優等生の家に着くと、恐ろしい事が発覚しました。
*
私達は、急いでラボから駐車場へ向かうが、周囲は既に夜になっていた。
ハンドバックからスマホを取り出し、時間を確認したら、夜の8時半。恐らく例の教育ママは、龍樹の苦悩も知らず、優雅に夕食を作っているのだろう。
「タミコちゃん、ギンコ」
「はい」
「はいいっ!」
「さっき、シイラと話してたけど、今回はアタシ、彼と一緒に教育ママの、足止めをするね」
「はい」
「だから、その間、タミコちゃんとギンコは、真生くんと共に、裏口から入って、彼を助けて欲しいんだ」
「なるほど……」
私は相槌を打ちながらも、ギンコさんと共に、彼女が運転する黒い軽自動車の後部座席に乗り込むと、早速バックの中身を確認した。
今持っているのは、ユニコーンの角みたいな形をした、タクティカルスティックと、小型のスタンガン。
前回のキルマイフレンド騒動の時は、この小型のスタンガンに助けられたなぁ。
それと。このハンドバッグ、肩にかけられるショルダーにもなるらしく、両手を自由にするために、運転に揺られながらも、紐の長さを調整していた。
「そんで、私は、彼が『中毒』に陥った原因と、ネクターがあれば、それの回収。と」
「そだねー。だから、頼んだよ」
「は、はぃぃ!」
ギンコさんは相変わらずの勢いある返事をした後、「えっと、ネクターが無くてもオルフェウスの効果を発揮するには……」とブツブツ独り言を発していた。
「えっと、メンコさん」
「ん?」
「夜だから、あまり声出さない方が良いかも。ですよね?」
「あー。そうだね。だから、他の任務よりは少し難易度高めだけど、キルマイ騒動の時も夜だったから大丈夫でしょ!」
「まぁ。そーですけど……」
あの時は何故か信者が誰もいなかったから、上手くいっただけであって、もし誰かいたら確実に詰みますって。
しかも、今回はぶっ倒れてる龍樹君を車に運ばなきゃだから……。でも、変だなぁ。
「だけど、今回は何で、救急車を呼んじゃダメなんですかね?」
ふと、気になった私は運転する彼女に聞いてみた。
「それは確かに気になりましたね。カンナさんも気にせずに、救急へ通報すれば安全なはずですが……」
しかも、ギンコさんも同じ事を思っていたらしく、考える仕草をしながら不思議そうに言っていた。
「あー。二人とも、それに関してはね、シイラがこう言ってたんだよね」
「なんて?」
すると、彼女も苦虫を噛んだような苦い表情をしながら、ため息混じりにこう言ったのだ。
「確か、『あのババー、前に救急車を呼んだら、更にめんどくさい事になったから嫌』なんだと」
「めんどくさい事?」
「うん。実は前回も、龍樹君がぶっ倒れてしまって、救急車を呼んだみたいなんだ」
「うん。え?」
ちょっと待って。前回も龍樹君、倒れたの?
まさかの話に驚いてしまった私は、更に彼女の話を聞くことにした。
「そしたら、近所の人に広がって、その教育ママ、虐待したと思われて、白い目で見られたらしいのよ」
「ありゃぁ……」
「しかも、その、トラブルがあった時に、カンナちゃんが家の中にいて、龍樹君を看病してたんだけど、その教育ママ、何故かカンナちゃんに手を挙げたみたいなんだ」
『うわぁ……』
それで、電話口であんなに怖がっていたんだ。カンナちゃん。
だけど、彼女はただ看病していただけなのに、何でわざわざ手を挙げたんだろうか。あまりにも理不尽すぎる話に、私とギンコさんは思わず引いてしまったのだ。
「さて。着いたけど……」
すると、二階建ての大きな家の近くに、白い乗用車が停められていたのだ。見るからに高そうだ。運転席を見ると、シイラさんが周囲を見渡しながら人差し指で合図を送っていた。
「ここに停めろって事ね」
そして、メンコさんが家とは少し離れた所に車を停めると、私とギンコさんは降り、周囲を見渡してみた。
目の前には、深緑色の生け垣が、ぐるっと家の周囲を囲んでいる。
「お。ここならいけそう」
だけど幸い、一箇所だけ人が入れる程の隙間があったため、私とギンコさんは草まみれになりながらも通り抜ける事にした。
「あれかな。あそこだけ明るいね」
「ほんとだ」
すると、懐中電灯のライトが、私に向かって、チカチカと光らせていたのだ。
「この光を辿ればいいのかな」
暗闇の中、光を辿ると、微笑みながら手を振る、白衣姿の彼が見えたのだ。
「あっ! タミコさん!」
「真生くん!?」
「しーっ!」
「あ。ごめん……」
しかし、彼に人差し指で「静かにして」と合図されたので、咄嗟に小声で謝った。
「実は既に、シイラさんとメンコ姉さんが、玄関で足止めをして貰ってます」
「……」
「なので、ぼくは前回使った方法で、彼を助けます。ですが……」
「うん」
そう言うと、彼は腰に着いてるウェストポーチから、アイマスクを取り出すと、私に渡してこう言ったのだ。
「彼に見られないよう、これを着用させてください」
「なるほど」
確かにその方が、お互いに安心するだろう。と思ったが、まぁ、いいか。邪推はよそう。
「前回の方法って?」
「それはですね……」
すると、彼は慣れた手つきで、近くにあった物置から、折りたたまれたハシゴを取り出し、器用に伸ばすと、かなりの長さになっていた。
「おぉ……」
どうやら、屋根施行用のハシゴみたいで、登るとしたら。かなり怖そうな。
でも、どうやって龍樹君を外に出すんだ?
これだったら行きは良いけど、帰りが危険過ぎる。それに、体重次第で危険度はさらに増してしまうだろうし。
「さて、と」
しかし、彼は何食わぬ顔でポーチから黄色い薬を取り出すと、躊躇いなく一錠、口に放り投げて飲んでいたのだ。
「え!? 今何飲んだの?」
「タミコさん。今飲んだのは、『オルフェウス』です」
「確か……」
感覚をはね上げる薬だっけ。ギンコさんが熱弁していたような。
「試しに、飲んでみますか?」
「うぇぇ!?」
「一錠だけなら、大した副作用はないですよ。その辺は、ぼくが保証しますんで」
「は、はぁ……」
しかし、まさか真生くんから薬を勧められると思ってなくて、思わず手に取ってしまったが、これって確か、一番『副作用』が強いんじゃなかったっけ?
いきなり強めの薬を勧めてくる彼が怖く感じたが、その反面、興味もあったのは事実だ。
一錠飲んだら、どのぐらいの感覚が、上がるのだろうか。と。
「あ。それでしたら、これも良かったら!」
「え!?」
すると、ギンコさんが何故か包装シートに包まれたままの『アスカロン』を取り出し、私に差し出してきたのだ。しかも一錠。
「本来でしたら、ネクターが必須なのですが、一錠だけでしたら、オルフェウスと併用しても平気なんですよ」
「えっ。つまり……」
筋肉増強と感覚強化の二つを摂取できる。ということか。
「ですが、軽い『幻覚作用がある』と聞いたので……」
「それなら大丈夫だよ~! あっ! 鍵が呼んでるぅ!」
すると、先程オルフェウスを飲んだ真生くんが、満面の笑みで言うと、軽やかにハシゴを使い、二階の龍樹君の部屋の窓まで昇っていたのだ。
「ぇぇぇえ……」
あまりにも颯爽とやるものだから、驚いて空いた口が塞がらなかったが、副作用、なかなか強くないか?
「うん。聞こえてくる。いいね!」
そして、彼は笑顔でウェストポーチから、二本の針金を取り出すと、器用に鍵を開け始めたのだ。
「まじかぁ……」
私は二つの薬(片方は丸裸)を右手の平に置いて呆然としていたが、飲むべきだろうか、否か、悩んでいた。
でも、待てよ。私は丸裸になっている『オルフェウス』を飲んで、シートに包まれている『アスカロン』を、ある人に飲ませれば……!
「ギンコさん」
「ん?」
「ここで、被検体を増やす事になりそうですが、よろしいでしょうか?」
「お? その被検体さんには、なにを飲ませるつもりなんですぅ?」
すると、彼女は目をキラキラさせながら聞いてきたので、敢えて名前は出さず、こう提案したのだ。
「一番、副作用が少なめの『アスカロン』ですね」
「ほー。飲ませる理由としては?」
「それは、ぶっ倒れている彼をおぶって下まで降ろすのは危険すぎるので、『アスカロン』で身体強化させれば、少しリスクは減るかな。と」
「良い使い方ですね。タミコさんが一緒で私も安心しましたっ!」
「ほぉ……」
――ガチャッ。ガラガラ……
話しているうちに、真生くんの方も終わったみたいで、二階の窓が開いたのだ。
「行きましょう!」
「えぇ!」
そして、私は『オルフェウス』を口にして飲むと、アスカロンは、ショルダーにした茶色いバックの中にしまい、ハシゴを登ったのだった。
「よし。って……」
「うわぁ。タミコさぁぁぁん!」
「カンナちゃん!? はっ!」
部屋に着いたが、カンナちゃんは私を見るや、泣きじゃくるように私の胸に飛び込んできたのだ。
「龍樹君は?」
「ここに……」
「……え?」
しかし、震える彼女が指を指した先には、横に倒れて動かなくなった彼がいたのだ。
「大丈夫? ちょっと! 龍樹君!」
「……」
声をかけても反応が無い。
手首を触ってみても、微かに脈があるぐらい。心音は幸いはっきりと聞こえているが、バクバクと動いている様だ。
だけど、急に起きて暴れられても困るので、ひとまず、真生くんから渡されたアイマスクを彼の目元へかけることにした。
これで一応は、大丈夫かな。
あと、オルフェウスを飲んだことにより、周辺の音がクリアに聞こえてくる様になったのだ。
確かにこの薬はピッキングとか、探知する人向けだ。その反面、酔ってる様な感覚にもなり、立つ足が少し覚束なくなる。これが副作用が強い故に。かな。
おまけに玄関の方かな。シイラさんやメンコさんが、教育ママを、口調のみで足止めしている声まで聞こえてくる。
「そーいやさシイラ」
「どーしました?」
「あのババー、いくらで売れるの?」
「ぅええ!? メンコさん。リルドみたいなこと言うね。驚いたよ~」
「ひ、ひぃぃぃいい……」
って、おいおいおいおい。ちょっと待って。何で物騒な言葉が出てきてるんだ。
対峙している教育ママさん、めちゃくちゃ怯えた声を出してるじゃないか。まぁ。私からは歪んだ声で聞こえてくるが。
「あー。単純に気になったからねー。例えば血液は幾ら? とか」
「んー。年齢からして、廃棄かな。だって、このババー、病気持ってそーだもん。頭の」
「ぃやぁぁぁああ!」
ありゃぁ。シイラさんの発言が、教育ママさんの精神にクリティカルヒットしてしまった様で、情緒が可笑しくなっていた。
という事で、ご愁傷さまです。
だけど、これ以上聞いていたら、副作用で吐き気が催しそうなので、一旦龍樹君の方へ意識を向けることにした。
「タミコさん。ごめんなさい。わたし……」
「大丈夫。それとね、カンナちゃんにしか出来ない仕事をお願いしたいんだ」
「え? わたしにしか出来ない、お仕事?」
「うん」
そして、私は一か八かかけて、バックから『アスカロン』を取り出すと、彼女に渡すことにしたのだ。
「これって?」
「カラマリアの『Venom』っていう所にいる三姉妹のお姉さん達が、作ったお薬なんだ」
「すごっ!」
「これを飲むと、力がめちゃくちゃ強くなって、龍樹君ぐらいなら、軽々とおぶれるようになるのよ」
「なるほど……。飲んでみる!」
すると、受け取った彼女は、即座に包装シートに包まれたアスカロンを押して取り出し、一錠、勢いよく飲んだのだ。
「実は、この薬の存在、知ってたんだよね」
「うそっ!?」
「うん。お兄ちゃんが副作用の事まで話してたから」
「なるほど……」
それですんなりと飲んでいたのか。
だけど、副作用も低いと言いながらも、勢いで飲めるのは凄いっていうか、度胸がある。というか。
流石、その辺はお兄ちゃんのシイラさんみたいで、かっこいいな。
「それじゃあ、私はこの『アホ生徒会長』をおぶって下に降りるね」
「うん」
「よし。早速おぶってみるけど……、おっ! 腕に力を入れて……、何これっ! めっちゃ軽っ! わたし力持ちになったみたい!」
「あはは……。えっと一応、シイラさんに伝えておくね」
「それは、わたしから伝えるから大丈夫!」
「え?」
そして、彼女はふぅ。と深呼吸をすると、私に向かってこう言ってきたのだ。
「タミコさんには、この、アホ龍樹が何でこうなったのか。その原因を、見つけてきて欲しいの」
「なるほど……」
「わたし、龍樹がこんなになるまで、追い詰めちゃったのかな。て。かなり不安だったから……」
「それは無いって。大丈夫。カンナちゃんは頑張ってる! ねっ!」
「ぅうう……」
だけど、彼女はボロボロと泣きながら話していたので、私なりに一生懸命励ました。
もしかしたら、私もあの時、彼の異変に、気がついていれば……。
「それとね。鰒川君」
「……んえ? ぼくのこと呼んだ?」
「うん。窓を開けて、助けてくれて、ありがとう」
「……あ。別に。気にしないで下さい」
「鰒川君?」
それと、真生くんもまた、深呼吸をすると、覚悟を決めた様な表情で、彼女にこう告げたのだ。
「ぼくはもう、カンナさんとも、『住む世界』が違うので」
『……』
「だから、ぼくの代わりに、楽しく学校生活を送ってくれれば、あとは何も要らないです」
「真生くん……」
「先に行って、シイラさんの車に乗って、待ってて下さい」
彼は笑顔で車のキーをカンナちゃんに渡すと、再び部屋を調べ始めていた。
「分かった。ありがとう!」
そして、彼女はお礼を言うと、彼をおぶって窓から外に出たのだった。
*
真生くんと共に、感覚が研ぎ澄まされる中、龍樹君の部屋を隈なく探していると、彼がある物を見つけたと言ってきたのだ。
ちなみに1階にいるであろう、教育ママの声が聞こえてこない。あまりのうるささに、メンコさんが気絶させたのだろう。
「やっぱり……! ギンコさん!」
「お? 何かありましたか!?」
すると、彼は何かを見つけたらしく、勉強机の下に隠されていた小さな冷蔵庫を見つけたのだ。
ちょっと待って。こんなのどこにあった訳!?
私は驚いた顔をしていたが、まさかそんなところに、ミニ冷蔵庫を隠すとは思ってないし、カンナちゃんが見たら、驚いていただろうに。
「とりあえず、中身、開けてみよっか」
「うん。なんだか嫌な予感しかしないんだけど」
「これは、かなりやばそうな雰囲気ですな!」
なので、恐る恐る開けてみると……
――ガラガラガラガラガラガラ
『はぁ!?』
中には、尋常ではない程の量のエナジードリンクと、扉側の棚には『ネクター』が何箱かささっていたのだ。




