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3. 懲罰房から逃亡

「お前のせいで俺まで巻き込まれたじゃんか?!」


 ノーランと若い兵士は仲良く同じ懲罰房へと入れられた。見張りが消えるとすぐ、若い兵士がノーランを怒鳴りつけた。


「悪い。でもお前もどうせあの場に居たんだ。俺がだめならお前が次の候補者だろう」


「やっぱりかよおおお? お前ちゃんと任務果たせよ!!」


 若い兵士は情けない声を出して膝から崩れ落ちた。


「嫌だ。俺はやらない」


 ノーランは即答する。


「何言ってるんだよ! お前バカなの? そうだよなバカなんだ! このクソバカ野郎!

やらないなんて無理に決まってるだろ?!」


 やたらテンションが高く、マシンガントークでノーランがつっこむ隙がない。ノーラン自身、頭の中がぐちゃぐちゃだったが、他人の醜態を見て、若干の冷静さを取り戻した。


「嫌だああああ!俺まだ死にたくないいいいい!!」


 駄々っ子のように手足をバタバタさせて泣きわめく兵士を見ると、ノーランはなんだかおかしかった。


「そうだよな、死にたくないよな」


 ノーランも自分から何もかも奪おうとした戦争がやっと終わり、悪夢の底から抜け出している最中だ。


 逃げるなら今すぐ出ないと時間がない。でも自分たちは今懲罰房に居るのだ。


「それにしてもお前、黙っていたらイケメンなのに残念なやつだな」


 ノーランはドン引きしたおかげで、かなり落ち着いた。


 若い兵士はノーランとは違うやや黄みがかった肌に鮮やかな赤い髪をしていた。この島の住人は目鼻立ちがはっきりしていて赤や青、緑など原色の髪色を持ち、鮮やかな海色の目を持つ。故郷の礫砂漠とは違う、熱帯らしい色合いだ。


 若い兵士は、閃いたとばかり、


「俺がイケメンだからって妬まれて貧乏くじひかされたのかな?! あっ! でもお前はそんなイケメンじゃないよな?」


「失礼すぎるやつだな。俺だってそこそこイケてると思うけど」


 お互いにバカなことを言い合い、ノーランは少し笑った。


「お前、オカルトを信じるか?」


 若い兵士がふとつぶやいた。


「いいや?」


 遡ること130年前、産業革命は大陸の東部から始まり、宗教が政治を支配する時代から、近代的な蒸気機関による機械文明へと変わった。


 夜の闇はガス灯の明かりに照らされ、世の神秘や奇跡は眉唾なまがい物と呼ばれた。


 ノーランの故郷、南部の砂漠の夜は暗い。ひたひたとした闇がどこまでも遠く続く。だからこそ闇への恐れがあり、古くからの信仰が残っていた。


 現在の科学では説明がつかないこともあると、ノーラン自身も漠然と知っている。それでもこの時代にオカルトを信じると公言することは、自分が田舎者だと言うことに等しい。


 ノーランは顔では負けるため、妙なところで勝とうとした。若い兵士はノーランの強がりを見破った。


「かー! お前は南部の田舎もんのくせにかっこつけだな!」


 実際、ノーランの出身地の南部は礫砂漠で田舎者だ。


「お前だって、西の小島の田舎もんだろうが」


 それでも場所は違えど帝都から遠く離れた別の田舎者から言われるのは悔しい。


「うっせー。お前も今島に居るんだから、島の田舎もんだ。まあいい」


 真昼の刺すような日光が鉄格子の窓越しに差し込み、若い兵士はすっと真顔になる。


「中尉がさ、世界の王になるって言ってただろう? あの意味はわかるか?」

「まさか、この島の話は本当なのか? この島には古代文明が眠っているってやつ」


 ノーランは質問に質問を返したが、若い兵士は頷いた。


「嘘だろ?」


 ノーランは天を仰いだ。


 島の中央には宗教上の聖域がある。今は滅びてしまった古代文明が存在し、かつては世界を支配していた。そんな眉唾な伝説だった。


 しかし空軍基地に配属されたとき、ノーランが最初に教えられたのは「森に入るな」だった。


 この地も信仰がまだ息づく場所なのだ。


「お前のこと羊飼いだって言ってただろ。あれは砂漠の民への蔑称じゃない。現地民ならわかる説話の一つでさ。神の代理人のことを指すんだ。お前は神の力を持てる選ばられた人間ってことだよ。お前の力を使って中尉は空の英雄を生贄に儀式を行うつもりだ!」


「おい、待ってくれよ。俺はただの砂漠の孤児あがりだぞ? 俺はクーデターの実行犯にされるんじゃなかったのかよ? なんだよ儀式って。結局死ぬんじゃ意味なくないか? 世界の王って中尉は戦争でも起こす気なのか?」


 ノーランは頭痛がしてきた。話が二転三転して、理解できない。でもあの女の子のぬいぐるみを抱いた中尉が正気だとは思えなかった。


「わからん! たぶんお前の力を横取りする気なんだよ! 砂漠のランプの童話があっただろ!」


 若い兵士から言われ、ノーランは心の清い若者がランプの精を呼び出す有名なおとぎ話を思い出した。


「いいか! 耳をかっぽじってよく聞け! 神様は実在する。中尉はお前が羊飼いになる有資格者だってどこかで知ったんだ! お前の力を奪って世界の覇権を得るつもりなんだ! 中尉より先に森に行って神様に会うぞ!」

「は? 神様に会う?」


 まるで行けばすぐ会えるかのようなセリフに、ノーランは若い兵士の精神状態も心配になった。


「お前、よっぽどショックだったんだな。錯乱状態なんだよ今」


 ノーランは慈愛のこもった目で見つめ、さり気なく距離を取った。ヤバい精神状態のやつは何をしてくるかわからないからだ。


「違う。マジなんだよ。神は実在するんだ。5年前に俺達は確かに体験した。正確には神が起こした奇跡がな」


 若い兵士は最後はモゴモゴとつぶやきながら廊下にだれもいないことを確認する。短い鉄線を胸のポケットから出し、ごそごそと鍵穴をいじりだした。すぐにガチャリと音がする。


「森へ行こうぜ」


 若い兵士が今日一番の良い笑顔でドヤった。


「行かない」


 ノーランが短く答えると、若い兵士がコケた。


「どうせ死ぬなら、俺は命の借りを返したい。森には行かない。帝都に行ってハーロウ大佐に暗殺計画を知らせたい」


「は? お前頭に虫でも湧いてんの? なんでわざわざ一番やばい道を選ぶんだよ? 逃げたほうが簡単じゃん! さっきもさぁ! 俺まで巻き添え食って死ぬところだったんじゃんか! なんであんな真っ向から中尉に意見しちゃうんだよ!? お前なんなの? 自殺願望でもあんのか?! ……っふがぁぁ?!」

「静かにしろよ! 声が大き過ぎる!」


 ノーランは激高した若い兵士の口を両手でふさいだ。


「ないよ。自殺願望なんてない。けど、俺はハーロウ大佐に救われたからさ」


 ノーランは声に出したことで決意が固まった。


「言っとくが森に行くことがお前にとって最善だぞ? ものすっげー力を手に入れられるはずだ」


 ノーランが兵士の口から手を放すと、若い兵士も食い下がってきた。


「俺、オカルトは信じないって言っただろ。悪いが神様なんて信じられないし、古代文明なんてとうに滅びたものを当てにしない」


 ノーランが言い切ると、 若い兵士は大きなため息をつく。


「お前、本当バカじゃないのか。俺は嫌だぞ。丸腰のまま、ただただ危険な道を行くなんて。俺なら絶対嫌だ」


 若い兵士はお手上げだと両手をあげる。ノーランはその子供っぽい態度に苦笑した。


「俺だってもちろんここからは逃げ出したい。でも悪いが神の存在なんて信じられない。本当に神が居るなら戦争なんて起こらなかったはずだ」


 若い兵士は何か言いたそうにノーランを見つめたが、「ただし!」とノーランは続けた。


「俺は雇われたばかりの整備兵だし、本部は今日初めて来たからな。だから基地から無事に逃げ出すまではお互いに協力し合う。それから後は別行動でどうだ?」


 妥協案を提示すると、若い兵士が頷いた。


「わかった。まあ俺のほうが先輩だし詳しいからな。それで決まりだ。短い間だけどよろしくな」


 若い兵士から握手を求められ、ノーランは握り返す。


 さっき中尉が喋っていたのを聞いた気がしたが、ノーランは兵士の名前が思い出せなかった。だから相手も同じだろうと、短く名乗った。


「俺はノーラン・ウォーレン」

「キリル・ ヤン・ヴァッケンローダー」


 ノーランは若い兵士の現地民らしくない欧州系の名字に違和感を覚えたが、それも一瞬だった。


「急ぐぞ!」


 ノーランとキリルはそれぞれの望みのため、懲罰房から逃亡した。


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