寝ぼけ眼での準備は、何かと大変でした。
*
「ふぁぁぁ……」
深い眠りについていた私はふと、時計を見ると、既に昼の2時頃になっていたのだ。
うわぁ。結構寝たかも。
だけど、昼夜逆転するのが怖いなぁ。どうしよう。
「うーん……」
ふと、新規停止にしてきた『匿名の語り場』の存在が気になったのだが、『パキりルーム』てどんなのだろう。中毒気味になった龍樹君でさえも、参加するのを躊躇った程だ。
想像以上にイカレた奴らが、ゴロゴロといるのだろう。考えるだけでも恐ろしい。
「さーて……」
だけど、ここで怯えていても解決しない。
なので、私は徐に、枕元に置かれた黒い中古のスマートフォンを手に持つと、ライムを起動した。そして、ある人のトーク画面に、こう打ち込んだのだ。
『やっほ。リルド。もし手が空いていたら、エナドリを10本ほど買って来て欲しいの。緑と紫の二種類ね。それと、黒い半袖のパーカー、借りたいんだけど、良いかな?』
さて。次はヒガンさんにこう頼んでみるかな。
『おはようございます。夜に『ある作戦』を決行します。主に中規模アジトへ入るための準備です』
『なので、レンタルルーム『カスピ』に予約の部屋を入れるよう、フグトラさんにお願いして貰ってもよろしいでしょうか? 私自身、フグトラさんのライムID、知らないので……』
突然連投して驚いてしまうかな。でも、ヒガンさんなら『悪い様には』しないでしょう。
あの人『貢ぎ癖』が酷いだけで、他は有益な情報を持っている『情報屋』の一面が強いので。
「はぁー……」
だけど、次に送る相手には、何故か躊躇していた。いや。『同居人 真生くん』の方はいいのよ。問題はその同居人を管理する『管理者 シイラ』が問題なだけで。
あの人、真生くんの事、物凄く『溺愛』しているけど、やり方が毎度恐ろしいのよね。
公私混同のバカップルみたいに、人がいても居なくてもお構い無しに平気でイチャつくし、下手したら前のキルマイ騒動の時の再来。みたいな事をやってきそうで……。
もしかしたら、『パキりルーム』に居そうな溜まり場の連中と同じく、『危ない』事をしそうで、任務どころじゃなくなりそう。
現にビデオ通話の時でも、あんな調子だったし、思い出すだけでも頭が痛い。
いっその事、彼らだけ別室で借りてもらうよう、お願いしとけば良かったかも。
でも、別室だと出入りしなきゃだから手間がかかるし、逆に相手側から疑われそう。
それに、年齢もあるせいか、夜に真生くんだけ連れてくる事は無理か。オマケにメンコさんが手に入れてきた箱も、重箱みたいに大きいから、どんなのが入っているのか、かなり気になるし。うーん……。
暫く悩みに悩みまくったが、意を決してこう打ち込んでみることにした。
『おはようございます。シイラさん。お昼の最中にすみません。実は今夜、『ある事』を決行するので、そちらにいる真生くんと、龍樹君のスマートフォンをお借りしてもよろしいでしょうか?』
『あ。真生くんの方は昨日、小規模のアジトを制圧した際に『黒い箱』が見つかったので、それを先に開けて欲しいのです』
連投だけどいいや。
ふぅ……。これで大分、気持ちが楽になったかも。あとは、準備しなきゃ。
なので、上は緑色のTシャツで、下は黒い短パン姿だった部屋着から、普段着(黒いジャージ上下)に着替えると、部屋から出ることにした。
ちなみに中のTシャツはメンコさんからのプレゼントで、何故か赤くて黒いバラが書かれたプリント付きのがあったから、それを着てみる事にしたんだ。
だけど、何だかリルドの顔がチラついてしまうし、母斑の薔薇マークの事も思い出してしまう。
はぁ……。何やってんだろ。私。
寝ぼけているせいか、変な連想ばかりしていたけど、まずは近くにあるドラッグストアに寄ってみるかな。
半目のまま、お気に入りの黒ジャージでサーフェスから出ると、外は快晴だった。
太陽は真上より少し傾いていたせいか、思わず目をつぶってしまったが、眩しい。
「暑っつ……」
思わず声が漏れてしまったが、気温は何度だろう。
おもむろにスマートフォンを開いて天気アプリを起動させると、『37度』と記載されていた。
うわぁ。服装選び、ミスったかも。
日中の上下黒ジャージは流石に暑い。でも、日差しでシミになるのも嫌いだから、これはこれでいっか。
私は熱中症に気をつけながらも、真夏で照りつけられたアスファルトの歩道を歩いて、ドラッグストアへと向かう。
「おっ。着いた!」
無事に着いた私は、店の名前が書かれたマットを踏みながら店の入口へ向かうと、スーッと自動ドアが開いた。
「あ。可愛い……」
ふと、目の前にある化粧品コーナーをチラッと見てしまったが、男の人って、どんなメイクが好きなのだろう。うーん。
途中、棚の裏側を覗き込みながら、私はお菓子コーナーにあった小袋のラムネを、かごに入れてみる。
まぁ、飲まなくても演出として散らすだけで良さそう。如何にも『パキってます』みたいな。
それと、ネクターの箱が目に入れば、思わず指先で滑らせ、成分表を確認していた。
試しに買ってみようかな。
いや。別に薬物乱用をしたい訳ではないんだよね。ハナから試すつもりはないの。ただ、見せ物として、用意しておくだけ。
どこかのバカップルみたいに『ドーピング薬』を入れてハイになって遊んだり、イチャついたりはしないよ流石に。うん。
冷房の効いた空気と薬の匂いが、店内を巡回している中、更に歩くと、見慣れた男性が、エナドリコーナーの前で悩んでいたのだ。
「あ。リルド」
「よぉ。眠れたか?」
「うん。お陰様で」
「あのさ……」
「え?」
ふと、彼が指をさした棚を見ると、様々な種類のエナドリが沢山並んでいた。
緑と言っても違うメーカーのが書かれていたり、『デットブル』と書かれた物もあって、これは悩みそう。
「お前からライムで、エナドリを買ってこい。て言われたから来たけどよ、どれを買えばいいんだ?」
「えっと確か、250円のエナドリのはず」
「あー。250円ってこれか?」
すると、彼は『モンストゥル』と書かれた緑色のロング缶を、私に差し出してきたのだ。
黒と緑の禍々しい斑模様のデザインといい、彼の部屋にあったエナドリ缶と全く同じ物。
「あ! これこれ! これの紫もある?」
「紫……。あ。グレープ味と書かれているな。何本買えばいいんだ?」
「うーん。1日の摂取量が1缶から2缶だから、10本ぐらいかな」
「それとよ、その『飲んだ後』の缶を集めて演出に使うのはどうだ?」
「それいいね! 採用!」
「ちょっと待て。ガチでやる気なのか……」
「当たり前でしょ。まぁ。万が一、消化出来なかったら『中身を捨てれば』いい話だし。あとは中身を移すために使える『じょうご』かな」
「おっけ。探してくるわ」
「ありがとう」
こうして準備は着々と進んでいった。上手くいくのか分からないし、かなり不安だけど、みんながいる。だからきっと、大丈夫。
あとはエナドリの味と同じ『メロンサイダー』と『グレープサイダー』も買って、と。
「これでいいか?」
「うん。ありがとう」
「つーか、中身まで『別物』にするなんて、相当手が込んでいるな。楽しみにしてるぞ」
「えー。そんな、期待しなくてもいいのに」
「ふっ」
しかし、彼は鼻で軽く笑うと、何故か私の頭を軽く撫でてはこう言ってきたのだ。
「でも、無理だけはすんな。いいな?」
「ちょっと待って。ここ最近、かなり距離が近い気がするんだけど……」
「え? あぁー。昨日の任務といい、色々とありすぎたからなぁ」
「そ、そう……」
何故か、はぐらかされたのは気のせいだろうか。
私はこれ以上言うのをやめると、レジ前のカウンターに、買う物を溜め込んだカゴを置いたが、かなり重い。
そして、ジャージのポケットから財布を取り出して、会計しようとしていた。
「あ。俺払うからいい」
「え!?」
だけど、何故か彼が慣れた手つきで『ペムペム』を起動させると、スマホに表示されたバーコードを店員に見せていたのだ。
えっと、昨日からずっとリルドが支払ってるのは何でだろうか。
漢気を見せたいため?
それとも、『好きな子の前ではカッコつけたい』とか?
よく分からないまま、会計を終え、買ったものをビニール袋に突っ込んで店を後にすると、外の暑さは先程より和らいでいた。
「あー、暑い……」
「同感だ。俺も暑いのは苦手だ」
「そうなの!?」
「あー。特に今年の暑さは異常すぎるだろ。37度とか平然と超えるしよー」
「アイス、ついでに買っとく?」
「お。そーすっか。丁度近くにコンビニあるし」
「やった! 次の会計は私に払わせて!」
「は? 何でよ」
「え? だって、昨日もリルドが支払ってたじゃん。だから、大変そーだと思って……」
「……」
すると、彼は突然黙り込んだかと思うと、「しーっ」と合図をし、ある場所に視線を送らせていた。
視線の先には、向こう側から複数の男女が歩いてきたのだが、全員、何故か正気を失っていたのだ。昼間なのに、ゾンビの集団みたいに、異様で気味が悪い。
それに、スマホが付いた自撮り棒を持って振り回しては、舌を出してあっかんべーしたりと、そこだけ狂気な空間が漂っていた。
「何あれ……」
思わず小声で呟いてしまったが、まさか、『パキりルーム』にいる人達なのだろうか。
私が見ているのを全く認知していないせいか、集団は
『あひゃー! 今日はめっちゃパキれてきんもちぃぃー!』
『ねー! わったしもぉぉー!』
『ふわふわしててなーんかテンションあがるぅぅ! いえぇえええーい!』
と、奇声をあげながらも、一心不乱に騒いでいた。
うわぁ。関わりたくない。
なので、私は自身の視界を、彼の方へ向けて、集団から目を背ける事にした。
ついでにはぐれないように、彼の逞しい右腕に強く抱きついて、くっつくように歩けば、リア充風にも見えるだろう。
「おまっ!? 何してんだよ!?」
「しーっ」
彼はかなり驚いていたが、すかさず静かに。の合図を出してしまった。
「タミコ。てめぇ……」
「あ。ごめん、ね。少しだけ……」
「仕方ねぇ。通り過ぎるまでの間。な」
「うん。ありがとう」
そして、通り過ぎるのを確認したところで、私は彼から軽く離れ、ほっ。と一息ついたのだ。
「……」
だけど、彼の顔は何故か真っ赤に染っていた。
「それにしても、アイツら異常だな。俺らが通り過ぎても、こっちの存在はガン無視で、自分達の世界を構築しやがって」
「うん」
確かにシイラさんや真生くんとの『バカップル』みたいなイチャコラとはまた違う。
あのイカれた様子だと、間違いなく『薬漬け』で生まれたものだ。思うだけでも背筋がゾッとしてくる。
「私、あぁなりたくないな」
「万が一なった場合は、俺が叩いてでも正気に戻すから安心しろ」
「ふっ。リルドらしいね。ありがとう」
「別にお礼を言われるほどじゃ……。おい。着いたぞ」
「あっ……。ってあれ?」
すると、コンビニ前には、終始ニヤニヤしながら私達を見ている、見慣れたオレンジ髪の女性が待ち伏せしていたのだ。
しかも、かっこよく、両腕を組んで、壁に寄りかかりながら。だけど、片手には茶色くて大きな紙袋がぶら下がっていたのだ。
「メンコさん!?」
「やっほー! お熱いところごめんねぇ~」
「ったく。何なんだよテメェ。さっきから人の事からかいやがって」
「いや! あれはその、そういう意味でくっついたんじゃ……」
「あの『ラリった』連中見てびっくりしたんでしょ?」
「え!? メンコさんも、見てたんですか?」
「うん。アイツらの行く先は恐らく、『溜まり場』だね」
「溜まり場……」
「そう。アタシはそれ関連の別任務に向かうことになってたけど、ゴエモンさんに一通り報告したところ『状況は深刻化』しているらしい」
「ってことはもしかして……」
「うん。龍樹君が入院している病院に『溜まり場の連中』が毎日のように運ばれているみたいで、医療は逼迫した状況みたいね」
「うわぁ……」
越智さん、大丈夫なのだろうか。
そんな毎日のように『薬物中毒』になった患者が運ばれてくるなんて。やっぱり異常だ。
「てことで、例の物、ここに入れといたから」
「あ。わざわざありがとう、ございます」
「いいってことよ。あと、三姉妹にも先程会ってきてさ、テスターの報告したら『これもよろしくぅ~! 実は新薬なのぉ~』ていう調子で、ミクラが変な薬を渡してきたんだよね」
「え!?」
「まぁー、開けてみたら分かると思うけど、アタシは見てないからね~」
「ちょっと待って!?」
「そんじゃ! あ。リモートでの潜入、頑張ってね~」
「は、ええ!?」
そして、彼女は意味深な言葉を残すと、手をヒラヒラと振ってコンビニを後にしたのだ。
「なんでアイツ、今日やるって知ってんだ?」
「さぁ……」
それより、アイスを買わなきゃ。
なので、コンビニへ入ると、アイスやかき氷の種類がたくさんあったので、それぞれ好みに合わせて買い込むことにした。
例えば、シイラさんや真生くんなら『イチゴ味』とか。フグトラさんは『抹茶味』、私も抹茶といきたかったけど、暑いし、たまには違う味でも食べようかな。
「あ。これいいかも」
たまたま目に付いたブルーハワイ味のかき氷を見つけた私は、思わず手に取ると、リルドもまた、同じものを手に取っていたのだ。
「え!? どしたの急に」
「気になったから買うだけだ。別に一緒のものにしたいとかそんなのは……」
「ふーん……」
何故か妙に戸惑っていたが、ま。いっか。
なので、私はレジに向かって、財布からある程度支払うと、大荷物を抱えながらレンタルルームへと向かうことにした。
「あっ! タミコさんに、リルドさん!」
「おー。フグトラじゃねーか」
「もしかして、お仕事終わった?」
すると、カスピの前でこちらに向かって手を振るフグトラさんが、こちらに声をかけてきたのだ。
服装は黄色い半袖パーカーで、下は黒いカーゴパンツだけど、中の白いTシャツには『アイラブ抹茶』と深緑色の字で書かれていたのだ。
「そーっすね。俺は仕事終わって、ヒガンさんから部屋を借りるよう頼まれたんで、それやってたとこっす。にしても、お二人にお会いすんの、何日ぶりっすかね?」
「まぁ。ざっと、2日ぶりってとこかな」
「ふぁっ!? まだ2日しか経ってないっすか!?」
「そーだよ……」
だけど、相変わらずのハイテンションで接してきたので、困惑しながらも答えていた。
「ていうか、お前は相変わらずだな」
「まぁ。事情は粗方、ヒガンさんから聞いてるっす。溜まり場周辺が、かなりイカれた状況になっている。と」
「そうだね……」
確かに、先程通り過ぎた人達のあの、狂った有り様は、これ以上見ていたくないな。
目の焦点もズレまくっていて、手が震えていながらも尚、薬を摂取するのをやめないなんて。
「あ。かき氷溶けちゃうから、先にレンタルルームに入っちゃう?」
「お。賛成だな。先にかき氷食っちまおっと」
「ちなみにフグトラさんの分も買ってきたからね」
「おっ! タミコさん、ありがとうございますっす!」
そして、私達3人は『リモート参加』の準備をするため、レンタルルームへと入るのだった。
だけど、メンコさんが言っていた、紙袋に入っている『新薬』って何だろう。




