ストーカーしてきた組織が、思ったよりも危険でした。
「は、ええええ!?」
まさかの天海愛華が、ナル計画の首謀者!?
シイラからの再度の爆弾発言により、私も思わず大声を発してしまった。
「お客様。当店ではお静かに」
『あ……』
しかし、突然現れたマスターの一声により、私達三人は、お互いの顔を見合わせ、『すみませんでした』と深くお詫びをした。
「えっと、どこまで話を、聞いていましたか?」
「……。途中までは聞いてましたが、『守秘義務』がございますので、外に漏らす事はありません。幸い、お客様は貴方達以外、通しておりませんので、聞いている者も早々居ないでしょう」
「あ。そうなんですね」
「お会計はこちらの伝票にて。それでは、失礼致します」
そして、マスターは私達がいる木製のテーブルの上に黒い伝票をバンッ。と勢いよく置くと、そそくさとその場を去ったのであった。
「まじであのマスター、何者なんだろうな」
「さぁ。音もなく僕らの所に来てたよね。まさか、ゴエモンさんと知り合いだったり?」
「それはねーだろ流石に」
「うーん。でも、『守秘義務』て言ってたけど、シイラさんの所の人間だったり?」
「いやいやいや。カラマリアでも、あんな音もなくここに来る人なんていないって!」
「そっかぁ……」
そして、謎の人 マスターによって、私達の話し合いは無事に終えたのであった。
「だけど、今回はありがとう。こんな素敵なイチゴパフェと喫茶店の雰囲気、とっても気に入っちゃった!」
「いえいえ。シイラさん、あともう一つ、聞いても良いですか?」
「ん? いいよ。遠慮なく言ってごらん」
だけど、まだ聞きたいことがあった私は、意を決して、あの事を聞いてみることにした。
「実は、ここに来る道中、不気味な十字架のペンダントをした人に追いかけられたのです」
「あー。そうそう。アイツら何者なんだ? 俺ですら、あんな集団で追いかけてくる奴、初めてだ。しかも、一人一人オーダーメイドで注文した様な、デザインが全く違うペンダントまで身につけていたしな」
「不気味な十字架。一人一人デザインが全く違うペンダントか。確か『ベローエ』だった気がするな」
「べ、ベローエ?」
「あぁ。カラマリアとは、敵対関係の組織でな。あっちは主に『自然死』を良しと掲げる宗教団体でもあるんだ」
「自然死を、良しと掲げる……」
傍から見たら、確かに響きはよく聞こえる。
まるで人間はありのままで生きる時は生き、死ぬ時は自然と死ぬんですよ。と、主張している様に聞こえる。
だけど、人間ってそんな、都合よく、ありのままで生き、自然と死ねるものなのだろうか。
それと、そっか。私が追いかけられている道中で思っていたことが当たっていたのか。まさか、本当にアビスとはまた別の第三勢力だったとは。
「だけど、考え方が極端でさ。『臓器提供』『輸血』『手術』は体にメスを入れてたり針で刺したりするから、自然死を愛する神への冒涜だなんて唄っている、クッソ迷惑な団体なんだ」
「えー……」
「例えばな、『輸血』や『採血』、『臓器移植』とかいう医療関係行為は、ベローエに加入したらやってはいけない。それと、その行為を行った場合は『冒涜者』と呼ばれ、ベローエ内部から忌み嫌われる。とも言われているね」
「そうなんだ……」
「だから、臓器売買したり移植したりする事が出来るカラマリアは、相手からしたら『冒涜者が募る団体』と一方的に思われても不思議じゃないんだよな。確かにそーだけど、その言われ方をすると、なんて言うか、すげームカつくっていうか」
すると、彼は思い出したかの様に、ベラベラと敵対組織の『ベローエ』について、延々と語り始めたのだ。しかも、愚痴混じりで。
「ええっ……」
「けど、そんな奴がなんでタミコなんかを?」
「恐らく、裏ではタミコちゃんを加入という名の人質にして、他組織と交渉するのに優位に立ちたいのかもしれない。それか、利用してから『抹殺』しようと企んでいるのかも」
「そんな……」
しかも、私を人質だとか。
毎度思うが、何でどの組織も、24歳元無職の私に、血液型検査をさせたり、人質にとろうとしたりするのかな。
狙う人間なんて、私以外にも、もっといるのに。
なんなら、テレビにでも出ている様な、何かにつけて増税しまくるクソな政治家を人質にすればいいのに。
「だけど、ベローエに関しては、僕も警戒しなければだなぁ。ここん所最近のベローエは、調子に乗ってる連中がいるからねー」
「調子に乗ってる?」
「そーそー。裏組織を舐めすぎているって感じかな。連中の中には、未成年も紛れている。だなんて聞くし」
「え。みみ、未成年!?」
まさか、20もいかない子までも、その組織に加入している事に、驚きと戸惑いを隠せなかった私は、食い入る様に耳を傾けていた。
「そう。その件に関しては、越智さんですら、頭を悩ましていてな。ただでさえ、息子の事でも悩んでいるって言うのに……」
「え? 息子?」
「あー。実は、越智さんには、一人息子がいてね。龍樹君って言うんだ。とある市立の高校に通っている普通の男子高校生なんだけどさ」
「その、ふつーの男子高校生に関して、何に悩んでいるんだ? その越智さんっていう人は」
私の隣で聞いていたリルドは、グラスに入った氷水を片手に豪快に飲み干すと、彼に質問をしていた。
「それが、思春期特有のなのか知らないけど、話しかけても『別に』しかかえって来なくて……」
「うーん……」
「ある日、龍樹君がボロボロになりながらも、一人の少年を抱えて帰ってきたんだよね。確か、同級生の子だったんだけど……」
「うんうん」
「だから、父である昇さんは心配になって、何にやられたんだ? と聞いたみたいなんだ。そしたらさ、『変な連中に追われていた子を守っただけだ』と言うだけで、何も語ってくれなかったらしいんだ」
「変な連中……」
「それが、もしかしたら、『ベローエ』が関わってるかもしれないってことですか?」
「そうだね。闇バイトの連中を使って抹殺を企てていたならば、こっちも黙ってないな。て思ってさ」
「確かに……」
自分の息子が、変な連中や闇バイトの奴らに狙われているのなら、親としては放っておけないだろうし、心配になるのも当たり前だ。
それにしても、ベローエは自然死と謳っておきながら、やってる事が殺しとか、矛盾過ぎる。
そんな団体が、未成年を狙って悪事を働かせていると聞くと、何だかムカついてきた。そのせいか、両手に持っているグラスが、微かに震えてしまう。
「だけど、僕も含め、カラマリアの連中も龍樹君を助けたくて動こうとしたんだよね。沢山話しかけたりしてさ。でも、龍樹君、どうも嫌がるって言うか……」
「嫌がる?」
「そうそう。心配して声かける度に『ありがとうございます。僕は大丈夫です』て言って、はぐらかされちゃうんだ」
「なるほど……」
「まるで、自分で何でも一人で解決しようとしているって言うか、一人で抱え込んでいる感じはあるんだよね。僕から見てもさ」
「へー。人を取引商品の物としか見ないシイラにしては珍しーっていうか……」
「何それ!? なんか僕が悪逆非道のサイコパスみたいじゃないか!」
「いや。だってそーだろ」
「ちょっと待って!? そこは否定してよぉぉぉ!」
「やだ」
「ぇえええええ!」
私は隣で静かに腕を組みながら相槌を打つ彼と、真向かいで発狂しまくるシイラの話に耳を傾けつつ、氷水を一口飲んだ。
そして、乾いた喉を潤した後、こう切り出す事にした。
「それで、私達なら、龍樹君と打ち解けられるかもしれないって事?」
「あ。そうそう! もしそれが出来たなら、越智さんも君達に会いたいと言って、会わせて貰えるかもしれない!」
「えーっとつまり……。この悩みを依頼として、受け取って欲しいっていう解釈で良いの?」
「いえーす! 僕からの依頼として、是非とも、龍樹君から聞いて欲しいんだ! お願い! そしたらさ、100ml献血するだけで、報酬は6250円と同じ値段にしたげる!」
「えっと……」
結局は、私が血を抜く前提なんだ。
内心呆れながらも再度、氷水を口にすると、静かにグラスを置いて隣にいる彼にこう提案をしてみた。
「ねぇ。リルド」
「どした?」
「この依頼、受けてみようと思うけど、良いのかな?」
「うーん。あ。シイラ」
「なーにー?」
「さっきの依頼、上に言ってからでもいいか?」
「……」
しかし、シイラはグラスに入った氷水を二口程飲むと、少し悩んでからこう答えてきたのだ。
「……あんま言って欲しくないかも」
「つまり、内密にして欲しいって事か?」
「そうだね。越智さん、外に依頼するの、けっこー嫌がる人だからさ」
「なるほどなぁ。それに、ベローエに勘づかれても嫌かもしれないってことか?」
「そうだね。この依頼をするのも、一か八かで掛けてるけども、どうかな?」
「……」
まぁ。そうか。私自身もベローエに追われている身であるから、シイラさんも複雑な気持ちを抱えているって言うことか。
少し悩んだ後、私はある交渉を行う事にした。
「まず、龍樹君に会うには、どうすれば良いのかな? 私自身もベローエに追われている身であるから、特定されないように動きたい所だけど……」
「そうだな。僕の部下が今、龍樹君の近くにいるから、そいつの電話番号を教えるわ」
「部下?」
「まぁ。僕の妹だけど……」
「うぇえ!?」
まさか、シイラさんに妹が居たのと、妹さんも、カラマリアに属していたとは。私は驚きのあまり、変な声を出してしまった。
「おいおい。妹ってまさか……」
「うん。妹のカンナも、カラマリアで龍樹君の護衛にあたってるんだよねー」
「へぇ……。護衛」
ふと、メンコさんの面影が何となくチラついたが、護衛という事は、カンナさんもまた、護身術とか身につけていて強いのだろうか。
「まじか。俺、あんまアイツに会いたくねーんだけど……」
しかし、リルドはノリ気では無い様な複雑な表情を浮かべていた。
「えっと、もしかして……」
「あ。いや! 付き合ってるとか、そんなんじゃねーよ!」
「ははは! カンナは龍樹君の幼なじみなんだけど、男には興味ゼロでさ。リルドを見たら敵対心むき出しで襲っちゃうかもなぁ……」
「え!?」
「つまり。大の『男嫌い』なんだよ」
「あー。それで……」
「そそ。前にサーフェスにいた時、妹もまだ小学生と幼かったんだけど、変なオヤジに襲われた時にリルドが助けたんだよね。だけど、逆にオヤジと一緒に、金的な部分を蹴られてすげートラウマなんだよ。彼」
「えっ……」
まさかの思い出話に思わず、空いた口が塞がらなかったが、この話で何となくカンナさんの人物像が見えてきた。恐らくここで言う、メンコさんの様な、暴れ馬的な立ち位置の人なのかもしれない。
「おい」
「あ。リルド。ごめん!」
「タミコ、こいつの依頼受けなくていいから、帰って報告に行くぞ」
「え!? ちょっと! リルド!?」
「あーー! ごめんなさい!」
しかし、リルドはかなり怒ってしまった様で、私の腕を強引に引っ張ると、伝票を持ってそそくさにレジ前へと向かっていた。
「だから、そいつの妹に会うと、色々とめんどくせーんだよ。依頼は無しだ」
「ちょっと待ってよ! リルド! ちゃんとシイラさんの話、聞こうよ。嫌かもしれないけど、シイラさんも、情報提供とその依頼以外にも、何かあってここに来たんでしょ?」
「え? た、タミコちゃん?」
「それと、カンナさんが護衛で強かったとしても、あの殺人も厭わないベローエに目をつけられているんだよ。他人事じゃないっていうか……」
「分かってる。非力なカタギ二人とタミコに対して、ベローエは、確かに悪どいからな」
「……え?」
今、カタギ二人と言った?
それに、私の名前までしれっと出してるし。
という事は……。
「だから、シイラ」
「なーにー?」
そして、彼はビクビクと震えるシイラに対し、とある案を持ちかけたのだ。
「その依頼、カンナ抜きで、俺とタミコ、シイラの3人で役割分担をして、遂行しないか?」