喫茶店までの道のりは大変でした。
*
「……」
「……」
エレベーターに入ると、お互い、暫く沈黙が続いていた。
まさか、私自身がこんな格好をするだなんて!
緊張で、両手に持つ黒い鞄が少し震える。
「……あのさ。タミコ」
「……え?」
最初に口を開いたのは、リルドだった。
「何であの時、俺と取引した人が、白パーカーの人間だ。て分かった?」
「それはね、実は、クリオネ周辺の道路だけを撮影して、ハムスタキロに投稿している人がいるんだ。アカウント名までは覚えてないんだけど……」
「そんなマニアックな人がいるのか。すげーな!」
「そう。私も驚いちゃった。だけど、ちゃんと毎日、クリオネ周辺の道路だけを、写真に収めていて、一日も外さずに投稿してる人だから、逆に信頼あるな。て思っちゃって」
「なるほどなぁ。確かに、どんな事であれ、毎日、ルーティンを作って継続している人は、感心するな。俺だったら3日で終わっちまう」
「三日坊主だね! それで、そこにリルドみたいな白パーカーの人が、微かに映っていたから、もしかして。て思ったの」
「まさか、そういう経緯で見つけたのか。タミコすげーなぁ!」
「あ。うん」
彼は驚くと共に、検索して見つけた経緯に関心を抱いていた。し、口元はいつもと違う、ニコニコと口角が上がっていた。
「その、何か良いことあった?」
「え!? いや。別に、良いことっていうか……」
なので、敢えて聞いてみたが、何故かはぐらかされてしまった。
「リルド。さっきから、変だよ?」
「どこが!?」
「私がこの格好になってから、突然人が変わったみたいに会話は無くなるし、動揺してるしで。その……」
「動揺は断じてしてない。だけど、その格好、かなり似合うなぁ。て思っていただけだ」
「えええっ!?」
そしたら、突然褒め始めたので、益々緊張と照れで、鞄を持つ手が震えてしまった。
べ、別に褒めても何も出ないのに!
「つーか、お前こそ顔真っ赤じゃねーか」
「いや! これはその! 熱があるとかそういう訳じゃ……」
言いかけた途端、エレベーターの扉が開いた。もう、一階に着いてしまった様で、私達は即座に降りる。
「ここから喫茶店まで、けっこー距離あるとか言ってたからな。気をつけて行くぞ」
「あ。ちょっと!」
しかし、彼は相変わらずのつんけんな態度で雑居ビルから出ると、私より一歩先に歩き始めた。
もう! まだ話は終わってないのに!
私はと言うと、感情がぐちゃぐちゃのまま、グソクさんからプリントアウトして貰った地図を開きながら、必死に彼の後ろを歩いていく。
「そうだ。はぐれたら何あるか分かんねーから。ほら」
すると、彼は急に立ち止まって、自身の左手を、私に差し出してきたのだ。
「えっ!?」
「驚くことか? 居なくなったら探すの面倒だからな。だから、この方が良いって言うか……」
「いや。その……」
会って二日目でこの展開になるとは全く思ってなかった私は、かなり戸惑いながら周辺を見渡す。
確かに人通りはある程度あるけど、物凄い渋滞という訳では無い。前に韓国であった雑踏事故みたいな密集度は無いのに、急にどうしたのだろうか。
「とにかく、何かあったら面倒くせーから、行くぞ!」
「えっ!? ちょっ。ちょっと!」
しかし、彼は何かと強引に言うと、素早く私の右手を繋いできたのだ。それに、パンプス風の靴も、あまり履き慣れてないせいか、歩き方も少しぎこちないのに!
「ごめんな。実は何か、誰かに尾行されている気配を感じるんだ」
「ええっ!?」
「気のせいかもしれないと思ったけどな。だけど、この感じ、妙に変なんだ」
「リルド……」
「とにかく、後ろは振り返らない方が、いいかもしれない」
「わ。分かった」
だけど、彼から囁かれるように言われた言葉に、かなり困惑した。
まさか、『殺し屋が私を狙っている』と言っていたゴエモンさんの言う通りになっている!?
でも私達、雑踏ビルから出てきて、ほんの5分程しか歩いていないのに!
「俺らを尾行している奴は、殺し屋かどうかは分かんねーけど、気味が悪いのは本当だ。タミコは決して後ろを振り向くな」
「わ、分かったけど、どんな人が追ってきているの?」
「……」
彼はさっ。と後ろを振り返ると、少しだけ考え込んで、こう言ってきたのだ。
「……少なくとも、白パーカーの人じゃねぇ。あの不気味な十字架のペンダント、何なんだ?」
「不気味な十字架の、ペンダント?」
「あぁ。そいつらがどうやら、複数人で俺らを追ってるみたいでな」
「複数人って……」
思わず青ざめてしまったが、つまり、今の状況は、変なペンダントをしている人が何人かいて、その人らが私達の後を付け回している。という事だ。同じ物をつけているという事は、新興宗教の団体か何かだろうか。どちらにしろ、今の状況では関わりたくない。
「とりあえず、撒くぞ」
「分かった……。て、ええっ!?」
すると、彼は突然また、私をお姫様抱っこするかのように抱え、颯爽と歩き始めたのだ。
で、何なんだ、またこの展開は!?
そういえば、一番初めもこんな状況で、二階のベランダから降りたんだっけ。驚く私をよそに、彼は顔色変えずに、前だけを向いて歩いている。
「えっと、場所はわかるの?」
「さっき、タミコが開いていた地図で、粗方分かった」
「えっ!?」
「流石、グソクさんだな。すげー分かり易い場所に、シールでピンポイント付けているし、ルートも複数ある道路から、マーカーで最適化されてるしで見やすいな」
「そ、そうだね」
確かにここまでルートも正確に、シールで貼られて分かり易く書かれている地図は、初めてかもしれない。
私も、改めて地図を開いて確認しながら、話を続けた。
「だから、ここで敢えて、小路に入ってアイツらを撒こうと思う」
「わ、わかったよ」
「後ろ、見てねーよな?」
「見てないよ。不気味な十字架のペンダントと聞いて、何かゾワッとしてるし。しかもここ、知らない場所でもあるから、怖くて後ろなんて、向けないよ」
「なら安心した。いいよ。と言うまでの間、俺だけを見てろ。分かったか?」
「えっ!? あ。うん」
すると、彼が何故か、恋愛漫画にありがちな発言をしてきたので、一瞬ドキッとしてしまった。
だけど、不気味な十字架のペンダントかぁ。
今、連絡を取る白パーカーの人に聞けば、どこの組織か、分かるのかな。
少なくとも、私達が会おうとしている『カラマリア』以外の組織だったら、また、ややこしくなりそうだし。
なので、声を出さずに、しばらくの間、彼に抱かれたままでいよう。
でも、何なんだろう。この懐かしさは。
こうやってお姫様抱っこされるのは、今で二回目のはずだが、その前にも、こんな展開があった気がする。
いつだったのだろうか。かなり昔、小さい頃かもしれない。だけど、朧気に覚えている程度で、未だにハッキリとは分からない。
でも、『シイラ』という人に会えば、私の記憶も、少しは鮮明になっていくのかな。
「……」
だけど、私は本当に一体、何者なのだろうか。それと、なんでこんな複数人に、ストーカーされる状態になっているのだろうか。
あの時、『人体オークション』というサイトを、故意に閲覧してしまったから?
だけど、親友を助けたい一心で検索して探していたのに。結局はアビスという連中に騙されて、身分を搾取され、記憶までもこんなあやふやにされて……。
「おい」
「えっ!?」
ふと、深く考え込んでいると、彼が心配そうに声をかけてきてのだ。
「さっきから、すげー深刻そうな顔をしてたぞ」
「えっ? そ、そんな、深刻そうだった?」
「なんて言うか……、もしかしてさ、メンコさんから、変な事吹き込まれたか?」
「いやっ! めめめ、メンコさんはそんな、変な事は言ってなかった。と、思う!」
「そっか。ま。粗方は検討ついてるから、そんな、身構えなくていい」
「え?」
そして、彼は小路に入り、狭い道を蛇のように、ウネウネと曲がりながら進めると、気配が先程よりも、薄くなってきた。
「まだ、振り向くんじゃねーよ。分かったか?」
「うん。でも、両腕は大丈夫?」
「まぁ。ゴエモンのじーさんに鍛えてもらってるから、このぐらいは大した事ねぇ。平気だ」
「そう……」
だけど、未だに後ろを尾けられている気配は、微かに感じる。2、3人程だが、彼がいいよ。と言ってくるまでの間、私はフードの奥から見える彼の横顔と、翡翠色の瞳を見ていた。
その道中、私は色々と考察をしていた。
何故、あのペンダントの連中は、私らを付け回しているのか。それと、『カラマリア』という組織を調べて欲しいという、ゴエモンさんからの極秘任務も気になるが。
だけど、一つだけ言えることは、あの集団ストーカー連中は『カラマリア』では無い事。
もし、カラマリアだったなら、こんな事をしなくても、今から会う白パーカーのブローカーに通して会えばいい話。
まさか、『アビス』では無いよね?
そういえば、画面上であの覆面パーカーと会った時は、不気味な十字架のペンダントなんて付けていなかった。だけど、もしかしたら……。
「リルド」
「どした?」
「あのペンダントの人、何となく分かったかも」
「え? どういう事だ?」
「もしかしたら、私らをブローカーに会わせない様にしようとしている、第三勢力の連中なのかもしれない」
「まじか!」
「だから、この事、ブローカーさんにも聞いてみよう。それで、その人の反応を見て、ブローカーさんが指示した連中かどうか、見極めようと思う」
「まぁ。そうだな。臓器提供をしているということは、何かしらの団体から反感を買っていてもおかしくは無いしな」
「やっぱそう思う?」
「あぁ。例えば、自然死を望む団体とかはその類だろうな」
「そんな団体あるの?」
「名前は、グソクさんに聞けば、どの団体かは絞れそうだな。あの特徴的な十字架のペンダントは、なかなか見かけないしな。どれも一個一個、オーダーメイドしてそうな代物だったぞ」
「なるほど……」
「ま。一先ず大丈夫かもしれんな。おろすぞ」
「えっ!? あ。うん」
すると、いつの間にか目的地に着いてしまったみたいで、私は言われるがまま、彼から降りて立つ事にした。
彼はと言うと、軽く両腕をぷらぷらさせながらも周囲の警戒を怠っていない。
もしかして、『シイラ』のヘマにも関与していたり……。
ふと、建物を見ると、至って普通の雑居ビルだ。だけど、目的地は、どうやら地下にあるらしいが、看板が無い。
「ねぇ。リルド」
「んあ? どしたんだ急に」
「ここで合ってるのかな?」
「あぁ。そこの喫茶店、隠れた有名店らしく、取材も断ってるってグソクさん言ってたしなぁ」
「じゃあ、ここの地下で当たりってことで良いのかな?」
「とりあえず、さっさと入ろうか。今ならアイツらの姿見えねーし」
「そうだね。ここまで追われたら、流石に怖いけど……」
そして、私達は無事に目的地である喫茶店『ツブヤキ』に到着したのであった。
表看板は案の定、立てられてなかったけど、雰囲気からして、薄暗い地下にあるスナックみたいな、こじんまりとした雰囲気だ。黒い木製のドアに、銀色のドアノブがついており、扉だけでも高級感がありそうな。
「あ。そういえば、ここで連絡をとれば、逆探知されても大丈夫じゃない?」
「そうだな。電話してみるか」
「うん」
「それに、俺からアイツと通話すんの何年ぶりだろう」
「えっ!? アイツ?」
しかも、何年ぶりときた。
やっぱり白パーカーの人と彼は、何かしら繋がっていたっていう事か。
だけど、何でグソクさんやメンコさんには内緒なのだろうか。そこの所はかなり気になったのだが、もしかして……。
「あぁ。昨日会ったけど、軽く取引をした程度でさ。こうやってガンと真向かいに見合って話すのも久しぶり。て感じなんだ」
「へぇ……」
すると、彼の口から出てきた言葉で、全てが繋がった気がした。
「実は、今から連絡をとる、白パーカーの闇ブローカーはな、ここにいた元従業員だった、『シイラ』っていう奴なんだよ」