何気ない1日が、とても新鮮でした。
「おーい」
「うぅ……」
しかし、私は布団越しから彼に呼ばれても、出れずにいた。
何やってんだ、私!
まさか彼の首筋にまでキスマークを付けていたなんて!
これじゃあやってることが、あの地雷カップルと同じじゃないか!
あぁ。どうしよう。全部忘れられればいいのに!
「さっきから、大丈夫か?」
「え?」
「なんか、いつものタミコじゃねーな。て思ってな」
「いつものじゃないって……」
ちょっと待って。いつもの私じゃないって。一体どういう事よ。
私は困惑しながらも、少しだけ布団から顔を出すと、彼はベットサイドに腰かけながら、頬杖立ててこっちを見ていたのだ。しかも、何か企んでるような顔して。
な、何なの!? そんな顔されても、何も出来ないからね! 私!
心の中で叫びながらも、しばらくの間は、布団で目から下を隠し、じーっと彼を見ていた。
そのせいか、まるで、布団の中で怯える子猫と飼い主みたいな構図になっていた。
「ったく。そんな取って食おうとしねーから安心しろ」
「でも……」
すると、彼が空いてる左手でそっと、私の頭をポン。と軽く撫でると、こう言ってきたのだ。
「とりあえず、おはよう。もう朝だぞ」
「は、え。嘘っ!?」
私は我に返った様に、布団から飛び降りると、床に置かれたバックを手にし、スマホを取り出した。
本当だ。朝の8時。あれから、何時間寝たんだ?
確か、夜の8時頃に、龍樹君の救出を手伝って、その時にオルフェウスを飲んで……。だけど、任務終わった後の記憶が全く無くなっていたのだ。
あの時は確か、リルドに抱き抱えられて……、
「あーー! 本当にごめん! まさか、私……」
「なーに謝ってんだよ。だから『お返し』しただろーが」
「うぅ……。ん?」
ふと、彼の右肩に刺繍みたいな、赤くて小さな薔薇の模様が書かれた痣が見えたのだ。
「それって?」
「あー。この肩のか」
「うん」
「これ、小さい頃からあったんだよな、確か」
「へぇ……」
そういえば、『母斑』という、特有の痣がでる人がいる。と聞いたことがあるような。
だけど、妙に心惹かれる感じがしたので、その場から立ち上がると、そっと彼の肩に現れた痣を触れてみることにした。
消えない。本当に痣だ。でも、不思議と惹かれた私は……。
「……おいっ!?」
何故か勢いで薔薇模様の痣に、口付けをしてしまったのだ。
「あ……。えっと、お返し」
「お返し……、じゃねーよ! 何やってんだよ!?」
彼はかなり困惑していたが、私は未だにボーッとしていたのだ。あれ。何で今キスしちゃった?
「おーーい」
すると、部屋の外からメンコさんの声がしたのだ。
『ふぇあっ!?』
「タミコちゃーん、大丈夫ぅ? もしかして、取り込みちゅーだったぁ?」
「えええっ!? ちちち、違いますって!」
「ったく。朝からうるせーぞ! メンコテメェ!」
「イヒヒヒ。とりま、タミコちゃんに用事あるからさ。おいでー」
「は、はぁ……」
「お、おいっ!」
しかし、真っ赤な顔をしている彼の言い分を無視するかの様に、私は一旦、彼の部屋から出たのだった。
*
「えっと……」
「あー。まずは部屋行ってシャワー浴びてきな?」
「はっ! はいっ!」
確かにこの格好、昨日のまんまだった。その事に気がついた私は、即座に自分の部屋に戻ると、ワンピース一式脱いでシャワー室へと入ったのだ。
よく考えたら、今は夏。
うわぁ。一日入らないだけでも致命的な匂いになるのに。あーどうしよう。
私は真っ裸のまま、メイクも全部落とし、すっぴんにすると、全てが解き放たれた気分になったのだ。
でも、朝のシャワーは新鮮な気持ちになれるし、最高だ。
ぬるま湯温度の水飛沫を浴びつつ、全部洗ってスッキリすると、即座にお気に入りの黒ジャージに着替えた。
やっぱり、このジャージが1番動きやすいや。ワンピースも好きになったけど、お淑やかでないといけない。みたいな制約がついちゃうから、私的には窮屈な服だったり。
それに、ジャージならあの無数に付けられたキスマークも隠せるし。うん。やっぱり機能性諸共、ジャージは最高だ!
なので、私は濡れた茶色い髪をドライヤーで乾かしたが、あー。いつの間にか、染めた茶色が落ちてきている。
暇だったら、メンコさんにおすすめの美容室があるか、聞いてみようかな。
何だろう。ここに来る前は、こんなに女子力をあげようと思ったこと、一つもなかったのに。
しかも、彼氏が出来よう物なら、奪い取って捨てる様な人が身近にいたような。
確か、親友……。いや。今思うと、あれは親友ではなくて、ただの『ウザイ執着女』だったのかもしれない。そいつのせいで、女子力上げても無駄だし、みたいな諦めもあったのかも。
「さて。と……」
髪を乾かした後、私は部屋から出ると、白いTシャツに、短いデニムパンツを履いているメンコさんが待ち構えていたのだ。相変わらず、彼女のオレンジ髪が眩しい。
「あ。準備、出来ました」
「そか。実はね、さっき、カンナちゃんから連絡があってね」
「はい……」
「龍樹君が、タミコちゃん達に話したいことがある。て言ってたんだ」
「え? 龍樹君が?」
「うん。どーやら、今回の件で謝りたいみたいで……」
「うーん……」
でも、謝るなら最初は、カンナちゃんに謝るべきだと思うんだけど。
不思議そうに考え込みながらも、更に話を聞くことにした。
「どした?」
「何か、腑に落ちないなぁ。て」
「なるほど。もしかして、彼がまだ、何か『隠してる』かもしれないってこと?」
「そうですね。キルマイ騒動の時だって、彼、真生くんの存在を隠してましたし……」
「なるほど。そうなると、確かに幾つか『隠してる』可能性は高いかもね」
「それと……」
「ん?」
「謝ると言っても、謝るのは私ではなく、カンナちゃんに謝るべきだと思うんです」
「確かに言えてる! だって、カンナちゃん、副作用あるの知ってて『アスカロン』飲んでくれたわけでしょ?」
「そうです。だから、私に謝るのはお門違いかと……」
「うんうん。おっけ。その辺も引っ括めて、問いただそっか」
「はい」
彼女は笑顔で私の言い分を聞くと、指でオッケーサインを出してくれたのだ。
「じゃ、ついでにリルドも連れてこっか」
「え!? リルドも!?」
「うん。なんかさ、リルドと龍樹君、なんか似てるところがあるって言うか……」
「は、はぁ……」
そう言われてみれば、確かに彼も知らなかったとはいえ、『ヴァルテ家』出身だということ。幼い頃に私と会っていた事も、サーフェスの人達にも隠してたしなぁ。
お互い隠し事をする者同士、話し合いをしたら、もしかしたら気が合って、心が開く可能性もあるんじゃないか。という事かな。
はぁ。でも昨日のキスマークの件とかは隠さなきゃだから、ものすごく気まずいなぁ。
「まぁまぁ。夜にお熱い事があったのは、流石に龍樹君には内緒にしなきゃぁーね! イヒヒヒ!」
「全く……」
しかも、彼女は彼女で、盛大に茶化しまくったりで埒が明かない。
私は呆れつつ、ため息をつくと、もう片方の扉から、黒い半袖のフードパーカーを着たリルドが出てきたのだ。フルジップタイプかな。妙にお洒落な気がするのだが……。
「お待たせ。って。おい。メンコ」
「なーに?」
「テメェ、余計な事言ってねーだろーな?」
「言うわけないじゃん! ていうか、ちゃーんと『首筋』隠さなきゃね。イヒヒヒ!」
「コッッノヤロー! 後でゴエモンのじーさんにチクるぞ!」
「えー! なんで、いっつもゴエモンさんにちくんのよー!」
「まぁまぁ……」
私はこんな二人のやり取りを宥めながらも、内心平和だと感じていた。そう。こんな何気ない日常が過ごせることに、感謝しないと。
「さて。二人とも、これから龍樹君が入院している病院に行くけど、何か、お見舞い持ってこうか?」
「あー。だけど、どうだろ」
お見舞いかぁ。自分から行くの初めてだから、私はうーんと考えていたが、病院的には食べ物の持ち込みとか、大丈夫なのだろうか。
「うーん。とりあえず、今回はやめとこっか。多分、あんな致死量超えた薬を飲んだ後だと、暫く『絶食』のはずだし……」
「そーだね。あ。でも、アタシらは行く前に、エイトレイブンで何か買い食いしながら行こっか」
「そだな。タミコもついでに食っとけ」
「と言われても……」
「イヒヒヒ」
『ちょっ!』
しかし、彼女はニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながらも変な笑い方をすると、「いいね! 青春してる!」と、再度茶化してきたのだ。
「はぁ。後で覚えとけよ」
「やーだ。でも、青春してるのは、本当に良いことよ」
「……え?」
彼の呆れながらの溜息に、彼女は何故か、悲しそうな笑みでこう、私達に告げたのだ。
「この一日一日を、大事に過ごさなきゃね。私の無二の親友、アンナの為にも……」
「アンナさん?」
「誰だ?」
ふと、彼女が『アンナ』と人の名前を口にしていたので、リルドと共に、誰なのか聞いてみることにした。
「うん。この際だから言っちゃおっかな」
「えっ!? いいんですか?」
「いいも何も、龍樹君にも言おうと思っていたからね」
「はぁ……」
やっぱり、メンコさん、薬に関しては物凄い恨みというか、何かしらの因縁を感じる。そんな気がした私とリルドは、静かに話に耳を傾けてみた。
「実は彼女ね、『ドラックルームスープ』というサイトにある『匿名』で呟けるチャットとかで、ストレスのはけ口を呟いたりしていたんだ」
「なるほど……」
「ストレスのはけ口かぁ」
確か、グソクさんが言ってた『匿名の語り場』と言うやつだろうか。
サイトで見かける、よくあるパターンだ。匿名で自身がストレスを抱えていることを赤裸々に語って匿名に聞いてもらう。みたいな。
「それでね、ある日、そこのサイトで出来た仲間から、こんなルームに誘われたらしいのよ」
「ルーム?」
「うん。『パキりルーム』ていう」
「えええっ!?」
「まじかよ!?」
だけどちょっと待って。なんではけ口として呟いていただけなのに、そんな危なげな部屋に誘う訳?
思わず声が裏返ってしまったけど、まさか、仲良くしてからディープな部屋に誘うって言う手法で仲間を増やしている。ていうことかな。
リルドと共に背筋が凍りながらも、更に彼女の話に耳を傾けてみた。
「それで誘われた彼女は、『パキり仲間』と一緒に『薬の飲み合い』やら『薬物乱用』、しまいには『限界チャレンジ』みたいな事まで手を出してしまったんだよね」
「え!?」
「ちょっと待て。最後の『限界チャレンジ』は何なんだ!? まさか……!」
「続きは車の中で話すわ。ここじゃ、まずい!」
すると、彼女は突然、恐ろしい剣幕で周囲を見渡すと、私と彼の手首を強く握り、強引に駐車場にある彼女の黒い軽自動車まで連行したのだ。
え!? 最後の『限界チャレンジ』って、事務室でも言えない程、そんなにやばいものなの!?
私は困惑しながらも彼女に連れられる形で車へと連行される。だけど何だろう。手汗が握るほど怖い何かが待ち構えてる様な。そんな気がする。
「ちょ。おい! どういう事だ!? 説明しろって!」
「……」
「待って。リルド。メンコさんの様子が……」
しかし、彼女は冷酷な顔で「早く車に乗って」と私らに強く言うと、私とリルドを後部座席へ詰め、勢いよく扉を閉めたのだ。
「……さて」
彼女は運転席へ座ってシートベルトを付けると、ふぅ。と深呼吸をし、こう話を切り出したのだ。
「『限界チャレンジ』というのはね、致死量限界まで、飲んで飲みまくってハイになる。という、ある種の『自殺サークル』みたいな部屋があるんだ。そこで、『アンナ』は死んじゃったんだ」




