院長との会話は、思わぬ収穫を得られました。
「って事は……」
「そう。『鰒川家』そして、『ヴァルテ家』と『現教祖率いるベローエ』の3つが『ドラックルームスープ』に関わっている可能性が大いにある。という事だ」
「そんな……」
まさか、ここでも『ヴァルテ家』がでてきたとは思ってなかった私とリルドは、思わず目を見開いてしまった。
「まぁ。鰒川家に関しては言うまでもないかもしれないが、シイラのとこで同居している『真生』という男の子が居るだろ」
「そういえば、はい」
えぇ。シイラさんがペットみたいに、ものすっっっごく可愛がって、溺愛してましたよ。と言いたかったが、ため息混じりに相槌を打つと、私は再び耳を傾けた。
「そいつの親族、おかしい連中ばっかでな。異端な考えだった真生の事を、執拗に虐待していた程だ」
「なるほど……」
話を聞く限り、考え方がまるで、リルドがいた『ヴァルテ家』に近い気が。
この厄介極まりない家を二つ、対峙するとなると、かなり面倒くさそうだなぁ。
「頭のネジが100本ほど抜けてもおかしくないレベルで倫理感がおかしい奴らだ。元にシイラも鰒川家の事になると、かなり怒り心頭らしいからな」
「まぁ……」
そりゃぁ、そうでしょうね。
自分が唯一、心を許せる人間を罵倒していた家族に対しては、『商品の価値も無い』とか『病気持ってそーだもん。頭の』て、言い放ちそう。彼なら。
「それと、この話をするには、まず、ベローエの内部事情から話す事が先決かもしれないね」
「はぁ……」
そして、再び立ちはだかった『ベローエ』の言葉に、ごくりと唾を飲むと、私ら三人は彼の語る言葉一つ一つを聞いていく。
「実はベローエには、教祖率いる『熊野家』の他に、『鰒三家』と呼ばれる3つの名家があるのだよ」
「はぁー。鰒三家ですか?」
初めて聞いた言葉だ。恐らく名家だと言うから、かなり上層の人達だろう。
「そう。まずはベローエを創った先祖や、護衛を専門にしている、側近枠の『鰒屋家』だ」
「鰒屋家って……」
そういえば、レンタルルームにいた時、フグトラさんが言っていたなぁ。『俺のじいちゃんが、ベローエの先代の教祖っす』て。まさか、ここでも絡んでいたとは。
「その次に、経理やら裏方仕事を兼任していた『鰒山家』。最後に教祖を信仰し、絶対忠誠を誓う『鰒川家』だ」
「絶対忠誠って……」
鰒山家は会ったことないけど、ヒガンさんの事かな。鰒川家は多分、真生くんがいたところだと思うけど……。
「忠誠から外れるものなら、信者でも皆殺しにするという、恐ろしい一家なのは、間違いないね」
「まじかよ」
「信者でも皆殺しって……」
それ、一番危険なのでは。
だから真生くん、色々と大変な目にあっていたのかな。
でも、今思うと、あの時シイラさんが助けたことによって、彼も救われたし、思想が危ない家から物理的に離れることが出来て良かった。て事だよね。
もし、救われなかったら……、それこそ、『ドラックルームスープ』の餌食となって、薬に呑まれてハイになっていた世界線も、あったのかもしれない。
そう思うと、恐ろしい程に背筋が凍ってしまう。
「そこで、だ」
「はい」
すると、彼は軽く咳払いをすると、こう切り出してきたのだ。
「実はそいつらがいるアジト、デットプールの力を借りて、何とか一つは見つけたんだが、ちょっと問題が発生してな」
「えっと、問題とは……」
「実は『鰒川家』がそこのアジトを管理しているらしいんだが、手に入れたい書類がアジトのどこかにあるんだよね」
「なるほど。もしかして、『改良版ネクター』の事ですか?」
「あぁ。大正解だ。恐らくアジトのどこかに、『製造所』みたいな所があるはずだ」
「はぁ……」
つまり、カラマリアは『改良版ネクター』の制作レシピが欲しい訳か。
確かにそれさえあれば、薬毒専門のギンコさんが飛びついて、『最強の薬』やら、対策を練りそうだ。
「で、デットプールから得た元信者達の話によると、『桃毒の鍵師』がいたら、書類が入っている箱を開けられるかもしれない。て言ってたらしいんだよ」
「はぁ……、『桃毒の鍵師』ですか?」
「そうそう。ちなみにデットプールに在籍しているフグトラ君やヒガンさんも、通り名が付いていたらしいね」
「え? ちなみにどんな通り名なんですか?」
「鰒三家は基本、通り名には『毒』が入ってることが多いんだ」
「なるほど……」
つまり、『桃毒の鍵師』は鰒三家の誰か。てことになるのか。ん?
ふと、私は龍樹君を助けに行った時の事を思い出したけど、まさか、なぁ……。
「えっと実は、越智さん」
「お? どうしたんだ?」
「ちなみに、鰒三家の皆さんには、どんな通り名があるのですか?」
なので、さりげなく聞いてみることにした。
「確か、『黄毒の復讐者』と、『朱毒の謀略家』という通り名を聞いた事があってね。それは現教祖率いるベローエの信者達が震えながら、そんな通り名を口にしていたな」
「はぁ……」
何となく分かったけど、これ、フグトラさんとヒガンさんの事かな。ヒガンさんに関しては、一度も会ったことがないから、なんとも言えないけど。
「まぁ。話が逸れてしまったね。つまり、アジトに潜入しながら、『桃毒の鍵師』に箱を開けてもらい、書類を手に入れてきて欲しいんだ」
「へー。『桃毒の鍵師』ねぇ……」
「なるほど。分かりました」
「えっ!?」
すると、私がいいよ。と言ったものだから、隣にいたメンコさんが驚いた顔をしていた。
「おいおい。タミコ、そんなの了承して、大丈夫なのか!? そもそも『桃毒の鍵師』って何処に……」
「実は、確信は無いけど、心当たりがあるんだ」
「心当たりって、まさか……」
「その、まさか」
なので、彼に強調するように言うと、諦めた顔でため息混じりに笑うと、「なるほどなぁ」とボソリと呟いたのだ。
「はぁ。とりあえず、分かった」
「そっか。心当たりがあるなら良かった! とても助かるよ。ありがとう!」
「えっと、ちなみに報酬は……」
「そうだな……」
私は恐る恐る、終始笑顔の越智さんに聞いてみると、こうケロッと言い始めたのだ。
「三姉妹の所にある『ドーピング薬』を自由に使ってもいい。という許可だな。今の段階だと、テスターの段階だろ?」
「確かにそうですが、そんな、自由に使ってって……」
「ほんとっ! ドーピング薬自由って……、考えただけで恐ろしいんだけど!」
「ははは! だけど『医者の推薦付き』だったら、みんな安心して飲めるだろ!」
「それはそうですが……」
何だろう。この越智さんって言う人、ゴエモンさんみたいな豪快さもあるけど、何か違うんだよね。
彼はどっちかと言えば、『ぶっ飛んでる方』の豪快さだ。歳をとったシイラさんみたいな突拍子も無い事を言い始めるから、逆に警戒するし、ものすごく怖い。
メンコさんやリルドはというと、余りにも予想外な報酬に、言葉を失ってその場で固まっちゃっているし。
それに、報酬が罰ゲーム並に怖いのは気のせいだろうか。本来貰って嬉しいもののはずなのに、何だろう。幾ら『医者のお墨付き』貰っても、怖すぎて使えないって!
「えっと、どうしよう。報酬がドーピング薬って聞いてて正直、驚いているんだけど……」
「おいおい。報酬が薬って、聞いたことねーぞ。俺らを被験者にするつもりか?」
そのせいか、メンコさんとリルドが珍しく、越智さんにツッコミを入れていた。
「あははは! そんなつもりじゃないって! 被験者って! まぁー、そりゃぁー、驚いちゃうか」
えぇ。それは驚きますって、いくら何でも。
私ですら、『え? 何十万の渋沢さんじゃないの?』と、思った程ですもの。
「じゃあ、それと、ゴエモンの所に『課金』と称して、何十万か渋沢さんを振り込んでおくかな」
「は、はぁ……」
でも、『課金』感覚でゴエモンさんに何十万も渋沢さんを送り付けたら、かなり困惑しそうだけど、いいや。ゴエモンさんは、ものすごく驚きそうだし、どんな困惑な顔をするのか、見てみたいけど。
「という事で、アジトの件、頼んだよ」
『は、はい!』
「今日は長く付き合って貰って、ありがとね」
「はぁ……」
「いえいえ。こちらこそありがとうございました!」
「あぁ。越智さん。その、ありがとうございました」
そして、無事に話が終わり、メンコさんやリルドが先に院長室を出たので、二人の後をついて行こうとした時だった。
「それにしても、タミコちゃん、頭の回転、早いんだね」
「え!? 私ですか?」
「そうそう。いっその事、こっちに来ないかい?」
「あはは……」
まさか、越智さんの方から声をかけられると思ってなくて、困惑したが、私は素直にこう言い返したのだ。
「お誘いはして下さって嬉しいのですが、ここにいた方が、私らしくいられるので、遠慮致します」
「そか。流石ゴエモンとこの嬢さんだ。頼んだよ」
「は、はい! あ。それと、あともう一つ聞きたいことが……」
「ん? 何だい?」
ふと、ある事を思い出した私は恐る恐る聞いてみることにしたのだ。
「実は龍樹君を助けるために、越智さんの家に行ったんですが、『彼の部屋の窓』って、防犯性はどれぐらい高いんですか?」
「ほぉ。あれは確か、『一番防犯性が高い』奴で、鍵も軽いピッキング程度じゃ侵入できないはずなんだよな……」
「そう、ですか。でも、念の為、オートロックに切りかえた方が、いいかもしれないですね」
「お。そ、そうか……」
「はい。えっと、今日は、ありがとうございました!」
「お。いえいえ!」
何故か彼は戸惑いながらも、相槌を打っていたが、そりゃぁ、2回も『ある人』にセキュリティ突破されてます。なんて言えないし。
「では、失礼致します……」
なので、ひとまず越智さんとの話は、これで一息ついたのだが、一つだけ確信を得たのは、『桃毒の鍵師』の正体がわかった事だった。
*
「さて……、と」
「おーい。さっきはどーしたんだ? 俺より出てくんの遅かったけど」
「やほー! タミコちゃん。次はどこに行く?」
院長室から出ると、二人が夕暮れの廊下で、大きな外窓に寄りかかりながら、待っていたのだ。夕日に照らされているせいか、彼女らの着ている服装、白と黒のコントラストがよく映える。
そっかぁ。気がつけばもう夕方かぁ。
私はいつもの癖で「うーん」と考えながらも、右手の指を顎に乗せて考える仕草をすると、一つの名案が浮かんできたのだ。
「ねぇリルド、メンコさん」
「んあ?」
「どしたどしたぁ?」
「病院出たら、1回ツブヤキに寄らない?」
「ほー。確信が得た何かがあるのか?」
「うん。実は『桃毒の鍵師』の正体が誰か、判明したんだよね」
「まじっ!? 誰々!?」
「えっと、ここじゃ、越智さんいるので、一度、車の中で話しますね」
「あ。そう、だね。しかもここ、病院だし……」
「ったく。メンコはどこにいても、うっせー猿みてーな女だよな」
「はぁぁ!? それ今言うこと!?」
「おいおい。ここは病院だ。静かにしろ。しかも505号室の前で騒ぐな馬鹿」
「うぅー!」
「あはは……。あっ!」
ふと、私は龍樹君へと買った青いメモ帳を渡し忘れていた事に気がついたので、咄嗟に505号室へと入ったのだ。
「た、タミコさん!?」
「えっと、ごめんね! これ、渡そうと思ってて……」
「あ。ありがとう、ございます……」
なので、慌てた素振りで私は彼に青いメモ帳を渡すと、こう言い残すことにした。
「もし、言えないことがあったら、書いて整理するといいかな。て思って」
「タミコさん……」
「スマホでフリックするのも、早くて便利だけどね。でも、心の整理をつけるなら、書いて文章化した方が、整理は付きやすいかも。学校でも必要になっていくだろうしね」
「本当に、何から何まで……。ありがとうございます」
「うん。それじゃあ、お大事にね!」
「は、はい!」
こうして、私は無事、505号室を出て、彼女達と合流すると、エレベーターを経由し、病院の出入口まで歩いたのだ。
「全く。肝心の見舞い品を渡すの忘れてたとか、大丈夫かよ」
「まぁー、渡せたんならいいんじゃない?」
「そーだそーだ! べ、別に、完全に忘れた訳じゃないし!」
「あーそーかよ」
外を出ると、空は一面、黄昏色に染まっていた。夕日がこんなに綺麗なのは『生』を実感できているから。かもしれない。
「それでね、リルド」
「なんだ?」
「今からシイラさんに電話をかけようかと思うの」
「ほー」
「でね、実はIDもあるから、私から直接かけれられると思うのよ」
「ふーん。そーいや俺のライムで使ってるID、既にタミコのスマホに入れてあるんだよな」
「そうなんだ……、て、はぁぁあ!?」
すると、彼は何食わぬ顔で『スマホに俺のID入れといた』と言ったものだから、衝撃のあまり、開いた口が塞がらなかった。
「ちょっと待ってリルド。それは流石にやり過ぎ!」
「えっと、いつ入れたの?」
私とメンコさんは続けざまに彼に言ってしまったけど、いつの間にか弄ってID入れてあるとか、怖すぎるから!
「前にさ、お前、事務室にスマホ置き忘れた事、あっただろ?」
「あぁ! あの時に!?」
「そうだ。何かあったら困ると思って、入れといたんだよな」
「えっと、ちょっと待って!?」
だけど、頭の整理が追いつかない私は混乱しながらも、ジャージの右ポケットから黒いスマホを取りだし、確認してみると、確かにあったのだ。しかも、アイコンはラブカの写真で、名前は『ルーク』と。
ちょっと待て。何でここにしれっと本名を入れてんのよ!? 驚きすぎて両手に持つスマホが、滑り落ちそうになっていた。
「全く。リルド……」
これにはメンコさんも呆れ気味に彼に言っていたが、彼はというと、何故かケロッとしている。
「それと、最初はリルドで登録したんだよな。だけど、後から本名が分かったから、お前が寝てる間に、本名に切り替えたんだった」
「えっと……」
つまり、リルドは『2回』も私のスマホを弄っていた。という事!?
「あのさ。1回に限らず、2回もって……」
それを隣で聞いていたメンコさんは何故か右手を握り拳大にして怒りに震えていたのだ。
「え? もしかして、ダメだった!?」
「いくら気になるからって、勝手に他人のスマホ弄って登録したらダメに決まってんでしょ!」
「ええっ!? そーなの?」
「そーなのって……、ほんっと呆れたぁ。それ、グソクさんに言ったら偉く怒られるからね。気をつけなさいよ」
「お、おぉ……」
だけど、こんなに動揺する彼、初めて見たかも。なので、あまりにも可笑しかった私は、思わずふふっ。と笑ってしまったのだ。
「さぁ。早く車に乗るわよ!」
「は、はい!」
そして、私達はメンコさんに促されるがまま、黒い軽自動車の後部座席に乗ると、夕暮れの駐車場を出て、走らせたのだった。




