女子同士のドライブは、とても楽しいものでした。
*
「さーてと!」
「えっ……」
私は普段着の彼女に連れられ、近くの駐車場まで行って黒い軽自動車に乗ると、慣れた動作で車のエンジンを起動し、運転したのだ。
ちなみに彼女の今の服装は、デニムのショートパンツに白いTシャツ。ショートヘアーでオレンジの様な明るい色の髪色で、可愛らしい花柄のサンダルを履いていた。
「やっぱりタミコちゃん、その格好似合うよねぇー!」
「ええっ!? この、エメラルドのワンピースですか?」
「そうそう! しかも、その靴やハンドバックも! 茶色いパンプスとかいいね! まさに自然! て感じでさ!」
「えへへ……」
これ、全部メンコさんのチョイスなんだけどなぁ。
だけど、彼女はサーフェスの中でも唯一の女性で、色々と相談にも乗ってくれるので、今ではとても頼りになるお姉さん。て感じだ。
「だから、リルドも内心、気が気じゃなかったんだろーねー。あはは!」
「えっ!?」
「実はアタシさぁ。リルドがあんな風に、タミコちゃんにベッタリするとこ見るの、初めてなのよー」
「えっ? そうなんですか!?」
「うんうん! だから、彼もまた、タミコちゃんのことが好き過ぎて『特別』なのかもねー!」
「は、はぁ……」
「だから、その、彼が抱えるトラウマから、『助けて』くれてありがとうね」
「えっ……」
すると、彼女からお礼を言われるとは思ってなかった私は、思わず驚いてしまった。
「てなわけでー、タミコちゃんはどー思ってるのよ!」
「ふぁぁ!? 急になんですか!」
「えぇー? タミコちゃんはさ、リルドのこと、好きなの? それとも、単なる友人? どっちかな?」
しかし、彼女がいたずらっ子の様に笑って運転しながらも、ストレートに好きか否か聞いてきたのだ。
「えええっと……」
なので、私はトマトのように顔を真っ赤にしながらも回答に悩んでいた。
まさか、彼を恋愛対象として、好きか否か聞かれるとは思ってなかったけど、あの勢いで彼の頬についてた三本傷に、キスしてしまったし。だから私も内心……。
「友人では『ない』のは、その、確かです」
「ほぉー? という事は?」
「それは、恋愛として、異性として、『好き』ですよ。彼の事……。うぅ!」
だけど、あまりにも色々あり過ぎてオーバーヒートしてしまった私は、思わず両手で真っ赤になった顔を隠していた。
「いい事じゃな~い!」
「ふぇっ!? ええっと、ちなみにメンコさんはその、『好きな人』っていらっしゃるんですか?」
「ほー。アタシはそーだなぁ。うーん……」
ふと、気になったので、運転している彼女に聞くと、オレンジ色の髪をかき上げながら、こう答えていたのだ。
「アタシより『強い』人なら良いかな」
「どういう……」
「アタシさ、自分で言うのもあれだけどさ、戦闘においては、めちゃくちゃ強い方だと思ってる訳よ」
「は、はぁ」
「だから、自分より弱い人って、どうも惹かれないんだよね。悩ましいところだけど……」
「なるほど……」
つまり、自分より『強い』人以外は対象外って事か。
そこまで潔くバッサリいける彼女がとてもかっこよく見えたが、それと同時に、どうしてそこまで力が必要なのだろうか。と言った疑問も生まれていたのだ。
メンコさんは力が無くても十分、魅力的なのに。
「じゃあ、その、メンコさんから見て、リルドは『強い方』ですか?」
「はぁー。そう来たのね! うーん……」
すると、彼女は信号待ちの赤信号を見ながらも、こう答えたのだ。
「いや。強いというのは、単純に力が強いだけ、じゃないのよね」
「と言いますと……」
「心が『強く』て、何に対しても自分の意志を持ってて、へこたれない程の鋼メンタルを持ってる人。かな。そう考えるとリルドは『硝子』みたいに繊細だから、アタシとの相性は、全くよくないと思うのよね」
「はぁー……」
やっぱりメンコさんの話は惹かれる何かがあるなぁ。なんて言うか、私が持ってない『自分』をちゃんと持っている。って言うか。
だから、心の中ではカンナちゃん同様、メンコさんが眩しい向日葵の花みたいに、美しくてたくましい人だ。
「うん。なんつーか、アタシさ、かなりガサツな方だから、任務においても力任務が得意だけど、頭使う任務は苦手なのよね~」
「そうなんですか! 全く見えない……」
「ほんとぉ? でも、リルドは頭使う任務も力任務もやりこなすっしょ。だからアタシが支えたらかえって彼に『邪魔』て怒られることがあるもの!」
「ぇぇぇえ!?」
「だから、リルドには、影として傍で支えられるタミコちゃんみたいな子が、一番相性が合うと思うのよ。ねっ!」
「メンコさん……」
「だから、自分に自信、持っていいからね! ねっ!」
「……は、はい!」
そう言いながら、彼女は信号が青に変わった信号を見て、アクセルを踏んだのだ。
やっぱり、メンコさんは私の『憧れ』でもあり、芯がある『理想の女性』だなぁ。だから、そんな彼女に将来、私はなりたいな。とも思っていた。
「さて。もうそろそろ着くかなぁ」
「えっと、カラマリア内にある研究所、ですか?」
「うん。表向きは『越智臓器移植センター』ていう名前だけど、その中の何フロアかが『カラマリア』が使用してるフロアなんだよね」
「へぇー……」
実は私も血を検査にかけてもらうために一度、カラマリアに来ているので、今回で二回目だ。
だけど、いつ行っても施設自体が大きいなぁ。
真っ白い病院みたいな建物に、黒い字で堂々と『臓器移植センター』なんて書いてあるし。
しかも、そこの最上階に、ドクターの越智がいると思うとゾッとするけど、シイラさんもここに出入りしたりしているのかな?
「多分、ここでいいかな。駐車場」
「はぁ……」
そして、そこの一角に『Venom』と書かれた少し小さめな建物が見えたのだ。
まるで、ラボみたいな場所だ。もしかしたら、ここに来るのは初めてかもしれない。
「さーて。着いた! あ。タミコちゃん!」
「はい!」
すると、彼女は後部座席にある、大きな茶色い紙袋に指をさしてこう言ってきたのだ。
「あれ、持ってきて欲しいんだ!」
「あの、紙袋ですか!?」
「うん。あれにはね、今から行くラボで働いている三姉妹が、『特に』好きなものが沢山詰め込まれているんだよね~」
「はぁ。それで……」
何だろう。中身を見たら『危ない』と頭の中で警報が鳴っているような。
「まぁ。分かり、ました」
だけど、あれを持っていかないと、後々が怖い展開になるのが目に見えそうで。
なので、彼女に言われるがまま、助手席から降り、大きくて茶色い紙袋を持つが……。
「……えっ!? お、重っ!」
あまりの重さに、思わず声が出てしまったが、この紙袋、何気に丈夫なせいか、底が抜ける事はない様だ。なので、私は両手で抱えながら行くことにした。
だけど、この中に一体、何が入ってんだろう。三姉妹の『特に』好きな物が入ってる。ていってたけど、教えてよ! メンコさん!
「あはは。ごめんね~。実はさ、ツブヤキに新しくバイトの子が入ってきたの知ってる?」
「あぁ。確か……、フグトラさんの事ですか?」
「あ! そうそう! 『鰒屋』て苗字が書いてたから、そうかも! それとね、その子ともう一人、夜限定で働いている銀髪の人も、なかなかのイケメンだったのよ!」
「はぁ……」
夜限定で働いている人かぁ。少し見てみたい気もするが、もしかしたら、近々会えるのかな。それに、夜の喫茶店も雰囲気とか、かなり良さそう。
「そのせいか、あまりにもいい感じだったから、つい。ね。あは、あはは……」
「へぇー、まさかメンコさん……」
「もう、この際だから、言っちゃうねっ!」
「えっ!?」
すると、彼女はおもむろに茶色い紙袋から一冊の本を取り出し、恍惚な笑みでこう答えたのだ。
「実は私、普段はこういった、『BL』専門の小説を書いたり、同人誌を作ったりしているのよ!」
「えっ。はぁぁぁぁぁあ!?」
私は彼女のまさかの告白に、思わず唖然とし、歩く足を止めてしまった。
「ほら~。言えない『秘密』というの、あるじゃん! もし、付き合うとしたら、そういうのに許容がある人がいいなぁ~。なんて!」
「は、はぁ……」
いや。それにしても、何でそれをチョイスした!?
思わずツッコミそうになったが、彼女はさらに陽気にこう語り始めたのだ。
「実はね、今からラボに行く人さ、揃いに揃って『腐った』人達なのよ」
「腐った……、人、達?」
「そう。『腐女子』らしいのよ。ベノムの人達」
「はぁ。てことは、この中身ってもしかして全部……」
「そう! あの子達に献上するための『お土産品』てことよ! あとはスイーツも諸々かな」
「えええ!?」
ちょっと待って!?
この『薔薇本』をわざわざお土産品にする人、初めて聞いたんだけど!?
中身の正体を知ってしまった私は、しばらく空いた口が塞がらなくなってしまった。
「それに、グソクさんの話によると、夜な夜な『攻め』か『受け』か、『リバ』かで熱い討論を交わしているって聞いてね! アタシ、居てもたってもいられなくって、思わず三者三様の小説やら同人誌を描きまくっちゃったわけよ~!」
「え? 攻め? 受け? リバァ?」
なんなんだ。その突然、宇宙彼方にある衛星から届いたような単語は。
その言葉を、さも自分の言語の様にスラスラ言っている彼女に、私は呆気にとられていたが、一瞬、別次元の世界に迷ってしまったのだろうか。
「そう。なんつーんだろう。タミコちゃんとリルドで例えると、二人とも主導権が握ったり握られたりの状態が続いてるから、『リバ』ていう事かな」
「いやいや! なんで私とリルドで例えを!?」
「あー。分かりやすく言うと。て意味よ! あはは!」
そう言われても、まったくピンと来ないんですけど……。
これって、まさか、私が無自覚に、メンコさんの『腐モード』のスイッチを押して発動させてしまったのか?
その姿がまるで、抹茶愛を語るフグトラさんのようにも見えたのも不思議だが。
それに、おかしいなぁ。ラボに向かう足が、何故か未開の地へと向かうほどの緊張感となっているのだが。
普通に怖いんだけど、この先何が起きる訳?
「んで、攻めは常に主導権を握っている人で、SMに例えると、女王様みたいな人のことかな!」
「えす、え!?」
「そんでもって、受けは攻めに主導権を握られているけど、満更でもない表情をする人。SMに例えると、Mの人。ていう、アタシ的な解釈だけどね~」
「って……」
いやいやいやいや!
何でSMで例えた!?
もっとましな例えはなかったわけ!?
私はあまりの衝撃で、思考回路が一時停止してしまったのだ。
「あー、ごめんねぇ。とりま、着いたみたい!」
「え? ここですか!?」
そこのラボの外見は、先程見た臓器移植センターを、白い箱の様に小さくした小規模の研究所だった。
ただ、一つ違うとしたら、外には厳重な鉄製のロック装置が取り付けられていて、開けるにはカードキーが必要だ。
それと、周辺には多種多様な植物が咲き乱れていて、食中植物を始め、触れたら手が荒れそうな程の毒々しい植物も妖しく生えていた。
それに、薬品の匂いもしたせいか、一旦建物の雰囲気を見たら、何とか思考を立て直す事が出来た。恐らく、それぞれ植物や動物と、専門の分野の人が、働いているのだろう。
いや。毒専門だけど結局やってることの本質は『同じ』だったりして。
「うん。ほら。看板に『Venom』と書かれてるよ~!」
「はぁ……」
ひとまず、『腐モード』全開の彼女からの一方的な説明を聞いた後、ラボへと着いたが、何だろう。先程のメンコさんの趣味の暴露のほうが、ラボの緊張より、遥かに上回って、今にも思考回路がバグ寸前なんですけど。
それに、こういう時に限って、冷静になる事が出来る食べ物がない。どう立て直せば……。
「さて、いるかな~」
そんな困惑気味の私を他所に、彼女は陽気にトントン。と鉄製の扉を叩くと……
「は、はい……、ええっ!?」
一人の可愛らしい、茶髪の少年が何故か、白衣姿で扉を開けてきたのだが、見た事がある顔だな。しかも、首元にはイチゴのペンダントだし。えっと……、
「えっ!? 何この子!? めぇぇぇっちゃ可愛いいいいんだけどぉぉ!」
すると、メンコさんは顔を赤らめながらも何故か、その場で発狂してしまったのだ。
「ちょっと待って!? もしかして、さっき、ツブヤキにいた!?」
「あぁ! その衣装、タミコさんだぁ!」
「やっぱり! 何でここに!?」
「実はあの後、シイラが任務入っちゃったので、ぼくは帰って着替えてから、ここに来たんです。えへへ……」
なんと、白衣姿の少年の正体は、シイラさんと同居している『真生』くんだったのだ。
「えっ、うぉえええええ!? タミコちゃん、この子知ってるの!?」
「はい。この子がシイラさんの所に住んでいる子ですよ。えっと確か、名前は……」
すると、彼を見て変な声出して驚いている彼女を他所に、私はこう淡々と説明をしたが、何だろう。また、変なスイッチを押してしまったのだろうか。
まるでゼンマイが切れた玩具のように、固まっていたのだ。
「真生です。えっと、ここ、こんにちは、お姉、さん」
「ま、ま、真生……、くんでいいの?」
「は、はい。一応、ぼく、『男』なので……」
「うそ、でしょ!?」
ごめん。メンコさん。これは現実なんだ。紛れもなく、現実なんだよ。うん。と言い聞かせてるけど、どんだけ形態を変えるのよこの子!?
私も今の姿と、最初に会った時のイメージがかなり乖離しているせいか、両手に持っている薔薇本を落とす勢いで驚いてしまったのは事実だ。
「ねぇぇぇ! タミコちゃん! まじでびっくりなんだけどぉ!?」
「あの、落ち着いてください。メンコさん。今日は何しに来たんですか?」
「はっ! アタシとしたことが! えっと……」
私は何とか冷静を取り繕う形で淡々と述べると、彼女は正気を取り戻したかのようにこう言っていたのだ。
「ご、ご、ごめんね真生くん! 実はアタシ達はね!」
「あー。実はお姉様方から話は伺っています。確か、『早よ、ツブヤキの新人店員との薔薇本を妾に献上せよ!』と仰っておりましたね」
「薔薇本って……」
もう完全にこの『茶色い紙袋に入った大量の本』の事だよね。それと、何だろう。妙に薔薇園への扉が開いたかのような感覚がするんだが。
しかも、可笑しいなぁ。このラボの周りの植物には、『薔薇』なんて一つも植えられていないのに。
この持ってる本からも僅かに薔薇の香りがするんだけど、きっと気のせいだ。うん。
それに、本来の目的は、薬物対策のためのアドバイスを聞きに来た。というものだ。
それなのに正直、彼女の突然のカミングアウトのせいなのか、私の頭の大半が、薔薇園で埋め尽くされようとしていたのだ。
「ありゃぁ。じゃあ、もう行かなきゃだね!」
「あ、えっ……」
「ささっ! 真生くんだって? その、お姉様達の所へ案内してくれる?」
「は、はい! その、分かりました! えと、ご案内、致します……」
「ほえー……」
私はというと、未だに薔薇園のアーチをくぐった気分のまま、必死にメンコさんの背中を追っていた。だけど、そんな切り替えが早い彼女がとっても羨ましい。
でも、この植物園にいるみたいなジメッとした空気と、薬品の匂いが入り交じり、呆然としている私の鼻をしきりに刺激してくるのだ。
それらのおかげか、何とか私の思考の正常値が、元通りになりつつある。
だけど隣では、そんな私の苦悩も知らぬげに、ハイテンションで意気揚々と前を歩くメンコさん。
そんな背中に導かれるように、真生くんの案内の元、ラボの中へと足を踏み入れたのだった。
――その瞬間、空気が妙に少しだけ、変わったような気がしたのだ。




