思ったよりも危ない展開になりました。
「シイラさん!?」
『わぁぁ!? 上司っ!』
私と三姉妹は思わず驚いた声を出してしまったが、シイラさん、上司って言われているのか。
「やぁ! タミコちゃん。それと、メンコさんお久しぶりです」
「おー。久しぶりだね。シイラ。元気にしてたか?」
「えぇ。おかげさまで」
扉越しから現れた彼は、上は白衣で、中はTシャツ。下は黒いスラックスの姿でやってきたのだ。傍から見たら医者みたいな格好だけど、よく見たら……ん? 真生くんと、お揃い!?
「それと……、真生?」
「ん? なーにぃ? シイラぁ!」
「ちゃんと、お利口さんにしてたかな?」
「うん! ちゃんとお客さんの案内もしたよ~」
「それと、まさか『ドーピング薬』試したこと、言っちゃったぁ?」
「あ。えへへ……。ごめんなさぁい。つい、言っちゃいましたぁ」
「ったく……」
「……え!?」
しかも、彼は彼で、普段見せないような、朗らかな笑顔で接しているし。何なんだろう、あそこだけ空気が全然違う。
うん。何故か薔薇が咲き乱れているのよ。おかしいなぁ。この控え室には『薔薇』なんてないのに。
「はぁ~。創造神様」
「何でしょー? エボシ」
「是非、妾の上司と真生くんの薔薇本を生み出し、こちらへ献上する事は可能かしら?」
「なるほどー。お任せあれ。ついでにミクラとギンコの好みに合わせた、薔薇本も用意しとくね!」
「わぁ~い! これでミクラ達のもちべも、ばく上がりだぁ~!」
「おおおっ! このシーンを見ただけでも、もう、私達の心も充分満たされるのに、更に薔薇本にするとはっ! それを聞いただけでも目と耳が眼福! ご馳走様ですっ!」
おまけに、私の背後ではメンコさん。という創造神様含め、『腐った者』達があらやこれや、コソコソと熱弁しながら語り合っている。
何だこの空気。私だけ亜空間同士で挟まれている気がするのは、気のせいだろうか。どうしよう。早くこの場から離脱したい気分だ。
「さて。と。エボシ、ミクラ、ギンコ?」
『ふぁぁ! はいぃぃっ!』
すると、シイラさんが珍しく、真生を背後からぎゅーと抱きしめながら、三姉妹達に向けてこう言っていたのだ。
「ちゃんと『ドーピング薬』の事、タミコちゃんやメンコさんに、きちんと説明したのかな?」
「おほほほほ。そりゃぁ、きちんとやりましたわよっ!」
「はぃ~。『セレーヌ』と『アスカロン』『オルフェウス』の三種類の事ですよねぇ~」
「うん。それならいいかなぁー。タミコちゃん、ごめんねー。普段からラボの中、こんな感じでさ~」
「は、はぁ……」
しかも、この空気までも、きちんとまとめていたのがシイラさんだったのには、かなり驚いたなぁ。メンコさんですら、軽く暴走していたのに。
「あ。それと、リルドから伝言預かってたんだった!」
「へー。リルドから。随分めっずらしいね~」
「でんごん?」
「うん。確か……『あの時逃げて、ごめんな。俺はもう、二度と置いて逃げないから』って」
「全く。変に律儀だよね~。リルドってさ。あれは僕の単独で起こしたことなのに……」
だけど、不思議と表情が穏やかになっているような。
シイラさんって、普段は何考えてるか分からない『悪逆非道のサイコパス』みたいな思考回路の人なのに。
この時は何故か、普通の成人男性に見えてしまったのだ。
「しぃら?」
「あー。ごめんね。真生」
「ん?」
「タミコちゃん。わざわざ伝言、ありがとね~」
「あ。いえいえ……」
「それと、あ。傷、跡が残って、その……」
しかし、私の右頬についた傷を見た真生くんが悲しそうな表情をしていたので、笑顔でこう答えたのだ。
「いいんだよ。これはこれで、『栄誉の証』だから。気にしないで!」
「栄誉の傷。ねぇ。タミコちゃん」
「はい?」
すると、シイラさんは、普段全く見せない様な、満面な笑みでこう伝えてきたのだ。
「リルドに何かあったら……、頼むね」
「えっ!?」
驚いて呆然と立ち尽くしてしまったが、不思議と彼から、何か重要な事を託された様な。そんな気がした。
「は、はい……」
そう返事した時だった。
――ブーッ! ブーッ!
「ん? 珍しいなぁ。こんな時に着信が入るなんて……」
ふと、彼の白衣のポケットからスマートフォンのバイブ音が聞こえてきたのだ。
なので、彼は慣れた手つきでフリックすると……
「もしもし! お兄ちゃん!」
「お? カンナじゃん。珍しいね。何かあった?」
電話の声は、彼の妹のカンナちゃんだった。
だけど、かなり逼迫した様な声で、電話口にいる彼にこう訴えていたのだ。
「どうしよう! 助けて! あの女が玄関にいて、外に出れないんだ! 龍樹がヤバい状況なのに!」
「ん?」
「実はね……、一緒に勉強してたらね、龍樹が突然、倒れちゃったの」
「……はぁ?」
「救急車を呼ぼうにも、『あの女』が玄関前で待ち伏せしているから、出れなくて……」
「なるほど。わかった。今から行くから、『あの女』に見つからないよう、部屋に鍵かけといて」
「う、うん。早く来てね。お兄ちゃん……」
彼女は、そう最後に言い残すと、ブツッと通話が切れたのだった。
「今のって……」
「かなりまずいことになってるね。にしても、『あの女』て誰?」
すると、メンコさんが電話での会話を聞いていたのか、そっと私達の所へ歩き、聞いてきたのだ。
「えっと、越智さんの再婚相手だね。あのババー、何かと龍樹にベッタリしてて、気味が悪かったんだ」
「えぇ……」
だけど、普段丁寧口調のシイラさんから、『ババー』呼びされる『あの女』って。相当やばい人なのかな。
まぁ。話を聞く限り、典型的な『子離れできないママ』という感じだろう。実際、こういう人って、自分の身近にもいたなぁ。
仮に私も龍樹君と同じ立場であれば……。
って。あれ?
昔、私も似たような事があったかも。何だったかな。
「受験が近い時は、ミオ君や妹にも会わせないように監禁したり、テストの点数も『100点以外は受け付けない』と言った感じみたいだったね。だけど、ドクター越智、知ってるのかなこれ」
「もし、知らなかったら……」
「半端でないレベルで怒るだろうね。あぁ見えて『親バカ』なとこがあるからさ。彼は」
「そう、なんだ……」
「……」
それにしても、龍樹君もまた、『子離れできない教育ママ』からの重圧があって、ストレスもデカかったのかな。
話を聞く限り、あの『監禁された時』から続いていたとしたら……。
「ごめんね。真生。嫌な思い、させてしまったかな」
「……ちがうよ」
「え?」
しかし、彼が優しく問うと、真生くんは静かに首を横に振ると、こう口にしたのだ。
「やっぱりそっか。て、思ってた」
「もしかして、何か知ってるの?」
なので、私がそっと優しく問いかけると、彼は軽く頷き、こう話し出したのだ。
「……うん。もしかしたらアイツ、『ネクター』やってたのかも」
『……はぁ!?』
まさかの爆弾発言に、周囲にいたシイラさん初め、メンコさんや三姉妹が驚いた顔で彼を見ていた。
「え? ネクターやってた。ってどういう……」
私も困惑する中、彼はふぅ。と深呼吸をすると、静かにこう語り始めたのだ。
「アイツ、影ではカフェイン入りの『カフェオレ』とか、飲んでいたんだ。ネクターに手を出す前にも」
「カフェイン入りの、カフェオレ?」
そういえば、キルマイ騒動の前、喫茶店でカンナちゃんとリルドと私、龍樹君がいた時かな。
彼、確かに『カフェオレ』付きの昼食セットのサンドイッチを頼んでいた様な。
「うん。学校には、三種類のカフェオレがあって、その中にある、『一番カフェインが多く含まれているカフェオレ』を選んでいた事が多かったんだ」
「へ、へぇ……」
もしかして、わざわざ3種類買って、裏側に書かれている成分表を見比べてたのかな。
何だろう。そこまで事細かに知ってる真生くんが、めちゃくちゃ怖いんだけど。
私は軽く相槌を打ちながらも、冷静を装う形で話を聞いていた。
「なるほど。カフェインは確かに微量であれば、全然問題はありませんが、適量を超えてしまうと、死を招く恐れがあると言われております!」
「ギンコさん!」
すると、近くで話を聞いていたギンコさんが、赤縁の眼鏡をキリッと整えると、こう話し始めたのだ。
「恐らく、話を聞く限り、彼は『カフェイン中毒』に陥ったのでしょう。勿論カフェオレ『以外』にも、何かしら服用をしていた可能性も高いので、その辺、注意しながら、部屋の中を調べた方が良さそうです!」
「なるほど」
そして、シイラさんがうんうん。と、ある程度ギンコさんの話を聞いたところで、早速指示を出したのだ。
「それだったら早く助けた方が良さそうだ。ミクラ。エボシ」
『はいぃ!』
「二人は即座にドクター越智に報告と、病院の方を手配してくれ。『あの女』の処理方法は、僕の方で考えておくことにしよう」
「了解しましたわぁ~!」
「すごっ……」
流石シイラさん。と言ったところだ。
的確に判断をして、指示を出して、行動する。そんな彼の行動に驚きつつ、彼は私達の方を見ると、ニコッと笑い、こう言い始めたのだ。
「それと、メンコさん、タミコちゃん、ギンコ」
「はい……」
「お? どした?」
「はいいっ!」
「早速、彼の家に行くけど、時間は大丈夫?」
「アタシとタミコちゃんはへーきだよ! そこまで気にしなさんな!」
「ね。しいら」
「あ。真生は……」
すると、シイラに背後で抱かれていた真生が、そっと彼の方へ向くと、真っ直ぐな目で彼を見ながらこう話を切り出したのだ。
「ぼくも、行く」
「え!? いや。それはダメだって。だって、行ったら君……」
だけど、この時のシイラさんは珍しく、慌てた口調で困り果てていたのだ。
多分、私の考えだけど、龍樹君に会ってしまうと、あの時の光景がフラッシュバックされてしまうから、慌てているんだろう。
しかもあの時、シイラさんが『暫く会わないでもらえるかな』と言い放っていた程だし。
そのせいか、真生くんの事になると、管理下といいながらも、『大事な人』だから、行動も慎重なんだろうな。
「大丈夫。ぼくもアイツを、置いて逃げたくないんだ」
『……』
「一種の『ケジメ』だから。それに……」
「それに?」
「ネクター見たのも、『初めて』その部屋に入った時。かもしれないから」
「……そっかぁ。よしよし」
だけど、彼の覚悟を受けたシイラさんは、複雑な表情ながらも、真生の頭を撫でていたのだ。
まるで、子犬から成犬になった犬が、自分の意思で『動いている』みたいに。
「えっ!?」
「思ったこと、ちゃんと言えたから、偉いね! やっぱり真生、あれから強くなった!」
「シイラ……」
「だけど、辛くなったら、何時でも車の中に戻っていいからね。無理だけはしないように」
「う、うん! 分かった! ありがとう! シイラ!」
「さて。行こっか」
『了解』
そして、私達はラボから出て、早急に龍樹君がいる家へと向かうことになったのだ。




