sideリルド 耐性に溺れたのは、俺でした。
おいおい。なんの冗談だ?
いや。ガチだこれ。
本当に『ナイト』がここにいるとはな。
俺は果たし状みたいな紙を折りたたもうとした時だった。
「どうしたぁ? ていうか、なんて書いてあるのこれ?」
「うーん。わっかんないっすね。英語でもないし、かと言って、ローマ字でも無さそうな……」
突然、背後からメンコとフグトラが騒いでは、勝手に考察し始めたのだ。
「これ、ルーマニア語ですね」
「あー。ヒガンさん、わかるんですか」
「えぇ。それにしても、本当にリルドさん、ルーマニア人だったのですね!」
「まぁ。そーなるけど……」
俺は戸惑いながらも答えたが、何だ、この温度差は。
メンコやフグトラは読めねーって騒ぐし。ヒガンさんに至っては目をキラキラさせてこっちを見ているしで、思わず開いた口が塞がらなかった。
ん? ちょっと待て。ヒガンさんが着てる朱色の薄手パーカーの背後に、黒いリュックらしき物を背負っているのが見えた。にしても下は8部丈の黒いパンツか。随分とラフな格好な気がするが、ま。いっか。
「ヒガンさん」
「どうしました?」
「そのリュックの中身って……」
「あはは~! それは内緒です! まぁ、『お土産』とでも言っておきましょうか」
「はぁ……」
しかし、彼は照れながらも軽くはぐらかしてきたが、中身は何なんだろうな。かなり気になるが、それよりも、変に盛り上がってるメンコとフグトラを、何とかしねぇと。
「えっと。読むからちゃんと聞いとけよ」
「おっけー!」
「分かったっす!」
「じゃあ、フグトラ、メンコ、読むぞ」
なので、呆れながらも俺は、インクで掠れて雑に書かれたルーマニア語を和訳し、仕方なく読むことにした。
「ええっと、『久しぶりだな、ルーク。彼女を取り戻したければ、このアジトの敵を全員倒せ。最上階で待ってる。生きてここまで来いよ! ナイト・ヴァルテ』て書いてあるんだが……」
「まじでいるんだぁ! それと、彼女を取り戻したければ? ってもしかして!」
「タミコさん、攫われたって事っすか!?」
「まぁ、そーなるな。ついでにここの敵を全員ぶっ倒せときた」
「なるほどですね……」
なので、俺は果たし状を折り畳んでポケットへしまうと、メンコとデットプールの二人と共に、建物の中へと入ることにした。
「それにしても、シイラはどこにいる訳? アタシさぁ、ライムで『今日の夜8時に現地集合』て送ったのにさぁ。まだ来ないってどーゆー事!?」
「わっかんないっすね。でも、マフの事もあるから、迂闊に動けないと思うっすよね」
「まぁ。真生くんの事になると、どうも彼もリルドさん同様、一直線になるみたいなので、警戒はしているでしょうね~」
「へー。そーなの? リルドぉ?」
「うっせー。メンコ、少し黙れ」
「やだぁー」
それにしても何だこの建物。廃墟となった雑居ビルのはずなのに、薬品臭い匂いが鼻を刺激してくる。
「おい、メンコ」
「んー?」
「なんかこの建物自体、臭くね?」
「それ、『オルフェウス』の影響もあるかも」
あー。確か、感覚強化だもんな。
あの薬を飲んだ時点で、『五感』が強化される感じなんだ。もしかしたら、タミコもきっと、あの時同じような感覚に見舞われていたのか。
「ん? なんすか? その変な名前の……」
「あー。フグトラやヒガンさんも、飲んでみる?」
「私は遠慮致します。安全性が分かれば試すとは思いますが……」
「俺はちーっと飲んでみるっす! どれがおすすめっすか?」
「この3つの中だと『アスカロン』が一番副作用は少なめかな。身体強化だからピッタリかもー」
「なるほどっす。じゃあ。お茶と薬下さいっす!」
「はいよー」
「っていうか……、フグトラ」
「何すか?」
「お前、怖くねーのか? その、得体の知れない薬を飲むこと……」
「怖いも何も、みんなが飲んでいたら、怖くないっすよ!」
「へー……」
みんなが飲んでいるから怖くない。か。
という事は、俺もあの時『家族がやってるから』と言った理由でいたら、血に染まることも容易かったのかもしれない。
だけど、それが出来なかった。
いや、違う。
「なるほどな」
「どーしたっすか? 突然」
「ちょっと、頭冷やしてくる。メンコ」
「どした?」
「もし、敵がいたら、遠慮なくボコしていいぞ」
「わかった。だけど、気をつけてよ」
「んぁあ?」
「あんた、『セレーヌ』飲んでないのに、大丈夫なの?」
「……」
「しんどくなったら、離脱しなよ」
「……あぁ。テキトーに戻ってくる」
なので、俺は一旦、アイツらとは別行動をとることにした。
確かにトラウマ軽減の『セレーヌ』は飲んだ方がいいかもしれねぇが、このぐらいなら、別に飲まなくても平気だろ。
軽い気持ちでメンコと分かれると、俺はアイツらと反対側の階段を降りる事にした。
まずは越智さんからの依頼をこなさねぇと。確か『製造所』を見つけるところだな。
「それにしても、薄気味わりぃ……」
地下のせいか、湿った空気がじんわりと俺の肌を刺激してくる。
おまけに天井や電気も薄暗く、先は真っ暗でいつ、死角から敵が出てくるのか分からない。まるでホラーゲームの中にいる様な雰囲気だ。
「懐中電灯の代わりになるか。これ……」
なので、俺は黒い半袖パーカーのポケットからスマホを取り出し、ライト機能をオンにする。
「はぁぁあ!?」
しかし、付けた途端、背筋が凍りついてしまった。
コンクリート製の廊下には、ゾンビの様にバタバタと倒れている人が何人もいたのだ。しかも、どの人も片手には、リキッドタイプのゾンビタバコを持っている。
「何だこれ……」
俺は言葉を失っていた。
ここだけ別次元の世界に迷い込んだかの様な、気色悪い気分だ。
――ぁああああ……
――くれぇー。くれぇー。
――きゃはははは!
「……」
俺は冷静を装うため、感情を殺そうと無言になるが、オルフェウスのせいなのか、次々と狂った声が耳の奥へと突き刺さってくるのだ。
オマケに俺の大嫌いな薬の匂いまでも、鼻の奥へ入り込んで刺激してきやがる。
「……んだこれ。くっせぇ! はぁ、はぁ……」
頑張って息を整えようとするが、薬特有の甘くも変な匂いを嗅いだだけでも溺れ死にそうだ。過呼吸みたいに、徐々に息が荒くなっていく。
あぁ。そういえば薬が嫌いなのは『小さい頃』からだったな。
ヴァルテ家ではあらゆる耐性をつけるために、食後には必ず『特殊な薬』を飲まされていた様な。僅かな記憶だが、その薬が余りにも苦過ぎた事だけは、鮮明に覚えている。
くそっ! ここにいたら余計な事を全部思い出してしまう。
あの時素直にメンコの言う事を聞いて、セレーヌを飲んでおけば、良かったのかもしれない。今更後悔しても、遅いかもしれねぇが。
「はぁ。はぁ……」
だけど、越智さんから頼まれた『改良版ネクター』の回収もしとかねぇと。タミコからもお願いされていたしな。
「ふぅー……」
一度深呼吸をし、改めて製造所を探してみるが、どれも死にかけの老若男女が廊下に横たわっていた。
死んでいるのか生きているのか、分からない。
まるで屍みてぇだな。
そういえば、某ホラーゲームでこんな光景を見た事がある。
そうそう。確か、ゾンビを駆逐しながら、真相へ辿り着くゲームだった。
俺は流血表現が苦手だから、全くやらなかったが、サーフェスにいた頃、シイラが俺のゲーム機を借りて、よくやっていたな。
アイツ、こういう所の耐性、無駄に強いんだよな。まぁ。その結果が今のアイツなんだけど。
「早く出てーなぁ……」
でも、まだ大丈夫。
バクバクと、心臓が破裂するほどの鼓動を立てているが、何れ収まるだろ。
俺は睨んだ顔で、ゾンビのように横たわる人らを見ると、ライトを照らしながら、薄暗い廊下を歩いて製造所を探し出す。
「……ここか?」
すると、一つだけ鍵がかかった扉を見つけたのだ。スマートフォンのライトで翳してみると、南京錠で4桁の番号を入れる仕組みになっていた。
あぁ。もしかしたら、紙に書かれた『番号』が、ここで使えるよな。
なので、俺は感覚を頼りに、適当にガチャガチャと回してみることにした。
――ガチャッ。
すると、予想通り解除に成功したが、まさか『6263』だったとはな。
ちょっと待てよ。
試しにフリック入力で、アルファベットに変換をしたら、『MDMA』と変換されたのだ。まさかの鍵が、合成麻薬の名前とか、ふざけてんのか。
怒り気味にはぁー。と息を吐くと、錆びかけた扉を思いっきりこじ開けてみる。
「……はぁ!?」
思わず声を上げてしまったが、何だこの、小さなラボみたいな部屋は。
散らかった書類と薬品の瓶。試験管の中に入った不気味な色をした液体。瓶に入った劇薬も作業台の上に置かれており、近くには様々な色をした錠剤が散らばっていた。
間違いない。ここが製造所だ。
それにしても、血腥い匂いも混じっているのは何でだ?
もしかして、誰かいるのか?
俺は声を殺しながらも中へ進んでみる。
心臓の鼓動は今まで以上に激しくなっているが、『改良版ネクター』と『レシピ』さえ見つかれば、ここからおさらばしてやる。
そして、タミコに会うんだ。
心の中で言い聞かせながらも、周囲を調べてみると……
「……!!」
目をガッ。と、見開いてしまったが、床には何故か血痕が奥へと続いていたのだ。
誰の血だ? もしかして、怪我人がいるのか?
いや。気を緩めずに行かねぇと。
なので、恐る恐る奥へと進んでみると……
――あぁぁあ! ねくたぁー! どこだぁぁあ!
「は……、え……」
突然、奥から男性の叫び声が聞こえてきたが、まさか、シイラじゃねぇよな?
俺は叫び声がする方向へと歩みを進めると、錆びた扉の奥から聞こえてきたのだ。
「何なんだよ……」
こんなの、心臓に悪すぎるだろ。
しかも、この製造所、鍵がかかっていただろ。それなのに、その奥から声が聞こえてくるとか、いくらなんでも有り得ねぇよな。
まさか俺、『幻聴』と『幻覚』を発症しているのか?
――お前だろ。俺の事殺しやがって!
――ふざけんなよ! 生き返らしてよ! ねぇ!
――それよりもクスリ、ちょーだい! ねぇぇえええ!
「ひぃぃ!」
今まで出したことの無いような、変な声を出してしまったが、何なんだ一体。
俺、とうとう可笑しくなっちまったのか?
――きゃはははは! ギャハハハハ!
――あひゃひゃひゃひゃ!
「今度は笑い声かよ……」
そのせいか、折角落ち着いていたはずの心臓が、再び速い鼓動を立て始めてしまったのだ。
早くこんな所から出ねぇと、『耐えられない』かもしれねぇ。
――ねぇねぇ! 気持ちよくなろぉよぉ!
――ほらほら! 飲めよ! いっき! いっき!
「ぁぁあーー! ごちゃごちゃうるせぇぇだろ!」
しかし、とうとう限界が来てしまった俺は、思わず大声で叫んで発狂してしまったが、未だに声が耳の中にこびりついていて、離れてくれない。
オルフェウスの副作用のせいかもしれないが、これは流石に酷すぎるだろ。
「やめてくれよ! もう……」
俺は怖さと限界が超えてしまったせいか、その場で泣き出してしまったが、もう、何も聞きたくない。何も考えたくない。何も見たくない。何も……
「あ。そうだ……」
ふと、フグトラが言っていた言葉を思い出してしまったのだ。
――怖いも何も、みんなが飲んでいたら、怖くないっすよ!
「そっか……」
俺はテーブルに散らばった錠剤を手にしようとしていた。
そうだよな。みんな、飲んでいるんだから、俺も一緒に飲めば……
静かだった。
さっきまでの笑い声も、幻聴も、嘘みたいに止まっている。
指先が錠剤に触れようとした時だった。
「リルド!」
ガッツリと掴まれた白い指が俺の手首を締め付けた。冷たく見えるはずの白い手は、生きている温度で、温かく感じてしまった。
なので、掴まれた方向と声がする方へと振り向くと……。
「それ、『改良版ネクター』だから。飲んじゃダメだ!」
声を荒らげながらも息を切らせ、青ざめた顔をしたシイラが、真っ直ぐ俺を見ていたのだ。




