sideリルド 血の呪縛から救ったのは俺ではなく、彼でした。
「……」
さっきのは一体何だったんだ。
それに、あのタミコが最後に放った言葉。まるで何かを『含んだ』様な言い方で、訳が分からねぇ。
「はぁぁぁ……」
そのせいか、俺は自身の部屋の中で一人、頭を抱えながらも、盛大な溜息をついてしまった。
『私が居なくなっても、越智さんから頼まれた任務だけは、メンコさんと共に、きちんと遂行してね。じゃあ……』
って何だよ。まるで何かを『決意』したかのような言い方の様で、俺は心底イラついていた。
だけど、小さなガラステーブルに置かれたスマートフォンを開くと、メモアプリを見つけたので、それを全部読むことにした。
「あいつ……」
だけど、俺が想像していた以上に、色々な事が、事細かに書かれていたのだ。
例えば、16通りあるかもしれないという、不規則な『パスワード』の事や、シイラの所にいるガキの出生にまつわる事。あとはベローエの現教祖が、アビスの構成員だと言う事様々だ。
そんな事がズラズラと書き並べていたので、俺は思わず驚いてしまった。
あ。そういえば俺、『囮を二つにして黒幕を芋づる式に引き上げる』だとか言ってたような。
おい待て。まさか、今ここでそれをやるつもりなのか!?
焦った俺は更にメモアプリを事細かに見ることにした。もしかしたら何か重大なヒントが隠されているはず……。
「そういやこれ……」
すると、このメモの内容自体、一昨日辺りにツブヤキにいたヒガンさんから聞いた話をまとめただけ。という事が分かった。
なるほどな。こうやってメモに書き起す事によって、彼女は頭の中で整理していたのか。
そして、更にライムの通知を調べてみると、今朝方、彼から一方通行で寄せてきた内容が事細かに記されていたのだ。
「えぇ!?」
思わず声に出してしまったが、ヒガンの野郎。また、何を企んでいる。
そういえば前のキルマイ騒動の時も、俺に遭遇すると、突然こんな事を言ってきた様な。
「あぁ、初めまして。実は貴方にお会いしたかったのですよ」
「なんだ? 突然。しかもフグの彫刻付きの十字架のネックレス……。幹部だろお前」
「あははぁ。まぁ。確かに表向きはベローエの幹部です。しかし、部下のフグトラ同様、今のベローエのやり方に『異を唱える者』でもあります」
「ふーん。で、そんな幹部様が、何で俺に会いたかったんだ?」
「それは、お願いがあって、会うタイミングを伺っていましてね。この私達が身につけているネックレスを、友人のシイラさんや貴方に渡します」
「……は!?」
「その代わりと言ってはなんですが、この教団内で囚われている、カラマリアのトップの『息子』を助けて頂きたい」
「……おいおい。もしかして、ここに龍樹君が囚われている。というのか!?」
「ご名答。このまま行ってしまったら、カラマリアとの『抗争』は免れないでしょう。それだとお互い、犠牲が出てしまいますし、何よりもミオ様が悲しんでしまう」
「……」
「なので、お願い、できますか? リルド様」
「……」
という事があったのを思い出した俺は、ふぅ。と深呼吸をした。
確かにあの後、シイラの手によって抗争自体は免れたのだが、ベローエ内部では、分断が起きた。という事だったな。
そして、ヒガンやフグトラを含む、分断された裏組織こそ、『デットプール』なのだと。
「ったく……」
タミコもそうだが、アイツらもどこまで『知っていた』事やら。
あの時の騒動の事もそうだが、ヒガンの野郎に関しては、まだまだ俺らにも言えない程の隠している事が、山ほどありそうだ。
それにしても、『生きてますが何かありましたか?』ていう返信だけで、あとは既読スルーか。
ふっ。タミコ、やるな。
俺は思わず鼻で笑ってしまったが、別にマウントを取って優越感に浸っているわけではない。
だけど、ここ最近の俺は、四六時中、彼女のそばにいて、鬱陶しいと思われていたかもしれない。でも、彼女がどこか、遠くへ行ってしまう様な気がして、内心焦っていたのも本当だ。
「はぁ……」
夜のアジト襲撃までの間、時間がある。それまで寝て、体力を温存しとこう。
「まぁ、タミコなら大丈……。いや。俺が守んねーと」
俺は独り言のようにベットの中で軽く呟くと、目を瞑って深呼吸をし、そのまま意識を手放したのだった。
*
ふと、目を覚ますと、部屋の鏡に映る俺は、5歳ぐらいのガキの姿をしていた。頬の傷はまだついてなく、卵のような肌白さだ。翡翠色の目には光が無くて死んでいたが。
そっか。この時はまだ、『ヴァルテ家』にいたんだ。
確か、3歳ぐらいの時には、おもちゃの代わりに刃渡り3cmほどの小型ナイフを持たされていた気がする。
だけど、今でもこんな物騒な物、持ちたくない。拒絶したいけど、掟の前では無理だった。
『1日一匹、何でもいいから小動物を殺して来い』
その言葉を思い出す度に、俺は今まで手にかけてきた小動物達の断末魔が、未だに耳にこびりついて、離れない。
両手に付いた鮮血は、鎖のように纏わりついていて、俺の心を縛り付けているのだ。
お前はこの血から決して逃げることは出来ない。と言われているみたいで、幼いながら吐き気がした。
「もう……。こんなの嫌だ」
現地語でも、独り言の様に漏らしていた気がする。
そして、外に出て無抵抗の小動物を見ては、愛でたい気持ちが刃先に反転し、首元に思いっきり突き刺していた。
「ぎゃぁぁぁぁ」
動物達の断末魔が、静寂な森の中でこだましていたが、もう聞きたくない。
こんな事、したくない!
やめてくれ! 誰か俺を止めてくれ!
「……」
そして、意識を飛ばしながらも、最後のトドメを刺そうとした時だった。
「ルーク!」
「……!」
もう一人の俺そっくりの人が、ナイフを持つ俺の手首をがっちりと掴むと、こう言ってきたのだ。
「後はオレに任せろ。もう十分だ」
「……」
「大丈夫だ。ルークは優しいままでいてくれ」
「……ナイト」
そうだ。確かに俺には、双子の兄『ナイト』がいたんだ。
そいつがいつも俺の近くに現れては、淡々と掟をこなしていた事を思い出した。まるで、俺の代わりに血を浴びるかのように……。
一度や二度だけでは無く、幾度か助けては、刺せなかった俺の代わりに、トドメを刺していた。
そして、初めてゴエモンさんに刃を向けていた時もそうだ。
『優しいままでいてくれ』
この言葉に救われたんだ。俺は。
そして、今ではそれを使わなくても、相手を制御する事が出来るようになった。
しまいには『暗殺の赤鮫』なんていう、妙な通り名まで付いちゃってさ。
それと。熊に襲われそうになった際に庇ってついた傷や、『ムルツメスク』と、片言ながらに、お礼を言ってきた少女の事も、今では鮮やかに思い出せる。そうだよな、タミコ。
*
「……はぁ」
時刻は夕方5時を回っていたが、部屋は不気味な程に静かだ。ベットからゆっくりと体を起こすと、端へと腰掛けた。
今思うとあの時、『天海愛華じゃない』と確信があったのも、小さい頃に見た少女、タミコの面影が残っていたから、かもしれない。
だけど、19年振りの彼女との再会が、あんな形になるとは思っていなかったがな。
肝心の彼女は未だに記憶が『はっきりと覚えていない』様で。
しかし、よく盗聴器が付いた状態で、あんな事を言ったものだな。
俺は3ヶ月前に出会った頃を思い出しながらも、白い無地Tシャツと黒い半袖パーカーに袖を通しつつ、任務の支度を進める。
――つーか、何であの時オークションに売り飛ばしたはずなのに、ここにいるんだよ。竜宮多美子。
――え? ちょっと待って。オークションに売り飛ばしたっていうのはどういう……!?
――その様子だと、あの会場で何かあって、記憶喪失になって廃棄扱いになっちまったんだろうな。まさか、自分自身が『天海愛華』と騙ってしまう程、個人情報まで失っちまうなんてな。
確か、この時の俺は、オークションに売り飛ばした。だとか、廃棄扱いだとか、喋っていたが……。
それらは全部『嘘』だ。
場所も分からないから、実際には行ってない。
それに、あの時はどうしても、彼女を俺の手に収めたかったから、強引に説得を試みたりしていたな。
まぁ、盗聴器の先にいるやつに一泡吹かせてやろうと、思っていたけどな。
声だけなら、情報だけを貰って依頼としてやってきた、単なる『殺し屋』として思わせられる。
その結果、一部だけ真実を、彼女に渡すことが出来た。それが……。
――結論を言うとな、お前はな、あの仮面野郎と愛華達に利用されたんだよ。己の私利私欲の為に、記憶を抹消され、身分を証明する物全てを、闇サイトに売られた。ってとこだな
ここだけは本当の話だ。実際に彼女の身分証は闇サイトの中らしいが、一体どこにあるんだろうな。真相は闇の中。てか。
でも、カラマリアで行った血液型検査で、彼女が『サンプルの人』と、はっきり分かってしまった事により、全方位から狙われることになってしまったのは、俺も予想外だったがな。
現にベローエが『神の子』を量産するためだけに狙っていたのは、分かっていたが。
「はぁ……」
再度、大きなため息をついたが。アイツを狙う奴らが多すぎだろ。
俺の体は一つしかないのだから、これ以上敵が出てこられるのは、勘弁願いたい所だ。
「おーい」
「……、なんだ?」
ふと、扉越しからメンコが声をかけてきたので、黒のカーゴパンツを通した後、呑気にあくびをしながら部屋の扉を開ける。
「やっと起きてきたのね。全く……」
すると、彼女は、オレンジのラインが入った、上下黒ジャージ姿で両腕を組みながら、呆れ気味に溜息をついていた。
彼女の右手には、人数分の小さなお茶が入っていたのだが、開口一番、こう言い始めたのだ。
「さっさと中規模アジトがある廃墟へと向かうわよ」
「あー。けど、タミコは?」
「そういや、朝から帰ってきてないよね」
「まさか!」
嫌な予感がした。俺はすぐに部屋へ戻り、彼女のスマートフォンを乱暴に掴んで確認した。
メモアプリの最終更新日は8時間前。画面の数字が、不吉で冷たく見えた。まるで彼女の息が止まった時間を告げるように。
「ちょっと、大丈夫!?」
「あぁ。そういやアイツ、『私が居なくても越智さんから頼まれた任務はこなしてね』て言ってたんだよな」
「そんな! それって……」
「俺も分からねぇ。何考えてやがんだアイツ!」
この時、俺はどこに怒りをぶつければいいのか、分からなくなり、左拳が震えた。
こんなタイミングで普通、失踪なんてしねーだろ。
まさか、『拉致』か『誘拐』か?
最悪の想像が、俺の脳裏を駆け巡る。
「ねぇ。一度落ち着こう。タミコちゃん、もしかしたら、真っ先にアジトへ向かった可能性もあるし」
「そっか……」
「だから、デットプールのみんなと合流してからにしましょう。ここで無駄に暴れるのは得策じゃないわ」
「……」
確かにそうだ。これが一番だけど、朝からタミコが帰って来ないのは可笑しい。何があったんだ!?
「さて、真っ先にアジトへ向かうわよ」
「……あぁ」
「タミコちゃんを見つける事と、『越智さんからの依頼』も、忘れずにやらないと。ね!」
「……ありがとう。メンコ、さん」
「え!? めっずらしー! アタシの事『さん付け』で呼ぶなんて!」
「うっせー。早く向かうぞ」
「はいはーい」
なので、俺は焦燥を抑えきれず、彼女と共にサーフェスから出ると、中規模アジトだと思われる廃墟ビルへ向かう事にした。
ここから溜まり場まで、そう遠くは無いが、俺からしたら、遠くにある様に感じてしまう。
早くアイツに会って、無事だと確認がしたい。
「リルド、焦ったらダメだよ」
「あ。メンコ……」
だけど、この時の彼女は妙に冷静だった。
焦る俺の肩をポン。と叩くと、優しくなだめていたのだ。その優しい声が、どこか双子の兄と話しているようで、妙に懐かしかった。
「こういう時こそ、冷静にならないと。ね」
「あ、あぁ……」
「大丈夫。タミコちゃんはきっと、無事よ」
「そうだといいが……」
「確かに彼女を狙う敵は沢山いるかもしれないわね。かなり不安でしょ?」
「あぁ」
「だけど、そんなやわな子では無いと思うのよ。とても心が強くて、正義感もある優しい女の子よ」
「メンコ……」
「もしかしたら、とっくにアジトの敵、やっつけてたりして!」
「それは流石ないだろ……」
「あはは! まっ。行ってみなきゃ分からないっしょ!」
「まぁ、そーだな。ありがとよ。メンコ……、さん」
「なーんか歯痒いからさん付けはやめてって!」
「はっ。確かにな。ふつーに呼ぶわ」
「うん。そうして」
そして、彼女と軽く話していると、溜まり場へと着いたのだが、妙に騒がしい。
『きゃははははは!』
『うひょぁあああ!』
集団で絶賛パキリ中の若いヤツらが、薬を体内に入れてはしゃいでいたのだ。
「なーんかやばそうな雰囲気ね」
「……」
だけど、薬が嫌いな俺は見るに耐えかねなかったので、連中から目を逸らしていた。
「あっ。フグトラさん! ヒガンさん!」
「おー! メンコ様ではないですか!」
「えっ!? うぇえええ!? この人ってまさか……」
「あー。知らなかったんですか? メンコ様はツブヤキの常連でありながら、サーフェスの戦闘員でもあるのですよ」
「ええ……。まじっすか!?」
少し歩くと、デットプールの連中が、俺らを見つけては驚いた声を発していたのだ。まぁ、驚く声の大半はフグトラだが、相変わらずごちゃごちゃうるせーヤツだ。でも嫌いじゃねぇ。
「ありゃぁ。フグトラさんからしたらアタイ、ツブヤキの常連客だと思われてたみたいだね」
「ふっ。相変わらず擬態が上手いよな。メンコ」
「擬態ていうか……、あれ? タミコさんは!?」
「今、捜索中よ」
「まさか、何かあったんすか!?」
「あぁ。だから俺も探している」
「わかったっす。アジトへの入口はあそこっす」
「ありがとなフグトラ。……なぁ。メンコ」
「どした?」
そして、黄色い半袖パーカーの彼に促され、鍵がかかったアジトの入口へと向かうと、俺は彼女にこう言ったのだ。
「お前が持ってる『オルフェウス』、俺にくれねーか?」
「は? 大丈夫? これ、かなり感覚強化されるけど、ネクターと併用しなきゃ……」
「あぁ。なら併用で頼む」
「はぁ。仕方ないわね。良いわよ」
そう言われ、彼女はポケットの中から包装シートに入れられた二種類の薬を俺に渡してきたのだ。あと、ついでに200mlのペットボトルに入ったお茶もな。
そして、俺はそれぞれを1錠だけ取り出し、躊躇いなく飲むと、お茶で思いっきり体内へ流し込んだ。
本当はあの苦さが嫌いだが、アイツの為ならどんな嫌なことでも受け入れてやる。
それに、彼女が囁きながら、こう言ってきたのもあるけどな。
――でも、そのパスワードは、『16通りのうちの一つ』だから、一々回してたらキリがないと思うの。そこでね……。オルフェウスを飲めば、感覚で鍵を開ける事ができるから、それで開けてみて。
てな。
なので、俺はそれを信じ、ふぅー。と深呼吸をすると、メモアプリに書かれていた『3012』と南京錠をガチャガチャと回してみる。
それと、飲んだ瞬間だが、世界の音が研ぎ澄まされた様な感覚がした。風の流れや金属の凹凸音も、全部俺の耳に突き刺さってきやがる。
あの小規模で飲んだ時の感覚とは、また別物の様な気がした。
だけど、その音を頼りに、そこから真っ先に羅列の違う数字を、片っ端から回してみる。
――ガチャッ。
俺は急いで鎖と南京錠を外し、思いっきり扉を開けてみたが、確かに飲まなかったら、こんなあっさりとはいかなかった。後でタミコに感謝しねぇと。
「はやっ!」
「でも待て……。ん?」
しかし、中へ入ると、何故か一枚の紙が落ちており、恐る恐る拾い上げると、ルーマニア語でこう書かれていたのだ。
『A trecut ceva timp, Luke.
Dacă vrei s-o recâștigi, învinge-i pe toți din ascunzătoarea asta.
Te voi aștepta la ultimul etaj. Hai, vino viu!
— Night Valte.』




