折角のところ、何故か高濃度の愛が投下されました。
「そっかそっか! 偉いね~。ちゃんと場所を言えて!」
「あ……う……」
すると、彼は何故か、空いた右手でマフの頭を優しく撫で、そっと抱き寄せる様にしていた。
「ご褒美に、ぎゅっ。と、抱きしめてあげるからね」
「……」
何だろう。この狂気的だけど、儚く、鬱くしい何かは。
よくあるゴシックホラーな雰囲気で、動く絵画を見ている感覚で。私は何故か逸らさず、ずっと見ていた。
でも、シイラさんもまた、マフさんみたく、闇堕ちしてしまった事があったのだろうか。
おもちゃと口では言いながらも……。
まるで……、大事な人から貰った人形を、何年も何年も、愛でる様に大事に抱きしめている。
それに、シイラさん自身の格好も相まって、蝶に見える事もある。
例えるなら、蝶が興味本位で蜜を吸いに来るが、その蜜が毒の様に甘く、中毒性があって。
そのせいか、自分でも知らない間に、ずっと虜になっていて、離れられなくなって、永遠に吸い続けている。私には、彼らをそんな風に見えてしまった。
「では、ワイはこれにて! またですぞ〜!」
――ブツッ。
しかし、ここで画面は途切れ、いつものウィンドウ画面に戻ったが、まるで、鬱々とした非現実世界から、現実へと一気に引き戻された感じだ。
「それにしてもタミコさん……」
「……、どうした?」
「色々衝撃が強すぎて、頭が追いつかないっす」
「まぁ。そうだよね」
確かにフグトラさんにとっては、色々と衝撃の塊だよなぁ。しかも、狂気の権化 シイラさんまでもいるという閉鎖的空間。
「とりあえず、場所は粗方分かったので、先、行っても平気かな?」
「いいよ~。僕はここで、可愛いおもちゃと一緒に遊んでいるからさぁ~」
「遊ぶって……」
まさかこの後、拷問でもするつもりなのか?
この悪逆非道のサイコパスめ。
でも先に行かないと。
それにしても、カラマリアって組織、かなり危ない思想の人達が所属しているよなぁ。
そういや、前に喫茶店で龍樹君と話していた時、シイラさんの他にも倫理観がバグった人達がいて、私やリルドが『普通の人に見える』て言われたぐらいだしなぁ。
だけど、龍樹君、無事だろうか。朝からこの夜まで、この教団で囚われていたと思うと、早く救わないと!
なので、私とフグトラさんは、狂気が満ちる部屋から出発すると、三階へと向かったのだった。
*
「それにしても、ここ、広くない?」
「まぁ。でも、隠し部屋なら場所は分かるっす。それにしても……」
「ん?」
あの狂気な部屋から少し歩いた時、ふと、フグトラさんがポつりとこう言い始めたのだ。
「標本屋の見た目の衝撃が離れられなくて……。何だろう。残虐でも、あんなに綺麗で美しい方だったんですか!?」
「え!? まさか……」
「いやいやいやいや! 俺は『同性愛者』ではないのでそれは全く無いっす! 神に誓って無いっす!」
「そっかぁ。ん?」
今、しれっと『同性愛者』て言った?
もしかして、今回のこの盛大な事件はもしかして、一人の少年、『龍樹君』を巡る、『同性愛者』達による、ドロッドロとした愛憎劇によって造られた物だったってこと!?
そうなると何だろう。女子同士の愛憎劇よりも、暴力やら支配やらにガン振りしているせいか、この先起こるであろう、龍樹君の状態が怖すぎるんですが。
ふぅ。と一呼吸を置き、階段を登り終えると、何故か見慣れた人が通路の奥側に立っていた。
「あれ? 誰かいるっすね?」
「え……」
姿に驚いてしまったが、彼はふぅ。と息を吐きながら両腕を組んで壁に寄りかかっていたのだ。
「……よぉ。タミコ」
「リルド!?」
まさかの彼で、思わず声が出てしまったが彼は何故かフードを外すと、月明かりに照らされた赤髪を揺らしながら、こう続けざまに言ってきたのだ。
「お前。事務室にスマホ忘れて事の今まで何やってたんだよ。しかも、隣の黄色いパーカー野郎、その虎の十字架のネックレス。まさかの幹部か」
「あぁ……。ごめん……、なさい。でもフグトラさんは事の今まで、ずっと、私の味方でいて……!」
「いや! それはその……!」
やばいやばいやばい!
何だよこの修羅場は!
まるで浮気現場で彼に問い詰められる彼女みたいな構図になってるじゃないか!
「ふっ! まー。別に怒ってねーからキョドるんじゃねーよ! ははは!」
「んなっ!」
「もしかして、他の男といるから、浮気してんじゃねーかと思ってたか? んな訳ねーだろバカ」
「あぁぁ!」
しかし、彼は私を軽くあしらいながらも笑うと、フグトラさんの所へ行き、こう訪ねてきたのだ。
「おかげでミオさんは今、喫茶店 ツブヤキで匿って貰ってるからな。安心しろ」
「えっ。それは……」
「お前のことはカンナ経由でミオさんから、直接電話で聞いている。別に敵視してねーから安心しろ」
「あ。えっ……」
「それに、あの投稿の事も、グソクさんからIPアドレスで別人だと割れたしな。どーせ上に指示されて、わざと投稿したんだろ」
「それは……、その……」
だけど、何だろう。この強者感強めは。
しかも、フグトラさんは初めて会ったシイラさん同様、たじろいでいるって事は、もしかして、リルドが『暗殺の赤鮫』だと思っていたり?
ふと、恐る恐る彼を見てみると……、え?
「やべー。あの人が……。暗殺の……」
フグトラさんは何故か、ボソッと呟きながらも顔を赤らめているのだ。
「あの、フグトラさん?」
「あぁぁぁあ!? ごめんなさいっす! べべべ、別に暗殺の赤鮫に惚れたわけじゃっ!」
「ったく、ごちゃごちゃうるせーなぁ」
「ごごご、ごめんなさぁぁい! それはその……!」
「そんなにテンパるなよ。フードを外したのは単に暗くて見づらいだけだ。昼間街に出る時は、被んないと、お前みてーな奴が出てきて、色々とめんどくせー展開になることが多かったからだ」
「なるほどねぇ……」
「それに、暗殺の赤鮫かぁ。ふっ。日本人ってやっぱり、おもれーネーミングを付けるもんだな」
「えっ……」
確かにリルドは、異国の美青年だから、他の人が見たら、フグトラさんみたいな反応する人も少なからずいるかもなぁ。
それでいつもフードを被ってたもんなぁ。あはは。
「それと、実はここさ、全然開かなくて怪しいんだけどさー。幹部のお前なら、ここの開け方、何かわかるか?」
「ん? えっとっすね……」
すると、リルドと彼は、特殊な扉の前で謎解きをするかのように悩ましていたのだ。
「これ、あれっすね。『先代が付けていたネックレス』と『俺』のネックレス、『熊野家』のネックレスが無いと開かない奴っすね!」
「『先代が付けていたネックレス』って、これの事か?」
すると、彼は首元から十字架のネックレスを取り出し、見せてきたのが……。
まさかの龍でした。しかも、ゴリッゴリに彫られたリアル龍の顔で、これも、威嚇している顔だ。
「あー! これ、じいちゃんが付けてたやつっす! 本物じゃないっすかぁ!」
しかも、祖父が先代というフグトラさんの反応を見ると、間違いなく本物だ。
ていうか、ヒガンさんからどうやって手に入れた訳よ。シイラさんといい、リルドといい、そんなにホイホイと幹部権限付きのネックレスを渡しまくってるヒガンさん、まじで大丈夫?
「ほぉー。じつはヒガンさんと言われた人に出会ってな。その人と軽く取引をしたんだよな」
「え? どんな……」
「先代のネックレスや、幹部クラスのを、俺やシイラに渡す代わりに、ある依頼を頼まれてな」
「はぁ。ある依頼って……」
すると、彼は翡翠色の目で睨みながらも、重い口を開け、こう話を切り出したのだ。
「それは、カラマリアの越智昇経由で、ここに『息子』が囚われているから、探して欲しい。と、頼まれたんだ」
「それで……」
「明らかに変だと思ってたんだよな。しかも、信者と戦闘するかと思えば、信者は誰一人いねーし」
「そう言われてみれば……」
フグトラさんと一緒に歩いてはいたが、今のところ、マフさん以外、誰も会ってないような。
「ところで、シイラには会ったか?」
「うん。掲示板の投稿主をおもちゃにして遊んでるよ」
「って事は、投稿主が分かったんだな。それならいいや」
「え?」
そんなアッサリでいいの?
今の現状を見たら、私もフグトラさんも入れないほどの二人だけの狂気空間が出来上がっているのだが!?
あまりにも淡白な反応だった為、思わず空いた口が塞がらなかった。
「ってか、ごめんな」
「え?」
「その、お前の頬に傷、付けてしまって。その……」
「リルドは、何も悪くない」
「は?」
「当たり前でしょ! その場に居なかったんだから、どー守ろうが、あの時は私自身がやらなきゃ無理だったんだから! その……」
「……」
「そんなに自分を……、責めないで!」
「……」
ふと、私は彼の両肩を掴んで、思いっきり思った事を発してしまった。
毎度思ってた。何でリルドはそんなに……、優しいの?
「何だよそれ。いつそんな事思って……」
「それに、頬に傷。リルドとお揃いじゃん! ねっ!」
「あっ……」
だけど、彼の目からは何故か涙が溢れていた。恐らく、彼なりに色々と切羽詰まっていて、それが溢れに溢れてしまったのだろう。
そしてその答えは、私の満面な笑みで、証明されたのだろう。
「もう、大丈夫だよ……」
「……」
「これからは、その、リルドに何かあったら……、私が……、守って、あげるから……、ね!」
「……」
私も何故か、彼につられて泣きそうになっていた。
何なんだろう。いつも悪態ばっかりついてきて、強くて、涙とは縁遠い様な人が、こんなにも疲れきってて、我慢できずに泣いてしまうなんて。
恐らく、彼はあの、ナル計画の時からずっとずっと言えない何かを抱え続けていて、ゴエモンさんや、グソクさんにさえも、秘密を言わずにひた隠しにしていて。
だけど、本当の彼は信頼できる人に『頼りたかった』のかもしれない。
でも、今まで頼る術もなく、今日まで来てしまったから、彼は『暗殺の赤鮫』という通り名のベールを被って来たんだと。
私こそ、ごめんね。
リルドが一人で爆弾を抱えていたように見えていたのに。ナル計画の事、私以上に怒っていたのに……。
「あの。えっと、その……、俺、シイラさん呼んできましょうか?」
ふと、背後から視線を感じたので、振り向くと、気まずそうにしているフグトラさんが、申し訳なさそうに言ってきたのだ。
『あっ……』
「お二人はその、そこで待っててくださいっす! ではっ!」
すると、彼は顔を真っ赤にしながら、その場を去ってしまったのだ。
「……、なーんか、憎めねー奴だな。アイツ」
「……うん。終始あんな感じだったよ。でも、頬に傷付けられた時、誰よりも怒って、頭掴んではっ倒してたよ」
「はっ倒すって……、見た目以上にヤベーなアイツ」
「うん」
「でも、俺はあーいう嘘をつかない、表裏ないやつは嫌いじゃねぇ。それに……」
「それに?」
「あのまんまベローエの幹部にいさせるのも、勿体ねぇなぁ。て思ってる」
「それは言えてるかも……」
確かにこのままいても、まともな二世達は、息が苦しくなるばかりだ。それに、女は『教祖と子作り』とか、『男は性機能を無くす』とか、死んでもごめんだ。
「そーいえば、ツブヤキのマスターが、新規事業を立ち上げるとかで、密かにアルバイトを募集してたんだよな」
「えっ!?」
「だから、元信者たちを匿うのには、丁度いいんじゃねーかと思ったんだが、タミコはどー思う?」
「すごっ! それは大賛成だよ!」
「ふっ。良かった。タミコの事だから『ダメだよ! そんな危ない闇バイト募集なんて!』て言うかと思ったよ」
「それは流石に言わないって……」
だけど、彼は先程の気が張ってた表情とは、また違った穏やかな顔をしていた。
そういえば私、勢い余って『守ってあげる!』なんて言ってしまったが、夢でも似たような事があった気が……。
あぁ。確か、愛華に言われた言葉だ。
いつ、どんな時に言われたのか、さっぱりと忘れてしまったが、まさか、無意識に愛華に言われた言葉を、私が使ってしまっていたなんて……。
でも、今の私は『リルド』や出逢った人たちを『守りたい』んだ。ただ。それだけ。
「さて。つーか、アイツらおっせーなぁ。まじで遊んでんのか?」
「うん。まず、シイラさんが投稿主。えっと、マフさんだね。マフさんの左手の甲を突然切って、その流れた血を美味しそうに、チューチュー吸ってたよ」
「相変わらずだなぁ……。あいつ、あれからなーんも変わってねぇし……」
「は? あれからってどういうこと!?」
「それはな……」
すると、リルドはかなり衝撃的な事をいい始めたのだ。
「あいつ、『若い人の生き血』で興奮するんだよ。そういう性癖持ちなの、知ってたのに……」
「……」
「あの時の俺は、怖くなってしまって、突き放してしまったんだ」
「それで……」
あの、シイラさんの狂気的な行動にも納得がいってしまった。
彼はと言うと、複雑な表情を浮かべながらも、下を俯き、ふぅ。と吐息を零した。
だけど、シイラさんってやっぱり、転生後のエリザベート・バードリーの様だよね。
そりゃぁ、若い人の生き血で性的興奮を抱く思考を持っていたなら、普通でも恐怖を覚えるって。
だけど、リルドはシイラさんがゴエモンさんに追放されてからも、連絡先を敢えて消さなかったのは、もしかして……、罪悪感から募る『後悔』や、救えずに野放しにしてしまった『責任』があったのかもしれない。
一般の人なら、あんな狂気の塊の人と、未だに付き合おうとも思わないだろうし。
「あぁ。あいつが記憶喪失のままでいてくれたら。ていうのも内心思ってしまってな」
「それは……」
「だけど、ある任務の時に、ふと、アイツは『殺人鬼』だった記憶を、全部思い出してしまったみたいでな」
「……え?」
「それで、標的を拷問して殺し、血を啜って、興奮のあまり、ハムスタキロに投稿してしまったんだよな」
「そんな事が……」
まさか、シイラさんの記憶の蓋を開けてしまったのは、リルドと行った任務の時だというから驚いてしまった。
「その件でサーフェスは事務所を移転せざるを得なかったし、アイツは結局、医療関係ともパイプが太い『カラマリア』の闇ブローカーとして、保護観察。俺とは道が別れてしまった」
「……」
「だけど、久々に会ったらアイツ、ちゃんと力を制御していたからすげー驚いちゃったんだ」
「え?」
あれで『力を制御していた』だって?
いや。どんな冗談だよ。
あれでまだ力が制御してますよ。てなったら、本当に壊れた時は……。
そう思うとかなり身震いしてしまった。
「まぁ。その時はガチでもう、この現実世界にはいられないだろうな。だから、本人もその辺のセーブはしているつもりだと思う。きっとな」
「……」
シイラさんもまた、特殊な性癖を爆発させないよう、抑える事によって、力を制御しているって事?
まるで、リルドが筋トレをすることによって力を制御している。という事と、リンクをしている様な。
本当に、この二人は似て非なるっていうか……。
「いやぁ。ごめんっす! 遅くなってしまって!」
すると、フグトラさんがシイラさんと、お姫様抱っこで抱き抱えられているマフを連れて、慌てて戻ってきたのだ。
「おっまたせぇ~!」
「って……、え?」
だけど、シイラさんの首筋には、何故か痣に近い小さなマークが複数つけられていたのだ。
ちょっとまって、これって、キスマーク!?
しかも、シイラさんに抱えられてるマフはと言うと、まるで子供のように、彼の首筋に顔を埋めていたのだ。
「何かね、愛でていたら、突然僕の首にチューチューしてきたんだ~。一応なだめたりしてたけど、何か可愛くなっちゃって~」
『……え?』
この時、彼ら含めて、私やフグトラ達は一斉にフリーズしていたのだ。
「えっとこれは……」
私は思わず本音が漏れてしまったが、シイラさんとマフさん、何してんの!?
彼が身につけている『本物の熊野家のネックレス』が重要アイテムだから、フグトラさんが気を利かして迎えに来ていたのに……。
「タミコさん、実は俺が迎えに行った時、この二人は未だに、自分の世界を構築してましたっす……」
「構築って……」
「なんて言っていいか分かんないっすが、俺、場違いだったかなぁ。て思って、一旦離脱しようとしてたっす」
「あはは。それはその、ごめんね……」
ったく、一応ここ、『海横支部』という敵地のど真ん中なんだけどなぁ。
だけど、いいや。あと少しで龍樹君の無事が分かると思うと、気を引き締めないと。
「……」
リルドはと言うと、後から合流したせいか、この狂気な状況に、一時、言葉を失っていた。
「……とりあえず、シイラ」
「ん?」
「何故、投稿主のマフが、こうなっているのか、お前の口から説明してくんねぇか」
「あー。わかったよ~。さぁ~て、一旦降りようか」
「……うん」
すると彼は子供に言い聞かせるように、マフさんに言うと、素直に応じて降りたが、何故かシイラの隣を独占するかのように、ベッタリと寄りかかっていたのだ。
まるで、『彼の言うことしか聞かない』みたいな。それに、茶髪の彼の目の光は、未だに死んでいるし、虚ろな目でずっとシイラを見ていたし、何だろう。
それがどうも私には『恐怖』とか『狂気』に見えるけど、壊れかけの人形みたいで、脆そうにも見えた。
「えっと。よしよし。大丈夫だよぉ~。ここにいるからねぇ~」
「……うん」
そして、彼はこの流れの一連を、隣にいるマフさんの頭を撫でながら、こう語ってきたのだ。
「実はね……」




