敵の狙いは、まさかの『カラマリア』でした。
「えっ!? はぁ? 何、それ……」
私は驚きのあまり、語彙力を失ってしまった。ゾンビタバコという初めて聞く単語に、戸惑っていたが、彼は続け様にこう説明する。
「普通のゾンビタバコは、リキッドタイプなんだよね。だけど、この錠剤版は効果が不安定であり、危険すぎるから、『レア物扱い』として密かに出回っていた代物だったんだ」
「それってつまり……」
「うん。思った以上に、溜まり場の薬漬けが深刻化しているって事だね」
「まじかよ……」
「おまけに、このゾンビタバコ、元々は『海外』からこっちに流れてきたものなんだ」
「それってもしかして……」
「もう一人の俺の『親族』も関わってる可能性も高いってことか?」
「それはどうだろうねー。このゾンビタバコ、元は台湾から沖縄を経由して流れ着いたものなんだ。『笑気麻酔』だなんて、言われている危ない代物さ」
「何だか笑えない麻酔っすよね。それ……」
だってこんな危ないヤツ、下手に広まったらもっと『ハイ』になって、ゾンビみたいな人達が増えていくわけでしょ?
恐ろしすぎて、海横近辺、歩けなくなるって!
「だけど、逆に言えば、リルドの『親族』はこの事を知らない。というのは?」
「箱に入ってたから、幸い、出回ってはないだろうね。だから『知らない』まま、利用されているパターンも大いにありそう……、かな」
「なるほど……」
ここで私はある程度話が掴めたので、冷静に頭をフル回転させる事にした。
まずは箱の中から出てきた『錠剤版ゾンビタバコ』の存在だ。シイラさんが青ざめるほどのレアな代物らしいが、使い方はどうなんだろう。やり方によっては『利用』出来るかもしれない。飲み物を介さなくても、吸引器みたいに『吸って使える』なら。
それと、今までのアイツらの行動や会話から辿ると、今回の狙いは私も含まれているけど、一番は『カラマリア』だと思うんだよね。
だからあの時、カラマリアとも親密な関係を築いていたサーフェス周辺にも、ゴロツキみたいなやつがウロウロしていたのであって。
「シイラさん」
「どうした? 突然改まって」
「えっと、その錠剤版ゾンビタバコの使い方、分かりますか?」
「まぁ、わかるけど、まさかこの場で使うのかな?」
「いやいや。ここでは使いませんよ。ただ、どう使うのか気になったので……」
「ふーん。なるほど。じゃあちょっと待ってねー」
すると、彼はポケットから黒い袋を取り出すと、中に入っていた錠剤を袋の中へ捨て、再びポケットの中へしまったのだ。
「お前、何してんだ?」
「ん? 『証拠』を集めている所だね。これをラボに持ち帰って三姉妹達に調べてもらうのさ」
「なるほどなぁ……」
「それと、使い方だけど、空になった所で、ミクラがメンコさん経由で渡してきた薬があると思うけど、それを試しに使ってみるかな」
「あー。これですか?」
なので、私は彼に言われた通りに、茶色い袋から包装シートに包まれた錠剤を取り出し、彼に渡したのだ。
見た目がまんま、普通のネクターなんだけど、中身がかなり気になっていたのよね。
「まぁ。安心していいよ。これ、『偽ネクター』だから」
「偽!?」
「おいおい。なんでそんな物騒なものを『新薬』として作ったんだよ」
「ネクターに偽とかあったんすか!?」
隣にいるリルドやフグトラさんは驚いた声を出していたが、それもそっか。
「はぁ……」
なので、私はため息混じりに、紫のエナドリを開けると、何とか冷静を保とうと一口飲んだ。
「使い方はこんな感じ」
すると、彼は包装シートから錠剤を外しながらカートリッジに入れると、続け様に軽く説明していた。
「まず、カートリッジに錠剤をセットしておく。で、セットしたら、この小さなボタンを押すと、中で粉砕してくれるのさ」
「なるほど。使い方的には、風邪をひいた時に病院から処方される『吸引薬』に近いのかな」
「あー。そうだね! 使い方はほぼ、それと一緒。ちなみに違う錠剤を、複数入れて混ぜて吸引することも可能かな」
「だけど、なーんでそんな簡単なものが『レア物扱い』されるんだ? 普通はリキッドタイプが主流なんだろ?」
「それはだね。リルド。『簡単』だから逆に厄介なんだよ」
「ふーん。それ、簡単以外にも何かありそーな言い方だな」
「そうだね。物凄く分かりやすく言うと、吸った途端、即座に『パキれ』ちゃうのが厄介なんだよね」
「そう来たか」
「……」
私は彼らの話に耳を傾けながら、冷静に物事を考えていた。勿論、この『ゾンビタバコ』をどう使おうか。とも。
話を聞くに、『即効性』が物凄く高いのが厄介だけど、その分『強み』にもなっている気がするのよね。
例えば即時に『身体強化』ができるとか。どちらにせよ、使いこなせれば、短時間でチート級の力が発揮出来るっぽい。
私は紫のエナドリを一口飲むと、再度話に耳を傾ける。
「ちなみにその『偽ネクター』の中身は?」
「あー。一見、薬に見えるけど、その正体は『ラムネ』だね」
『……は?』
聞いた途端、思わず私達三人はフリーズしてしまったが、中身はラムネ!?
でも、本物と似すぎているせいか、紛れてても、全く見分けがつかないって!
「そうだよ~! ほらっ!」
「ええっ!? ちょっと真生くん!」
「ななな、何してんすか!?」
すると、彼はシイラから包装シートに入ってる偽ネクターを一錠、押し込んで手にすると、即座に口の中へ放り込んでしまったのだ。
「だいじょーぶ! ねっ! しぃら!」
「はぁ。ダメだよ~。それ、タミコちゃんに渡した物なんだから……」
「あ。ごめんなさい。でもほらっ!」
そして、彼は小悪魔みたいなあざとい顔でべーっと舌を出すと、何故か舌が真っ青になっていたのだ。
なるほど。身体的にも安全に、かつ、擬似的に『パキってる』様に見せかけることが出来るのか。
「全く。まぁ、君の子犬みたいに好奇心旺盛な所、嫌いじゃないけどね~」
「えへへ……」
「ったく。新薬と聞いて震えてた俺がバカみてーじゃねーか」
「え? リルド震えてたの!?」
「だって俺……、薬『嫌い』なんだよ」
「あっ……」
「リルドさん、まさかの苦手な物が薬っすか……」
「ありゃ。そっかぁ。だからラボにも顔を出さなかった訳か!」
「チッ」
まさか、リルドが薬嫌いだと思わなかった私は、驚いて彼を見てしまった。
あの時、ラボに行きたがらなかったのは、そういう事!?
「それとね、その、『ゾンビタバコ』ていうやつ、どこかで見たこと、あるんだ~」
『えええっ!?』
すると、真生くんが紫のエナドリをストローで飲みながら突然、見たことあると言い始めたのだ。
「ちょっと待って。真生くん」
「んん? なーに?」
「どこで、見たか、ここで言える?」
「……」
だけど、彼は何回か、ストローを思いっきり齧りながら飲むと、ポロッと一言だけ、こう言ったのだ。
「……ぼくの、家。ネクターも、そこで見た事、ある」
「そっか……」
確か、ラボでも言ってたね。ネクターを『見たことある』て……。
「でも、もうあんな所、帰りたくない!」
すると、彼は何かを思い出したかのように、突然泣き始めてしまったのだ。
「……えっと、シイラさん」
「ん? タミコちゃん、もしかして、何か分かったのかい?」
「そうですね……。例えば、今回の黒幕の狙い。ですね」
「ほぉ。なるほど。おいで。真生」
「うぅ……」
だけど、これ以上は言わない方が良さそうだ。
「大丈夫だよ~。辛かったのに、よく言えた。よしよし。えらいえらい」
「……」
しかし、この時のシイラさんは泣きじゃくる真生くんを優しく抱きしめつつ、次の言葉を待ってるように見えた。
「おいおい。まさか、今回の件も……、彼が絡んでいるのか?」
が、隣にいたリルドが突然、確信に近い言葉を切り出してきたのだ。
ごめん。今回の黒幕は、かなり厄介な事になりそうなの。
「タミコちゃん。ひとまず僕は真生を連れて、この『ゾンビタバコ』と『レシピ』をドクター越智に渡してくるね」
「やっぱり……」
「まぁ。察する程度でいてくれて、ありがとう。それと、イチゴ味のかき氷、ご馳走様」
「うん。こちらこそありがとう。龍樹君のスマートフォンは、改めてラボに行った際に返しておきますね」
「うん。じゃあ、また。真生」
「うぅ……」
「大丈夫だよ。僕と一緒に行こう。ね」
「……うん!」
こうして、シイラさんは少し笑顔を取り戻した真生くんを連れて、レンタルルームを後にしたのだ。
だけど、その背中は以前の狂気に満ちた様な背中ではなくて、『何かを守るために』動く様な。
「あのよ」
「リルド、あそこで止めて正解だったね」
「わりぃ。つい口が……」
「ううん。気にしなくていいよ」
「ええっと、凄い深刻な状況だったのですが、何があったんすか!?」
しかし、彼はと言うと、シイラさん達が居なくなった後でも何故か平然とエナドリを飲んでいたのだ。
「実は私、今回の黒幕の目的が分かってしまったんだよね」
「まじっすか!? 一体誰が、こんな溜まり場の人たちを薬漬けに……」
そして、私は紫のエナドリを半分まで飲むと、こう言葉を切り出したのだ。
「黒幕は恐らく、『鰒川組』の連中を取り締まる『ボス』みたいな人だね」
「まじかよ……」
「ぅえええ!? 鰒川組って、マフも確か苗字が『鰒川』だった気が……」
「うん。その『ボス』が、仮に真生くんの親だったら?」
「そーいやあのガキ、騒動後にカラマリアが引き取って、シイラの管理下に置かれてたんだよな」
「まさか……、マフを『奪う』ために、カラマリアそのものを潰そうとしているって事っすか!」
「大当たり。だからシイラさん、警戒しながらもここに来たんだと思うのよ」
「なるほどなぁ……」
「それで、あんなにも時間が遅くなったと」
「それは流石に私もわかんないけど」
だけど、ここまで来ても、未だに『ヴァルテ家』の目的が読めないのが、ネックなんだよね。
『鰒川家』や『鰒川組』の動きはある程度予測はできたんだけど、リルドの『親族』である『ナイト』さんの情報だけが、全く出てこないなんて。
「うーん……」
――ブーッ。ブーッ。
限界が来て詰みそうになった時に、一本の着信が入ってきたのだ。
「一体誰っすかね?」
「うーん……、ん!? んんん!?」
私は思わず二度見をしてしまったが、相手はなんと、ヒガンさんからだった。
「あの……。もしもし……」
恐る恐る電話に出たけど待って。あの人、仕事中じゃないの!?
またミオ君に怒られているのを軽く想像してしまうほど『この人大丈夫か?』と思ってしまうが、電話口の彼はこう話しかけてきたのだ。
『やぁ。タミコ様。作戦は順調ですか?』
「あー。それに関してはこれから『始める所』ですね」
『おぉ。なら丁度いい』
「は?」
『実は、中規模アジト、大規模アジトに入る際に必要なパスワードがあるのですが、それの鍵になるのが、『匿名の語り場』の時同様、それぞれ『パキりルーム』と『限界チャレンジ』の雑談の中に隠されているのですよ』
「え!? どうやって?」
もしかして、雑談を聴きながらパスワードを見つけないといけないってこと!?
しかも、薬やら中毒症状でイカれた人達の雑談の中から『パスワードらしき数字』を見つけないといけないなんて、かなりハード過ぎないか?
『そりゃぁ。難しいですよね。周囲は酒の飲み比べの様に、薬やエナドリを飲んで自慢しまくる、頭のネジが折れた連中ばっかですから……』
「まぁ……」
それにしても、ヒガンさんもなかなかの毒舌だよね。電話越しからも聞こえてくる、呆れと怒りに似た声が聞こえてくる。
『ですが、そういう時は、『数字だけ』を見ればいいんですよ』
「数字だけ?」
『はい。それに、フグトラに頼めば『ミラーリング』もできるはずなので、試しにそれをやってみるのも良いかもですね』
「なるほど……」
つまり、『無駄な雑談』は軽く流して、『数字だけ』を聞けば良いってことね。
「えっと、仕事中なのに、わざわざ電話、ありがとうございました」
『いえいえ。あ。ちなみに先程、シイラさんから伝言を頼まれていたんだった』
「ええ!? どんな事を?」
だけど、なんでわざわざ、ヒガンさん経由で伝言を?
ここにいた時にでも、直接言えば良かったのに。
『ええっと。確か、そこに行く前に、龍樹君のスマートフォン、パスワードを打ち込まなくても入れるように、真生が設定を弄ったみたい。だから安心して潜入していいよ。と』
「え? はぁぁあ!?」
まさかの発言に戸惑ったのだが、普通、人のスマートフォンを勝手に弄らない気が。リルドもそうだけど、裏社会の人達って、他人のものは自分のもの。みたいな思考を持ってる人が多いのかな。メンコさんはその辺常識あるから怒ってはくれるけど。
今度置いていく時は、顔認証にでもしとこうかな。下手に知らない人からの、友達登録が増えても困るからね。
「ええっと、どうしたっすか!? 突然大声出して……」
すると、フグトラさんが紫のエナドリ片手に、驚いた顔でこっちを見ていたが、ごめん。私はまだ通話中なの。
「いや。その、手間が省けるから嬉しいっちゃ嬉しいんですけど、ええっとその……」
『あー。その辺は確か、『ドクター越智から頼まれてやったから、大丈夫だよ~』と言ってましたね』
「あー……。そう、ですか……」
何だろう。どうやら、カラマリアの人達には『常識』が存在しないようだ。
「えっと、色々教えてくださり、ありがとう、ございました」
『では、健闘を祈る!』
『あーー! ヒガンさん! 今度は仕事中に電話ですか!』
『はっ! ミオ様! これはこれは……』
『何してんですか! お客様が見てたらどーするんですか! ほら! 早く切って下さいよ!』
『あはは! ではまた~』
――プーッ。
「……」
しかし、どうやらミオ君に見つかったらしく、彼は怒鳴り声を響かせながら、ヒガンさんを叱った後、通話が切れたのだった。
ほら。怒られてやんの。全く。仕事中に電話するからだよ。
「あちゃぁ。相変わらずヒガンさん、自由奔放っすね」
「うん。ヒガンさんって、いつもこんな感じ?」
「そーっすね。俺に電話来た時も、休憩室じゃなくて、厨房で電話してたってミオさんから怒り混じりで聞いたっす」
「えええ……」
フグトラさんはそう言いながら紫のエナドリを飲み干していたが、この任務が終わったら、ミオ君に胃薬でも持って行ってあげようかな。
それと、飲んでいくうちに、いつの間にかエナドリも空き缶になっていた。
なので、私が飲んだ物や残ったエナドリは中身を捨て、じょうごを使って『偽エナドリ』を作ることにした。
緑のエナドリには『メロンサイダー』を。紫のエナドリには『グレープサイダー』を入れて中身を偽装っと。
で、シイラさんや真生くん、リルドやフグトラさんが飲んだエナドリの『空き缶』は、流し台で中身を綺麗にして、リモートの装飾として飾って。と
それと、ついでにラムネも散らそうかな。演出は大事。
「これでひとまず、準備は良いかな」
「あ。あと、これっすね」
「んんん!?」
すると、いつの間にかフグトラさんのスマートフォンと、龍樹君のスマートフォンの画面が、全く同じになっていたのだ。これが『ミラーリング』か。
「すごーっ!」
「まぁ。これくらいならちゃちゃっとイケるんで。あ。ちなみに『ハッキング』では無いので安心してくださいっす!」
「あはは。ありがとう」
「……」
「リルド?」
しかし、彼は暫く黙り込んだ後、こう言い始めたのだ。
「何かあったら、自分のスマホを使って、俺を呼べ」
「……え?」
「いいな。俺はフグトラと共に、別部屋で見てるから、安心しろ」
「あ。うん」
「まぁ。俺ら、ミラーリングでいつでもシェアした状態になってるので、安心して挑んでくださいっす!」
「……ありがとう。じゃあ、今から私、『龍樹君』になるね」
「おー。確か、人称は『僕』だからな。決して間違えるな」
「う、うん。ありがとう、ございます」
「ふっ……」
こうして私は再度、フードを深く被り直し、龍樹君のスマートフォンのメニューから『ドラックルームスープ』のアプリをタップしたのだった。




