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マリアナに堕ちたのは、親友ではなく、私でした。  作者: Ruria
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新しい職場は、恐ろしい程にホワイトでした。


「あの。ご、ごめんください!」


 扉を開けると、小さな探偵事務所の様な風景が広がっていた。こじんまりとした事務テーブルと椅子が5つ。LEDの蛍光灯がついた天井は眩しかった。

 その奥側には、1人の大柄な男性が、エナドリ片手に飲みながら、ひたすらパソコンをカタカタと打ち込んでいる。


「ゴエモンさぁ~ん。あれ? ね~ね~! グソクさ~ん!」

「おぉ! おかえりなさいですよ! メンコ氏。それに、リルド氏ではありませんかぁ!」


 すると、私の背後にいた彼女が手を振りながら、笑顔で彼に声をかけていたのだ。

 グソクさん、と呼ばれた人も、パソコンの打つ手を止め、私の元へと駆け寄ってきた。

 見た目は、黒髪でワカメみたいな髪型。黒縁メガネをかけていて、かなりのメタボ体型。無地のグレーTシャツに、下は黒いスウェットを履いている。靴は白黒のスニーカーだけど、ここ、土足OKなんだ。


 まるでここを家にしているかのような、ラフな格好でかなり驚いてしまった。というのも、ここにいる人達は、何故かバッチリメイクを決めている、黒ワンピースで黒ヒール姿のメンコさん以外、ほぼ、普段着に近い格好をしていたのだ。


 私も黒ジャージ上下で、部屋にいたせいか、下は黒くて厚めのルームシューズだけど、リルドも灰色のパーカーに、黒に近いグレーのジーンズ。そして、黒と白のランニングシューズと言った格好だ。

 という事は、私は変に浮いていない。というので、良いのだろうか。


「ま。アタシもね、これは仕事着なんだけど、普段はかな〜りラフな格好なのよ。すっぴんで、Tシャツにショーパンみたいなやつで過ごしたりしてるのよね。あははは!」

「そ、そうなんですか!?」

「そそ。基本、サーフェスは、服装や髪型は自由なの。依頼の時以外は。だから、こーいう格好をしないとダメ。とか、堅苦しくしなくていいからねぇ!」

「あ。はい……」

「あ! それと……、あれ!? よく見たら、多美子ちゃん、それ、ルームシューズでしょ!? あー。うちのリルドが、部屋から無理やり連れ出したからかぁ。ごめんね! 今、新品の一式持ってくるから、待ってて!」

「あっ! メンコさん!」


 そう言うと、彼女は、事務机がある場所から反対の扉へと入ってしまった。そこにはドアプレートで『メンコの部屋』と書かれていた。


「お? もしかして、その子は面接希望者。って事ですか!?」

「あぁ。だから今さ、ゴエモンさんを探してんだけど、知らねぇか?」

「成程っすね。リルド氏。ゴエモン氏なら、普段、あそこにいますよ!」


 すると、彼は奥にある、茶色くてアンティーク調の扉を指さしていた。


「あ、ありがとう、ございます!」

「ちなみに、君のお名前はなんて言うんだい?」

「あ。私は……」


 この時、私の名前は『天海愛華』なのか『竜宮多美子』なのか、未だに分からないままでいた。

 偽装マイナンバーカードだったとはいえ、私はリルドに会う前までは、『天海愛華』としていた訳だ。

 なんて答えれば良いか、悩んでいた時だった。


「あ~、グソクちゃん、ごめんねぇ。実はこの子、訳ありなのよぉ~。あ。これ、新品だけど、履いてないからあげるわぁ。サイズが合えば良いんだけど……」


 扉から彼女が出てくると、私に可愛い犬の刺繍がついた付いた白い靴下と、真新しくて、黒いスニーカーを渡してきたのだ。


「えっと、ありがとうございます!」

「まま。ガッチガチに緊張しなくてもいいかんねぇ~。ゴエモンさんはとぉ~っても、優しい人だし!」

「は、はい!」

「ほほー。なるほどなるほど!」


 そして、メンコさんが彼の間に入って、話をつけてくれたので、私は内心驚きながらも、靴下と靴を履いていた。


「もしかして、その子が例の『保護対象』の人っすか!」

「そそ! さっきライムで伝えてたよね?」

「なるほどなるほど。確かに来てましたね。こちらのスマートフォンにバッチシと! てことは、彼女の事は、『多美子氏』とでも呼ぶべきですかね?」

「いやぁー。名付けもせっかくなら、ゴエモンさんに付けてもらお! あのじぃさん、ネーミングセンスならアタシ達より良いし!」

「あー。確かにそれ、良いっすね! ちなみに、ワイの名付けの由来は『ネットの掃除屋』という事で、『ダイオウグソクムシ』という深海生物から付けたとゴエモン氏が言っておりまして。割と気に入ってるんですよ。ウシシシシ! あ。とりあえず、ゴエモン氏を呼んできますね!」


 彼はヲタクみたいな口調で、意気揚々と語ると、上司を呼びに、茶色い扉の中へと行ってしまった。


「ありがとぉ~。グソクさ~ん! でもさぁ。それにしても、ゴエモンさん、来んの遅くない?」

「しょーがねーだろーよ。あのジジイ、いっつも隙あらば筋トレしまくってるだろーし」

「ったく。どんだけ筋トレしまくってんのよ。もういい歳こいたじぃさんなのに……」

「そだ。ところで、メンコ氏。リルド氏」


 すると、あのアンティーク調の扉から、グソクさんが出てきて、笑いながらこう言ってきたのだ。


「ウシシシ。実は呼びに行った後、『あの若造ら、影でコソコソと、ワシの悪口を言ってんじゃねーぞ』と、ゴエモン氏が言ってましたぞ!」

「え!? まさか全部聞こえてたの!?」

「まじか……」


 何故か二人はかなり驚いた様な顔をしていたのだが、益々上司の顔が気になった私は、生唾をゴクリと飲みながら待つことにした。


「よぉ。グソク。ワシを呼んでくれてありがとなぁ」

「いえいえ! 大事な事もありましたからねっ!」


 すると、彼の背後から、屈強な軍人みたいな体つきをした背の高い年配の男性が現れたのだ。

 黒とグレーのミリタリー柄の作業着を着ていて、髪は短くて白髪だが、パッと見、50か60代ぐらいだろうか。

 かなり鍛え抜かれた様な。筋肉ムキムキな体つきで、とても強そう。まるで某筋肉番組に出演しても、映そうな体つきをしている。そして、両腕を組みながらリルドやメンコさんの方を見ると、ニンマリと笑いながら、こう言ってきたのだ。


「ったく。メンコとリルド。後で腕立て伏せ、100回。それ終わったら腹筋、100回な。腕立て伏せに関しては、膝付き、休憩は無しだ。腹筋は手を抜かずにちゃんとやれ。いいな?」

「はぁぁぁ!? 勘弁してくれよぉぉ! あ。そうだ。腕立て伏せや腹筋なら、メンコがやるってさ!」

「はぁぁ!? アタシはぜーったいやんないかんね! ていうか、リルドが最初に言い出したんだから、責任持ってちゃんとやりなさいよ!」

「はぁぁぁあ!? ふっざっけんなよ! 最初に『あのじぃさん』て言ったのは、テメェだろ!」

「けど、その後に『あのジジイ。隙あらば筋トレしまくってる』て堂々と言ってたでしょ!」

「確かに言ったけど、その後に『もういい歳こいたじいさん』って言ったメンコも、かなり悪いだろうが!」

「ふん! でも、あーんな地獄の腕立て伏せと腹筋のセットなんて、ぜぇぇったい。ぜぇぇぇったいにやんないからねぇー!」

「おい! 戦犯はテメェなのに、やらねーで逃げんのは卑怯だろー! コラー!」


 すると、二人はお互いに睨み合ってギャーギャーと口喧嘩をし始めたのだ。


「ええっと。これは……」

「君が例の子か。こっちに来なさいな」

「は。はい……」


 そんな光景に戸惑っていると、彼はキリッとこちらに視線を向け、軽く笑いながら私に手招きをしてきたのだ。


「ま。安心しなされ。君はワシの事を悪く言ってなかったのでな。わざわざ腕立て伏せなんて、しなくてええ。あの若造らが、影で筋トレばっかりしてるくそじじいだとかほざいてたからなぁ。ちっとばかし、軽くお灸を据えただけだ。ガハハ!」

「そう、だったんですか……」


 それにしては、リルドさんやメンコさんは、反省するどころか、逆に大喧嘩したり、お互いに責任転嫁しようとしていたけども。


「さぁぁ、て。特別におじさんがここの事、色々と教えてやるからな」

「は、はい。って。何ここ……」


 そして、緊張しながらも彼の後について行くと、部屋一面がトレーニンググッズに溢れていた。

 ベンチプレスは勿論、ランニングマシンやアップライトバイクまでもついている。

 おまけに部屋の隅っこには、VRマシーンまでも置かれていた。まるで趣味の部屋のような。


「ここはトレーニングルームだ。裏何でも屋は、依頼によってだが、常に生と死の狭間にいることが多い。だから、ここで体全体を鍛えて、少しでも自分自身の生存確率を上げておくのじゃ。なので、ここにある機材は、自由に使っても構わんよ」

「そうなんですか!」

「あぁ。VRマシーンでは、万が一、変態に襲われた時の護身術を身につけられるトレーニング付きだから、安心していいぞ。しかも、まるっきり初めての人には、もれなく、チュートリアル付きだ。ガハハハ!」

「あっ……」


 この人、最初は強くて怖いイメージがあったのだが、話してみると、何だか『まっちょおじさん』て感じの、ゆるキャラみたいだ。

 でも、初老の人に向かってこれは果たして、褒め言葉なのだろうか。


「それと……。話は逸れるが、君は裏何でも屋『サーフェス』の他に、知りたい事が山ほどあるのだろ?」

「は……。はい。リルドさん達からは、粗方聞いてはいたのですが、何故、私が他の殺し屋に狙われてしまったのか。それと、何で、行方不明になった私の親友、『竜宮多美子』が、私なのか……」

「なるほど。そうだな。ここだとあの若造達にも聞こえてしまうからな。別の部屋に行こう」

「はい。わかり、ました」


 なので、私はまた、ゴエモンさんの大きな背中の後について行きながら、VRマシーンの近くにあった白い扉へと向かった。


 そこは極秘の話をするための部屋、『シークレットルーム』らしい。


「よし。ここならあの若造共もわざわざ聞きに来ないだろ」


 部屋の中は応接間の様に、高級そうな茶色いソファと、ガラステーブルが置かれていて、先程の事務所とはまた違う。まるで、どこかの中小企業にある、社長室の様な雰囲気だった。


「もしかして、私は、その……。メンコさんやグソクさん達にも言わないでいた方がいいほど、重大な何かを持っている。て事ですか?」

「そうだな。どこから話そうか……」


 そう言い淀むと、ゴエモンさんは、ふぅ。と、一つため息をつき、こう語り始めたのだ。


「まず、君は3つ程、誰にも漏らしてはいけない秘密を抱えている。という事を、わかって欲しい」

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