飲んだ薬の副作用が、思ったよりも強烈でした。
「うそ……」
「やっぱり……」
「……」
私達は唖然と立ち尽くす中、ギンコさんは冷静に冷蔵庫の中を物色し始めたのだ。
まさか、あの、龍樹君が『ネクター』に手を出していたとは。
だけど、入手ルーツはどこから?
ドラッグストアにも売っているだろうけど、買うにしても、今は購入制限がされているはずだ。こんな大量に購入し、しまえるわけが無い。
そういえば、近年、『ネクター』みたいな鎮痛剤や風邪薬を、ラムネ感覚で食べてハイにさせる『パキり』行為が流行っていて、『パキりルーム』みたいな物が存在する。と、グソクさんが言っていた様な。
更に周囲を見渡すと、机に彼のスマートフォンらしき、機器が置かれていたのだ。
「もしかして……」
すると、真生くんが慣れた手つきで、パスワードを解除すると、メニュー画面を凝視し始めたのだ。
「何か、あるの?」
彼はコクリと首を縦にふると、あるアプリを私に見せてきたのだ。
「これって!?」
まさかの『ドラックルームスープ』と書かれたアプリが見つかったのだ。
「これ、スマホも一旦、持って帰ろう」
「そうですね。シイラさんやドクター越智にも確認しなきゃだし……」
「そうですね。それと、私の方も、『ネクター』の回収終えましたよっ!」
「なら、用はいいかな……」
と言いかけた時だった。
「うっ!」
「タミコさん!?」
何故か、突然吐き気が酷くなってきたのだ。
まずい。吐かないと……。あ。ゴミ箱!
すると、近くに黒くて大きなゴミ箱を見つけたので、吐こうと向かったら、恐ろしい物を見てしまったのだ。
「これ……」
怖さのあまり、顔面蒼白になりながらも、ゴミ箱をひっくり返してみると……。
そこには空になったエナドリと空箱になったネクターが、何箱か出てきたのだ。
「ええっ!?」
「アイツ……、どんだけ摂取したんだ!? 致死量、軽く超えてるじゃないか!」
「はぁ……、はぁ……」
「でも、タミコさんが危ない! 早くこれを!」
だけど、真生くんが咄嗟にウェストポーチから黒いビニール袋を取りだし、私に差し出してくれたのだ。
「ありが、とう……」
平衡感覚がおかしくなる中、私は言われるがまま、黒いビニール袋に吐き出すと、ガッツリ縛って心を落ち着かせた。
思った以上に、副作用がキツイぞこれ。
でも、これ以外の薬は軽い。とわかっただけでも、大丈夫かな。
だけど、この時、私の中では、一つの疑問が生まれていた。
「でも、真生くんはなんで、そんなに副作用、起きないの?」
「え? ぼくですか?」
そう。同じ『オルフェウス』を『一錠』飲んだだけなのに、こんなにも耐性が違うのには驚いたんだ。
「それは、前にも言いましたが、『一日一錠』、それぞれ『一種類』ずつ試していたので、ある程度耐性を付けていたんです」
「そうだった……」
それなら納得だ。
そう思いながら私は、冴えた感覚のまま、気を落ち着かせようとしたが、なんだコレ。
変な声まで聞こえてきたのだ。風が吹いているだけなのに、まるで『いっき!』『いっき!』と言われているみたいで……。
「タミコさん! 危ないっ!」
「……え?」
ふと、立とうとしたら、ふらついて扉の取っての方に倒れ……
「タミコちゃん!」
「……はっ!」
すると、背後には一階にいたはずのメンコさんが、即座に倒れる私を受け止める形で支えてくれたのだ。
「大丈夫!? さっき、凄い叫び声が聞こえてきたから、何があったかと思って来たけど……。て……」
だけど、彼女は床にちらばった大量の空の箱とエナドリの缶が目に入ったらしく、血の気が引いた様な顔になっていた。
「もしかして、これ、龍樹君が全部……?」
私は軽く、うん。と頷いたが、先程よりはだいぶ、副作用の影響が少なくなっている気がする。確かにこれは、ネクターと併用しないと危ない奴だ。
「ありがとう。一旦ゴエモンさんにも報告しなきゃだね。タミコちゃんもこんな状態だし」
「でも……、ごめんなさい。メンコさん。ぼく……」
「ん?」
「オルフェウスを、タミコさんに、勧めてしまって……」
「えっ!? 勧めたってどう言う!?」
しかし、彼は震えた声でメンコさんに本当にことを言ったみたいで、彼女は怖い顔で彼に詰め寄ろうとしていた。
「待って、メンコさん……、私は、大丈夫」
「タミコちゃん!?」
「あわわ。タミコさん……」
ギンコさんも心配して見守る中、私はふらつく体で立とうとしながらも、彼女にこう言ったのだ。
「私も飲んでみて、どのぐらい、副作用が強いか、確かめたかったんだ」
「そう……」
「これ、思ったより強いけど、それ以外は『安心して飲める』から、大丈夫」
「……」
「私はその、メンコさんの親友みたいに、死なないから。それに、こんな事で死にたくないし。ね」
「……あんた、いつの間に強くなっちゃって、もぉー!」
「ええっ!?」
すると、彼女は思いっきり私を抱きしめ、泣きながらこう言ってくれたのだ。
「もう。リルドも心配してるんだから、そう早く突っ走らないでね!」
「メンコさん……」
「それと、真生くん」
「はい……」
「これで、分かったでしょ? 副作用は『個人差』があるから、自分は大丈夫。と思っても、相手にとってはかなりリスクがデカイのよ」
「……」
「だから、向こうが勧めてくる以外は、安易に自分から勧めないこと。わかった?」
「……はい。ごめんなさい」
「さて。帰りましょっ! これで私の方も、オルフェウスの改良が必要と判明したのでね」
「ギンコさん……」
「えぇ。改良も兼ねてやっておきますので、今度使う際は、『副作用』は最低限に抑えられていると思いますっ!」
「そっかぁ……」
こうして、私達は無事、龍樹君を救出し、教育ママから引き離す事に成功したのだった。
ちなみに、あれから私は、メンコさんにおぶられ、玄関から出ると、教育ママは何故かぶっ倒れていた。恐らくメンコさんが何かしたのだろう。でも、今はこの副作用が消えるのを待つしか……。
『いっき! いっき! いっき! いっき!』
ふと、耳元から囁くように、複数の人の声が聞こえてきたのだ。しかも、男女共に。大勢で。
「ひぃっ!」
「タミコちゃん!?」
「だい、丈夫。うん……」
そのせいか、思わず怯えた声を出してしまったが、彼女の声によって、何とか理性を取り戻した。幻覚というより、これ、『幻聴』だ。
「すみません。ギンコさん」
「はい。なんでしょう!」
「この、オルフェウスって、もしかして、『幻聴』が副作用として、強めに出る感じですか?」
「はぁ! そうですね。確かに他の二種類よりは幻聴が強く出る感じです」
「それで……」
納得した私は、その後、メンコさんの車に乗せられ、ギンコさんを膝を枕にして、深い眠りについてしまったのだ。
「ごめんなさい……。ごめんなさい……。ぼくのせいで……、タミコさんがまた……」
「何言ってんのよ。タミコちゃんは生きてるんだから、大丈夫。メソメソ泣くんでないよ!」
「うぅ……」
真生くんはというと、助手席でわんわん泣きながらも、メンコさんから叱咤されていたけど、その怒りは優しさも兼ねた怒りにも聞こえたのだ。
ちなみに、膝枕してもらっているギンコさんはと言うと、
「今の状態だと確かに、副作用が効き過ぎてしまっている。という事は、ネクターを少量と、オルフェウスを混ぜてみたら、副作用は落ち着くだろうか。だけど、まだ改良の余地があるのは本当だ。ひとまず、課題は見えてきたから、ミクラ姉さんやエボシ姉さんにも意見を仰いでみなくては……」
と、呪文を唱えるかのように、研究用語満載な台詞を言っていたが、私にとってはそれが子守唄に聞こえて……。
「着いたよー」
「はっ!」
起きた時には既に、サーフェス近くの駐車場に着いていたのだ。
「あれ!? 真生くんとギンコさんは?」
「もう、ラボに送ったよー」
「そっかぁ……」
私、知らない間に深く眠ってしまったんだ。
それと同時に、やっと、自分の居場所に帰った。という安心感が強いのもあるし、副作用も先程より、かなり落ち着いてきている。
「ま。ついでにシイラには、ラボに戻ってすぐに説教しといたけどね! ちゃんと相棒を躾とけ! て……」
「あはは……」
流石に今回だけはメンコさん、容赦ないなぁ。でも、当たり前か。現に死人が出ている案件でもあるから……。
「それと、龍樹君は今、病院で入院中だからね」
「そう、ですか」
「何とか命に別状は無かったけど、あと一歩遅かったら、死んでたって……」
「えぇ……」
確かにあの量は異常だった様な。
未だに思い出す、10本以上あったであろう、エナドリの缶と3箱程空になったネクターが脳裏にこびりついている。
そういえば、私も昔、似たような事があった気が……。
「それと、ほら! 待ってるよ」
「え!? 誰がですか!?」
すると、ニヤニヤと笑うメンコさんが、後部座席の窓側を指さすと……
「……おい」
「リルド!?」
思わず窓を開けると、開口一番、呆れた口調でこういってきたのだ。
「ったく。メンコから全部聞いたぞ」
「あっ……」
「どんだけ身を削れば気が済むんだ。バカタレが!」
「いたっ!」
しかも、頭にチョップをかましてくるお仕置付きで。
「かなり心配したぞ。メンコさん」
「はいよ」
「先にゴエモンさんに報告してくんねーか?」
「りょーかい! 邪魔者はここで一旦退散するね~」
「あっ! ちょっと! メンコさぁぁーん!」
そして、メンコさんは不敵な笑みを浮かべながら、彼に車の鍵を渡すと、そそくさとその場から去ってしまったのだ。
「はぁ。もう……」
「さて。事務室に帰るぞ」
「え!?」
「ほら。鍵閉めるから。立てるか?」
「多分……。て、あれ?」
しかし、思ったより副作用が強かったみたいで、車から降りようとした時、何故か足元がふらついてしまったのだ。
「ったく……」
だけど、彼は慣れた手つきで私をほいっ。とお姫様抱っこをすると、車の鍵もボタンを押して器用にロックし、そのまま歩いていたのだ。
「えっ!?」
まるで初めて会った時の様な状態で、思わず思考回路がショートしそうになったけど、何だろう。彼の心音までも、鮮明に聞こえてしまっている。
「えっと、あの……」
「……どした?」
「なんか、その……」
何だか可笑しいな。妙に体が熱く感じるんだけど、熱があるのかな。いや。まさか、オルフェウスの『感覚強化』が、ここでも発揮してる感じ!?
まるで、お酒に酔ってる様な、そんな感覚なんだけど、ちょっと待って。
彼が私を抱える下の方で、器用にボタンを操作していると、服によって擦れた感覚が、私の体を襲ってくるんだけど!
あ。そういえば、この時の私の服装、エメラルドのワンピースだった。
「お前、まさか熱あんのか?」
「いや。無いと、思うんだけど……」
「それにしても顔赤いな。大丈夫か?」
「うん。そのぉ」
おまけに何なんだろう。いつも通りの私ではない気がする。彼が発する低い声だけで、妙に蕩けてしまうんだけど……。
「ったく。部屋に帰るまでの間、寝とけ」
「えっ!? どこでぇ!?」
「ったく。サーフェスに着くまで寝てろ。わかったか?」
「ふ、ふぁ~い」
「はぁ……」
でも、彼もかなり焦っているみたい。
心音がいつも以上にバクバクと聞こえてきていて、このまま……。
「……は!?」
そのせいか、私は酔った勢いで、思わず彼の肌白い首筋に、キスをしてしまったのだ。
「えへへぇ……」
「……ったく。覚えとけよ」
何故か、呆れ気味だけど優しい声だけは聞こえていたが、私はその後、深い眠りについてしまったのだった。
*
「……んんっ。んんん!?」
かなり寝てしまったかな。寝ぼけ眼で目を擦り、起きると何故か、私の部屋ではなく、リルドの部屋のベットにいたのだ。
どういう事!?
驚いた私は、慌てて身なりを確認したが、ワンピースは着たままだ。良かった……、のか?
いや。でも変だなぁ。
妙に、首筋が痒い気が。
なので、近くにあった壁掛けの鏡へ行くと……。
「ぇ、ぇええええ!?」
何故か、私の首筋には、無数のキスマークが付けられていたのだった。
ちょっと待って。何が起きてる訳?
まさかあの時、私が彼の首筋に……
「……よぉ。起きたか」
「ぅわぁあ!?」
すると、背後で声がしたので、咄嗟に振り向くと、リルドが上半身裸で、下は黒いジーンズ、首筋には沢山のキスマークが付いた状態で、声をかけてきたのだ。
「んだよ。そんなに驚かなくても……」
「いや。だって! その、首筋……」
「ちと、シャワー浴びてきただけだ。そんなに焦んなよ」
「うぅ。だって……」
私は恥ずかしさのあまり、思わず顔を両手で隠していたが、あぁ。どうしよう。初めて上半身裸の姿を見るんだけど、彫刻みたいで綺麗過ぎて、直視できない!
「えっとごめん。ドーピング薬の影響でその……」
「みたいだな。まさか『感覚強化』の方を飲むだなんてな!」
「うっ!」
しかも、はい。ドーピング薬使ったの、彼にもバレてました。恐らくメンコさんから聞いたのであろう。
「ったく。でも安心しろ」
「え?」
「キスマークを付けただけで、他は『ヤッて』ねーから」
「え……は、はぇええ!?」
それに、彼は彼でからかいながらも言ってきたので、驚きのあまり、変な声を出してしまったのだ。
「ちょっと待ってって……。もぅ」
この時の私はもう、恥ずかしさが勝ってしまったせいか、部屋にあるベットの布団に体全体を埋めてしまったのだった。




