更新は、忘れかけた頃に、突然来ました。
「はぁ!? 突然退院になったって、どういう事よ! あんの野郎!」
彼女は右手に持つソカタを豪快に飲み干すと、何故か怒りを顕にしていたのだ。
「ええっと!? メンコさん、落ち着いて下さい! もしかしたら昇おじさんから言ってきたのかも……」
「は! ごめんね。カンナちゃん。ついカッとなってしまったわ。まぁ、越智さんが言ってきたのなら納得はいくけど、何でこのタイミングで?」
「多分これ……」
だけど、私は何となく嫌な予感が頭の中を巡っていた。
もしかしたら、病院側は、悠長に待ってられない程に、深刻なのかもしれない。
「どうしたんですか? 今度は難しそうな顔をして……」
「あぁ。何となくだけどね。早めにリルドと私達を合流させて本格的に調査を始めて欲しい。と思っていたり……」
「あー……。越智さんがやりそうな手だよねー。それ」
「えぇ。とりあえず、ゴエモンさんには私が報告しておきます」
「ありがとう! じゃ、アタシは行ってくるから、後は二人で楽しんでっ! あ。会計はこっちでやっとくからさ」
すると、彼女はいつの間にか全てを飲み食べ終えたらしく、いつの間にか会計の準備を始めていたのだ。
いつも見て思うけど、行動が毎回早いのよね。羨ましいと思っていたり。
「えええっ!? 良いんですか!?」
「いいよいいよ~! 短い時間だったけどさ、楽しい女子会だったよっ! 機会が合えばまたやろっ!」
「は、はいっ! またこんな風に話したいですっ! ありがとうございますっ!」
「あははっ! 今度はカンナちゃんの恋バナも聞きたいなっ!」
そう言い残すと、メンコさんは颯爽とツブヤキを後にしたのだった。
「恋バナって程じゃないですって! もぉ……」
「あはは。だけど、急に退院が早まるの、珍しいよね」
「うーん。恐らく、『例のブログ』のせいで、搬送された人が多いんじゃ……」
「いや。まさか。もしかして、そのブログ、また更新されてる?」
それもあったけど、マスターが言っていた『ミオ君のクラスメイトも何人か学校に来ていない』というのも引っかかるのよ。
仮にそれが本当だとしたら……。
「あー。中身、気になっちゃいますよね。わたしも先程マスターの話を聞いてて心配になってしまったので……」
そう言うと、彼女はパープル色のスマートフォンで例のブログを検索し始めたのだ。
「だよね。とりま、二人で見れば大丈夫そうかもしれない」
「ほんとですか?」
「確証は無いかもしれない。けど、万が一、取り込まれそうになったら、このベルを押そう」
そして、私は彼女にそう提案をすると、うん。と頷き、一緒に見る事にした。
もしかしたら、更新されているかもしれない。そんな恐怖な気持ちを抱きながら……。
「……あれ?」
「どうしたの?」
しかし、彼女はパッ。と見た途端、直ぐさま画面を閉じてしまったのだ。
「全然、更新されてませんでした」
「そっかぁ……」
まぁ、予想はしていたけど、流石に上手く事は進まないか。
私は冷静に抹茶アイスを頬張りながらも、今まであった事を一度、整理してみる。
と言っても、あのブログの内容は『奇書』みたいで気味が悪いし、書いた人の趣味全開。という印象でしか無かったけど。
一体どんな脳みそを持ったら、あんな奇妙な話が書けるのやら……。
「それにしても、コデックスってなんだろう」
「あー。村の名前?」
「うん。どこかで聞いた事があるけど、どこだったっけ。そういうの、熊野君が知ってそう……。はっ!」
「どうしたの!? 急に……」
「あっ。ごごご、ごめんなさい! 実は熊野君、ああ見えて『ファンタジー系』のお話とか、好きなんですよ」
「えぇ!? そうなの?」
「そうなんですよ。学校でも図書室でよく、異世界モノの本を読み漁っていたりしていたので……」
「はぇー……」
思わず驚いた声を出してしまったが、まさか、あのミオ君が非現実的な話が好きだったとは。
でも、私の思い込みなのだろうか。龍樹君が小説を書き始めたきっかけって……。
いや。今はコデックス何とかの話しだ。私情をここに持ってこようとしちゃダメ。はぁ……。
「それと、確か、『コデックス・セラフィなんとか』みたいなブログが学校内で出回っているけど、まさかボクのところに来ないよね? みたいな事を笑いながら言っていたのを思い出しちゃって……」
「えっ!? コデッ……、いまなんて!?」
ふと、全く聞き取れないワードが彼女の口から飛び込んできたので、咄嗟に聞き返してしまった。
「えっと。あんまりにも長すぎて、コデックスで略してたんだよね。セラフィ、何だっけぇ~……。え~っと、最後のところがよく……」
彼女は隣で考え込みながら、両手の人差し指でこめかみを突っついている。
「それ、『コデックス・セラフィニアヌス』ですね」
『マスタぁー!?』
すると、メンコさんがいた席の空きグラスを回収しに来たマスターが、話に割り込むようにこう言ってきたのだ。
「脅かしてしまい、すみませんね。それ、確かにミオも言っていたので」
「えっ? ミオ君も言っていたって、どういう事ですか?」
「それに関してはですね……。コホン」
そして、彼は軽く咳払いをすると、真剣な面持ちでこう語り始めた。
「実は『コデックス・セラフィニアヌス』や『ヴォイニッチ手稿』という異世界の百科事典みたいな本が、この世に存在するらしいのですよ」
「異世界の、百科事典!?」
「しかも、学校にそれ関連の本があったから、ミオは度胸試しとして読んでみたそうです。ですが、和訳した本を読んでも、さっぱりわかんなかったので戻したんだ。て言っていた事がありましてね」
「なるほど……」
つまり、あのブログは、それらが元ネタみたいになっている。と。
だけど、あの現実主義っぽい考え方をしたミオ君が、異世界モノが好きだなんて、意外だよね。
あれ。今の考え方、偏見が強かったかな。
それに、さらーっと彼が言った『ヴォイニッチ手稿』という名前も初めて聞いたけど、何か嫌な予感がするのよ。
帰って来たら、グソクさんに聞いてみようかな。
私は色々と考えながら抹茶アイスを食べ終え、少し一息する。
「そういえばあのブログ、一体誰が書いているんだろう。わたしのクラスに佐藤とか伊藤っていたかなぁ……。うーん」
「あー。そういえば、いたね。サトウとイトウだっけ」
「そうそう。投稿主は佐藤さんだ。ていうのが何となくわかるけど、あたしのクラスにそんな人いたかな? て思って……」
「サトウ、イトウ……」
「龍樹はその辺、生徒会長だから何か知ってるかもだけど、聞いてもはぐらかすからムカつくんよ。前みたいに言わなかった結果、戦火広げたり、自滅したりしてるし! あーもう!」
「あはは……」
カンナちゃんが言う戦火や自滅は、キルマイ騒動やエナドリ飲みすぎて入院した時よね。
でも、今の龍樹君なら言ってくれそうな気がするけど、退院したてだからどうだろう。
また、前回と前々回同様、巻き込まれなければいいけど……。
――ブーッ。ブーッ。
ふと、私のスマホからバイブ音がした。
「あれ? 誰からですか?」
「えっと……。え? 龍樹君からだ!」
「うそぉっ!? いつの間に連絡先交換し合ってたんですかぁ!?」
「いや。龍樹君から『今後、良き年上の友達として、色んな相談にのってもらっても、良いですか?』て言って、リルドにも渡していたのよね。IDを」
「なるほど。そういう変に律儀な所、龍樹らしいけど……」
「でも、何だろう。突然ライムを寄越してくるなんて。ちょっと見てみるね」
「あ。はい!」
なので、恐る恐るライムの画面を開いて通知を見ると……。
『こんにちは。突然のライム、すみません。実は例のブログの件で、僕からも相談したい事がありまして。今お時間大丈夫でしょうか?』
何とも律儀で丁寧な文章でこう書かれていたのだ。
「例のブログって、やっぱり龍樹も知ってたんだ」
「そうみたい。だけど、相談したい事ってなんだろう」
「うーん……」
なので、私は考えた末、チャット文をこんな風に送ることにした。
『そうなんだ。実は私の近くにカンナちゃんがいるけど、その内容、見られても大丈夫?』
まぁ、大した用事でなければ平気だとは思うけど、何だか言い方が引っかかるんだよね。
――ブーッ。ブーッ。
『大丈夫です。それと、今から話す内容は、カンナも知ってると思います』
すると、龍樹君から、何故か意味深なチャット文が返ってきたのだ。
知ってるってどういう事?
まるで、カンナちゃんも知っている前提で、話しを続けようとしているみたいな。変な言い回しで少し気味が悪い。
「はぁぁあ!? わたしも知ってるってどういう事!? あんにゃろぉぉぉおお!」
その文を見た途端、彼女は右手で握りこぶしを作っては、ダラダラと愚痴をこぼしていた。
「まぁまぁ、落ち着いて。カンナちゃん。また続きが来た」
「もぅ。何で肝心な時だけ、変に区切って送ってくる訳!? それぐらい一回で纏めて送ればいいのに。あの馬鹿っ!」
「あはは……」
だけど、そう言って心配するのも、カンナちゃんらしいのよね。
何だか熱い友情を感じてしまったが、改めて返ってきたチャット文を見ると……
『えっと、例のブログの件で、“八雲凛音”という生徒の事を調べて欲しいって思いまして。確か、同じクラスだった様な……』
「って書いてあるけど……、八雲凛音?」
「あー……。焦げ茶色の髪にボブショートの見た目をした、クラスメイトだね。めちゃくちゃ変わっていたせいか、何考えているか分かんない感じで、わたしからあまり話さなかったかも」
「知ってるの!?」
「うん。二年の秋頃から、不登校になった子なんだけど、熊野君と仲良かった子じゃないかな」
「ミオ君と?」
「うん。実は熊野君がわたし達の高校に転入してきたのが、二年の春頃なんだけど、その前に鰒川君が八雲さんを虐めてたのよね」
「はぁー……」
また生徒とのいざこざですか。
キルマイ騒動といい、何で学校はいざこざがよく起こるのだろうか。社会人になってしまった私には無縁と思っていたのに、こんな形で関わるなんて、全く思ってなかったなぁ。
しかも鰒川君って確か、今は地雷カップルの片割れとして、シイラさんの所で静養中の真生くんの事よね。だけど、まさかミオ君の前にも、八雲さんの事も虐めていたなんて。
シイラさん、その事も知ってるのかなぁ。
でも、彼の場合は知っていたとしても『今は今』で割り切って再犯防止をするかもしれない。
彼の事だ。私がやる方法よりも、かなりえげつないやり方で制裁をするかもね。
それと、今は彼女の話をちゃんと聞かないと。
「で、それを見た熊野君が、八雲さんを庇ったのがきっかけで、鰒川君は熊野君にも嫌がらせをするようになったんだよね。わたしも何回か彼に『やめなよ』て言っても、全く聞く耳持たずで……」
「そんな事が……」
まるで虐めの構図、そのままじゃないか。
庇ったらその次に、その子がターゲットになって虐めがスタートとなる地獄のループが。
でも、今はどうなんだろう。
八雲さんかぁ。とりあえず、グソクさんに調べてもらおう。
「で、八雲さんは『龍樹君』に気があった訳ではなくて、寧ろ『恨んでた』のよね」
「な、何で!?」
「それはね……」
そして、彼女はグラスが空になるまでブルーベリージュースを飲み干すと、こう語り始めたのだ。
「実は八雲さんは、熊野君に、好意を持っていたみたいなのよ」
「はぁー……。なるほど」
「それで、異世界モノが好きっていうのも、直接聞いたみたいで、彼女はよく図書室で熊野君と会っては語り合っていたみたいなのよ」
「もしかして、ミオ君が異世界モノを好きになったのって……」
「うん。八雲さんの影響が大きいかも。確かにそんな子がいたなぁー。て思ったけど、まさか龍樹の口からそんな言葉が出るとは思ってなかったよ! もぅ……」
「なるほど。つまり、『三角関係』って事?」
「そうだね。しかも今度は熊野君を八雲さんと龍樹が取り合う関係になっている。って感じかな。わたしはその辺全く興味ないけど……」
「そっか……」
だけど、彼女はグラスの中に入っている氷を口に入れ、ガリガリと噛み砕くとふぅ。とため息をついていた。
でも、カンナちゃんは冷静に対処しているように見えるけど、きっと、学校では苦労人な気がするのよね。
色々なゴタ事に巻き込まれてしまうが、ため息をつくポジション的な。
それにしても、今回だけでもかなりの収穫があった気がする。
真夏のナイトメアに、ミオ君のクラスメイトが学校に来ていない。それに、八雲凛音さん。かぁ。
このブログと不登校の生徒がどう繋がるのか、いまいち想像がつかないけど、なんで龍樹君はその子を調べてって言ってきたんだろう。うーん。
「とりあえず、一度サーフェスに帰るね」
「そうですか! わたしも一旦お家に帰りますね。お兄ちゃんにも聞きたいことがあったので……」
「え? 聞きたいこと?」
「はい。今回の事で八雲さんの事、どれぐらい知っているか、鰒川君から聞きたいけど、彼、頑固な所があるから頑なに言わなさそうなんだよね。どうしよう」
「まぁ……」
確かに八雲さんの事を『直接虐めたことがある』彼なら、彼女に関する情報も得られそうだけど、都合の悪い事は流石に言わないだろうね。
とりあえず、私やサーフェス側でやることは、真夏のナイトメアの管理人の特定と、今事件の原因究明ってことかな。
けど、彼らから受けた虐めが発端だとしたら、この案件、一筋縄では行かなさそう。
「そっか。なら、私からお兄ちゃんに、ライムで軽く伝えよっか?」
「え!?」
「私を挟めば、流石に無下にはしないと思うのよ。下手に扱ったら、二人共、リルド達からの鉄拳が飛んでくるのが目に見えてるから」
「あー。なるほど。確かにタミコさんには歯向かえないですものね。逆に命が取られちゃうって言うか!」
「あはは。それもあるかもね!」
という事で、シイラさんにはちゃんと伝えておこう。
それで、後の処理は彼に任せるとして……。
「さて、帰ろっか」
なので、私は席を立つとレジ近くのカウンターまで歩き、ジャージの上ポケットから緑色の長財布を取り出した。
「そうですね。今日は本当にありがとうございました! こんな貴重なお話が聞けたので、とても嬉しいです!」
「それは良かったよ。あははぁ」
「では、わたしはお兄ちゃんに迎え頼んどこっと!」
「じゃあ、またねー!」
「はーい!」
そして、カンナちゃんが頼んだ分の支払いを終えた私はツブヤキを後にし、サーフェスがある雑居ビルへと帰る事にした。
今回得た情報をいち早くグソクさん達に伝えるためだ。
改めてスマホのロック画面には『17:00』と表記されている。
あー。もうこんな時間か。外はまだ明るいが、夕暮れ時だ。
帰りに再度、コンビニに寄って晩御飯を買っとこっと。
なので、数分程歩いてみることにした。
そういえば入社して2、3日はこの辺にベローエが彷徨いていて、出歩くのもリルドと一緒だったり、メンコさんと共に車で現場まで行っていたのを思い出す。
あれから3ヶ月経っていたとはいえ、私一人でこんなにも外を出歩けるようになるなんて、嬉しいのかも。
だって、それは影で様々な依頼をこなしてきたお陰で、少しだけ、治安も良くなっていってる。そんな気がしたから……
エイトレイブンに着くと、ご飯コーナーで何にしようか選んでいた時だった。
「えーっと……」
――ブーッ。ブーッ。
ジャージに入れていたスマホのバイブ音が鳴ったので、咄嗟に開いてみると、通知はカンナちゃんからだった。
『タミコさん! さっきお兄ちゃんの車の中で例のブログを覗いてみたら、続きが更新されていました!』




