彼が来日した本当の理由は、まさかの『嫁探し』でした。
*
「……ふぅ」
目が覚めたら、私はどこか、休憩室の様な狭い部屋にいた。しかも、テーブルを挟んだ目の前には、緑色のパーカーを着た人がフードを深く被った状態で、両腕を組んでじーっと見てきたのだ。
「あの……、ここは」
私は恐る恐る彼に聞くと、何故か近くにあった冷蔵庫から、コンビニで買ってきたであろう、牛肉入りのおにぎりを二つを取り出してきたのだ。
「え!? おにぎり?」
そして、包装に包まれたおにぎりを二つ、私の目の前に置くと、開口一番こう言ってきたのだ。
「コレ、開ケ方ガムズカシイ。カンタン二開ケラレル方法ヲ、教エテ、ホシイデス」
「……は?」
唖然としてしまったが、確かにコンビニに売ってるおにぎりって、真ん中のテープをくるって巻くように外して……。て。
いやいやいやいやいや!
何で攫って早々、『開け方が分からないので教えてください』てどういう事!?
「えっと、もしかして攫ったのって……」
すると、彼は緑色のパーカーのポケットから、ポケトークを取り出し、起動させるとルーマニア語で話し、それを私に見せてきたのだ。
【De fapt, a trecut doar o săptămână de când am venit în Japonia. L-am cumpărat ca să-l mănânc, dar se pare că nu mă mai apuc să-l mănânc.】
(実は日本に来てまだ1週間しか経ってないんです。食べるために買ったんですが、なかなか食べられないんです)
「なるほどね」
【Așa că, atunci când te-am văzut purtând broșa prin apropiere, am știut că vreau să te iau și să te invit în oraș.】
(だから、あなたが近くでブローチを着けているのを見たとき、あなたをつかんで誘おうと思ったんです)
「いや待て待て待て!」
思わず椅子から立ち上がってしまったが、さらった理由が、まさかのそれ!?
例えば『ボスの命令で、連れ去った』とか、『身代金を要求するため』とか、もっと大それた理由があるでしょ!
何。おにぎりの包装を開けて欲しいから攫ったって。どんな理由!?
「エッ!? ダメデスカァ?」
「いや! ダメじゃないよ。えっとね……」
しかし、彼はしょんぼりとした声で言ってきたので、仕方なく一から教えることにした。
「まず、1番上の部分に赤いテープがあるから、そこから下へ引っ張って、ぐるっと一周するの」
「コウ、デスカ?」
「そうそう。次に2番と3番って書いてる所を順に引っ張るとね……」
「オォ! キレイナオニギリ! デキマシタァ!」
だけどこの人、本当に『ヴァルテ家』の人なのかな。子供のようにはしゃいでいる感じが、あのリルドと全く似てないんだけど。
「良かった良かった」
「アリガトウゴザイマス!」
「えっと……、ブローチを着けたから攫ったって言ってたけど……」
「ソノブローチ、家宝。ルークガ持ッテルハズ。デモ、ナンデ貴女ガ?」
ふと、彼は鋭い声色で言ってきたので、私はすかさず、こう答えたのだ。
「それは、ルークに『付けて』と言われたの」
「ホォー……」
「貴方、ルークと言っても、かなり冷静な反応をしていますね。まるで『彼が言ったんだ』みたいな」
「……」
「もしかして『ヴァルテ家』の人ですか?」
なので、恐る恐る聞いてみると、彼はふっ。と鼻で笑いながら、こう答えたのだ。
「……ヴァルテ家。イエス!」
「はぁ!?」
「シカモ、ルーク。オレノ弟」
「弟。つまり貴方は、『ナイト』さんですか?」
「Da」
すると、彼は軽くルーマニア語で返事をするとフードを外し、私に笑顔を見せてきたのだ。
「えっ! ふぁっ!?」
彼と同じ、狼のような切れ長の目だが、翡翠色の瞳で、癖っ毛の赤髪。色白い肌。異国のような顔つき。
確かにヒガンさんが言っていた通り、見た目は眼帯を付けたリルドの様なそっくり具合だ。
「ドウデスカ?」
「ええっと……、かなり似てますね! 驚きました!」
「アハハァ! 周リカラモ言ワレマシタ! 『アカサメが来たゾ』テ!」
「赤鮫って、ははは……」
それ、リルドの通り名じゃないか。
正しくは『赤鮫』だけど。
だから敵側も彼を仲間に引き入れるのに、必死だったわけか。
私は呆れ気味に乾いた笑いをすると、テーブルに置かれた『焼肉味のおにぎり』を手に取り、包装を外して食す事にした。
朝から食べてないせいか、お腹が空いた。
「デモ、今ノ仕事、報酬ガクソデス」
「報酬がクソ?」
どういう意味だろう。気になった私は再度、彼に聞いてみることにした。
「Da „Îți garantez mâncare, haine și adăpost, așa că alătură-te echipei mele”, a spus el.」
「あー! ちょっと待って! ポケトーーク!」
「オォ! スミマセン……」
しかし、彼はどこか抜けている所があるせいか、翻訳をし忘れて、そのままルーマニア語で話し始めたりと、私は終始慌ててしまった。
「エト、コレデスネ」
「うんうん……」
なので、彼は慌ててポケトークを起動し、先程言った言葉を翻訳すると、こう出たのだ。
【「食料、衣服、住居を保証するので、俺のチームに加わってください」と彼は言った】
「なるほど」
つまり、誰かに『雇われた』形で私を攫った。という訳か。おにぎりの包装を開けてくれ。だなんて、恐らく誘拐するための『口実』だ。
と、今思ってもしょーもない言い訳だよね。
「その彼って、誰だか分かりますか?」
なので、私も聞いてみたが、彼は眉を細めながら、慣れた手つきでポケトークに話すと、私に画面を見せてきたのだ。
【Era un bărbat cu o înfățișare dură. Numele lui era Ayagawa Hijiri.】
(彼は強面の男だった。名前は綾川聖)
「綾川!?」
大声を出してしまったが、綾川は翻訳によって別の言葉に変換されてしまったのだろう。
だけど、流れからして、『鰒川 聖』という男が黒幕だということが分かったけど、彼は驚いた顔で再び、こう打ち返していた。
【Cunoști această persoană?】
(その人をご存知ですか?)
「ヒジリさんは知り合いでは無いけど、その子供なら知ってるよ」
「コドモ……」
彼は何かを思い出したかの様な表情で、再びスマートフォンに打ち込むと、衝撃的な内容が書き込まれていたのだ。
【De fapt, mi s-a cerut să-l răpesc, dar m-am răzgândit.】
(実は、彼を誘拐するように依頼されたのですが、気が変わったんです)
「……は?」
【Nu am venit în Japonia ca să fac asta.】
(オレはこれをするために日本に来たのではない)
「ほぉ……」
何となく話が繋がってきた気がした。
恐らくヒジリさんは、『真生くんを攫う』為にナイトさんを雇ったのだが、彼自身は『報酬がクソなので、やりたくない』と。
「つまり、今の組織から抜けたいって事ね!」
「ソウデス! 貴女、オレノ言イタイ事ガ、ホボ分カル。ダカラ、助カリマス!」
「助カリマスって……」
だけどその大半が、ポケトークでの会話、というのがね。
それにしてもヒジリさん、来日したての外国人にまで、こんな事に雇うのだから、ロクでもない人なのが、丸わかりなんだよね。
なので、彼にバレない様に、ライムでゴエモンさん宛にこう打ち込んでみることにした。
『こんばんは。実はある人物について、グソクさんに調べて欲しいのですが、大丈夫でしょうか? 恐らく『ドラッグルームスープ』に深く関わっている。若しくは今回の騒動の黒幕かと。名前は鰒川聖です。頼めますか?』
「よし」
「ダレ二送ッタノデスカ?」
「あー。リルド! えっと、ルークだよね。確か」
「ナルホド。日本デハソウ呼バレテイタノデスネ」
「えぇ。でもナイトさん、日本語上手いですよね」
「イヤイヤ。ビショップ叔父サンカラ少シダケ、教ワッタノデスガ、マダマダ……」
だけど、片言ながらに流暢に話す彼は、とても悪い人には見えないのだ。
それにしても、あまり多くを話さないリルドとは正反対の様な……。
「ほーん。じゃあ、本当にここに来た理由って?」
「ソレハ、ルーク二会ウ為デス!」
「え!? でも何でこのタイミングで?」
「実ハ……」
彼は戸惑いながらも、ポケトークにルーマニア語を吹き込むと、こう返事が返ってきたのだ。
【Am vrut să-l întâlnesc și să-i spun adevărul.】
(オレは彼に会って真実を伝えたかった)
「伝えたかった?」
【Exact. Gata cu răzbunarea, gata cu suferința acasă.】
(まさにその通り。復讐はもうたくさんだ、故郷での苦しみももうたくさんだ)
「……」
どういう意味だろう。意味深な回答に眉をひそめながらも、彼は先程とは真剣な面持ちで、ポケトークに言葉を吹き込んでいた。
【Am luat atâtea vieți de când eram mici.】
(オレたちは幼いころから、たくさんの命を奪ってきました)
「……」
【Regulile familiei noastre ne-au cauzat multă suferință nouă, gemenilor.】
(オレたちの家族のルールは、オレたち双子に多くの苦しみをもたらしました)
「……」
私も真剣な面持ちで画面を見ながら頷いたりしていたが、これは確か、ゴエモンさんが言っていた『人を殺せば殺すほど一人前』という、とち狂った掟で苦しめられてきた。て。
【Aceasta a fost o mare durere pentru Luke, care în mod normal era bun la suflet.】
(これは、普段は心優しいルークにとって大きな苦痛でした)
「……」
【Așa că am vrut să aline puțin durerea aceea.】
(それで、その痛みを少しでも和らげたいと思いました)
「それで……、どうやって和らげたの?」
私はこの後に続く言葉が怖くなって、顔が青ざめていたが、彼はふぅ。と深呼吸をすると、こう言葉を吹き込んでいたのだ。
【Am dat lovitura finală în locul lui Luke, pe care nu l-am putut ucide.】
(殺すことのできなかったルークの代わりに、オレがとどめを刺した)
「そんな!?」
私は驚きと恐怖のあまり、背筋に悪寒が走ってしまったのだ。
まさか、リルドの代わりにナイトさんが『殺していた』なんて……。
【Dar am vrut ca Luke să rămână bun la suflet.】
(しかし、オレはルークが心優しいままでいてほしいと思いました)
「それで……」
ナイトさんは覚悟を決めて、ずっと闇の部分を背負ってきたと。
私は思わず目から涙が出そうになっていたけど、リルドは知っているのだろうか。
【A ucis întreaga familie Valte înainte de a veni în Japonia.】
(なので、日本に来る前にヴァルテ家全員を殺しました)
「えっ。ちょっと待って!? はぁぁあ!?」
しかし、かなり物騒な内容が飛んできたせいで、驚きすぎて涙が引っ込んでしまったのだ。
この人、陽気な感じなのに、言ってることがシイラさんみたいで物騒なんだけど!?
【De asemenea, mai există un motiv pentru care te-am răpit, în afară de ambalajul cu chiftele de orez.】
(それと、おにぎりの包み以外にも、君を誘拐した理由がもう一つあるんだ)
「えっ!?」
私は驚きを通り越して放心状態になったが、彼は少し微笑みながら、ポケトークでこう話し出したのだ。
【Tu ai fost cel care i-a mulțumit lui Luke într-o românească stricată, nu-i așa?】
(ルークに片言のルーマニア語で感謝したのはあなたですよね?)
「……!!」
思わず目をガッと開いてしまった私は、二度、彼の顔を見てしまった。
確かに『ムルツメスク』と片言ながらに感謝の言葉を言った記憶があるけど、何でナイトさんが、それを知っているの?
「ソノ顔ハ、驚イテマスネ!」
彼はというと、悪戯っぽい笑みを浮かべながら私に言ってきたが、確かにあの時、リルドも言っていた。
『動物に襲われていたから、庇ったら傷が出来た』て。
「そりゃぁ……、驚くって。何で?」
「オレモアノ時、遠クデ二人ノヤリ取リヲ見テイタノデスヨ」
「あの時……、って。ぇえええええ!」
ふと、思い出した私は思わず大声で叫んでしまったのだ。でも、あの時は二人だけしか居なかったはず。
「トテモ、オドロイテマスネ。フフフ……」
しかし、彼は不敵な笑みを浮かべながらも、ポケトークで音声を入れると、こう言ってきたのだ。
【Pe lângă acestea, mai sunt două motive pentru care am venit în Japonia.】
(それ以外にも、私が日本に来た理由は2つあります)
「え? まだあるの!?」
思わず本音が漏れてしまったけど、この人が来日した理由が二つって……。
「エェ。ソウデスネ! エット。アハハ……」
しかし、今度の彼は、何故か戸惑いつつも、顔を赤らめながら、フードを深く被り直し、こうポケトークに呟いたのだ。
【Am venit aici să găsesc o casă permanentă și o soție.】
(私は永住できる家と妻を見つけるためにここに来ました)
「……はぁあ!?」
ちょっと待て。永住先と『嫁探し』の為にわざわざ、こんなタイミングで来日したって事!?
そりゃぁ、ヒガンさんも動きが読めない訳だ。来日した本当の理由が『永住先と嫁探し』だなんて。
「実ハオレ、先程カラ貴女ト話シテイテ、心カラ、トテモ楽シイト思イマシタ」
「は、はぁ……」
すると、思い立った彼は、何故か席を立って私の近くに行くと、何故かこう言ってきたのだ。
「オレト、付キ合ッテクダサイ!」




