sideゴエモン 夜の喫茶店での静かな会議の一幕。
*
「……ったく。何なんだこんな時に呼び出しやがって」
ワシは心底苛立っていた。
折角の休暇を潰しやがった元凶を二人見て、ワシはため息をつくが、何だ。こんな夕方辺りにツブヤキに呼び出しやがって。
少人数でしか居ない静寂な喫茶店の中で一人、俺は奥にあるテーブルに向かって歩いていた。
「よっ。海老蔵」
「その名で呼ぶのはやめろって言っただろ。昇」
ワシを平然と『本名』で呼ぶのは同級生だった越智 昇だ。気さくな感じだが、何十年付き合いが長くても、心底読めねぇクソ野郎だ。
しかも、ワシよりも見た目が若く見えるせいか、60近くには見えないんだよな。それ程の端正な顔つきで、黒髪、漆黒な瞳で、夏のせいか、服装は白いYシャツできっちりと着こなしていた。ワシが普段着ているミリタリーとはまた違う意味で『普通の人間』として馴染んでやがる。
「いいじゃないですか~。今回はマスターから重大な発表があるみたいですし」
「ふっ。なんだ。こっちはお前のバカ息子のせいで依頼が立て込んでて忙しいから、手短に頼みたいのだが」
「バカ息子って。まぁ、確かにあの件は、本当にすまないことをしてしまったと反省している。それに、『ナル計画』の重要参考人にも怪我をさせてしまったから……」
「ふっ。そーかよ」
「あぁ。ちなみに血液型検査の結果だが、間違いなく、彼女が『サンプルの人』だということが判明したよ」
「……」
ちっ。もうわかったのか。
最近の検査は最新技術を駆使して作られているから、サンプルの人か否かなんて、『白黒』付いてしまうだろうな。
「それで、こちらで保護した方がいいと思うのだが、どうだろうか?」
「それは本人に直接聞いてくれ。ワシは『何も聞いてない』それでいいだろ?」
「はぁ。相変わらず堅いねぇ。でも、俺はそんな海老蔵、嫌いじゃないね」
「おい。そんな軽口叩くんじゃねぇ。ワシは心底読めねぇお前が嫌いだ」
「そっか……」
「おやおや二人とも。今回は呼びだしてしまってすまなかったな」
すると、友人の喫茶店ツブヤキのマスター 呟木四郎が注文表を持ってワシ達のところに来たのだ。白髪混じりの初老で、ワシらよりは少し歳上。だが、話によると、かつて『裏の世界』の住人でもあったらしい。
「あー。マスター。俺はコーヒーで」
「ワシは麦茶で」
「かしこまりました。では失礼します。と言いたい所ですが、私から重要な発表があるのですよ」
『ほぉ……』
ワシと昇は思わず声を合わせてしまったが、何だろうか。わざわざ呼び出した本当の理由は……。
「実は私達、新たに裏組織の『デットプール』を設立したのですよ」
「は、はぁぁ!?」
「マスター!? 貴方は正気ですか!? ずっと表の世界にいたのに、何でまた裏組織を立ち上げたって……」
すると、まさかの爆弾発言に、ワシらは思わず開いた口が塞がらなかった。
「まぁまぁ。二人とも落ち着いて欲しい。実はあの騒動後に、ベローエ内部で揉めたと聞いただろ?」
「それは確かにヒガンっていう人から聞いたが……」
「それと何が関係が?」
「それは、直接本人から聞いた方が早いか」
そして、厨房の奥から、ツブヤキの制服を着た一人の美麗な男性が、コーヒーと麦茶を木製のトレーに乗せた状態で持ってきたのだ。
「お待たせ致しました。こちら、コーヒーです」
「お、おぅ」
「こちらは麦茶でございます」
「ほぉ。ん? まさか、お前……」
銀髪のストレートヘアに、目は漆黒な色をしており、年は幾つだろうか。年齢不詳で通っても可笑しくない程の美しい男性だったのだ。
「はい。ヒガンです。こちらのマスターと共に現在、従業員として喫茶店ツブヤキで働いております」
『……』
「昼は私の部下のフグトラが働いてますが、夜は私 ヒガンが対応しております」
『なるほど……』
もしかして、リルドの報告であった、『幹部クラスのネックレスと、取引を持ちかけてきた人』か。恐らくコイツは元、海横支部の支部長をしていた男であろう。見るからに大物そうだ。
「それで、なーんでまた、マスターは裏組織なんか作ってわざわざ俺らと共に危ねぇ橋を渡ろうとしてんだ?」
「それはですね。単に彼らの『笑顔』を守りたいだけなんですよ」
「ほぉ。どういう意味だ?」
「だって、表にいるだけでは、守れるものにも、『限度』がありますからねぇ」
「限度。かぁ」
「なので、分断されたベローエ信者のセーフティネットとして、でもあるし、影で『ミオ様』を守る為。でもあるのですよ」
「なるほどなぁ」
確かミオって、『熊野澪』の事だよな。
元々教祖直属の子孫であったが、事故にあった時に助ける為に、彼の両親が輸血をしたから『冒涜者』として、追われる様になってしまった。と。タミコからの報告にもあがってたな。
「それで、主にどんな活動をするつもりなんだ? まさか戦闘するのか?」
「いやいや! 主に『情報屋』として、元信者からの情報を元に、貴方達に依頼を斡旋する。ていう事なのですよ」
「斡旋ねぇ……」
「なるほど。元信者からの情報であるなら、『ナル計画』の首謀者 天海愛華を引っ捕らえる事も可能って事だね」
「えぇ。その通りです。ね。ヒガン殿」
マスターは静かに彼に話を促すと、カウンターの所に置かれたコップを拭き、彼に目を配らせていた。
「あははぁ。その通りですね。なので、越智さんやゴエモンさんにも良い取引先だと思いますが、どう致しますか?」
「と言ってもなぁ。ヒガンさんよ」
「なんでしょう?」
しかし、ワシはどうも信用できるか怪しかったので、麦茶を軽く半分ほど飲むと、こう言ってみることにしたのだ。
「リルドから報告上がったけど、あいつを見た瞬間に、取引をもちかけて、先代のネックレスを渡したそうだな」
「あー! あははは! だって、彼かっこよかったから、つい『あげたくなっちゃった』んですよぉ~」
「は、はぁ……」
「そうそう! そちらのドクター越智の所にいる『シイラ』という人も、女子高生姿なのに、あんなに美しい方は、いないですねぇ」
「おいおい。それは、潜入調査のための衣装であってだな。普段のあいつは……」
「落ち着け。昇」
本当にコイツらは。
まさか、大事なはずの幹部クラスのネックレスを、わざわざ敵に『貢いでいた』とはな。
ていうか、こんな胡散くせぇ話。信用していいのか。これ。
「あぁ。悪ぃな。海老蔵」
「はぁ。ったく。それと、ワシらをわざわざ呼び出した理由、それだけではないだろ」
「はは。バレてしまいましたか。流石ゴエモンさん。勘が鋭いですね。実は……」
そう言うと、彼は神妙な面持ちで銀色のスマートフォンを取り出し、こう話を切り出してきたのだ。
「最近、海横界隈で、若い者達がこぞって危ない薬を乱用している。というウワサがありまして……」
「なるほど。若者言葉で言うと、『パキってる』て、状態ですかね?」
「流石、昇さん。その辺はかなり、詳しいようで……」
「あはは。あの辺から来た薬物依存の患者もいますからね。俺がいる系列病院には」
「まぁ。ワシもメンコから聞いたが、あの辺、ベローエの残党がゴロゴロいるそうじゃねーか」
「そうですね。それと、とあるグループサイトがあるらしいのですが……」
「グループサイト?」
すると、ヒガンはふぅ。と一呼吸を置くと、こう話を切り出してきたのだ。
「そうですね。『ドラックルームスープ』というグループサイトらしいのですが、その辺の調査を、カラマリア、サーフェスの二方に任せたいのです。勿論、必要であれば、フグトラと共に、私らも同行可能ですので……」
やっぱりそう来たか。
ワシは麦茶を更に半分飲んで空にすると、こう相槌を打つことにしたのだ。
「なるほどなぁ。にしても、随分気味が悪ぃサイト名だな」
「……」
「そうですね。そのサイトは『薬物乱用サークル』に似た何かを感じますね。麻薬じゃなくても、『風邪薬』や『鎮痛剤』だけでパキってハイになる人達もいる訳ですし」
「……」
「おい」
ふと、先程テンションが高かった昇が、何故かその言葉を耳にした時、落ち込んだ様な表情をしていたのだ。
「……おっ!? どしたんだぃ? 海老蔵」
「昇、何か隠してねーか?」
「いや。その……」
「もしかして、おたくの『バカ息子』がまた、一枚噛んでる訳じゃねーよな?」
「はぁ……、そう思うと、胃が痛いですよ。龍樹にはタミコさんみたいに芯が通った人になって欲しいと思っているのですが……」
「そりゃぁ。中々難しいだろーよ。理想というのは、『理想』であって、『現実』じゃねーからさ」
「……」
「だから、自分の息子が悪い事なんて、やる訳ねーだろって。信じてやれよ」
「……そう。だな。悪かったよ。海老蔵」
「……ちっ」
それにしても、まーた面倒臭い案件が絡みやがって。ワシは空になった麦茶のグラスに入った氷を噛み砕いて話を聞くことにした。
「それと、お二人共、気をつけてくださいね」
「どしてだ?」
「実は、『滅んだはずのヴァルテ家』が水面下で動き出しているらしいので……」
「はぁ!?」
「おいおい。あの組織は『ワシ』が全部壊滅したはずだ!」
なんでよりにもよって、このタイミングでヴァルテ家が、動いてんだ。
怒りのあまり、テーブルを思いっきりぶっ叩いていた。
「海老蔵! 落ち着けって!」
「そいつ、まだリルドを狙ってるってことか!?」
「恐らく、そうですね。なので、『ドラックルームスープ』の調査、慎重に行ってくださいね」
「は、はぁ……」
「わりぃ。ちと、あの『ヴァルテ家』には因縁があってだな」
「分かりますよ。その気持ち。実は俺も最近、『鰒川家』に対しても苛立ってた所でしたので。ちょうどいいですよ」
「鰒川家って……」
あぁ。そういえば、シイラが手元に置いている、あのガキ。鰒川真生か。この前のキルマイ騒動を起こした張本人であり、今はシイラの管理下に置かれている。と聞いたが、まさかなぁ。
「そう。あそこの態度が最悪なものでしてね。『金さえ寄越せばそちらには干渉しない』なんて、言ってきましたからね」
「ほぉ……。でも、信用ならねぇよな。その言葉。まるでリルドの時とまんま同じじゃねーか」
「ですよね。だけど何で、『ヴァルテ家』がわざわざリルド君を探しに……」
「さぁなぁ……」
「とりあえず、ヒガンさんよ」
「はい」
でも、家同士がこんなにも似ているとはな。
ワシは恨みを込めるかのように、最後の氷をガリッ。と齧ると、こう話を切り出してみることにした。
「その『ドラックルームスープ』の件、ワシは引き受けようと思うが、昇はどうだ?」
「同感です。ちなみに今回は薬物に強い、シイラの部下も共に同行しようと思うんだが、よろしいかね?」
「そうですね。専門家も交えた方が、この問題、早くに解決出来そうですしね」
昇はコーヒーを豪快に飲み干すと、ワシと同時に席を立ち、お互いに握手を交わしたのだ。
「ありがたい。では、これで『お開き』という事で良いか?」
「えぇ。本日はわざわざこちらまで出向いて下さったこと、ありがたく思います。報酬や諸々の契約は後日、そちらの組織の本拠地宛に送りますね」
「ったく。もう把握済みか」
「ほんっと、驚きますね~」
「まぁ。デットプールは、情報力が強みですからね。
「さて、行くか。昇」
「えぇ。海老蔵」
そして、ワシと昇は、様々な陰謀が渦巻く夜のネオン街 海横の街へと足を踏み出したのだった。




