脱出後、溜まり場は恐ろしい光景になっていました。
現在私達が居るのは3階。この時二人が脱出する際の目印として、何かあった方が良いかも。
「これ。使える!」
すると、ジャージの下ポケットに入れていたおにぎりの包装を見つけたので、3等分に切った包装を床に一つ、捨てる事にした。
「何してんだ?」
「目印。これを2階からスタートして、1階、脱出口に3回分落とすの」
「なるほど。相手からしたら『ただのゴミ』ですが、分かる人には分かる。という事ですね」
「そうだね。あの時のおにぎりの包装が、ここに生かせるのは正直驚いたけど……」
「来ましたっす!」
「おー。やれ!」
「りょーかいっす!」
すると、フグトラの目の前には、ヤク中でイカれた人達が、階段の踊り場を占拠していたのだ。
10人ほどいるけど、フグトラさんなら余裕でやれそうな、気がする。
「おらぁ!」
ソイツらは彼の強烈メリケンパンチで、みぞおちに的中。
『うがっ!』
『あぎゃぁ!』
『おわぁ!』
そのせいか、何人かは雄叫びをあげながらも階段から転げ落ちていったのだ。オマケに声も出ずに、踊場で気絶した奴らもいる。
「このまんま進もう」
「りょーかいっす!」
「にしてもやべーな。非常口付近にも、こんなに頭がやばい奴らが湧いてくるとは……」
「……」
「ヒガンさん?」
ふと、彼は神妙な面持ちで一言、こう言ってきたのだ。
「ここまで酷い惨状になっていても、現教祖は責任を逃れるために、前回同様、また逃げるのでしょうね」
「……」
彼の足音だけが響く非常階段。
そのせいか、みんなは降りながらも、静かに彼の話に耳を傾けていた。
「あぁ。すみませんね。皆さん。それと、タミコ様。鰒川 聖が今回の騒動の元凶と聞いてしまったからには、私にも責任がありますので」
「ヒガンさん……」
「えぇ。アイツらみたいな狂信者には、盛大に『罰を与えないと』いけませんね。鰒三家の『恥』として。本当に……」
「……」
そして、彼は怒気を含んだ声で発すると、再び小型の銃を構え、周囲を見渡しながら降りて行ったのだ。
流石、元ベローエの幹部、海横支部長の風格が出ていたが、それほど怒っているんだよね。
今回の件は、本当に被害が甚大過ぎて、私自身も怒りを覚える程だ。
亡くなったアンナさんや龍樹君を始め、溜まり場にいる老若男女の人達やドクター越智。それに、ルークに会うために来日したナイトさんまでも巻き込んで。
オマケに聖さんの本来の目的が『カラマリアを潰すため』と『真生くんを連れ去る事』だって聞いて、益々怒りが込み上げている。
どれだけの人を巻き込めば気が済むわけ?
この『ドラッグルームスープ』の管理人かもしれない『鰒川 聖』さんよ!
「ねぇ。リルド」
「どーした突然」
「今、こんな惨状を引き起こした元凶に、ものすっごく怒りを覚えているの」
「それはみんな同じだ。俺も、ナイトをこんなところに引き込んだ野郎には、『半殺し以上』の制裁をしねーとな。いや。それこそ、『殺すだけ』じゃ、生温いよな」
「本当にその通りですね。死なせないように、永遠に拷問しないと」
「ヒガンさん。絶対シイラさんの影響、軽く受けてるっすよね」
「いや! そんなことはないと思いますよ!? あははぁ~!」
「えっと……」
いや。もう『拷問』というワードが出た時点でシイラさんの影響、かなり受けていると思うのよ。うん。
それに、リルドも今回ばかりは、容赦が無いみたい。確かに、ナイトさんまでも巻き込んでいるから、本当に聖さん、タチが悪すぎる。
「もう、1階だ」
そう怒りを滲ませていたら、いつの間にか、1階へと着いてしまったのだ。
目印にもう一つ、おにぎりの包装の切れ端を落とすと、非常口と書かれた扉が見えた。
「おい。フグトラ」
「な、何すか!?」
「ちょっと、様子を見てくるから、タミコと待っててくれ」
「おわっ!? リルドさん、前に出るんすか!?」
「まぁ。様子を見るだけだ。どこかに外に出れるのがあれば……」
なので、彼に恐る恐る、開けて貰うことにした。
「あ!」
「突然、どーしたっすか!?」
「もしかしたら、『アイツ』が開けた場所から出れるかもしれねぇ」
「アイツって、まさか……」
「あぁ。あのクソ野郎、『窓から侵入』したみてーだからな」
「相変わらず、無茶苦茶な事をやるっすね。シイラさん」
なので、一先ず私達は、彼が『壊した』という窓を探すことにしたのだ。まさかここで、シイラさんが作った出入口を探すなんて。
――ぅああああ!
右側の壁越しからは、化け物の様な呻き声が複数聞こえてきたけど、もう、気にしてられない。左側は大きな窓が、ずらりと並んでいるけど、シイラさんはどの窓から入ってきたのだろう。
それとここって、さっき入った場所とは反対側の非常階段。つまり、廃墟ビルの裏側って事よね。薬漬けでイカれた連中が、先程よりも少ないから、安全に外に出れる。という事か。
そう考えるとナイトさん、安全優先で『アソコカラデロ』みたいな事を言ってたって事?
いやいや。待て待て。あのルーマニア人、かなり恐ろしいんだけど。
「お! ありましたね!」
「おわぁー。かなり割ったっすね」
「ったく。メンコに器物破損って言われても、納得の壊れ具合だなこれ」
「あはは……」
すると、シイラさんが盛大にぶち壊した窓を見つけたが、残っているのは窓枠のみで、床にはガラス片が大量に散らかっていたのだ。
あーあ。随分ド派手に割っていたんだ。
でも、これで一応、脱出はできるから良いか。結果オーライだ。
「さて、外に行こっか」
「おー。俺とフグトラが先に行くから、タミコとヒガンさんは、合図送った後に登って降りて来い」
「了解でしたよー」
「うん」
「行くっすよ! リルドさん!」
「おー」
なので、彼とフグトラさんは、先に窓枠によじ登って向こう側へ飛び越えると、私達に合図を出してきたのだ。
「さてと……」
「行きましょうか。背後はお任せを」
「ヒガンさん。ありがとう」
なので、私は最後のおにぎりの包装を、床へ捨てると、勢いをつけて窓枠によじ登った。
そして、彼らがいる反対側へと、足を付けて降りることができたのだ。
「……」
しかし、降りても直ぐに姿が見当たらない。
「どこ行った?」
なので、表の路地側へ出てみると、リルドやフグトラさんが、何も言わずに青ざめた顔で立ち尽くしていたのだ。
「ちょっとどうし……」
『シーッ!』
「あ。ごめん!……って、何、これ」
しかし、彼らの目線の先には、徘徊していた薬物中毒の人達が、大量に彷徨いていたのだ。
片手にリキッドタイプのゾンビタバコを持ちながら。
それと、遠くから覗いても、狭い溜まり場に、ざっと50人近くはいるかもしれない。
「まんま、ゾンビタウンじゃないの!?」
「あぁ。俺も正直驚いているんだが、フグトラ」
「そうですねー。中規模でここまで酷いとなると、大規模アジトは、もっとやばいかもしれないっすね」
「それこそ、『錠剤型ゾンビタバコ』を持ちながら、ハイになっている輩が、わんさかと出てくるかもしれねーって事か」
「そんな……」
私は恐怖で背筋が震え上がりそうになったが、それよりも、未だに中で戦っているメンコさんが心配。あと、助けに行ったナイトさんも……。
「あ。星……」
ふと、夜の空を見上げると、ネオン街に埋もれた光の中で、唯一輝く一等星を見つけた。なので、私はこう願いを込めたのだ。
早く、この混乱が収束出来ますように……。
「タミコ。行くぞ」
「う、うん。まずは戻らないとね」
「じゃー、俺達もツブヤキに戻ってまとめないと。っすね」
「そうですね。今回はかなりの収穫を得ましたのでね」
「色々あったけど、そーだな。今日はありがとな」
「いえいえ。また何かありましたら、タミコさんやゴエモンさんにお伝え致します」
「おー……」
「じゃあ、またね! 二人とも」
なので、私達は歩いてサーフェスがある雑居ビルまで戻ることにしたのだ。
「……」
「……」
道中、私は彼に、かなり迷惑をかけてしまった事を謝ろうかと思った。
だけど、ゴエモンさんから言われた『敵味方全員を欺け』という、極秘任務も継続中なため、あまり多くを語ることが出来なかった。
「ただいまぁ」
「おお。おかえりなさいですぞ! タミコ氏。リルド氏!」
すると、深夜だと言うのに、彼はパソコンのタイプ音を奏でながら、私達に声をかけてきたのだ。
「おー。溜まり場の状況は、どうなっている?」
「実はかなり、最悪な状況になってましてな。ゾンビタウン、一歩手前まで来ておりますぞ」
「確かに……」
中規模アジトから出ていった後、薬物中毒の人達が、大量にアジト近辺を彷徨いていた様な。
そのせいか、かなり気味が悪かったから、リルドと足早にサーフェスに戻ったのよね。
「恐らく、先程タミコさんが調べて欲しいと言ってきた『鰒川 聖』が大きく関わっている事が判明致しましたぞ!」
「まじか!? そいつはどんな奴なんだ?」
「それはそれは、『クズ』で『頭が薬でパッパラパー』になってましてな。確実にまともなやつでは無いですぞ」
「そうなんですね」
「そうそう。オマケに警察にも『指名手配』されているらしいので、逮捕される前に、先に接触しなければ!」
『ぇぇえええ!?』
しかし、まさかの『指名手配』報告に、私達二人は驚いて空いた口が塞がらなかったが、そして、彼は続けざまに、こう真実を言い始めたのだ。
「それに、更に調べを進めてみたら、なんと、この騒動を引き起こした元凶『ドラッグルームスープ』の管理人である事も判明しましてな」
「まじかよ……」
「……」
という事は、やはり、聖さんが、メンコさんの『復讐相手』でもあり、この一連の『黒幕』である事が判明してしまった。
「グソクさん。実は……、メンコさんが……」
「メンコ氏が、どうなさいました?」
「実は俺達がアジトに潜入した後、何故か薬でイカれた連中が、わんさかと押し寄せてきたんだ。ざっと100人以上はいた気がする」
「な。ななな、なんですと!?」
彼はかなり焦った表情で、思わず席から立ちあがっていたのだが、これは私も予想外だったのよね。
なぜなら、『囮を二つ』にして、ナイトさんにわざと攫われるように仕向け、会って話すようにしたのは、私の計画だったのに。
だけど、その後の薬でイカれた人達が、アジトへ集中的に押し寄せてきたのは、明らかに『誰かが、意図的に指示』をした様な気がして。
だからあの時……。ナイトさんの笑っていた顔が突然、怖い顔になって、『アノ男。ユルサナイ』て言ったんだ。
「そしたらメンコが……『暴れ足りないから暴れてくる』て言い残して、下に降りてったんだ」
「……」
私は焦って連絡を取ろうとしたが、何故か繋がらない。
不安が募る中、事務室の中でスマホを握りしめながら、彼女からの連絡を待っていた。
どうか、無事でいて。
*
「はぁ……。はぁ……」
何人、気絶させたかしら。
もう30は超えていると思う。
だけど、殴っても殴っても、『誰一人守れていない』という苛立ちが収まらない。
「ぅおりぁぁあ!」
『ぐはっ!』
あの時アタイは、何をすれば正解だった?
アンナが死んでしまったあの時の事を思い出す度に、自分自身に反吐が出てしまう。
「おりぁぁあ!」
『うがっ!』
華麗に飛び膝蹴りをしても、回し蹴り、ボディフック、ありとあらゆる武術を当てても、敵は気絶しない。それどころかゾンビのように起き上がり、無限にアタシの周囲を囲んでくるのだ。
「何なのこいつら……」
この時、かなり追い詰められていた。
背後はコンクリート製で無機質な壁。前には、未だに湧き出る様に、薬漬けの老若男女達が現れてくる異常さだ。
「アタシの体力は無限じゃないっつーの!」
そのせいか、怒りでどうにかなりそうだった。それに、『ネクターネクター』と、呪詛をかけてくるかの如く、相手が呟いているのを聞くと、アンナを思い出してしまう。
それと、この海横に来る前の事も。
余計な事まで、思い出させるんじゃないよ。
あの時のアタシはとっくに『捨てた』のに……。
「ほんっと。ムカつくんだよ! アンタらは!」
しかし、幾ら怒鳴って怒りをぶつけたとしても、アイツらは薬しか、頭がない。
最終手段として、この合成麻薬に似た『ドーピング薬』を餌にして撤退しようか。
そう、頭を過ぎった時だった。
――ぐはっ!
――うぎゃぁ!
――ぁぁああ!
突然、アタシの視界に映ったのは、緑色の半袖パーカーに、黒のカーゴパンツを身にまとった人物が、虫けらの様に次々と敵を蹂躙していたのだ。
「……」
誰だろう。だけど、戦い方がどうも、リルドに似ている様な。
アクロバティックに蹴り技を決めてはいるけど、右手には……、ナイフ!?
「ちょっと待って!?」
味方かもしれないけど、そのナイフも器用に逆手で持っていて、血濡れていた事から、只者では無い雰囲気を感じ取ってしまった。
しかし、その姿はまるで獲物を狩る『狩人』の様で、緑色のパーカーに付いた返り血すらも、黒くなって、模様の一部と化している。
「えっと……」
アタシは目の前の光景に戸惑いながらも、恐る恐る声をかけてみる。
「……」
すると、その人は振り向き、パーカーのフードを脱ぐと、真剣な眼差しでこう言ってきたのだ。
「貴方ガ、メンコサン。デスカ?」




