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2. 作戦名『絶海の羊飼い』(後編)

中尉は気にする様子もなく、


「私はステップの騎馬民族出身だ。元々の帝国貴族連中とは違う叩き上げだ」


と話題を変えた。


「はい」


中尉だけじゃない。

中尉の腹心のほとんどが中央平原の出身だということは有名な話だ。

本来なら空軍設立の立役者としてもっと高い地位についても良いが、帝国民でなく属国民であることからこれ以上の出世が望めないという噂も同じく有名だった。


「だが空軍中尉として本部におもむくことも、ハーロウ大佐と直接話すこともある」


ノーランは嫌な予感がしてこれ以上聞きたくなかったが、中尉は話し続ける。


「ハーロウ大佐は帝国貴族以外を人と見なさない。やつこそが民族浄化運動の先導者だ」

「嘘だ!」


ノーランは叫んだ。


 民族浄化は近年、帝国貴族中心に囁かれるいわば選民思想。帝国貴族を優等種とし、帝国平民を普通種、それ以外を劣等種と格付けする。


 戦争の狂気のなごりが帝都にはしつこく燻っていた。


「事実だ! やつは結果的に救っただけで辺境でどれだけ犠牲が出ても構わなかったんだ!」


中尉は強くテーブルを叩く。それから大きくため息をついた。


「やつにとっては、辺境民は虫けら同然。だからあんな作戦がたてられたんだ」


実際、南方戦線のときも、ほぼ現地兵だけで構成される駐屯地には、ハーロウ大佐の計画は知らされていなかったという。


それはノーランも知っていた。


ある現地民の中隊から「重傷者や負傷者などが多く撤退が遅れる」と連絡を受けていたのにも関わらず、予定通りに爆弾を落とした。


仲間を失った中隊長が、階級を無視して猛抗議したが、上官命令不服従で即時射殺された。



「ハーロウ大佐は英雄なんかじゃない。殺人に快楽を覚える異常者だ!」


ノーランは冷水を浴びせられた気がした。

激高する中尉は、肩で荒く息を吐き、テーブルの上の拳を握りしめる。


作戦会議室にはノーラン以外にも沢山の人が居るのに重い沈黙が支配する。


「やつは停戦が退屈過ぎてつまらないと言ったんだ。虎視眈々と不戦条約を破るチャンスを狙っている。西まで戦場に引っ張り出そうとしているんだぞ」


「俺はそれでも、ハーロウ大佐を信じたいんです。もし大佐が中尉の言う通りの人間だったとしても、たった一人の差別主義者を暗殺したところで世界を変えられるとは思えません」


ノーランが強情に言い張ると、中尉はフッとあざけった。


 隣の若い兵士はジリジリと距離をとる。


 ノーランに口をつぐむよう、彼なりに必死で合図を送っていたが諦めたようだ。今度は巻き込まれないように我関せずを貫くことに決めたらしい。


「やつは世論操作が得意だ。帝国全土で人気が高く、君のような若者達がやつを盲信している。やつの本性を知っているのはほんの一部。もしまた一度戦争が始まってしまえば、そう簡単には終わらない。未然に防ぐことが重要なんだ!」


ノーランは自分が言い過ぎていることはわかっていた。

口答えをした時点で、すでに処分対象。

孤児の新兵の命は整備場の備品よりもはるかに軽い。


「それでも中尉がハーロウ大佐の暗殺に成功しても後釜にはなれないでしょう? こんな辺境の島の基地に居る時点で出世競争からは外れているはずだ」


ノーランは薄汚い権力闘争の犠牲になるつもりはなかった。身を硬くして、中尉を睨む。反抗的なノーランの態度に中尉の腹心達の視線が険しくなった。


かまうもんか。


ノーランは心のなかで毒づく。


俺は空の英雄を殺したくないし、自爆テロで罪なき人を巻き込むのも嫌だ。


 成功したら死ぬ。不審者として親衛部隊から射殺される可能性だってある。

下手につかまって生き残れば拷問をかけられる。逃げても口封じに殺される。


今、この場にいる時点で何重にも詰んでいた。


どうせ今日が俺の命日だ。

だったら言いたいことをすべて言ってやる。


「ははは。そうでなくてはな」


ところが中尉の反応は違った。中尉は笑ったのだ。

中尉は先程までの人を射抜く憎しみの視線を消し去り、人好きのする柔らかい笑顔を浮かべた。空気を和らげるように、中尉はほんの少し口の片側を吊り上げる。


「私は後釜にはならない。そんなちっぽけな地位では満足しない。私はここで世界の王になる」


 中尉は女の子のぬいぐるみの頭をなでた。まるで人間にするのような仕草だ。ノーランは背筋に寒気がした。


「は? 世界の王?」


 ノーランは、突然の話の展開についていけず、オウム返しに答えた。だが中尉の部下たちは初めてざわっと反応を示した。


「君はこの島が帝国国防上の要だと理解しているか?」


 中尉は女の子のぬいぐるみを抱き直してあやす。


 近くて遠い島。ノーラン自身もこの島の異名の数々を知っていたから短く答える。


「地政学上、気流と海流の難所であることは」


 ノーラン達の居る辺境の島は帝国本土から約100マイルに位置する。


 島の周囲は遠浅のサンゴ礁地帯が続く。海底火山による複雑な地形で、沖に出ると深度がいまだ不明な海溝が存在する。暖流と寒流がぶつかることで発生する複雑な潮流。


 古くから海洋の難所であるが、ここ最近航空技術の発達により、大陸間を吹き抜けるジェット気流の渦の存在が明らかになっている。


 中尉は満足そうに頷いた。


「それだけではない。この島は世界の要となる。()()()()()()()()()()()()()

「……狂ってる。意味分かんねぇよ」

  

 中尉の狂気に飲まれ、ノーランはつい声に出してつぶやく。その声は存外に大きく響いた。


 まずい! 

 ノーランは失言に青くなったが、中尉は笑みを深めた。


「故郷の砂漠では、君は羊飼いの家系だったんだろう? ()()()()()()()()()には、羊飼いの君がふさわしい」


 中尉はぬいぐるみの手を取ると、


「かわいい姫君のお願いだよ」


 ノーランにむかって、祈るように動かした。ぬいぐるみが一瞬妙に人間臭くみえて、ノーランは背筋に寒気がした。


 それにしても、さっきからそのぬいぐるみ! 一体何なんだよ?!

 大の男がなんでそんなの持っているのにだれも何も突っ込まないんだよ!


 中尉がぬいぐるみフェチだったなんて、勤続の浅いノーランは知らなかった。だれも何も言わないところを見ると、普通のことなのかもしれない。が、不釣り合いすぎて違和感しか無い。


「ノーラン、君は選ばれるべくして選ばれたんだ。我々の大義のために死んでくれ」

「嫌だ! 俺になんのメリットもないじゃないか!」


 中尉の直球な言葉にノーランは叫んだ。


「連れて行け」


 中尉は肩をすくめ、待機していた兵士にノーランを拘束させる。


「何で俺まで?!」


 隣の若い兵士もとばっちりで手荒く縛り上げられている。


「俺は嫌だ! 軍を辞める! 絶対にお前たちの思い通りになんかならない!」


 ノーランはもがいて暴れるが為す術もなく引きづられて行った。その道すがら、中尉の言葉がとぎれとぎれに聞こえた。


「本日この時間より計画は始動する。作戦名は『絶海の羊飼い』だ」

新連載開始です。続きが気になるな~と思ったらブクマと★★★★★で応援してください。

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