初仕事は想定外な展開でした。
「ええっと、それって……」
まさかの初仕事!?
明日からひと仕事頼むって言うことは、そういう事か。
まぁ、今の状況から見るに、殺し屋に追われているため、3ヶ月の間はここにいた方が良いとして、初仕事って、何をするんだろう。かなり緊張しながら彼の話に耳を傾ける。
「そうだね。まずは研修の一環として、1ヶ月程、ワイの所で軽いデータ入力の手伝いをしてもらおうかと思ってね!」
「おお!」
ここでのパソコン入力なら、確かに顔バレの心配もしなくて済むから、大丈夫そう。
「喜んでもらえて何よりだよぉ! そんじゃ、また明日ね!」
そう言うと、彼は軽く手を振ってその場を去ったのだった。
「よっしゃぁぁ!」
明日から仕事が出来ると思うと、何だか急に眠れなくなってしまった。
でも、寝なければ。
そう言い聞かせて、早めにベットに入って寝たのだった。
*
AM7:00。重たい瞼を無理やり擦り、ベットから起き上がると、ジャージ上下の格好のまま、グソクさんがいるだろう。事務室へと向かう。
「おぉ! タミコ氏来ましたか! おはようですよ!」
案の定、彼は朝早くから、パソコンの画面と睨めっこする形でカタカタと何かを打ち込んでいた。
「おはようございます。研修と聞いたので、何をすればいいのかと思って……」
「そうだねぇ。ひとまず、空いてる席に座って、目の前にあるパソコンを起動してみて下さいな」
「は、はい!」
言われた通りに起動をすると、エンジン音と共に、ログイン画面が出てきた。
「うんうん。その画面が出てきたら、パスワードをこう打ち込んで欲しいんだな。『Ryugu0606』と」
「は、はい!」
なので、また、彼の言われた通りにキーボードで打ち込むと、鮮やかなウィンドウ画面が出てきたのだ。
「そしたら、そこにアオハトがあるから、タミコ氏は意味深な投稿を見つけたら、ワイに知らせて欲しいんだな」
「なるほど……」
よく、ゲーム関連の内職にある『バグを見つけて報告するだけ。時給1200円から』みたいな感じかな。
だけど、意味深な投稿ってなんだろう。
例えば、『ホ別イチゴ』とか、『パパ募集中』、『時給1万円から』みたいな。如何にも闇バイトやら、パパ活を匂わせる様な投稿のことかな。
「最近のアオハトみたいなSNSサイトは、ゴミみたいな投稿が、プンプンと漂ってますからねぇ。闇バイトやら、薬物乱用サークル。パパ活まで。ありとあらゆる闇の宝庫みたいになってましてね。そこら辺のダークウェブよりかは、かなりタチが悪いことなんてザラにありますぞ! ウシシシシシ!」
しかし、グソクさんは、こういった仕事が好きでやっているんだろうな。意気揚々と話した後、直ぐに画面へと視線を戻していた。まぁ、傍から『ネットの掃除屋』と言われても、仕方ないか。
「は、はぁ……。とりあえず、分かりました」
私は彼の圧に押されながらも、パソコンで意味深な投稿を探してみる。
「もしかして、例の『天海愛華』を半殺しで。と個別で来たのも、このアオハトですか?」
「その通りっ! ダークウェブと繋がっている。だなんて噂も、ザラにありますぞ」
「そうなんだ……。って、ん?」
すると、謎の投稿が一本、私の目に入ってきたので、彼に確認を取ってもらう事にした。
「どうしました? タミコ氏?」
「これは、どうなんでしょうか?」
その内容は、若い男が同年代の女を殴る動画と共に……。
『拡散希望。助けて下さい』
のみ書かれた内容だった。
「うわぁ。早速見つけましたね。ささっと、場所を特定しますので、待っててくださいねぇ」
そう言うと、彼は動画から場所を特定するために、再びパソコンの画面に視線を戻し、調べていた。
「……」
私はと言うと、膨大に上がっていく投稿のリツイートとコメントの数を、呆然と見ていただけだ。仮にフェイクだったらどうするんだろう。
ふと、あの時の『人体オークション』の動画を思い出してしまった。
「なるほど。これ、昨日辺りに投稿した画像みたいですぞ」
「けど、これ、誰が撮ったんでしょうか」
「ホームカメラかな。よく、そこからスマホと連携して見てるだなんて人も多いですからねぇ」
「ホームカメラ?」
俗に言う『家用の監視カメラ』って事かな。
最近、闇バイトのせいか、金持ちの家に突撃して、金目のある財宝を盗んだり、家主を拘束したりと、残虐性が高まってきている。
そのため、外の監視カメラや、セキュリティ会社の登録以外にも、こういった、内部でのセキュリティにも、関心が出てきている人が多くなっている。ていう訳か。
若しくは、こういったDVや、不倫の証拠集めのために、密かに撮影したりと、様々な使い方がされている。
「それと、今、どこにいるのか。と、個別でメッセージを送って場所も吐かせないとですな」
「分かりました。ですが、私がそれ、やっても、大丈夫でしょうか?」
「構わないよ。寧ろ、タミコ氏の方がそういうの、案外、適任かもしれないですしね。ウシシシ!」
「あ。ありがとう、ございます!」
そして、私は真っ先にその人のアイコンをタップし、プロフィール画面へと飛ぶと、個別メッセージ専用のメールマークをタップした。
あ。その道中で、フォローも申請しといたので、これで万が一、こっちに何かあっても、フォローリストから見れば大丈夫だろう。
「えっと……」
内容は、こんな感じで送ってみようかな。
『初めまして。先程の動画を拝見いたしました。かなりの危機的状況になっていますが、ご無事でしょうか!? 無事なら返事をください』
と打ち込んで、送ってみた。
「こんな感じで良いのかな?」
「うーん。相手の返答次第ですなぁ」
「そっかぁ」
だけど、この作業が、思ったよりも難しいのかもしれない。
逆の立場で考えると、突然、個別のメッセージでこんな文を送られてきたら、相手だって驚くだろうなぁ。
「で、返答が来た場合、このまま返しても大丈夫なのでしょうか?」
「そうだね。その時に待ち合わせ場所をこちらで指定して欲しいんだな」
「こちらから、待ち合わせ場所を指定。ですか!?」
「そうそう。相手から指定されると、どーも罠じゃないか。と勘ぐっちゃうんですよぉ。なのでね、どうせなら、こっち側から、場所と時間を指定してしまえば、いい話ですぞ!」
「そっかぁ……」
「タミコ氏。こういう時は、自分が有利に立てるように動くのが、1番ですぞ!」
「なるほど。勉強になります」
「ですが、今回みたいに、向こうから場所を言って、助けてください。と言った緊急性がある場合は例外ですぞ。その時は、ちゃんと指定された場所まで、迎えに行ってくださいな」
「分かりました!」
確かにその方が、今回の場合は良いのかもしれない。依頼人が殺されてしまっては、報酬も何もかも、水の泡になってしまう恐れがある。
だから、依頼人が危ない目になりながらも、依頼を出してきた場合は、依頼人の救助が優先される。と頭の中でメモをしておいた。
――ピコンッ
「おっ。来た」
すると、思ったよりも、返答が早かったので、再度クリックしてメッセージを見てみる。
『返信、ありがとうございます。私も、母も、無事です。今はネットカフェで何とか避難をしています。ですが、父が私達を連れ戻してくるのも、時間の問題でしょう。そこで、裏何でも屋と、影で噂されている、サーフェス様にお願いがあります』
「ネットカフェかぁ」
確かに、身を隠すには、一時的には安心な場所なのだろう。だけど、警備員みたいな人はいなく、店員だけ、だったら心もとないと思うけども……。
それに、影で噂されている『裏何でも屋 サーフェス』かぁ。私の仕事場が外ではそう言われていると思うと、何だか照れ臭いかもしれない。
でも、これが、『仕事』をする上での『責任』でもあるかもしれない。単独ではなくて、会社の看板を背負っている。という事に。
「ん? 母も無事。てことは、あの投稿をしたのは、娘さんか、息子さんなのかな」
「恐らく。あの状況で投稿をしたとなると、かなり勇気がいる行動だったと思いますぞ。立派なお子さんで何よりですぞ」
「だよね……」
そして、私はその勇気を称えるかの様に、更に返信を返した。
『分かりました。どんなお願いでしょうか?』
「こんな感じでよろしいでしょうか? グソクさん」
「うんうん。上出来だね。ま。ついでに、支払いの内容に関しても、軽く教えておこっかな」
「は、はい!」
「支払い方法は、先払いと、後払い、その場で直接払う。がありましてな。後もうひとつは出世払い。なーんてね。グフフフ!」
「出世払いなんてあるんですか!?」
思わず驚いて聞いてしまったが、どういう意味だろうか。
出世したら、払え。という事だろうけど、このサーフェスの仕組みが、イマイチよく分からない。
「冗談ですよ。タミコ氏。ですが、その出世払いで救われた人たちも、数多くいるのですぞ。なので、近々、どこかで使えるかもしれんので、頭の片隅にでも入れておくと、いいかもしれないですぞ。グフフフ!」
そう、彼は不敵な笑みを浮かべながら、カタカタと特定作業に励んでいた。
ちなみに、クレジットカードやバーコード決済は不可らしいので、依頼者はこちらで指定した特定の口座に振り込む。という形らしい。
――ピコンッ
「また来た。えーっと、えっ!?」
「何があったのです!? タミコ氏!」
しかし、メールできたお願いが……
『どうか、私の父親を、社会的に抹殺して下さい。父はとある、有名な会社のエリート社員なのですが、傲慢のあまり、私や母に暴言を浴びせ、逆らったら暴力を振るうのです。もう、我慢なりません。報酬は、父親丸ごと。そうですね。父の所持品の全て。でも大丈夫でしょうか?』
「社会的に、抹殺!? しかも、標的の所持品の全てだって!?」
「なるほど。つまり、エリートな役職から、無職へとジョブダウンさせて、社会から追放エンドですか。こりゃまた面白い依頼内容ですぞぉぉ! デュフフフフフフ!」
何故か、グソクさんは下品な笑いをしながら
、楽しそうにパソコンを打ちまくっている。こっちから見たら、まるで、ピアノで旋律を奏でている、ピアニストみたいだ。
「そういえば、さっきからグソクさんは何をやって……」
そう言いかけた途端、彼のパソコンの打つ手はやめ、突然何かをプリントアウトし始めた。
そして、得意げにこう言ってきたのだ。
「標的の現在の場所と、依頼者の所在、名前までも、全部特定致しましたぞ」
「えっ!? えええっ!」
「まさか、仕事やってないで口だけ動かしている。とでも思っていましたかな? デュフフフ!」
「あ。いや。そんな事は一切……」
だとしても、仕事が早すぎるでしょ。
まだ拡散希望の投稿を見つけてから、20分程しか経ってないのに、もう標的と依頼人の場所を特定してしまうなんて。ネットの掃除屋、恐るべし。
「それに、動画の画像や、あらゆるSNSからも、標的の身体的特徴やアカウントを見つけましたぞ」
「あ、アカウントまで!?」
「えぇ。アカウントは個人情報の塊と言っても過言ではありませんからねぇ。例えば、SNS上のやり取りも、内容によっては、離婚や脅迫を証明する為の証拠として、提出する事が可能なんですぞ」
「ほえー……」
「おまけに、写真に移る瞳からでも、場所を特定する。て言うことも可能ですぞ」
「瞳からも場所を特定出来るとか……」
そこまで行ったらもう、恐怖でしかないのだが。
この時、私は一番敵に回したくない人と、同じ場所、同じ空気の中で仕事をしているんだと察した。
掃除屋というより、『ストーカー』に近い何かを感じたけど、敢えて言わないでおこう。
「ちなみに、この標的は、妻子がいながらも影で職場の人と不倫をしていたとは。何と言うか、男として外道ですが、生物学上の雄としては有能なんですな」
「うわぁ……」
「まぁ。憂さ晴らしは現場で直接行うとして。標的の現在地にはリルド氏。依頼者の保護はメンコ氏にでも任せておきましょうかな」
「その方が私も……」
そう言いかけた時だった
――ピコンッ
また、依頼者から返信が来たのだ。
『どうしましょう。父さんに隠れ場所、見つかったみたいです。早く助けてください!』
「まずい!」
『今、そちらに向かいますので、何か目印になるような物がありましたら教えて下さい。それと、依頼は承りました。先ずは身の安全を確保し、生き延びてください』
今度は深刻な内容だったので、自分でも驚くほどの速さで打って返信した。
「これで、大丈夫かな。グソクさん」
「うむ。初めてにしては上出来ですぞ。でも、標的は依頼人を嗅ぎつける力だけは、獣並みですな。リルド氏。メンコ氏。いますかな?」
「おはよー。グソクちゃん! いるよぉ」
「よっ。俺もたまたま筋トレしてた」
すると、どこからか凄腕の2人が、いつの間にか事務室に集まってきていた。
「奇遇ですな! 実は、タミコ氏が依頼を取ってきてくださったのでな、今から三人でお仕事に行ってもらうのですよ!」
「ええっ!? すごいすごぉぉーい!」
「ほー。タミコすげーじゃん」
「あ。えっと。ですが、内容が緊急なものなので……」
だけど、今こうしている間にも、依頼人は怯えていると思うと、悠長にしてられないと考えた私は、キツめに言ってしまった。
褒めてもらえるのは嬉しいけど、まずは依頼人の元に行かなきゃ……。と喉から言いかけた時だった。
――ピコンッ
「また来たっ!」
再度、急いで個別メールをクリックして開けると、こう綴られていた。
『今いる場所はネットカフェ『クリオネ』です。助けて……』
「ネットカフェ『クリオネ』っていう所に依頼人と標的が集まるみたいです」
「なるほど。そーいや確か、あそこの店員、超絶チキンだった気がするけど、大丈夫か?」
「超絶チキンってどういう事!?」
「えっとね。ひ弱で頼りなさ過ぎて、脅されただけでね、すーぐに会員証無くても通してしまうチキンな店員がいるんだぁ。私よりも弱くって、大丈夫か? て心配されちゃう程ね」
「ええ……」
それなら尚更早く行かなきゃ、不味いってことでしょ。しかも、部屋まで割り出してきたらと思うと、気が気じゃない!
「あー。確かにそうでしたな! ワイよりもひ弱過ぎて笑っちゃう程ですぞ。なので、リルド氏、メンコ氏、タミコ氏を頼みましたぞ!」
「えっ!? ままま、まさか、私も行くんですか!?」
「殺し屋に追われている話も聞いていますが、実は、場所的にはここから割と近場なのですよ。『クリオネ』は。車で10分もかかんない所にありましてね。よく護衛の依頼がこっちに来るほどですぞ」
「そうだったんですか!?」
「えぇ。なので、ゴエモン氏には、ワイから言っておきますぞ」
「は、はぁ……」
「それと、タミコ氏には、この紙を渡しておきますぞ。何かの役に立てれば良いけども、くれぐれも人違いを起こさぬように」
「あ。わわわ、分かりました! ありがとうございます!」
なので、私は彼から標的の特徴が書かれた紙を渡された後、出る準備をしようと、パソコンをシャットダウンした。
そして、確認がてら、紙の内容を見ると、こう書かれている。
『『外谷道長』35歳。年収1000万超えの男性会社員。外資系企業である、株式会社 ペルシアム勤務。服装は普段から上下スーツを着用。髪型は黒髪で短髪さわやか系。表の顔はエリート社員であり、会社からも評判が良い。しかし、裏の顔は、短気で傲慢。平気で人を見下したりもする。家庭内でよくトラブルを起こしていたらしい』
なるほど。でも、35歳にもなって親子を脅しては殴るとは。あまりにも性根が屑過ぎて、呆れを通り越して、空笑いをしてしまった時だった。
「おー。扉越しから、粗方話は聞いてたけど、タミコちゃん、初任務おめでとうな」
アンティーク調の扉から、ゴエモンさんが顔を出してきたのだ。筋トレの真っ最中だったのだろうか。首には青いタオルが巻いてある。
『ゴゴゴ、ゴエモンさん!?』
「ゴゴ、ゴエモン氏! まさか盗み聞きでもしてたんですか!?」
「ガハハハハハ! わりぃわりぃ。脅かすつもりは1ミリたりともなかったんだけどな。つい声が聞こえてきてしまってな!」
「まーったく、いたならいたで、ワイに言ってくださいよぉぉぉ」
「ほんっと、ゴエモンさんは神出鬼没っていうか……」
「扉越しからひょっこりと顔出すの、好きだよな。狙ってんのか?」
みんなは驚いていたせいか、各々上司に詰め寄っている。
この光景は初めてなのに、何だか穏やかな空気が流れている。これから任務に行く。ていうのを除けば。
「えっと、その、あ。ありがとう。ございます」
「だけど、最初はメンコの傍で、依頼人の保護を手伝ってくれな。リルドの傍。と言いたいところだが、この標的、話を聞いてると、何かと危なそうだしな」
「分かりました」
「ゴエモンのじーさ……、ゴホッ。ゴエモンさん。その方が確かにやりやすいのかもしれないです。初任務の彼女を、危険に晒したくは無いので」
「リルド……」
「あ。邪魔だとは一切言ってねーからな。そこだけは分かってくれよ」
「う、うん」
そして、ここから私の初任務が始まったのであった。と同時に、依頼人の親子。どうか無事でいて。