無事に依頼、共闘の取引(仮)が成功しました。
「えっと、何を言って……」
彼の言ってる意味が分からなかった私は、レジ前のカウンターで唖然としてしまった。シイラも白いフードを深く被っていて、口元しか見えないが、私と同様、あんぐりと口を開けていた。
「簡単な話だ。タミコとシイラは龍樹君の所に行って、何があったか聞き出して来い。俺は別行動で、サーフェスからベローエ対策として、裏で協力を仰いでみるさ」
「な、なるほど……」
サーフェスに入って、初めての単独だけど、別組織との共闘任務って言うことか。何だか複雑だけど、入ってまだ二日目程でこんな大役、やってもいいのだろうか。不安が付きまとう。
「ちと、俺に考えがあるのでな。それに、サーフェスの連中には、『ベローエがカタギの人に対して、何か変な行動をしている』とでも言っておけば、グソクさんが喜んで調べてくれるだろう」
「あー。確かにあのネットの掃除屋は、凄腕だもんなぁ。元々何していた人だろう。すっごい気になるー」
「さぁなぁ。詳しいことは俺も知らん。それに、ベローエみたいな半グレ集団を軽くボコせる、カンナの上位互換の様な女もいるしな。サーフェスには」
『あ……』
この時、私とシイラは同じ反応をしてしまった。これは確実にメンコさんの事だ。あのクリオネでの乱闘事件が頭の中を過ぎる。あの時、自分よりも大柄な男達を、軽く捻り潰していた様な。
「そーいやそうだった! メンコさん元気かなぁ」
「うーん。昨日も意気揚々と乱闘してましたので、恐らく元気かと……」
「えー! 相変わらずサーフェスの連中はすげーなぁ。そりゃー、カンナが憧れる訳だ」
「え!?」
「実はカンナ、メンコさんに憧れて、護身術やらの武闘系を習い始めた。と言う程の熱烈なファンなんだよな。彼女みたいに正義感あって、その力を正義のために使える様な、かっこいい女性になりたい! て」
「すごー!」
「……」
しかし、隣では、彼は無言で腕を組みながらはぁ。と軽くため息をついていた。
「えっと、リルド、どうしたの?」
「……あー。何でもねぇ。とにかくここ、出るぞ」
「あ。えっと、私はどうすれば……」
すると、シイラが恐る恐る、こう提案をしてきたのだ。
「そうだ。明日また、ここに来ない?」
「え?」
「なんの風の吹き回しだ。シイラ」
「えっと、明日、ちゃんとした正式な取引をしたいな。例えば、この依頼だって、報酬は6250円じゃ割に合わない内容だし、タミコちゃんが血を抜いて終了っていうのもなんか変だしなぁ。て」
「ほー。んで、今日は単に話し合いである。ていう事で良いんだよな?」
「そうだね。タミコちゃんも、リルドと一緒に帰った方が安心だろうし、急に単独で別行動というのも不安だし。今日は色々と疲れただろうし」
「おいシイラ。やけにタミコに気ぃ使ってんな。まさか、好きになったのか?」
「はぁぁぁ!? なんかその解釈変じゃない!? まるで僕が彼女の事惚れちゃったけど、相手がいるから言い出せないみたいな!」
「ちげーよ。そういった類の話ってさ、よく恋愛モノに無いか? なんて言うか、第三者的な立ち位置ので」
「ていうか、リルドって、恋愛モノ好きだったっけ? なんか、相変わらずわかんないなぁ。リルドだけは、心の中読めねーっていうか……。逆にリルドの方がタミコちゃんの事溺愛してんじゃん!」
「うっせー。少し黙れ! お前!」
「やだぁー! 照れちゃって! もしタミコちゃんと結婚する時はさ、僕も呼んでよね?」
「おい! 勝手に話進めんなバカ!」
コントみたいな白黒コンビのやり取りに、思わずふっ。と笑ってしまったが、これつまり、帰っても大丈夫って事?
それに、目の前のカウンター挟んだ向かい側で、マスターは退屈そうにあくびをし、会計待ちをしている。そんなマスターに視線を向けながらも、私は白黒コンビ、マスターと順に目配せをしていた。
「すみません。お会計は3800円です」
「ほら! 呼ばれたよ!」
「え!?」
急に呼ばれた彼は、驚いてマスターの方を見ていたが、右手にはちゃっかりと黒いスマートフォンを持っている。
「お支払いは現金ですか? それとも、コード決済ですか?」
「あー。えっと、ペムペムで」
「了解です。画面をバーコードにし、こちらに見せてください」
「はいよ」
そして、彼は冷静を装いながらも、マスターの指示に従い、自身のスマートフォンの画面にバーコードを表示させた。
それを、マスターが持つバーコードリーダーに翳すと、「ペムペムッ!」と可愛らしい音がした。これで、全ての会計は終わった様だ。
「今日はごちそー様でした!」
シイラは彼が全額奢ってくれたのが嬉しかったのか、軽くぺこりと頭を下げると、無邪気にはしゃぎながらクルクルと回っていた。
「まぁ。明日来た時は、シイラが俺らの分、払えよな。今回のは借りだ」
「うぃー。わっかりましたぁぁ!」
そして、右手で軽く敬礼をしつつ、陽気になっていたので、まるで幼稚園児のような仕草に驚く私。
だけど、シイラはあれでも一応、闇ブローカー……。なんだよね?
「それと、今日はタミコちゃんにも会えて僕は嬉しかったよ! 今日はありがとね! また明日会おーね!」
「あ。はい……」
最後、シイラは満面な笑みと軽いステップを踏みながら、ツブヤキを後にしたのだった。
「……はぁ」
こうして、喫茶店ツブヤキで執り行った『カラマリア』のメンバー シイラとの、極秘情報のやり取りは無事に終了したが、思ったよりも疲れてしまった。
「大丈夫か? 今日は帰ったらすぐ寝た方が良いな」
「うん。そうする。ありがとう」
だけど、無事に依頼と共闘を得られたのは良かったのかもしれない。でも、あの取引で彼に心配をかけてしまったのは、ごめんなさい。
明日、彼の好きな、あのオムライスビーフシチュー、マスターから作り方、聞いてこようかな。
それにしても、『サンプルの人』と『ナル計画の首謀者』『ベローエ』に『冒涜者』かぁ。聞いたこともない単語ばかり出てきたせいか、頭の中がショート寸前しそう。
あと、私が『サンプルの人』か『ナル計画の首謀者 天海愛華』のどちらか。と言うのも驚いたが、仮に私がそのどちらかの場合は、他の組織から狙われている。というのも納得がいく。
つーか私、外がこんな状況なのに、あまりにも呑気すぎないか?
「あ。それと、今メンコさんに連絡したから、着いたらツブヤキから出るぞ」
「え!? もう連絡したの!?」
「あぁ。アイツ出た後にな。ライムでこっそり打っといたさ。迂闊に歩いてたら、また、ベローエが付き纏って来るからよ」
「そっかぁ……」
それに、何だか彼にも気を使わせてしまっている気がする。
どうしよう。これ以上守られっぱなしも嫌だけど、迷惑をかけすぎるのも嫌だ。私はこの先どうすれば良いんだろうか。
「おい」
「えっ!?」
ふと、色々と考え込んでいたら、彼が顔を覗かせながら声を掛けてきたのだ。
「俺は仮にどっちかだとしても、単純に任務を遂行するだけだ。お前が天海愛華だったら、前にあった依頼通りに、半殺しにするだけだ」
「……」
「だけど、アイツが言っていた『サンプルの人』ってさ、誰なんだろうな。まさか、『竜宮多美子』だったりしてな」
「……それは、分からないよ」
血液型検査をしない限りは。
多分、そこで、RHnull型かそれ以外の血液型か、分かるのだろう。
それ以外だったら、半殺し。ナル型なら、私は……。
でも、その前にまずは、ゴエモンさんに報告と、明日はカラマリアからの正式な依頼の説明を受けないと。
「……あの」
「はい!? 何でしょうか?」
「えっと、急にどうしたんですか? マスター……」
ふと、レジ側のカウンターから声がしたので、私とリルドは振り向くと、マスターが複雑な表情で私達に向かってこう言ってきたのだ。
「今さっき、ベローエと言いましたか?」
「あー。確かに言いましたが……」
「それがどーしたんだ?」
「カラマリアの人がいたので、先程は言わなかったのですが、とにかく、お帰りの際は気を付けてください」
「えっ?」
何故かマスターに念押しで言われてしまったが、何かあったのだろうか。思わず相槌を打ってしまった。
「あの連中、実はさっき、クローズの看板を下げようとした時に、この近辺を彷徨いてましたよ」
「嘘っ!?」
「なので、咄嗟に看板を店の中に入れましたが、くれぐれも、お帰りの際は気をつけて。まぁ。迎えが来るなら安心でしょう」
「は、はぁ……」
まさか、もう既にここにいることを勘づかれてしまったのか。
だけど、マスターが機転の利いた対応をしたので、何とか難を逃れた。ていう事なのだろう。
それにしても、このマスター、本当に何者なのだろうか。私達に助け舟を出しているということは、味方なのは確かだが。
「マスター、貴方は一体……」
「詳しくは、俺の友人にでも聞くと良いでしょう。若い奴らよ」
「友人!?」
「という事で、またのお越しをお待ちしております」
そう言ってマスターは、ぺこりとお辞儀をすると、店の奥へと消えてしまったのだった。
「結局、マスターの正体も分かんなかったな」
「とりあえず、どうする?」
「あ。もう、メンコさんが店の前にまで来ているみたいだ。行くぞ」
「あっ! うん!」
そして、私達も迎えが来たので、ツブヤキを後にしたが、丁度出てすぐ目の前に車が止まっていたので、凄く安心した。
「おーい!」
運転席にはメンコさんが手を振ってこっちに手招いている。
幸いな事に、周囲も人の気配が無く、あるのは目の前にある、黒い軽自動車のみ。
「話は後だ。乗るぞ」
「あ。はい!」
こうして、私達は即座に後部座席に乗り込み、ツブヤキを後にしたのだった。
そして、サーフェスの事務所兼自宅へ帰る車の中、彼女は運転席からこんな事を言ってきたのだ。
「さーて、ゴエモンさんが、リルド達にどんな依頼を頼んだのかは知らないけど、アタシの出来る範囲であるなら、手伝う事は可能だからね! だからその、遠慮なしでアタシをパシってくれて構わないから!」
「あっ。えっと……」
「おいおい。急に何があったんだ。メンコさん」
突然のパシリ宣言で戸惑う私に、彼は隣で腕を組みながらもはぁ。とため息混じりに聞いていた。
「ん? あー。実は二人が出て行った後にさ、ちーっと変な依頼がグソクちゃんの所に舞い込んでいてさ」
「変な依頼? ですか?」
「そうそう。事務所に着いたら、ゴエモンさんからあると思うから、詳しい内容は聞いてみてね。それと……」
「それと?」
「その依頼には、ある闇掲示板が関わっているらしいのよ。どっかで聞いたこと、あるかな? 確か……『キルマイフレンド』っていうんだけど」
「キルマイフレンド?」
和訳すると、『私の友達を殺して』というような物騒な名前になるのだが、そんな闇掲示板があるのか。
かなり気味が悪いと感じた私は一瞬背筋が凍ったが、その闇掲示板と、突然舞い込んだ依頼には、何か関係があるのだろうか。
「さて。事務所に着いたから、後はリルドとタミコちゃんで、ゴエモンさんから聞いてね!」
「了解です」
「はいよ。さて。行くかタミコ」
「うん!」
そして、事務所がある雑貨ビルに着いた私達は、周囲を確認すると、エレベーターに乗り込み、扉を閉め、貰った会員証を翳して下へと降りたのだった。