金髪碧眼の女剣士に買われた商人さんは思想が強い
「いらっしゃいませー」
自分は一介の雇われ商人。今日もいつものように、武器屋のカウンターで客を待つ。
ガラン……ガラン……
「いらっしゃいませー」
今日は客が多いな、仕事が増えるから、あまり嬉しくはないんだよな。時給制だし。
「ちょっと、お店の人!」
さあて、今日のランチは何にしようかな。
「ちょっと!」
肉が良いかな、それとも魚かな。
「聞いてるの!」
「え、自分ですか?」
「お店の人なんて、他にいないでしょ?」
気品のある雰囲気を纏う、金髪碧眼の女剣士、ちょっとタイプかもしれない。
「ああ、すみません。どの商品を御所望でしょうか?」
「伝説の剣!」
「……今、なんと仰いましたか?」
「だから、伝説の剣よ!」
この女剣士、正気だろうか。はじまりの町の小さな武器屋に、伝説の剣なんてあるわけがないのに……
「お客様、申し訳ありませんが、当店では取り扱いがございません」
「そんなわけないわ、お告げに出て来たんだもの!」
「……お告げ、ですか?」
「ええ、お父様のお告げによると、この町のこの武器屋に、伝説の剣があるらしいのよ」
「そんな話、聞いたことが無いですけどね……」
「隠しているんでしょ!」
「とんでもない、あるならばお出ししていますよ」
「本当に、無さそうね……」
「ええ、申し訳ないですが……」
「じゃあ、一緒に探してちょうだい!」
「だから、取り扱いは無いと……」
「私と一緒に、伝説の剣を探す旅に出ることをお願いしているの!」
「……そんなこと、突然言われても」
「お告げ通りじゃないとしても、この武器屋に関連しているものが、伝説の剣を見つけ出すヒントになる可能性はあると思うの」
「はあ……」
「だから、私があなたと一緒に旅に出れば、きっと伝説の剣が見つかる可能性が高いはずよ」
「そんなこと言われても、仕事中ですので……」
「仕事?」
「ええ、日銭を得るために、この店で働く必要があるんですよ」
「お金の心配をしているのね?」
「それもありますが……」
唐突な展開過ぎて、何が何やら……
「よし、分かったわ!」
「何が分かったんですか?」
「あなたを買うわ」
「……はい?」
「店の給金以上のお金を払うならば、ここで働く理由も無くなるでしょう?」
「それはそうですが……」
「いくら出したら良い?」
「いや、お金の問題じゃ……」
「お金の問題って、言ったじゃないの」
これは夢か、それとも幻か。
「店主を出してちょうだい」
「店主?」
「ええ、店主と交渉させてもらうわ」
「どうして、そこまでして……」
「私は少しでも、伝説の剣に近付くためならば、手段を選ぶ気が無いの」
「だからって、自分でなくても……」
「これも、何かの縁だと思うの」
「ちょっと、こじつけだと思いますけどね……」
「いいから、店主を出しなさい!」
「仕方が無いですね」
まあ、店長が承諾するとも限らないし、呼ぶくらいなら良いか……
※ ※ ※
「さあ、冒険の始まりよ!」
「あっさり、快諾でしたね……」
「それはそうでしょ、今日一日分の売り上げが労せず手に入れば、店主さんはあなたに拘る必要が無いもの」
「分かってはいましたが、自分って必要とされていなかったんですね……」
「それはそうよ、店主さんはあなたを必要としていないわ」
「言葉にされると、微妙な気分だなあ……」
「でも私は、あなたを必要としている」
真っ直ぐな眼だなあ、余程、伝説の剣を手に入れたい理由があるらしい。
「どうして、伝説の剣を欲しているんですか?」
「え?」
「そこまでして、何故に伝説の剣を求めるのでしょうか?」
「それは秘匿事項よ」
「秘匿事項?」
「ええ、そこまで話す気はありません」
「そうですか……」
まあ、自分としては日銭が頂けるならば、それで良いんだけど。
「不満そうな顔ですね」
「いや、そんなことは……」
「信頼関係ができたら、お話しします」
「それが良いと思います……」
でも、伝説の剣のありかなんて、見当がつかないなあ……
「やっぱり、今話します」
「……いや、信頼関係ができてからの方が良いのでは?」
「話の尺を、こんなところで使っていられないわ」
「……話の尺って、一体何のことですか?」
「細かいことは良いじゃないですか」
「まあ、構いませんけれど……」
「魔王を倒すために必要なんですよ」
「もったいぶった割には、実にありきたりな理由ですね」
「魔王を倒すのが、どうしてありきたりなの?」
「伝説の剣と言ったら、魔王討伐じゃないですか?」
「言っていることがよく分からないわ」
「まあ、気にしないでください」
「ともあれ、魔王を倒すためには伝説の剣が不可欠なのよ」
「それは理解しましたけど、場所の見当はついているんですか?」
「あなたの務めていた武器屋に無かった以上は、あの場所の可能性が高いと思うわ」
「他に見当がついていたのに、自分を連れてくる必要ってあったんですか?」
「だから、何かの縁ですよ……」
「武器屋に無かったんだから、自分を連れて来ても意味無いんじゃないかなあ……」
「うるさい!」
「あ、すみません……」
この人、情緒不安定なのかな。
「なんか良いなあって、それだけよ……」
「なんか良い?」
「だから、うるさい!」
「まあ、うるさいなら黙りますけれど……」
「それで良いのよ……」
「それで、ある場所とはどこのことですか?」
「この先の洞窟です」
「随分と近場にあるんですね」
「お父様のお告げの結果です」
「では、洞窟のダンジョン探索ですね。強い魔物も出るでしょうし」
「戦闘は私に任せなさい」
「自分だって、そこそこ戦えますよ?」
「あなたは、守られていればいいんです」
「いや、そういうわけには……」
「いいから、守られていなさい!」
「だったら、お言葉に甘えますが……」
どうしてこんなに守りたがるんだろう、謎だなあ。
「だったら、自分は回復薬に回りますよ」
「ええ、そうして頂戴」
「薬草スキルはそこそこ極めているので、効率的に回復できると思います」
「ふーん、そうなのね」
「回復が必要であれば、すぐに教えてください」
「分かった、お願いね」
さて、久々のダンジョンだなあ、ちょっとワクワクするなあ。
※ ※ ※
「これが、伝説の剣ね!」
「見つかるの、早すぎません?」
「何か、問題ある?」
「いや、早く見つかるに越したことは無いと思いますけど……」
「これで、魔王を倒すことができるわ!」
「でもこれ、本当に伝説の剣なんですか?」
「どういうこと?」
「こんな簡単に手に入ったのもそうなんですが、あまり力が宿っているようには、どうにも……」
「この紋章、紛れもなく伝説の剣ですよ」
「紋章?」
「ええ、これは我が王家の……」
「王家?」
「私は王家の末裔なんです」
「そうなんですね」
「驚かないんですね」
「溢れ出る気品からして、どこかの高家の令嬢なのかなあとは、思っていました」
「溢れ出る気品……」
「ええ、少なくとも、ただの町娘ではないんだろうと思ってましたけど」
「……気品があるように、見えるんですね」
「ええ、とても美しくて、気高いというか……」
「……それ、本当ですか?」
「何がですか?」
「……私のこと、美しいと思いますか?」
「ええ、とても魅力的な方だと思いますけれど……」
「ふふっ、そうですか……」
「……?」
「さあ、この勢いで魔王退治に行きますよ」
「え、自分はここまでじゃないんですか?」
「何言ってるんですか、ここまで来たら、魔王討伐にも付き合ってください」
「まあ、自分としては悪い気はしませんが」
「……それ、どういうことですか?」
「こんな綺麗な方とご一緒できるなんて、とても光栄なことです」
「……何度も、言わないでください」
「え?」
「ほら商人さん、行きますよ!」
「え、ちょっとまって……」
※ ※ ※
ぐはあぁぁぁぁ……
「魔王、これまでです」
「あっけないなあ……」
「これが、伝説の剣の威力ということです」
「にしたって……」
「これで、世界に平和が訪れましたね」
「随分と、お手軽な平和だなあ……」
「お手軽?」
「これ、本当に魔王だったんですか?」
「何を言っているの、魔王に決まっているでしょう」
「まあ、細かいことは気にしないでおきます」
「それにしても、お告げは本当だったんですね」
「伝説の剣の威力ですか?」
「いや、もうひとつの……」
「もうひとつ?」
「いや、こちらの話です……」
「そうですか」
「引き下がらないでください」
「だって、こちらの話なんでしょう?」
「話しますよ」
「まあ、話したいならどうぞ」
「実は、伝説の剣よりも大切な要素があったの」
「大切な要素?」
「あなたです」
「自分ですか?」
「はじまりの町の小さな武器屋に、魔王討伐のカギになる人がいるってお告げに出たんですよ」
「それが自分ということですか?」
「そう、あなたの武器屋に伝説の剣が無いことは、最初から分かっていました」
「最初から、自分が狙いだったと?」
「ええ、そうなります」
「しかし分かりません、自分が同行したことで、何か具体的な影響があったとは、どうにも……」
「私は確信しました」
「何をです?」
「これが、愛の力なのですね!」
「……はい?」
「商人さんを守ろうとするその心が、私とこの剣に力を与えてくれたのです!」
「ちょっと、仰る意味が……」
「商人さん!」
「あ、はい……」
「私の伴侶になって下さい!」
「いや、いきなりそんなこと言われましても……」
「私のこと、綺麗だと思っているんですよね?」
「ええ、とても綺麗な女性だと思います」
「だったら、即答で承諾だと思いますけど?」
「だって自分、女剣士さんのことをよく知りませんし……」
「あなたは、私の運命の相手です!」
「即答はできません」
「どうしてですか?」
「それは無責任だからです」
「無責任?」
「はい、いきなり伴侶になるなんて、約束することはできません」
「だったら、どうすれば……」
「まずは友人からという話であれば、それで構いません」
「友人?」
「友人として、お互いのことについて、理解を深めませんか?」
「そう言われましても……」
「それがダメなら、この話は無しです」
「あなた、変ですよ」
「変?」
「自身が綺麗だと思っている相手に求婚されているのに、友達からだなんて」
「誠実に向き合いたいと思うんですよ」
「誠実に?」
「ええ、単に見た目が好きだからって、それで結婚だなんて、なんだか薄っぺらいじゃないですか」
「私は、それでも……」
「いいえ、自分はそういう無責任な態度は好まないのです」
「ふふっ……」
「……?」
「まあ、それならそれで良いです」
「良いんですか?」
「まずは、お友達からよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
何故だか、好みの女性と結婚前提の友達になることに決まった。
※ ※ ※
数か月後。
「まだ、恋人にもなってくれないんですか?」
「ええ、まだですね」
「そんなに焦らさないでください」
「別に、焦らしているつもりは……」
「焦らしています!」
「そこまで生き急がなくても、良いじゃないですか」
「態度を、はっきり決めてください!」
まあ、ここらが潮時か。
「では、お付き合いを始めましょう、女剣士さん」
「商人さん!」
「ここ数か月、友人として関わってきた結果、内面的にも女剣士さんのことがよく理解できました」
「私もです!」
「好きです、女剣士さん」
「私も大好きです! 商人さん!」
「ふふ、光栄なことです」
「では、早速抱いてください」
「……はい?」
「恋人になるんですから、抱いてください」
「そういうことは、結婚してからにしませんか?」
「私を抱きたくは無いんですか?」
「婚前交渉は、よくありませんよ」
「婚前交渉?」
「そういう行為は、結婚してからという思想があるんですよ、私には」
「私を、抱きたくないわけではないんですね?」
「ええ、今すぐにでも抱きたいくらいです」
「ふふっ……」
「……?」
「仕方が無いですね、それだったら」
「はい、責任的なお付き合いにしていきましょう」
「商人さん、本当に真面目なんですね」
「誠実に、向き合いたいと思っています」
「なんだか、愛されている気がします」
「ええ、心の底から愛しています」
「私も、愛しています!」
なし崩しに、交際まで来ることになったわけだけど……
「ハグくらいは、良いですよね?」
「ええ、どうぞ……」
こういうのを、ごく当たり前の幸福なんだなあって思う。
ぎゅっ……
「好きです!」
「自分も、好きですよ」
ありきたりなことなんだろうけど、この当たり前の幸せを大事にしていきたいと思う。