借りてもいい?」
「ア!? イイデスヨ!?」
なので、アタシは驚く彼からポケトークを借りると、日本語からルーマニア語に翻訳の切り替えを行い、こう吹き込むことにした。
「危ない中、助けてくれて、ありがとう」
それを彼に見せると、何故かアタシから視線を逸らし、妙に照れ臭そうにしていたのだ。
何だろう。戦闘以外は、至って普通の美青年に見えるんだけど、どこか闇を抱えているような……。
「それと、野に咲く薔薇の様に美しい。てどういう意味?」
なので、そうポケトークに吹き込んで彼に返すと、突然、戸惑った様な声色で、こう翻訳してきたのだ。
【Înseamnă exact ce spune. Ești frumoasă ca un trandafir.】
(まさにその通りです。あなたはバラのように美しい)
「あっ。ええっ!?」
そして、何故か彼は頬を赤らめながらも、続け様にポケトークにこう吹き込んで、アタシに見せてきたのだ。
【În cei 24 de ani ai mei de viață, n-am văzut niciodată o femeie atât de puternică și frumoasă ca tine.】
(私の人生24年間で、あなたほど強くて美しい女性を見たことがありません)
「えっと……。そう、なの……」
初めて言われた言葉のせいか、一瞬にして言葉を失ってしまったのだ。しかも、スポドリを飲んだ後なのに、何故か喉が渇いてしまう。
「アッ! エトソノ、大丈夫デスカ!?」
「ええっ!? あー、うん。大丈夫よ! 心配かけて、ごめんね」
しかも、気を使われてしまっているし。
あーあ。何やってんのよアタシ!
だけど、彼の曇り無き翡翠色で純粋そうに見てきているせいか、心拍数は未だに上がり気味だ。
――ブーッ。ブーッ。
しかも、通知が来たバイブ音も鳴り出していていたが、どうしよう。返信もしないと。
なので、テーブルに置いたオレンジ色のスマホを手に取ろうとした時だった。
「ぅぇええ!?」
真向かいにいた彼が、左手で咄嗟にアタシの右手を重ねるように置くと、真っ直ぐ此方を向いて、拙い日本語でこう言ってきたのだ。
「オレハ、貴女ノ事ガ、好キデス! 一目見タ時カラ、ズット……」
「……」
「アッ。スミマセン。マダ日本二来テ、間モナイカラ、難シイ言葉ハ……、ワカラナイ」
「ええっと……」
突然の告白で、アタシはしどろもどろになってしまったが、ちょっと待って!?
まさか、彼は一目惚れしたってこと!?
どうしよう。
「だけど、めっちゃ日本語上手いよ? 誰に教わったの?」
「叔父カラ、教ワリマシタ。ソレニ、ルークガ日本二、居ルコトモ……」
「なるほどね」
そういえばルークって、リルドの本名だったよね。って事は、目の前にいる人が、双子の兄の『ナイト』さんね。
だけど、性格がどうも正反対過ぎるのよ。
リルドがあまり語らないから。というのもあるけど、本当に双子の兄なのかと思ってしまう。
「ソレニ、コレヲ使ワナクテモ、良イヨウニ、沢山、日本語ヲ、勉強、シタイ」
「そうなの?」
「ナノデ、オレ二沢山、教エテ欲シイ。アト、貴女ノ事モ……」
「……えぇ!?」
それに、突然「貴女のことも知りたい」ときたものだから、どう返せばいいのか、分からなかったのだ。
「ていうか、あのね……」
アタシは頭を抱えながらハァ。と深いため息をつくと、忠告するかのように、アタシは彼にこう言い放ったのだ。
「言っておくけど、アタシの事、色々と知ろうとしても、面白い事なんて、一つも無いのよ」
「……ナゼ、デスカ?」
「んー……。ポケトーク、また貸して貰えもらる?」
「構イマセンヨ」
「ありがとう。ナイトさん」
なので、アタシはポケトークで、ある言葉を吹き込んで、彼に見せたのだ。
「それはね、親友を失ったあの日から、アタシは復讐のために生きているから」




