初めて(?)のガールズトークは、幸せなものでした。
私は支度をするために、5箱のプレゼント箱を抱え、慌てて部屋へ戻ると、早速着替える準備をした。
「何にしよう……」
だけど、水色のワンピースにしようか、パーカーとジーンズにしようか、正直迷う。
それとも、下はジャージで上はTシャツにしようか。
「それなら、これならどーよ!」
「ええっ!?」
すると、いつの間にか私の隣には、メンコさんが、黒ジーンズとTシャツを組み合わせてニヤニヤしていた。
しかも、不法侵入に近い形でリルドと同様、音もなく現れたので、驚いて顎が開いたままだった。そんな、オレンジ髪ショートの女性 メンコさんには、毎度驚かされるけど、いつでも天真爛漫で明るくて、正直羨ましい。
「いい、いつ来たんですか!?」
「あはは! 実は少し前に酔いが覚めてね。朝食食べた後なの。お差し入れ、ありがとね!」
「あ。あれ、買ってきたの、リルドです」
「ええっ!? あのリルドが買ってきたの!? 珍しい事もあるんだね〜。明日雪にならなきゃいいけど!」
「あ。あは、あははは」
いや。ここ、都内なので、雪はあまり降らないと思いますが。
思わず苦笑いしながら、心の中でツッコミを入れ、会話を続けた。
「えっと。素敵なプレゼント、ありがとうございます」
「いえいえ。良いんだよ〜」
私は改めてお礼を言うと、彼女は微笑みながらもこう語り始めたのだ。
「そういえば、アタシも最初、ここに来た時、身なり着ままだったのを思い出したからさ。何着か服、あった方がお洒落とか、楽しめるかなって思って!」
「そうだったんですね」
「うん。まだ小さかったからうろ覚えなんだけど、アタシさ、ボロッボロの服だったみたいでね。よくグソクさんやゴエモンさんが、四苦八苦悩みながらも、可愛い服を買ってきたのを思い出したんだ」
「そうだったんですか!」
「うん。だから、その恩返しも兼ねてかもしれない。それと、タミコちゃんには、幸せになって欲しいな。て内心思ってる部分もあるのよね」
「メンコさん……」
「多分、妹として見ている部分もあるかも。あはは!」
「……」
なるほど。恩返しも兼ねて。か。
私は彼女がどれほど、ここの人に愛されていたのか、何となくわかる気がした。
彼女もまた、家で何かしらあって、ゴエモンさんが引き取ったうちの一人だったんだ。
それと、私はあの時、リルドに殺されそうになったけど、何故かここに誘われて、今に至るんだよね。だけどもし、私が本物の『天海愛華』だったなら、今頃もうこの世には……。
それに、未だに確証が掴めない。本当の私は『竜宮多美子』なのか。『天海愛華』なのか。
「おーい。タミコちゃん?」
「はっ!」
「大丈夫? なーんか深刻そうな顔しちゃって」
「あ。いや。本当の私はどっちなのかな。て……」
「まだここに来て二日目なんだから、ちゃんとした事は誰にも分からないよ。でもね……」
「ん?」
「アタシはどっちであれ、ここにいる間は、タミコちゃんの『味方』でいるから、大丈夫だよ。ね!」
「メンコさん……」
「あ。実はゴエモンさんから、軽く事情は聞いててね。タミコちゃん、記憶喪失なんだって?」
「そうみたいです。最初、リルドに会った時、私はどうやら『天海愛華』と名乗っていたみたいで……」
「あー。もしかしたら、アイツに会ったら、何か思い出せるかも?」
「アイツ?」
すると、彼女は何かを思い出したかの様に、『アイツ』について語り始めたのだ。
「確か、『シイラ』だったかな。元々ここにいた人なんだけど、アイツもまた、記憶喪失で一旦、ここの従業員になった経緯があったのよ」
「えっ? 記憶喪失!?」
「うん。しかも、リルドが連れてきた奴なんだけどね。最初は二人仲良くてさ、リルドが『こいつの記憶がハッキリとするまで、ここに置いといて欲しい』てお願いしてたぐらい、彼とは良い信頼関係を築いていたみたいなのよ。まるで『親友』て感じのね」
「そ、そうだったんですか!」
「そーなんだよー!」
「ぇえええ!?」
あの、いつもフードを深く被ってて、何考えているかわかんないリルドにも、親友がいたなんて!
彼女の爆弾発言に終始、驚く私だが、引き続き、『シイラ』さんに関しての話を語り始めた。
「だけどソイツ、前の事務所の住所を特定されるほどの、大きなヘマを犯しちゃってね。今は『カラマリア』との仲介人になった。て話を、風の噂で聞いた感じかな。本当かどうかはわかんないけど」
「えっ。『カラマリア』って……」
それ、今リルドと極秘で調べている組織だ。
それとここ、1回ヘマを起こして引越ししていたんだ。だから、リルドが『逆探知されたら終わりだ』とか言っていたのか。
しかも、よりによって、『カラマリア』との仲介人になったとは。まさかの事実に、戸惑いを隠せなかった私は、思わず言葉を失ってしまった。
「あ。何か触れたらヤバい事だったかな。これ以上は言ったら、ゴエモンさんから筋トレの刑をくらいそうだから、やめとくね!」
「あ。は、はぁ……」
「それよりも! 服、選ばなきゃ! んーと、まず、どんな所に行くのかな?」
「えっと、喫茶店みたいな、ノスタルジックな雰囲気のする場所ですね。確か……」
「おー! それなら、このコーデはどうかな?」
そう言うと、彼女はあの、水色の可愛いデザインをしたワンピースのセットを選んで、私に提案してきたのだ。
「それって!」
「実はこれ、クラシカルワンピースと言って、レトロな雰囲気の場所に行くのに、うってつけなワンピースなのよ!」
「クラシカル、ワンピース?」
「そそ! そんで、アクセントは黒い鞄や靴みたいな小物でしめて。あ! そうそう! 靴下もね、大きなプレゼント箱の中に入ってる、白いレース調のを使えば完璧ね!」
「す、凄い!」
「でしょ! 服やコスメって、組み合わせによっては、無限大の可能性を秘めているのよ!」
「なるほど……」
本当はメンコさん常連の喫茶店『ツブヤキ』に行くのですが。とは言えず、興奮冷めやらぬ彼女のコーデトークをひたすら聞いていた。
「と、言うことで、まずは着替えちゃおっか!」
「えええっ!?」
「ほら! アタシ、早くタミコちゃんが着ている姿、見たいんだからぁ!」
「ちょ! ちょっと待って下さいよ! メンコさぁぁぁーん!」
しかし、彼女は私を着せ替え人形みたく、素早く黒ジャージ上下を脱がし、水色のワンピースへと着替えさせていく。
だけど、一人の時は何処へ行くにも、黒ジャージ上下の姿が多かった私にとっては、こんな上品で優美なワンピース、久しぶりに着た気がする。
「あとは、これで髪型と、メイクで整えれば完璧ね!」
「す、凄い!」
「タミコちゃん、まだまだよ! これからもーっと凄くなるんだから!」
「えええ!」
驚く私をよそに、彼女は笑顔で、いい匂いのするヘアエッセンスを私の髪にかけ、櫛で梳かし始めたのだ。
「えっ!?」
すると、先程までバサついていた髪の毛が、ストレートで艶がある綺麗な髪へと変貌を遂げていた。
よく美容系の広告にある『うる艶髪』と言うやつに。
「すごっ!」
触ると絹みたいに滑らかになっていて、軽く手櫛をしても、指が根元から毛先まで、右指達がするすると落ちていく。さっきまでゴワゴワでバサついていたのが、嘘みたいだ。
「あとは、顔、動かさないでね〜!」
「は、はい!」
しかし、メンコさんは私の髪を整え終えると、素早くメイクアップへと移った。この動きで二日酔いなのが、未だに信じられないぐらい、タフだ。
でも、彼女の体から発する、ぶどうと酒の匂いが感じられたが、赤ワインでも飲んでいたのだろうか。上品ないい香りがする。
だから、リルドが言っていた、私が寝てる間に、酒パーティをしていたのは、本当だ。
「よし! 久しぶりに人の顔でメイクをしたけど、上手く盛れたかな? 鏡見てみ!」
「えっ、は……、すごっ!? これ、私!?」
そして、テーブルの上に置かれた卓上鏡に映った私の姿を見て、思わず本音が漏れてしまった。
派手すぎず、端正された仕上がりとなっていたけど、目元はアイライナーでくっきりとしていた。だけど、目尻はほのかにベージュで抑えた様な。
そのせいか、今の私は、80年代物の、レトロ風な女性の格好をしていた。
「そうだよ。紛れもなく、タミコちゃんだよ」
「ええっ。どこの誰かと思っちゃったんだけど……」
「まぁ。その格好で、リルドとグソクさんにも会ってきな!」
「えええ!?」
「ほら! 二人とも事務室で待ってるからさ!」
「わあああぁ!」
こうして、私は彼女に背中を押される形で自身の部屋から出ると、共に事務室に向かう事になった。
「ええっと……。その、支度、出来ました」
しかし、恐る恐る事務室の扉を開けると、私を見た男性二人は、唖然としていた。
「えっと、どちら様でしょうか?」
開口一番に口を開いたのはグソクさんだった。
「……」
リルドはまだ、言葉を失っている。
ん? これはどういう状況だ?
「ありゃまぁ~。タミコちゃんが変わりすぎて、二人とも驚いちゃってるよ! きゃははは!」
しかも、この状況を作った張本人は、私の背後で、腹を抱えながら、げらげらと笑っている。
「ま、ままま、まさか、タミコ氏なんですか!?」
「そぉ~だよ~。グソクちゃん、驚いた?」
「驚くも何も、一瞬別人に見えましたもの!」
「そりゃぁ~。メイクしたら、別人に生まれ変われるんだから、驚くのは当たり前よ! それに、タミコちゃんは、元が美人さんだから、メイクが映えても~っと美人さんになった。それだけの事よ?」
「はえー。そーいうものなのですか。ですがしかし、タミコ氏がここまで変わるとは。メイクという技術には、驚くものばかりですなぁ……」
グソクさんは、驚いて彼女に聞いていたが、余りの変わりように、関心を抱いている。という状態だった。
「……」
だけど、リルドはまだ、一言も発していない。
「えっと……。リルド?」
思わず声をかけてみたが、まだ一言も発さない。
「どした!?」
メンコさんも、彼の固まり様に私同様、かなり戸惑っている。
「……。あ。悪ぃ。こういう時、なんて答えればいいのか、分からなかった」
『……え?』
しかし、彼は顔色変えずに淡々と答えていた。つまり、単純にどう反応すればいいのか、困惑していただけだった。
「とにかく、行くぞ」
「あ。うん! あっ! グソクさん。メンコさん。色々と、ありがとうございました!」
「おぉ! また、何か困りましたら、お声、掛けて下さいな!」
「二人とも、気をつけてね。何あるかわかんないんだからさ。特にリルド! ちゃんと彼女を守ってね! じゃないと承知しないからね!」
「あぁ。分かったよ。メンコさん」
そして、私は二人に見送られながら、事務室を後にし、真向かいにあるエレベーターへと向かうのだった。