今回の出来事は、色々と予想外でした。
*
そんな訳で、灰色パーカーの彼、リルドと共に行動をする事になった私だが、何で私が竜宮多美子な訳?
そもそも、まず、何でこうなってしまったのか、果物ナイフを持ったまま、未だに分からないままでいた。
「そういえば、復讐を手伝うとか何とか言ってたけど、具体的に、私は何をすればいいの?」
「まずは、ここから脱出だな」
「はぃ!?」
急な答えに、益々頭の回転が追いつかない。
けど、先ずは刃物をしまおうと思って、ナイフを折り畳んでしまったのだ。
「当たり前だろ。俺以外にも、お前を狙ってる殺し屋は数多くいるからな。それに、ここに盗聴器も付いているみたいだし」
しかも、彼が指さす先には、パソコンを繋いでいたコード周辺には、白い電源アダプダーが付いていたのだ。
「うげっ!」
私は驚きのあまり、変な声を出してしまった。
「……」
でも、彼は無言で躊躇いもなくそれを外すと、窓から電源アダプダーを空彼方へと投げ飛ばしたのだ。
「と言っても、俺は正式な殺し屋ではないけどな」
「せ、正式な、殺し屋、ではない?」
「あぁ。社会的な制裁で、抹消を行う『サーフェス』という裏組織に加入しているんだ」
「裏組織……」
この時、私は何だか、一気に水中へと落とされたような気がした。今まで何事もなく、表の世界でのんびりと楽しく、SNSを楽しんでいた。あの時の私。みたいにはもう、二度と戻れないんだ。と。
「そこでは、主に様々な形で依頼を受け、警察にバレぬ様に、裏で社会的な制裁を行うのさ。そうだな。例えば、DVを受けている女性からの相談が入ると、相手の男性を様々な手段で特定し、その男性に一番ダメージが当たる制裁を行うのさ」
「一番、ダメージが当たる制裁。例えば、殺したり。とかですか?」
しかし、真顔でそう言った瞬間、彼はぶっ! と吹き出すと、何故か大笑いしていた。
「おいおいおいおい! 殺しはしねーってさっき言ったばっかりだろ! ガチでウケんなお前!」
「あっ! そういえばそうでした! すみません!」
思わず謝ってしまったが、それ以外に一番ダメージを与えられる制裁なんて、あるのだろうか。かなり疑問に思ってしまったが、彼は笑いながらも、続けてこう答える。
「ま。そういう非道な奴には殺しなんて、生温いと思うがな」
「と言うと……」
「そういう奴の大半は、プライドが高い人種。つまり、自分さえ良ければいい、自己中で傲慢な奴が多いのさ。そのプライドを『ぶっ壊せ』ば良いだけ」
「なるほど。直接手を下すのではなくて、相手の弱点を突いて地に落とせばいい。と」
「あぁ。それと、依頼人も余程の事でない限りは、流石に殺しなんて希望してないだろうな。懲らしめたいとか離婚を有利にするための情報が欲しいとか、様々だ」
「それって、まさか、便利屋とか、何でも屋と同じ?」
「そだな。それが『サーフェス』の仕事だと思えばいいさ」
「て事は……」
「お前は情報集めや、身分がない状態を上手く利用して、制裁をすればいい。分かったか?」
まさかの仕事内容に驚きを隠せなかったが、それ以外にも気になった私は更に聞いてみる事にした。
「えっと、報酬とかは、どういう形になるの?」
「それはここを抜けてから。な。死んだら報酬も何も、パァ。だ」
「えっ。は、はぁぁぁ!?」
「ほら。早く行くぞ!」
「あ。え……、ぇぇえええ!?」
しかし、聞こうとした瞬間、彼は私の手を強引に引っ張ると、私ごと、二階のベランダから颯爽と飛び降りたのだ。
二階のベランダって、かなり高さがあるんじゃ。と思っても、時は既に遅し。
彼は空中で素早く私をお姫様抱っこにすると、地上に降りて颯爽と道路へと駆け抜けたのだ。しかも、足が速くて、気がついた頃には、家から少し離れた月極駐車場に着いていた。
「えっ……」
余りにも人間離れな動きをした彼を見て、私は思わずポカン。と口を開けていたが、彼は周囲を見渡すと、一台の黒い軽自動車に声をかけていた。
「よっ。メンコ」
「おー。リルドじゃん! どした? その子連れて」
「あー。依頼内容が大幅に変わったんだ。全くの予想外だったがな」
すると、かなり綺麗めな黒髪の女性が、運転席の窓を開けて、リルドと話していたのだ。この人もまさか、『サーフェス』の人かな。名前はメンコ。らしい。
「なるほど。事情は察した。とりま、二人とも、車に乗っちゃってよ!」
「おけ。ありがとな。おい。続きは車の中で話すぞ」
「はぇ!? あ。は、はい」
そして、私はリルドに言われるがまま、車の後部座席に乗ると、彼も何故か、私の隣に座って扉を閉めたのだ。
「え? リルド、さんはその、助手席には乗らないんですか!?」
「は? 乗るわけねーだろ。お前だけ後ろにしたら、何しでかすか分かんねーからな。監視だ監視」
「いやいや。何もしませんって……」
「いや。会って10分しか経ってない奴の戯言なんて信用出来るか。タダでさえ偽装マイナンバーカードで騙されていた癖に」
「あれは流石に分かんないって……」
私が呆れ気味に言い放つと、突然、車のエンジン音が鳴り響いた。
「はいはい。リルドぉ〜。その子と喧嘩してないで、アタシにちゃっちゃと詳しく事情話しちゃってよ〜。何があったのさぁ〜」
「喧嘩じゃねーし! ていうか、ちゃんと話すから変に茶化すんじゃねーよ!」
「いや。喧嘩なんて。ただ、その。リルドさんが急に隣に来ただけでして……」
「ふふふっ!」
しかし、メンコさんはニコッと満面な笑みで答えると、運転しながらこう言ってきたのだ。
「もしかして、予想外な出来事って、その子も関わってる訳?」
「当たりだ。ちなみにコイツ、『竜宮多美子』かもしれねぇんだ」
「え? それってつまり、保護対象自体が違っていた。て事?」
「当たりだ。どうやらこっちには、偽の情報を掴まされたみたいでな」
「なぁ~るほど。君が『竜宮多美子』ちゃんね! よろしくっ!」
保護対象?
それに、私はやっぱり『竜宮多美子』だった。てこと?
益々分からない展開になった私はただ、二人の話を聞くことに必死だった。
「あ。多美子ちゃん! 安心していいよ! 私達は貴女を決して殺そうとも思ってないし、拷問しようとも思ってないからねぇ~!」
「ご、拷問!?」
「おい、メンコ。何、急に相手を不安にさせてんだよ。ばーか」
「いやぁ~。別にそういう意味で言った訳じゃないんだけどなぁ~!」
「嘘つけ。いつもはウッキウキで対象を半殺しにして拷問してる癖に」
「えぇ……」
まさか、こんなモデル並みに綺麗な人も、社会的制裁を行う裏組織のメンバーだとは。
話が追いつけない私は何故か、唖然としたまんま、彼らの話に耳を傾けていた。
「まぁ。本当の依頼は、『天海愛華』というクズな対象を半殺しにし、警察に引き渡す。と言うのが本当の依頼だったのさ」
「そ、そうだったの!?」
私は驚きのあまり、思わず彼に聞いてしまった。
今でも、私の頭は、思考が追いつかないが、天海愛華を半殺しにして警察に引き渡す。のが本当の依頼。という事は……。
「だがしかし、部屋に入った瞬間、見たのは『天海愛華』ではなくて、コイツだった。ていう訳さ」
「概ね。理解はしたわ。そして、リルドは、身分を無くした彼女に仲間になれ。と誘ったんだね」
「当たりさ。とりあえずだけど、ゴエモンさんの判断待ちな状態さ」
「そだね。上の判断も大事だけど、身分無しな若い女の子をそのまんまにしても、危険だしねぇ。リルド。よくやったね!」
「お。おぅ」
彼はというと、私が出会った時の話をし、私をこの組織に入れることにした。というのも、話していた。し、彼女に褒められたせいか、何だか照れた反応をしていた。
「それに、お仲間が一人増えただけでも、こっちとしては助かるんだよねぇ!」
「そ、そうなんですか?」
「うん! それに、『身分を明かすもの』を全部闇サイトに売られていた。となると、仮にそのまま表の生活をしようとしても、まともに就職も出来ないでしょうし」
「そっか……」
そうだ。表の世界には『身分を証明できるもの』が必須であり、まともな企業に就職するには絶対条件の一つでもある。
例えば、マイナンバーカードとか、運転免許証とか。国民健康保険証とかもだ。
今の私は、それすらもない『無戸籍の人』とほぼ同じ状況だと思ってもいいのかもしれない。
市役所に行って発行することも可能だが、それでも『身分を明かすもの』を使って手続きをしないといけない。なので、どっちにしろ、手続きも難しいし、何よりも面倒臭い。のが1番の理由かもしれない。
「やっと、状況を理解したようだな」
「うん。今の私、かなり危ない状態だった。て事だよね?」
「当たりだ。今のお前は、病院にも行けない。学校にも行けない。家も借りられない。資格も得られない。おまけに就職も身分が要らない匿名の闇バイトや、違法な店とか、その辺の仕事しかできない状態だ」
「……」
それはつまり、殺されたとしても、警察にも『身元不明』という名目で闇に葬られる。ってことだよね。
一気に現実を突きつけられた状態になった私は、黙って話を聞くしか出来なかった。
「とりま、アジトに着いたから、案内するよ。ほら。二人とも降りるよ!」
「あっ! はい!」
「もう着いちまったか。はえーなぁ」
そう考え込んでいたら、アジトらしき茶色い雑居ビルの前へと着いてしまった。
「あれ?」
しかし、看板を見ても、『サーフェス』の文字がどこにも書かれていない。一体どこに?
「あー。こっちこっち!」
私とリルドは、170cmほどある高身長美人のメンコさんに手招かれながらも、エレベーターの中へとはいると、彼女は『閉』のボタンを押していた。
そして、黒いカバンから会員証みたいのを取り出し、ボタンの下にあるカードリーダーに翳していた。
――ガタッ!
すると、エレベーターが下へと降り、チーン。と音が鳴った。
「もう、着いたって事ですか?」
「そうだね」
扉を開けると、こじんまりとした扉に『裏何でも屋 サーフェス』と書かれた看板が立てかけられていた。
「ここが、サーフェス……」
「あ~。なんでこんな風にしたかと言うと、警察の目から掻い潜るためなんだよね。時たま、半殺しにして。みたいな、法律スレスレのグレーな依頼もたまに飛び込んでくるから。それで、こんな風にしてる訳よ」
「なるほど。それで……」
「しかも、履歴書や身分が無くても、度胸さえあれば、一応採用は可能だしな。だが、採用するか否かは、ゴエモンさん次第だがな」
「ゴエモンさん……」
どういう人なのか、全く想像がつかない中、私は意を決して、『サーフェス』と看板が付いた扉を開けたのだった。