彼女からのサプライズプレゼントは、素敵なものでした。
「おいおい。また随分とすげー事になってんな。『臓器売買』だって!?」
そう言うと、彼は再度、肉まんを頬張り始めた。
だから、昨日の任務の報酬金額が、アホみたいに膨れ上がった訳だが、一体、なんのために?
「うん。何千万の取引が平然と行われている。という事は、『血』や『臓器』を扱う『臓器売買』組織なのかな。て思っただけなんだ」
「なるほどなぁ。という事は、俺達の『臓器』も対象に含まれていたりは?」
「それはないかも。噂通りなら『無職』や『天涯孤独のホームレス』が対象になっているみたいだし……」
「そっかぁー」
だから、運良く『サーフェスの従業員』という職に就いた私は、狙われないって訳か。
でも、カラマリアは何で、臓器や血などを集めているのだろうか。
単純に金儲けだけなら、そんな衛生面上のハイリスクを犯さなくても、ありとあらゆる方法で稼げるはずだ。例えば、『偽装』のパスポートや、マイナンバーカードを作成したり、盗品を売り捌いたり。等の闇バイト系は、ごまんとあるし。
「それにしても、次はどうすればいいのかな?」
「あぁ。組織を調べるとしても、規制がうるさいSNS系ならそんなヤバイ組織、簡単にヒットしないしなぁ」
「うーん。規制がうるさい?」
ふと、何か引っかかった私は、おもむろにあるワードを打ってみた。
「もしかしたら、カラマリアは裏の名前で、表の名前が存在するのかも……」
「ここみたいにか?」
「いや。ここは『裏』何でも屋だから、表は無いと思うんだけど……」
「もしかして、普段は別の名前で稼働しているってことか?」
「そう。例えばだけど……。普段は『臓器移植センター』だったら、裏で臓器を集めていても、違和感は無いと思うのよ」
「なるほどなぁ。って、臓器移植センター!?」
彼は驚きのあまり、頬張っていた肉まんの破片を零していた。
だけど、私の推測が正しかったら、多分、カラマリアは昼と夜で名前を変えて『化けている』事になる。
「うん。だから、そっちの方で検索をかけたら、3ヶ所ほど候補が出てきたんだ」
「おお! もしかしたら、カラマリアは、そこのうちの1個って事か!」
「そうかも。だけど、ここからどうやって特定すればいいんだろう。うーん……」
しかし、思ったよりも難航してしまった。
1ヶ所だけならまだしも、まさかこの都内だけでも、3ヶ所も移植センターがあるなんて、予想外だ。
それに、普通に直接、電話をしても「カラマリアですか?」なんて質問したら、逆に警戒されるだろうし。
「じゃあさ、闇ブローカーと接触して、聞き出すしかなくねーか?」
「えっ!? だって、正体もまだ、ちゃんと掴めてないのに聞き出すなんて!」
「まーまー。落ち着け。実は、今さっきなんだが、あの白パーカー野郎の連絡先、俺のとこに登録してたのを思い出したわ。確か、テレグラムに入ってた気が……」
「は。え? はぁぁぁぁぁああ!?」
すると、今度は彼が予想外な事を言ってきたので、思わず検索していたページを消してしまった。
「もう! ページが消えちゃったじゃないの!」
「うっせーなぁ。俺だってたまたま二日酔いの頭からやっと思い出したのに、人のせいにすんなって!」
「何よそれ! 何ならとっとと電話しなさいって!」
「バカヤロー! ここで電話して、相手に逆探知かけられたら終わりだぞ! この事務所が!」
「あっ……」
そういえば、この場所を知られたら『移転』してしまう事を思い出した私は、言葉を失う。
確かに、ゴエモンさんは『この場所がバレたら、引越し』と言っていた様な……。
「だから、知ってても敢えて電話しなかったんだよ。ったく……」
「でもさ!」
「ん?」
「逆を言えば、『通話が大丈夫な場所』だったら、出来るって事でしょ?」
「まぁ。そーだけど……」
「ネットカフェ『クリオネ』ならどうかな?」
「あそこはダメだな。通話禁止だし」
「そうだったの!?」
「当たり前だろ。カフェと付いてるけど、隣に声聞かれたらヤベーし」
「それもそっかぁ」
確かに、クリオネみたいな環境だと、誰かがあの薄い板越しに、声を聞かれる可能性も高い。それだったら……。
「電話しても大丈夫な、個室OKの飲食店や喫茶店とかならどうかな?」
「あー。喫茶店かぁ。グソクさんにおすすめ聞けば、粗方良い所が絞れるかもしれねぇなぁ」
「そっかぁ。でも、グソクさん、いつ起きてくるのかなぁ」
「うーん……」
「やぁ。おはようですぞ。何かお悩みですかな?」
『グソクさん!』
二人揃って悩んでいると、アンティーク調の扉から、上下黒のスウェットを羽織って、頭の寝癖が酷いグソクさんがやってきたのだ。
眼鏡はいつもの黒縁のをしているせいか、私達を認識できている様で安心した。
「まぁ。話はすこーしだけ、聞いてましたぞ。個室ありの喫茶店ですねぇ。確か、この近くに、レトロ調で素敵な雰囲気がする喫茶店があったのを思い出しましたぞ」
「へぇー。そんな店があるんだぁ。何か気になる」
「まま。実は、人混みが嫌いなメンコ氏におすすめした所、常連となったほど、とても気に入りましてね。なので、タミコ氏がお忍びで行っても、客人を招いても、ノスタルジックで、落ち着いた喫茶店なので、大丈夫ですぞ!」
「そ、そうなんだ……」
まさか、グソクさんがそこまで、穴場的な所まで知っていたとは。しかも、メンコさんまで常連になるほどの雰囲気良しの喫茶店ってどんなところなんだろう。
かなり気になったけど、こんな黒ジャージ上下の格好で行ったら、流石に場違いすぎる。どうしよう。
「あ。そういえば、メンコ氏から、こんなのを預かってましたぞ。確か、タミコ氏が起きたらこれ、あげて! て、酔いの勢いで渡してきた代物がありましてな!」
「えっ!? 私宛に、ですか!?」
「何だか、無事に依頼が達成できたから、その報酬だよっ! だとか言ってましたぞ」
「えええっ!?」
すると、彼は自身のテーブルの引き出しから、ピンク色でハート柄の包装がされたプレゼント箱を5箱ほど取り出し、私に渡してきたのだ。しかも、大2つと、中、小と、それぞれ大きさが違う。
「それとですな、実はメンコ氏はあの大金を貰ったあと、100万ほど束ねた札束を持って、お酒を買いに行くと同時に、これを買ってきたみたいですぞ。ワイ自身、中身は全く分からないので、開けてからのお楽しみ。という事で。デュフフフ!」
「えええっ!? でも、こんなに沢山。なんだろう……」
私は恐る恐る、大きい方のプレゼント箱から、開けてみることにした。
「わぁ! 可愛い!」
すると、淡い水色で、シンプルなデザインをしたワンピースが入っており、セットで買ったのだろうか。白いバックと人形の靴みたいな、黒くて可愛らしい靴も、一緒に入っていたのだ。
もう一個の大きい方には、普段使えそうな黒いジーンズに、黒い、パーカー!?
「ぱ、パーカー!?」
思わず声を出してしまったが、これだとリルドとペアルックになってしまうよね。と驚きながらも、そのパーカーはリルドの無地とは違って、ファンキーで派手な柄付きのパーカーだった。
もしかして、これで私も、殺し屋に狙われずに、外に出歩けるってこと?
思わぬプレゼントに、私は箱にしまい、パソコンの隣に一旦置くことにした。
「つーか、メンコさんはすげーなぁ。まさか、タミコのために、こんなプレゼントまで用意していたとは……」
「あはは。一歩遅かったですな。リルド氏」
「は!? グソクさん、それはどーいう意味で?」
「全く。これだからリルド氏は。少しは『恋愛』にも、不意打ちみたいに、瞬時に対応して貰いたいものですな」
「ちょっと待って!? グソクさん!? 今、恋愛って言った!? まさか……、はぁ!?」
「デュフフフ。そーやって、一生悩んでいれば、いいですぞ! 全く。若いとは、実にいい事ですな!」
一方、男二人の会話は、何やらリルドがグソクさんに振り回されっぱなしな感じだったが、やっぱりグソクさんは、大人だなぁ。リルドがまるで、よくワンワンと吠える小型犬の様に見えてくる。
「あ。えっと。実はリルドもさっき、コンビニで肉まんと、サラダスパゲティをたくさん買ってきてまして。グソクさんやメンコさんにも。て言ってました!」
なので、その光景を見かねた私は、彼らにこっそりとフォローを入れてみた。
「おっ!? そうでしたか! ワイも丁度、お腹が空いていたから、助かったですぞ! それに、肉まんとは!」
すると、彼は積み上げられた肉まんとサラダスパゲティを、上から順に2つ程取り、自身のテーブルに置いたのだ。だけど、まだ6個ほど積んであるサラダスパゲティと、肉まんは残っているが、どうしようか。
「さて。中と小はなんだろう……」
しかし、それよりも中身が気になった私は、残りのプレゼント箱を、勢いよく開けてみた。
「うわっ! すごーい!」
中のプレゼント箱には、様々な色をしたTシャツが10枚ほど入っており、隣の小さな袋には、下着が上下セットで、5枚ほど入っていた。
そういえば、確かにここに来る時、何も持たずに来たので、今、履いてるスニーカーでさえも、メンコさんから貰ったものだ。
「何か、お礼しないと……」
「そんなそんな。メンコ氏は『タミコちゃんが笑顔になってくれれば、それで良いんだァ!』と、酔いの勢いで言ってましたぞ」
「だけど! 貰ってばっかりっていうのも……」
何だか申し訳なくなる気持ちがあった私は、どうしようかと悩んでいた。そうは言っても後でメンコさんが起きた時にでも、ちゃんとお礼は言わないと。
「まま。そこは、このサラダスパと肉まんを差し入れで置いときゃ、大丈夫だろ。な!」
「あははは! まぁ。メンコ氏はサラダスパが大好きなお方ですからな! リルド氏、ナイスアイディアですぞ!」
「そっか! あんがとな! グソクさん!」
しかし、彼はそう言って、積み上げたサラダスパゲティと、肉まんをレジ袋の中に入れると、彼女の部屋のドアノブにかけたのだ。
「そういえば、ゴエモンさんの分は?」
「あー。ゴエモンのじーさんは朝、プロテインって決まってるから、他の飯食わねーのよ」
「そうなんだ……」
「それに、あのジジイは基本、横文字で表す様な、洒落た名前の料理は好んで食わねぇ。だから、肉まんだけドアノブにかけとけば大丈夫だ」
「横文字で表す様な洒落た名前の料理って……」
例えば、ハンバーグとか、スパゲティとか、『漢字が入らない』洋風の食べ物ってこと!?
じゃあ、日本発祥のオムライスとかナポリタンはどうなるんだろうか。あれも横文字に含まれるのか? でも、普通に考えて、プロテインも横文字だよね? まさか、単なる食わず嫌いなだけ?
私は何故か、頭の中で思考を巡らせていた。
「ま。じーさんはそんなところだな。そんじゃあ、その、グソクさんおすすめの洒落た喫茶店の店名は何だ?」
「おー。店名ですな。確か……、『ツブヤキ』て名前でしたな。実は、あそこはネットにも口コミサイトにも登録されていない、取材も拒否している、隠れ家的な喫茶店なのですぞ」
「それはまた、凄いですね」
「まぁ、店先に看板も無いので、見落としやすくて、行くのはクリオネよりかは大変ですが、料理はかなり美味いと、メンコ氏はご満悦でしたぞ」
「そうなんだ!」
「あ。一先ず、場所だけは分かっているので、地図にして渡しておきますぞ」
そして、彼は器用にキーボードをカタカタと打ち込むと、近くにあった黒いプリンターが動き出し、印刷されていった。
「ありがとう、ございます!」
あ。それと、あと一個、小さい方のプレゼント箱も開けないと。私はふと、思い出したのでそっちも開けてみることにした。
「あぁ! 可愛い!」
すると、コスメセットが入っており、ピンク色のアイシャドウやリップ、アイライナーまでも、同じブランド名で固められていた。
「これは俺達には縁遠い品物だな」
「ですが、リルド氏も化粧したら、その傷消えるのでは?」
「いや。この傷は俺にとっては、『栄誉の傷』だから、残したいんだ。それに、化粧なんてしたら、どーせメンコの事だ。ろくでもない事が起きるのが目に見えているからお断りだ!」
「それってまさか……」
何となく察してしまったが、それはそうか。
私の部屋で見た、リルドの本来の姿を見たら、メンコさんの事だからノリノリで化粧をし始めるかもしれない。
軽く想像すると、思わずふっ。と笑ってしまった。
でも、1個だけまた、気になる事を言っていた様な。何なんだろう。『栄誉の傷』って。
「まぁ。そういう事だ。さて、ツブヤキに行くぞ」
「あ! ごめん! 待って!」
「ま。準備してこい。その間、俺らは山に積まれた『これ』、食ってるから」
「ったく、リルド氏も加減が知らないって言うか、幾らなんでも買いすぎですぞ」
「ごめんなさい。次からは気をつけますので……」
「おや? やけに素直ですな? タミコ氏が来てから、ずっとその調子ですな? 何かあったのです?」
「え?」
「いいからタミコ。早く部屋に行って準備してこい!」
「は、はい!」
そして、私は、頬が赤い彼に言われるがまま、自室に戻ることにしたのだった。