入社テストは思ったよりも難解でした。
*
「さて。まずはどのぐらい、インターネットに関して知っているか、テストをしてみるか」
「ええっ!?」
ゴエモンさんはそう言って席を立つと、自身の机の引き出しから、一つの黒いタブレットを取りだし、私に渡してきたのだ。
「これをまず、一から起動して、『サーフェス専用』をタップしてくれ」
「分かりました。えっと……」
なので、言われた通りに右にある電源ボタンを長押しして起動すると、アプリが沢山出てきた。
その中から『サーフェス 入社専用』と書かれたアプリをタップした。
「使い方分かってんじゃねぇぇか! 流石だなぁ! 若いのはやっぱ、物覚えが良いもんだなっ!」
「えっ!?」
すると、彼は私の向かい側のソファに座り、両腕を組みながら、かなり褒めてきたので、驚いて反応してしまった。
「そしたら、そこにあるテキストを読んで、このペンで答えを書き込んでいっておくれ。そこにはSNSに関する基礎知識の問題が書き込まれているからな。ちゃんと答えるように」
「分かり、ました」
そして、一本の黒いタッチペンを渡されたので、彼の言われた通りに、書き込んでみることにした。
それが、かなり難解だった。
最初は『150文字以内で書き込んで、気軽に投稿出来るSNSアプリは?』ていう問題ばっかりだったから、余裕で書き込めたんだ。
だけど、徐々に解き進める度に、専門的な言葉ばかりが絡む様な、難しい問題になっていく。
例えば、『ウェブサイトには、4つの階層に別れている。サーフェスとダークの他には何がある?』や、『会員制のサイトは、どこのウェブに所属するのか』『警察にバレぬ様に、裏で社会的な制裁を行う為には、絶対にしてはいけないことは何か』みたいなものだ。
他にも色々あったが、リルドさんが話していた『傲慢な人に効く、一番ダメージが当たる制裁方法』に関する事も、何故か問題に載っていて、正直驚いた。
勿論、その回答は『ディープとマリアナ』で、『ディープウェブ』『殺し。跡がつく様な行動や言動を控える事』と、一番ダメージが当たる制裁方法は、『傲慢な人は自己中なので、弱点を突いたり、それらを利用し、社会的信用を失わせる事』と書いたけど、これ、合ってるかな。
だけど、万が一、これすらも効かない『無敵な人』に遭遇した場合は、どうすればいいんだろう。
きっと、リルドさんなら、圧倒的な脅しと力でねじ伏せそう。でも、私はそんな事、出来ない。頭で分かっていても、行動にはきっと……。
「多美子ちゃん、出来たかい?」
「あ。はい。何とか、出来ました」
そして、50問以上あった問題を必死に解いた私は、そのタブレットを彼に渡すと、ふぅー。っと深呼吸をした。
「大変だったろ? お疲れ様だ! どれどれ……。ほほー。多美子ちゃん。なかなか面白いね。着眼点がリルドやメンコとはまた違う。かなり興味深いよ」
「え!?」
「まず、気になったのが、『金を返して欲しい』という依頼に対して、その時に行う手段が、まさかの『ギャンブルで倍にして返す』ていうのが、なかなかの博打だなって思ってな! がははは!」
「あは。あははは……」
それは言われたことも無かったから、身分証も無い無職の自分の立場で考えた結果、こう書いてしまった。だなんて言えない。
「それに、これもなかなか面白いな。いじめっ子に対しての対応が、まさかの『加害者を半殺しにし、SNSを使って悪行を拡散させる』とは! 子供にも容赦がないのは、なかなかに不味いが、まぁ。被害者側からしたら、これでも命があるだけ優しい方。だろうな。しかも、多美子ちゃん、普通の見た目なのに、なかなか犯罪スレスレのグレーな考え方をしているのも、実に面白いな」
「……」
それって、褒められているのか?
だけど、答えたやつはどれも全部、非現実的な回答でしかない。し、実際にそんな場面に出くわしたら、その通りに行動するなんて、出来ない。
「よし。採用だ!」
しかし、彼は笑顔でそう言うと、胸ポケットから、首にかけられる黒いストラップ付きの会員カードを渡し、こう言ってきたのだ。
「これ、多美子ちゃん専用の会員カードだ。これさえあれば、いつでもサーフェスの事務所に出入り可能だからな。だけど、決して無くすんじゃねーぞ。無くしたらこの事務所、引っ越さないといけなくなるのでな。それだけは頼むから、守っておくれよ。な?」
「え!? さささ、採用でいいんですか!?」
「おう。そして、ここでの名前は、『タミコ』でよろしくな」
「は、はぁ……」
そして、ここでも、私の名前は、一貫して『タミコ』だった。まぁ。みんなもそう呼んでくれていたから、このままの方が良いっか。
本当はリルドさんや、メンコさんみたいに、可愛いくてかっこいいコードネームが付いたら良いのにな。て内心思っているのは、言わないでおこう。
「本当はもっといい名前もあったけど、あのみんなの打ち解け具合を見るとな、どーも急に名前を変えても大変だろうと思ってな。敢えてそのままにしといたぞ」
「はい! えっと、色々と、ありがとうございます!」
「あ。それと、この鍵もついでに渡しておこう。実は、タミコの部屋も用意してあるんだな」
「ええっ!?」
すると、再び彼の胸ポケットから、『タミコの部屋』と書かれたタグ付きのルームキーを取り出し、私に渡してきたのだ。
まさか、部屋まで用意していたなんて。かなり驚いたけど、どんな感じだろうか。部屋と言うから、きっと、そこまで大きくはないだろうし、地下に建てられているから、トレーニングルームよりは小さいだろう。
「あぁ。暫くはここで寝泊まりした方が安心だろう。ここに来る道中、殺し屋に狙われてた。ってリルドがライムで言っていたからなぁ」
「確かに……」
そういえば、部屋にも盗聴器が付けられていたんだっけ。電源アダプターがあって、それをリルドが、空彼方へと投げていたのを思い出した。
「とりあえず、最初の3ヶ月は研修だと思って、トレーニングルームもVRマシーンも、自由に使っていいからな。その間の家賃もこっちで払ってやる」
「ありがとう、ございます!」
「ちなみに3ヶ月の間に依頼が来たら、報酬もちゃんと出すから安心しろ。十分な飯ぐらい買える程の給料は渡してやる」
「ええっ。えっと、何から何まで。その。本当に、ありがとう、ございます」
「ふっ。君みたいな裏も表も無い、純粋そうなヤツ、久々に見たなぁ。がははは!」
「は、はぁ……」
「では、これで面接兼、入社テストは終了だ。部屋に戻ってゆっくり休むのもよし、トレーニングルームで鍛えるのもよし。好きにしてもいいぞ。但し、事務所から出る際は、ワシに一言言っておくれ。いいな?」
「はい。わかり、ました」
こうして、私は裏組織『サーフェス』の従業員(研修生)となった訳だが、この先一体どうなるのだろうか。
私は不安を抱えながらも、シークレットルームから出て、VRルームを抜けた先の突き当たりのドアに鍵を通した。
ここがどうやら私の部屋らしく、好きにしていい。との事だ。
「えっ!?」
しかし、部屋の中はとても綺麗で、ベットと机やテーブルが付いていた。それに、トイレ、シャワーはユニットバスみたいにくっついていて、まるでマンションのワンルームみたいな造りで、床も天井も綺麗だ。オマケにシャンプーやコンディショナーまでも付いていて、当分部屋に籠っても大丈夫そう。
「すっごい綺麗。ホコリひとつもない。でも、なんで!?」
「おっ! タミコちゃん。採用おめでとう!」
「うわぁぁ! えっ!? もしかして、その格好……」
すると、背後から脅かす形でメンコさんがニコニコと笑いながら祝福してくれたのだ。
その姿は青いTシャツで、黒デニムの短パン。少し長めの黒い靴下に、靴は白いスニーカーで、軽くトレーニングしに来たのだろうか。髪の毛は何故かショートカットで、派手めなオレンジ色をしている。
「あはは~! 驚かしちゃってごめんねぇ~!これがさっき言ってた、本当の格好なんだ! ビックリさせるつもりは全くなかったんだけど、あれは依頼でちょっと変装していた訳よ」
「メンコさんでしたか。なるほど……」
だけど、顔はすっぴんだろうか。クリクリとした二重に、猫のような顔つきで、モデルさんみたいにスタイルは良いしで、やっぱり美人さんだ。バサついた茶髪のロングヘアに、上下黒ジャージの干物みたいな私とは、なかなかに縁遠い様な存在に見える。
「それと、実はこれ、アタシとリルドが綺麗にしたんだよ~」
「ええっ! そそそ、そうなんですか!?」
「そうだよ~。タミコちゃん、きっと採用だろうなぁ。て思ってたからさ」
「そう、なんですね」
「ま。こっちは、ゴエモンさんからの罰ゲームをちゃんとした後に、掃除したから安心してねっ!」
「は、はい!」
だけど、何だかとても嬉しかった。
こんな思いをするの、久しぶりかもしれない。前だったら、こんな風に温かく迎えられていた事なんて、無かったのにな。
「あ。それじゃ、もう遅いから、また明日! おやすみ! またね! 任務で一緒になった時はがんばろーねっ!」
「は、はい!」
そして、メンコさんは、嵐の様に一方的に話しては、嵐の様に去って行ったのだった。
なんだか、今日一日、疲れたなぁ。
部屋の扉を閉めて、そのままシャワーへ向かおうとした時だった。
「……おい」
「ええっ!? りりり、リルドさん!?」
「さん付けは要らねぇ。年が近いみたいだから、フツーにリルドでいい」
「あ。うん……」
背後から声を掛けられたので、振り返ったら、相変わらず灰色のパーカーで、フードを深く被った彼が、部屋の玄関口で突っ立っていた。右手には、沢山の飲み物や、食べ物が入ったレジ袋を持っている。
「あ。採用、おめでとう。これ、近くのコンビニで買ってきたから、後で食いな。飯、食ってねーだろ?」
すると、どこから買ってきたであろう、食べ物やら飲み物が沢山入ったレジ袋を、私に渡してきのだ。
「え!? でもこんなに……」
「そこに、小さい冷蔵庫があるから、食いきれなかったら、そのまんま突っ込んでおけばいいさ。腹が減った時の足しにでもしておくれ」
「う、うん。ありがとう」
「じゃあ。またな」
そう言って、彼は部屋から颯爽と去っていったのであった。
パンパンに詰め込まれたレジ袋の中身は、肉まんからコンビニ弁当。菓子パンやら惣菜パン、500mlペットボトル容器に入った甘い飲み物やお茶等。あらゆるものが沢山入っていたのだ。
このご時世、レジ袋は有料だから勿体なかったのでは。だけど、こんなに多くの食べ物を買ってきてくれるなんて、何だか嬉しかった。
なので、私は第一に、出来たてホヤホヤの肉まんを手にし、500mlのお茶を取り出すと、残りはミニ冷蔵庫へと突っ込んだ。
そして、これで、私の波乱な一日が終わったのだ。部屋に備え付けられていた時計を見ると、いつの間にか夕方近くになっていた。
午後3時頃。もう12時間も経っていたのか。リルドに会ったのが夜中の3時頃だとすると、ほぼ半日寝ないで、ここまで来てしまったのだ。
「うっ。眠たい……」
そのせいか、時間はまだ夕方なのに、睡魔の方が先に来ていた。
「だけど、今日はシャワー浴びたら、もう寝ようかな……」
なので、服を脱いで温かいお湯で、ガッツリとシャワーを浴びると、バサついた髪も何とか潤いを取り戻していた。
そういえば、何日シャワーを浴びてなかったんだろう。述べ、5日ぶりかもしれない。
「あ。あぁぁぁ!」
それを考えてたら、色々と不味い事をしたと悟った私は、思わず頭を抱えて叫んでしまった。
臭い体で、あの体格のいいリルドにお姫様抱っこされていたかと思うと、かなり恥ずかし過ぎて、逆に申し訳ない!
それに、今更、風呂キャンセル界隈だなんて言えないし、あの臭い体で面接もしていたと思うと、ゴエモンさんにも申し訳ないし。メンコさんも、臭かっただろうに……。色々と詰んだのかもしれない。
「せめて、『Tor』で調べる前にシャワー、浴びておけば良かったなぁ。はぁぁぁ」
だけど、殺される前に、シャワーを浴びれば良かった。と言った遺言を残さなくて良かったのが、不幸中の幸い。かな。
とにかく前向きに考えねば……。と思っていた所に、ドアを軽く叩く音がしたのだ。
「今度は誰だろう」
私はボソッと言うと、扉を開けて音の正体を見ると、笑顔でこちらに微笑むグソクさんがいた。
「あれ? グソクさん?」
「採用、おめでとうだよ! タミコ氏! 突然押しかけてごめんねだよー!」
「いえ。大丈夫ですが……」
すると、彼は前置きに「少しお願いがあってねー」と言うと、私にこう言ってきたのだ。
「実は明日から、研修として、ひと仕事、頼みたいことがあるんだけど、大丈夫かな?」
これで序章は終わりです。
次回から、本格的に話が進みます。
何卒よろしくお願い致します。