お茶と約束
今俺の部屋には、佐木さんがいる。どれだけ考えてもおかしな話だが動かぬ事実だ。しかも今から彼女とお茶するなんて......
彼女に思いを寄せる人は五万といるだろうし、そんな方々からしたら、「その場所変わってください」と思うような大変光栄なことだろう。
お茶だけじゃなんか物足りないかな......
そういえば昨日作ったシュークリームあったんだった。
俺の唯一ハマったこと。いわゆる趣味、それが料理とお菓子を作ることだ。まさかこんな所で役に立つとは……
「待たせた、紅茶とシュークリームだ。 手作りだから口に合わなかったら残してくれて構わない」
「これ手作りなの!?」
「まぁ一応......」
「そうなんだ! いただきます」
人に振る舞うのは初めてだから少し緊張する。ただ佐木さんに食べてもらえてうれしい気持ちもどこかにあった。
「これめっちゃ美味しいね!」
(良かった〜)
「......ありがとう」
めっちゃ美味しそうに食べるな……
「……可愛い」
気付いたらボソッと呟いていた。本人には聞こえてないようでホッとした。
佐木さんが人気なのにも納得がいった。
やっぱり褒められるとは慣れない。どうしても照れくさくなってしまう。
「犬井くん聞いても怒らない?」
「別に怒りはしないよ」
「1年の時から思ってたけど犬井君って何で髪伸ばしてるの?」
少し躊躇っていたからか彼女は気を使ってくれたのだろう。
「言いたくなかったら無理に言わなくていいからね」
と、言ってくれた。
俺は話そうか少し悩んだが、思い切って話してみることにした。
「ヘアドネーションをしてみようかと......」
「ヘアドネーション?」
「医療用ウィッグを作るための髪の毛の寄付活動だ。 もう寄付できる長さになったから切るけどな」
「へぇー いいとこあるじゃん」
佐木さんはすぐに人を褒める。 褒められるのって嬉しいんだな...... それに学校では否定的な意見が多いのもあって余計に嬉しかった。
「家ではくくってるんだね。 学校では下ろしてるけど」
俺は案外見られてるんだなぁと思った。
「家は家事する時に邪魔になるからな」
そんな話をしているうちにシュークリームも食べ終わりすっかり打ち解けていた。
「シュークリーム美味しかった。 ありがとう」
「うん。 こちらこそありがとう」
これでもう佐木さんと話すこともなくなる。何故か少し悲しくなった。人と話すのはそんなに好きではないはずなのに......佐木さんと話すのがよっぽど楽しいかったのだろう。
「あのさ、犬井君」
「なんだ?」
「前にケーキ作りたくてチャレンジしてたことあるんだけど出来なくて...... だからさ、私にケーキの作り方教えてくれない?」
突然のことで結構びっくりした。恐らく佐木さんも頼もうか相当悩んだのだろう。必要な人としか喋らない人が必要としてくれている。
俺はまだ彼女の隣にいていいのか......?正直とても嬉しかった。ただ不安だった。
「俺でいいのか?教えたことなんて一回も無いぞ……」
「犬井君だからいい! こんなに美味しいシュークリーム作れるんだから自信持って! で? 教えてくれる?」
普段は大人しくて優しい印象の佐木さんがこんなに子供っぽくお願いしてきたら断れるわけない。
誰かにこんなに必要とされたのは初めてだ。しかも俺の趣味で! 唯一興味を持ったものをこんなにも必要としてくれる人。
(こんなチャンス二度と来ない)
絶対に無駄にできないと思うし絶対に無駄にしちゃいけないと思った。
「わかった。 教えるよ」
そう答えるとすぐに連絡先を交換することになった。
「取り敢えず連絡先交換しよっか」
「オッケー」
考えてみれば女子と連絡先交換なんて初めてのことだ。
青春らしいこと一切してないんだった……
「はい。 これでOK ......私が初めてか」
「ん?」
「何でもないよ」
佐木こんなことを事を言うタイプなのか?
学校での印象とだいぶ違うので少し違和感があった。
「ていうかさ、犬井くんって案外話すんだね。 学校ではあんまり話さないから喋るの苦手なんだと思ってた」
俺は話す必要がないと思って話してないだけで話せない訳では無い。ただ決してペラペラ喋れるわけではない。佐木さんもおそらく同じタイプのはずだ。
「それはお互い様だろ ......佐木さんだから話しやすいだけだよ。 人のこと見た目で判断しないし」
「私も話したいと思った相手とは話すよ。 それに見た目で判断されるのが嫌だから私も見た目で判断しないだけだし」
どうやら俺は彼女と案外いい関係を築けていけるのかもしれない。