sideシイラ 狂気に堕ちてしまったのは、彼ではなく、僕でした。
――フグトラ君が来る30分ほど前。
*
「さて。居なくなったけど、僕と何して遊ぼっか!」
「……」
僕はニッコニコの笑顔で、目が虚ろな彼に話しかけてみるが、彼は呆然と扉の方をじっと見ている。
「もしかして、悲しいの?」
「……」
きっと、本命の大事な『彼』が、三階にいる。てタミコちゃん達に言っちゃったから、大事なものを売ってしまった。て、内心ショックなのかもしれないね。
それに、勢い余って深く抉っちゃったせいか、彼の左手の甲から流れる血は、ダラダラと川のように止まらなくなっちゃってる。
「ちょっとまっててね。止血しなきゃ!」
なので、僕は慣れた手つきで、持ってきた黒い肩掛けのショルダーバッグから、包帯とガーゼ、消毒液を取り出すと、彼の左手の甲に巻き、応急処置を施した。
これはカラマリアに入った時、リーダーのドクター越智から言われたんだ。
『君は血を見ると欲情してしまうからね。だから、それを抑えるために、応急処置を覚えようか』と。
すると、不思議と血の欲求が収まったんだ。
僕だって、何で血を見ると興奮してしまうのか、全く分からなかったけど、やってしまった後に処置をすれば、吸血鬼みたいな衝動は抑えられる。と頭で覚えたんだ。
あと、出先でどうしても血が欲しくなったら、『代替品で補う』とかね。例えばブラッドオレンジジュースや、イチゴ。とかね。特にイチゴが一番お気に入りなんだ。
それからどんな任務になったとしても、相手に怪我をさせてしまったら、応急処置をしたり、イチゴを食べたりする。というルーティンを入れて、僕なりに力を抑えていたのさ。
「……え?」
すると、彼は驚いた顔で俺を見ては、包帯を見て、の繰り返しをしていた。
もしかして、驚かせちゃったかな?
でも、僕は何だかこの、『マフ』っていう子を見ると、どうも昔、密かに飼っていたペットを思い出してしまう。
茶色くて短いストレートヘアの髪に、中性的な顔立ち。肌白くて、目は黒くて光がない。それに、龍樹君と同じ歳の子で、同じ制服を着ている。まるで子犬みたいで、可愛いんだ。
「大丈夫だよ~。ちゃんと止血したから、安心してね!」
「……」
「どうした?」
すると、彼は寝っ転がった床からムクリと起き、床にぺたりと座って僕を見ると、しどろもどろにこう言い出したんだ。
「何で、何で貴方は……、ぼくを、助けるの……、ですか?」
「え?」
「あぁ……、うぅ……」
何でって言われても。
単なるルーティンで織り込んでいるだけなんだけどなぁ。
しかも、彼は泣きながらだが、癇癪をおこす子供っぽい声で、こう言い始めたんだ。
「だってぼくは! 何をしても……、何をしても……、何しても何しても何しても! 大事な人ですら、ぼくのこと! 何も見てくれなかったのに!」
「……」
「だからもう! ぼくには死ぬしか価値がもう! ないんです! ぼくは!」
「え?」
「だって……、大事な人やその大事な人までを、たくさん、たくさん……、傷つけて……、盗って、壊してしまったから。だから……、もう、死ぬしかないって……」
「だからって、何ですぐ『死にたがる』のさ!」
「えっ……」
だけど、僕は思わず、彼の包帯を取ろうとした手を握ってこう言い返しちゃったんだ。
「だめだよ。簡単に『死なせない』からね!」
「えっ……」
「当たり前だよ。罪は償うもの。でも、あまりにも罪が多すぎる君には辛いだろうけど……」
「……」
それはそうだよね。
だって君、妹のカンナから聞いたけど、まさか、大事な彼の家に盗聴器まで仕掛けといて、いるタイミング狙ってピッキングして入ったんでしょ?
オマケに僕が来る前のあの惨状だってそうだ。
まさか、ナル計画の重要人物のタミコちゃんの頬にまで、傷を作らせちゃったもんねぇ。
あーあー。未成年なのに、たくさん罪を作っちゃったね。
「だけど、多すぎる罪に疲れて、殺して欲しかったら、いつでも僕に言って欲しいなぁ」
「……え?」
「そしたら……、僕が『君の血の全て、残らず』に飲み干してから、一息に殺してあげるから」
「……」
思わず笑顔で本音を言ってしまった。
まぁ。他人が殺そうとするなら、『僕』が血を浴びるように、一滴残らず隅々まで、舐めて吸って完飲してから、一思いに殺ってあげた方がいいもんね。
うん。その方が君だって、いい。
「それと、嫉妬で狂いそうになって、自殺したくなったら、いつでも『僕』を呼んで。そしたら、ぎゅーって抱きしめて、キスしてあげる」
「……」
「それに君、好きな人が他の人といるのを目の前にすると、嫉妬に狂っちゃって、相手を攻撃しちゃうんでしょ?」
「何でそれを……」
「僕もそうだから、君、昔の『僕』にそっくりなんだ」
「……」
そう。あの時だってそうだ。
僕は元々リルドの事を、『親友以上』の存在。そうだね。『一筋の希望』と思っていた時期があったんだ。
でも、僕は全てを思い出してしまって、『血の快楽』を知ってしまった。そして、リルドと離れないといけなくなっちゃって、今に至るんだ。
あの時、ハムスタキロにあげていた標的は、確実にリルドを狙っていた。勿論。性的な意味で。だと思う。
だって、彼の美貌は硝子のように脆くて、綺麗過ぎるからね。
だから、リルドがこの真相を知る前に、僕が先に、アイツの息の根を『止めた』んだ。
それで、『これ以上はやめろ』という警告に近い感じで、ハムスタキロにあげたんだよね。
だけど、逆効果だった。
どんどん拡散されてしまって、取り返しがつかないところまで行ってしまった。
本当に。今のマフ君。昔の僕みたいなんだよね。
だから、君の闇を孕んだ様な瞳が、僕にとっては美しい反面、どうも目が離せないんだよね。不思議だなぁ。
「だからね、僕はそんな君の事、大好きだよ!」
「……!」
「だから、本当の名前、僕に教えてくれる?」
「……」
貼り付けた笑顔でそう言いながら、凄いチープな言い方で告白してしまったけど、この構図、まるで地雷女子を口説くホストみたいだなぁ。
まぁ。今の僕の服装は、女子高生の格好をしているから、見た目的には逆だけど。
「……まお」
「まお君っていうの?」
「……うん。鰒川……、真生」
「いい名前だねぇ。よしよし!」
でも、不思議と嫌じゃなかった。
だって、真生くんの笑った顔、可愛いじゃん!
犬のように頭を撫でると、彼はニコッと僕に微笑みかけるんだ。何だろうなぁ。
「……ねぇ」
「ん?」
「ぼくのこと……、本当に、好き?」
すると、今度は真生が無邪気な声で、上目遣いをしながら僕に話しかけてきたのだ。
「ん?? 急にどうしたの?」
一瞬、僕の頭の中に疑問が生まれていたが、そんなこと、どうでもいいや。
「本当に好きなのか。て、聞いているの!」
「うん。とっても好きだよ? でも、どうして怒るのさぁ~」
「うぅ。だってぇー!」
すると、先程の無気力な発言が、嘘のように切り替わって、今度は積極的に話してきたのだ。
何だこのジェットコースターに乗ったような感情の起伏は。まるで女の子みたいに癇癪起こしたり、不貞腐れたり、子供のようにぐずったり……。
あーりゃりゃ。まさかこのテンションで、ミオ君をいじめてたり、龍樹君の家まで押しかけたり、ネックレス奪ってすり替えたり、学校で嫌がらせしまくったり、欲情してたりしたのかな。まるで、男の子版の地雷女子みたいだ。
「本当に、好き?」
「うん。大好きだよ」
「じゃあ、チューして!」
「えっと、どこに!?」
「ここっ!」
「なるほどねぇ~」
すると、彼は笑顔で自分の首元を指さしてきたが、可愛さの余り、言われた通りに首筋を吸ってしまった。
本当に、僕は、蜜を吸いに来た蝶みたいだ。
だけど、その蜜は、依存する程の『猛毒』を孕んでいた。ただそれだけの事さ。
「そういえば、名前は?」
「僕はシイラだよ~」
「えっと、本当の名前は?」
「本当のぉ?」
参ったなぁ。まさか、あの流れで本名を聞かれるとは。でも、しゃーないかぁ。
「言ったらびっくりしちゃうと思うけど、いいのぉ?」
「……うん。別に、いい」
「ふーん。分かったよ~」
そして、僕は誰にも言ってなかった、本名を言うことにした。まぁ。妹のカンナだけは、知ってるけどね。
「椎羅海斗だよ~」
「!」
やっぱり驚いちゃったか。でもいいや。
この驚く姿もまるで、前に飼ってた柴犬に似てるんだよなぁ。
「驚いてるね! そりゃぁびっくりしちゃうか! ごめんね。まぁ~、カンナのお兄ちゃんから告白されたらそりゃぁ。びっくりしちゃうかぁ~」
「でも、カンナさんは……、悪くない。とても、いい人」
「そう?」
「うん。だけど、ぼくは……、女の子はムリ」
「そうなの!?」
そうコクリと頷くと、今度は両腕で僕の首元に手を回すと、首筋に軽く、キスをしてきたのだ。
「ぼくも……、シイラさん、大好き!」
「えっ!?」
「シイラさん、優しいし、かっこいい! だからその……」
「うん」
「ぼくもたくさん、シイラさんに、チューしてあげる!」
「はは……、ははは……」
本当に参ったなぁ。まさかの展開に戸惑っていたが、まぁ。それもいいっか。だって、この子、イチゴの様に甘酸っぱい声で言ってくるんだもん。
「あ、あのぉ……」
「ん? どうしたぁ?」
ふと、背後から声がしたので振り向くと、フグトラ君が申し訳なさそうにこう言ってきたのだ。
「え、えっと……その……、リルドさんが……。呼んでますよ」
「あーそうか。わかったよぉ~」
「えぇー! ぼくを置いてくの?」
「ううん。ほら。一緒に行くよ~」
「わぁーい! ありがとう! 大好き! シイラさん!」
まぁ。こんな感じで僕はどうやら、彼のリミッターを全開にまでこじ開けてしまった様で、マフとのこと、真生くんは、見事に地雷系男子になってしまったんだ。
いやぁ。本当にごめんね。フグトラ君には申し訳ないことをしてしまったぁ。
でも、まぁいいや。後でツブヤキにでも連れていかなきゃね。勿論、真生くんも可愛いから、連れてっちゃおっと!
うん。これでいい。
それに、狂気に堕ちてしまったのは、君ではなくて、僕だったから。




